第59話 惨劇の平原-後-
シャルル・サクリーナは曽祖父が錬金術師の腕を見込まれて男爵位を授かった家の人間だった。だが、慣れない貴族社会で生き残ることができずに田舎で隠遁生活を送るようになる。
没落はシャルルが生まれるよりも前の話。彼女にとってサクリーナ家が貴族だったのは遠い昔の話。錬金術師として田舎で薬を売り、生計を立てる平民としての生活で十分だった。
そのように気楽に立場を考えられたからこそ才能を開花させることができた。
しかし、それは貴族社会から忘れられていたサクリーナ家が再び皇帝の目に留まり、不幸を呼び込むことに原因があった。
「皇帝からの要請を散々断り続けていた。その事に業を煮やした交渉役は盗賊紛いの方法で兵士を使って家族を捕らえ人質にしたの」
家族の安全を確保したいのなら研究に協力しろ。
その後、どうにか交渉することで家族を解放させることには成功したが、一定の成果を挙げなければ家族がどうなるのか分かったものではない。
シャルルは嫌々ながら研究に協力していた。
「そして、私の実験への協力が皇帝の身勝手な理由で凍結させられたことで、家族は交渉役を請け負った貴族によって殺されていた」
「……っ、それは悲しい出来事だが、交渉役の貴族が勝手にやったことで……」
「私も最初はそう思っていた」
迷宮眷属となってシャルルが真っ先に行ったのは交渉役の貴族への復讐だった。
その過程で、どうして何の罪もない家族が犠牲にならないのか無理矢理聞き出していた。
「おじいちゃんたちは自分がどれだけ傷付けられても、自分の事は気にせず私に協力しないよう言っていた。けど、貴族として権力を持っているだけで覚悟を持っている訳じゃない貴族はちょっと痛めつけただけで簡単に口を割った」
全ては皇帝による指示。協力を拒むような家族を人質に取る事も、不要な事まで知っている家族を処分してしまう事も命令だった。
命令を受けた貴族も疑問に思う事すらなく実行した。
「だから――帝国の意思に反している皇帝に罰を与える為に私は行動を起こした」
「帝国の、意思?」
「そう。実験への協力を承諾した時、ユスティオス皇帝は私に言った」
――この実験は帝国に繁栄を齎す為に必要だ。
「私は必要な事をしていた。それを、不要だと言った人物は帝国にとって罪を問われるべき人物でしかない」
帝国にとって皇帝の言葉は絶対。
シャルルの中では、ユスティオスの皇帝の発した『必要な研究』という言葉は、どのような事があったとしても決して揺るがない事実となっている。
それだけの犠牲を既に彼女は払ってしまっている。
「まず、率先して帝国に反旗を翻したクゥエンティ皇子は罪に問われなければならない。そして、帝国の意思に背いた発言をして、認めてしまったユスティオス皇帝も許せない。ただ、帝国で皇帝を罪に問うことなんてできるはずがない。けど、帝国には連座制が存在する」
シャルルが罪に問うのは二人のみ。
「ま、皇帝の親族はたくさんいるから全員を罪に問うのは過酷。だから、直系の子孫を10人処刑することで許してあげる」
「……そんな、目的を遂げる為にこれだけの事をしたのか!」
数千人の死体が転がる平原。どれも食い散らかされており、人が襲われたという事実を知っていなければ人だと判断するのが難しい状態だ。
「何を言っているの……むしろ助けてあげたんだから、私の行動に感謝してほしいぐらい」
「何を……」
「私は『止まる』ように指示をしただけ」
たしかにシャルルが命令したことで化け物たちは止まっていた。
つまり、人々を襲っていたのは別人の命令ということになる。
「襲うよう命令したのはバスティオ。野心家の彼は、死ぬ事のない兵士を使ってみたかった」
しかし、化け物には致命的な欠点があったため実戦で使われることはなかった。
「アレを制御下に置くことをバスティオはできなかった」
それをシャルルは手を加えることで可能にした。
以前の状態のままでは敵と味方の区別なく、近くにいる人へ襲い掛かるだけの本当の意味での化け物と成り果てていた。
もっとも、シャルルにできたのは『起動』と『停止』のスイッチを植え付けるだけ。起動すれば、見境なく欲望のまま人へ襲い掛かる。
地下へ閉じ込められて死を悟ったバスティオは、自分の研究成果を使用してみたい欲望に負けてしまった。
