第23話 虹色の矢
これまでに見たことのない橙の矢。
色によって効果を変える剣を持つリオからシャルルを相手にした時の注意点は聞いている。
知らない色が出てきた時には効果を確かめるまで不用意に攻めない。
シャルルから離れ、近くにいた仲間からも距離を取る。
それを見たシャルルが少し斜め下へ弓を傾けて矢を射る。
緑の矢ほどの速度はない。落ち着いて矢を回避するため後ろへ軽く跳ぶと、矢が突き刺さった地面が大きく消し飛ばされる。
「は……?」
思わず、そんな声を呟いてしまった。
金の矢のように爆発を起こすことで周囲を吹き飛ばすのなら分かる。しかし、目の前で起こった現象は、ただ突き刺さった場所が消し飛ばされていた。
呆然としている間に次の矢が射られる。
飛んできたのは黒い矢。速くはあるが、決して捉えられない速さではない。
緑の矢と同様に受け止めようと手を伸ばす。
「……!?」
だが、同時に言いようのない恐怖を覚える。
手を掲げながら【迷宮結界】を展開させると防御する。
「ぁ……!」
右腕に滴る血と駆け回る激痛に顔を顰める。
アイラがシャルルに斬り掛かり、回避する為に後ろへ跳んだシャルルの背後へノエルが【跳躍】で移動する。目の前へ迫ってきたシャルルへ錫杖を叩き付けるが、右手に持った弓でアイラの剣を受け止め、左手に出現させた藍色の矢で錫杖を受け止めていた。
メリッサが俺の前に立って守り、イリスが傍に駆け寄ってくる。
「どうして防御しなかったの?」
「した……お前も見ていただろ」
「見ていては……した」
俺の右腕にイリスが手を添えて魔力光を出しながら【施しの剣】を使用して下側が抉り削られた肉体を治療してくれる。
右手を何度も閉じたり開いたりして問題がないことを確認すると剣を抜く。
「黒い矢は【迷宮結界】があっても防御しようと考えるな。あれには結界を無効化する力がある」
「……【迷宮結界】でも?」
「無理だった」
さすがは迷宮眷属のスキルによって生み出された矢。本来なら破壊不可能なはずの結界を無力化することができた。
「いったい、何色の矢を持っているんだよ」
以前から知っていた5色の矢。
さらに今の戦いで使った3色の矢。
藍色の矢と弓を手にしたシャルルが体を回転させるとアイラとノエルの二人が弾き飛ばされる。
「二人とも、離れて」
イリスの声にアイラとノエルが大きく跳ぶ。
外壁の上を包み込むような冷気が迸る。
「無駄」
シャルルの弓から射られた青い矢が冷気と衝突すると弾けて別の冷気を発生させる。
二つの冷気が衝突して冷気が左右へ逸らされる。
「これで9色目」
色の上限については考えない方がいい。
魔法で炎を体に纏うと周囲の温度を一気に上げる。
弓を扱う者の弱点。それは、遠距離武器であるからこそ懐へ飛び込まれてしまうと攻撃の手段を失ってしまうこと。標的へ飛んでいくからこそ弓矢は真価を発揮することができる。
【跳躍】で懐へ飛び込むと神剣を振る。
「そろそろ、そういうことをしてくるタイミングだと思っていた」
左手に白い矢を持ち、右手で矢のない弓を掲げる。
キ―――ン!
とても剣と弓が衝突したとは思えない音が響く。何よりも、俺が手にしているのは全てを斬り裂けるはずの神剣。今のタイミングで防御ができるはずがない。
「自分だけが特別な武器を持っていると思わない方がいい」
神剣を受け止めた弓で弾き飛ばすと、足を振り上げて蹴ってくる。
「……っ!」
とてもシャルルの華奢な体から放たれたとは思えない衝撃に飛ばされる。
だが、この場にくぎ付けにすることには成功した。
『やれメリッサ、イリス!』
外壁の外側へ飛び出したメリッサとイリス。
二人の手から現れた魔法陣が熱気と冷気を左右から放つ。二つの力が衝突したことで生まれた煙にシャルルが包まれる。
「やった、これなら!」
近くにいたアイラが喜ぶ。
「バカ。よく見てみろ」
「え……」
二人の攻撃に挟まれてもシャルルは無事だ。
「私に金の矢を防御に使わせただけでも誇っていい」
金色の矢を手にして立つシャルル。
彼女の体は金色の光る球体に包まれており、障壁の役割をしていた。
「完全なる矢。あまり使いたくはなかったんだけど……」
熱気と冷気の間から飛び出す。
同時に金の矢の効力を使い果たしたらしく、金の矢がボロボロに崩れ、障壁も一緒に消えてしまう。
「ちょっと強すぎるんじゃないか?」
「もしかして、視えている?」
「ああ」
シャルルが言っているのは【迷宮魔法:鑑定】で相手の情報を読み取っているのか、という事。
彼女たちは何かしら特殊なスキルか魔法道具を持っているのか迷宮眷属でありながら【迷宮魔法:鑑定】から逃れることができていた。おかげでシャルルが持つ【虹色の矢】について詳細を知ることができなかった。
