第22話 シャルル・サクリーナ
シャルル・サクリーナ。
事前にゼオンの眷属についても目撃証言を募ったところ知っている人物がいた。ホランド将軍だ。
モンストンに駐留して長いホランド将軍。
皇子であったクゥエンティ将軍の守り役を担っていたため皇族権限を用いなければ立ち入ることのできない危険な場所へも踏み込んだことがあった。そこは、危険な人体実験をしていた地下にある施設。
「モンストンでは表沙汰にすることができない危険な実験をいくつか行っていた。あそこは捕虜が大量にいた。士官クラスを利用するのは問題だったが、生死不明な兵士なら誤魔化すのは簡単だったからな」
中でも問題視されていたのが魔物の能力を人間に移植する実験。
生命力溢れる肉体、俊敏な脚、全てを撃ち抜く腕、あらゆる属性の魔法を使える知性。
弱々しい力を持たない人間は、強い魔物の力を求めた。
そして、それらの超人を軍に運用することができるようになれば戦争に勝利することができる。
そんな浅はかな考えによって危険な実験は繰り返された。
「それも、クゥエンティ皇子が赴任するまでの話だ」
幼い頃から清廉潔白であるよう教育されたクゥエンティ皇子。彼にとって魔物の能力を移植され、肉体が変質してしまい人間とは掛け離れた悍ましい姿をした被験者たちはひどく嫌悪するものだった。
実験の存在を知ったクゥエンティ皇子は施設の閉鎖を決意、その後で実験に携わっていた者たちも処罰した。
「以前のモンストンの責任者は、その実験に期待していたらしい。クゥエンティ将軍が赴任する数カ月前に、大金を叩いてまで天才錬金術師と呼ばれる人物を招聘していたぐらいだからな」
幼くして錬金術師の才能を開花させた少女。
人前へ出ることが苦手らしく、顔が知られていなかったが国内の錬金術師の間では非常に有名な人物だったらしい。
「彼女は契約金で左右されるような人物ではなかったが、実験内容に興味を覚えて携わることを決めたらしい」
天才錬金術師が加わったことで実験は飛躍的に進んだ。
もっとも、クゥエンティ将軍の介入によって全てが水の泡と化してしまった。
「――その天才錬金術師がシャルル・サクリーナだと?」
「私が知っているのは捕らえられて憔悴している姿だけだが、弓を手にしているのは間違いなく彼女だ」
――それがリオから聞いたシャルル・サクリーナに関する顛末。
☆ ☆ ☆
「あんたがシャルル・サクリーナなら国を崩壊させようと思った理由にも予想ができる」
「へぇ」
「モンストンで行われていた非道な実験は全て国から命令されていたものだ。それも皇帝の肝いりらしいな」
それを皇帝の孫であるクゥエンティ皇子に中断された。
しかも、ユスティオス皇帝は孫を止めるような真似を一切せず、実験を非難するようになった。
結果、最終的には軍が勝手に行っていたこととなり、表沙汰にすることができない内容なため闇に葬られることとなった。
「どうして処刑されたはずの人間が生きているのかは知らない。けど、国から裏切られたことで亡ぼそうと考えたのには納得がいく」
パチパチパチ。
大人しい印象とは裏腹に俺の推論を聞いてシャルルが手を叩いていた。
「正解。もっと言うなら、別人を替え玉にして難を逃れた私は数カ月もの間、森の奥で世捨て人のような生活を送っていた。あんな場所だと碌な実験もできない。どうして私が我慢しないとならない?」
誰のせい――?