「彼らの内にある欲望は、こんな姿へしたガルディス帝国への復讐。だから、グレンヴァルガ帝国の人よりも優先しているだけで、状況次第では襲い掛かることも有り得る」
その言葉にグレンヴァルガ帝国の兵士が退く。
今のところは敵対する意思を見せなければ襲って来ることがないというのなら離れていた方がいい。
そして、化け物が襲う理由にも納得していた。
戦場で死ぬ覚悟ならあっただろう。だが、こんな醜い姿にさせられてまで生きたいとは思っていなかった。そして、気付いた時には自分の意思で命を絶つ自由すら失われていた。
もはや、憎しみをぶつけるしか彼らにできることはない。
「そっちの意見は夕方までにまとめておいて。それまでは停止させたままにしておいてあげる」
それだけ言い残してオネイロス平原を去るシャルル。
後には像のように固まったままの化け物だけが残されていた。
☆ ☆ ☆
『それが、昨日の昼過ぎの出来事だ』
リオから報告を聞いた俺は頭を抱えたくなった。
「その時の感情が魔力となって迷宮へ吸収されたんだな」
人間が強い感情を抱いた時にも魔力は強く発生する。
化け物の急襲によってオネイロス平原にいた数千人は想像もしていなかった死への苦痛から感情を昂らせていた。そして、生き残っていた人々も逃げながら恐怖によって感情を大きく動かす。
距離的に迷宮が吸収できるような魔力ではない。だが、迷宮へ魔力の塊が流れて来たのとタイミングが一致する。
「復讐だなんだと言っていましたが、シャルルさんの目的が復讐だったとしても迷宮主や仲間の眷属にとっては魔力が得られるから協力していたのでしょう」
メリッサの推測はおそらく間違っていない。
突如として化け物が現れたのもゼオンが協力すれば【自在】でどうにでもなる。
「あくまでも推測でしかありませんが、テュアルさんが地下でしていたことも無関係ではないでしょう」
さらに厄介な事がある。
その時点ですら数千人の犠牲。だが、リオの報告だとその百倍以上の人間が犠牲になっていなければならない。
「まだ何かあるのか」
『次に問題が発生したのはシャルル・サクリーナが結果を確認する為に訪れることになっていた夜……いや、夜になるまでの間に起きた出来事だ』
オネイロス平原では、シャルルの要請を受け入れる方針でガルディス帝国が動き出していた。
停止している間に化け物を倒すことができないか、と様々な取り組みが行われたが、剣や槍で攻撃しても傷一つ付かない肉体。Sランク冒険者の力を借りて傷を負わせることに成功したとしても驚異的な再生能力で回復させられてしまう。おまけに人間を喰らえば消耗した力も回復させてしまう。
命令することができない、という欠点を除けば皇帝の望んだ兵は完成していた。
自然と皇族の中から犠牲者を出すことで結論が出ていた。
『ガルディス帝国の帝位は男系家系の男性が継ぐことになっている。条件を満たせる人物がクゥエンティ皇子しかいなかったが、孫娘や他の貴族に嫁いだ娘の産んだ男性がいなかった訳じゃない』
クゥエンティ皇子の犠牲だけは外すことができないはず。
そこで、帝位を諦めていた男性や彼らを支援する立場にある者たちが自分の正当性を説くようになった。
ただし、そんな彼らの中からも犠牲者を選ばなくてはならない。
『そこからは、誰が犠牲者になるのか、帝位を継ぐのは誰が相応しいのかで揉めることになった』
口論だけで済んでいるうちは良かった。
だが、それほど時間を置かずに派閥間での武力衝突が発生するようになり、避難民も巻き込んでの争いが起きるようになった。
その結果、最終的には数十万人の犠牲者を出すようになった。
もはや生き残っている人間の方が少ない。
「それを、お前たちは見ていただけなのか?」
『一応他国で起こった内輪揉めだ。こっちから介入する訳にはいかなかったんだ』
それに、支援する人数が減る分にはグレンヴァルガ帝国としては困らない。
近くで起こっていた争いだったが、他人事として見ることができた。
『できれば迷宮の攻略を急いでほしい。今は疲弊して諍いが止まっている最中だが、時間が経てば再び動き出しかねない。俺やカトレアたちでは無力だ。俺たちでは、奴らに敵うことができなかった』
夜、シャルルは本当に現れた。
……仲間を引き連れて。
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