ただし、スキルによって生成された矢は別だった。
「昔の俺たちなら気合を入れて【鑑定】しても効果を知ることはできなかっただろうな。今でもお前たち自身は【鑑定】することができないみたいだけど、矢の方は視ることができた」
金の矢に込められた能力は――完全。
矢を手にした状態で防御に利用すれば敵の攻撃を全て防ぐことができる障壁を生み出すことができるし、攻撃に利用すれば対象を消滅させる矢になる。ただし、その効果はシャルル自身から離れれば離れるほど激減させられてしまう。矢という形をしていながら本来の使い方から離れた矢だ。
自らのスキルを覗かれたシャルルは顎に手を当てて考え事をしている。
「それはいい事を聞いた。皆にも教えてあげた方がいいかもしれない。見られないことを前提で戦わない方がいいって」
「逃げられると思っているのか?」
「逃げられるよ。前にも逃げ切ったことを忘れたの?」
以前に帝都で戦った時にはリオと二人で対峙しながら『血盟転移陣』を利用して逃げるのを止めることができなかった。
けれども、きちんと対策はしてきてある。
「どうやら転移を無効化する魔法陣が敷かれているみたいね」
スキルであろうと魔法道具であろうと転移による逃亡を阻止できるよう迷宮眷属の誰かと遭遇した場合には空間魔法の結界を敷いておくようメリッサに頼んでおいた。
「これで逃げられないぞ」
「困ったわね。私の目的は軍勢をどうにかすることでも、あなたたちを倒すことでもない。モンストンで用事があっただけで、ついでに数を減らそうと思っただけで戦闘は本意じゃない」
金の矢を弓に番えて真上へと向ける。
「何を……」
「【虹色の矢】――【虹の涙】」
遥か上空へと射られた虹色の矢。
矢には構わず斬り掛かる。
「私なんかに構っていていいの?」
神剣と弓が激突する。
そこへ聖剣を手にしたアイラが飛び掛かる。
「っ!」
が、斬り掛かる直前にアイラが足を慌てて止める。
直後、眼前にいくつもの色が混ざり合った光の柱が空から落ちてくる。
「チッ、こっちもか!」
しかも1本で終わらない。
シャルルの周囲に何十本と降り注いで外壁を崩していく。崩壊する外壁から逃れるだけで精一杯で攻撃することができない。
「ばいばい」
そんな状況にあって光の柱はシャルルを避けて落ちて来ていた。
「そういうことか」
虹色の柱は、彼女による『自動防御能力を持った無数に分かれる射撃』。複数の矢の力が混合された攻撃。
虹色の柱に守られながら外壁の上から飛び降りると南――ガルディス帝国軍のいる方へと逃げていく。
「ぎゃあああぁぁぁ!」
「な、なんだよこれぇ!」
「コレに当たるな!」
兵士の間を縫うようにして駆けるシャルル。
おかげで彼女を守るように落ちてくる光の柱に多くの兵士が撃ち抜かれている。
「追わないの?」
「光の柱があるうちは追えるだろうけど、本気で隠れたら見つけるのは至難だぞ」
火傷した右腕を左手で押さえながら近付いて来たアイラに答える。
光の柱は兵士に紛れた最初だけで、すぐにフッと消えてしまった。その後は本気で兵士の間に紛れてしまったらしく、どの方向へ向かったのかも分からなくなった。
「シルビアと同じで隠密能力は長けているだろ」
「でも、ここで仕留められるなら仕留めておいた方がよかったんじゃない?」
「そうだな」
迷宮内で敵の迷宮眷属全員を同時に相手するよりも個別に対処した方がいい。
「……ん?」
再び兵士の間で光の柱が落ちる。
方角は、兵士の間を抜けた南東の方。
「どうして、あんな場所で……」
『申し訳ありません』
「シルビアか?」
ゴブリンシャーマンへの対処を行っていたシルビアから念話が届く。
『敵を発見。深手を負わせることには成功したのですが、苛烈な攻撃を掻い潜ることができず逃がしてしまいました』
ちゃっかりと追撃に成功していたシルビア。
シャルルの方も逃げ切った、と思った場所での攻撃に油断してしまっていたのだろう。
「お前が回避できないなんて珍しいな」
『あの光の柱は【壁抜け】ですり抜けることができませんでした』
【迷宮結界】すら破壊してみせた黒の矢。込められていた効果は『貫通』。どんな防御であっても貫いて破壊してしまうことができる。
絶対的な回避能力を持つスキルすらも無力化できる能力があるようだ。
『その時、少し気になる事がありました』
「気になる事?」
『まずは落ち合うことにしましょう』
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