決まっている。
「私が国を亡ぼしたんじゃない。皇帝が私の敵になることを選んだ。私にとっては国から戦争を挑まれたようなもの。だから、持てる全ての力を使って亡ぼすことにした」
矢のない弓。
シャルルが手を添えるだけで魔力の光が矢の形となって具現化される。
現れたのは黄色い矢。
「チッ!」
舌打ちと共に横へ跳ぶ。
リオからシャルルの能力は聞いている。
「【虹色の矢:黄】」
弓から黄色い矢が射られた直後、放射状に分裂して襲い掛かって来る。
逃げ場をなくした上で襲い掛かる攻撃。横へ跳ぶもののギリギリ。咄嗟に視線の先へと【跳躍】する。
視界が一瞬で切り替わってシャルルの左へと移動する。
「……!?」
左へと移動したはず。
けれども、正面にいるシャルルは真っ直ぐに俺を見据えていた。
ヒュッ!
僅かな風切音と共に新たな矢が射られる。
パシッ!
自分から後ろへ跳んで距離を稼ぐと胸元へ飛んできた緑色の矢を手で掴み取る。目視していられたほどの時間はなかった。弓から射られてから一瞬の出来事。
「さすがに速いな」
緑の矢の効果は加速。
弓から放たれると加速して相手へ一直線に進むことができる。
20メートルしかない外壁。黄色い矢を回避する為に縁へと移動してしまったため後ろへと跳べば空中へ放り出されることになる。
「もう、先走らないでよ」
「悪い」
外壁を蹴り上がってきたアイラが地面へ落ち始めた俺の体をキャッチする。
「血……?」
シャルルが弓を持たない方の手で頬を触りながら呟く。
後ろへ跳んだ瞬間、矢を掴みながらナイフを投げていた。
だが、ナイフを受けたはずのシャルルはケロッとしていた。
「問題ない。ナイフは次の攻撃の布石でしかない」
シャルルが地面へ落ちる俺たちへ弓を構える。
番われたのは、紅の矢。
ゴゥ、と燃え上がる。
「跳びたければ好きにするといい」
紅の矢が放たれる。
空中で回避する為には飛ぶか【跳躍】する必要がある。しかし、どちらも緑の矢を番えたシャルルの前では危険だ。回避した先へ緑の矢を撃ち込まれてしまう。俺たちの回避速度よりも攻撃を撃ち込む速度の方が速い。
「けど、それは矢を撃つことができたら、の話だ」
「……!?」
下へ弓を向けていたシャルルがクルッと方向を反転させる。
外壁の上、背後にいたのはイリスと手を繋いだメリッサ。
――どうやって?
そんな疑問の答えを考えるよりも先に番えていた緑の矢を射っていた。
加速する矢。
十メートル程度の距離なら一秒と経たずに到達することができる。
ペキッ!
だが、俺と違って反応することができなかった緑の矢は、イリスの手前で見えない壁に阻まれて折られてしまった。
「最初から、その矢を使うことは分かっていた」
逃走した先を撃ち抜く為に用意していた矢。
背後へ移動すれば一瞬判断した後に撃ち込むのは明白だった。あらかじめ【迷宮結界】で身を守っていれば防ぐことは可能だ。
そうしてイリスが防御すると炎の波が外壁の上に生まれる。
「先ほどのお返しです」
俺を襲おうとしていた炎。
それが、メリッサの魔法によって放たれ、シャルルへ襲い掛かっていた。
轟々と燃え盛る炎。
中から勢いよく飛び出してくる人影がある。
「吹っ飛べ」
炎に服を燃やされながら飛び出してきたシャルルの弓に番えられていたのは、金色の矢。
爆発を起こす矢が放たれようとしている。
「させるかよ」
「……!」
外壁の上だけでは飽き足らず、外側にまで達していた炎。
それは、俺とアイラの姿を隠すのにも役立ってくれた。炎を突破して下から弓矢を蹴り上げると金の矢が宙を舞い、シャルルの頭上で爆発を起こす。
炎の消えた外壁の上に着地する。
シャルルが着ている服も特別な装備らしく、多少の煤汚れはあるものの致命的なダメージは受けていない。
「やっぱり効果を知られている矢だとダメ」
新たに生み出されたのは――橙の矢。
☆書籍情報☆
発売まで、あと9日。
コロナのせいで昨日行った書店に人が全くいませんでした。
 




