第15話 暴走への絶望④
夕方。
グレンヴァルガ帝国の皇帝がいる天幕へガルディス帝国の皇帝が連れられる。
二人の皇帝が対峙する。
しかし、二人の姿は対照的だった。泰然としているリオに対してユスティオス皇帝は木こりの男性に組み伏せられた状態で会っていた。それに体の至る所に殴られた跡が見受けられる。
「初めまして、グレンヴァルガ帝国皇帝グロリオだ。そっちはガルディス帝国皇帝でよろしいかな?」
あまりに顔が変わりすぎている。
もちろん相手の素性が分かった上での確認だ。
「ああ……」
力なく答えるユスティオス皇帝。
どれだけ権威を持った皇帝だったとしても数の暴力の前では無力だった。
「用件を聞こうか。こちらはそちらと違って忙しい身なんだ」
「……降伏させてもらう。だから、頼むから俺たちを助けてくれ!」
苦虫を噛み潰したような顔で額を地面にこすり付けるユスティオス皇帝。
ここへ来るまでの間にどんな事があったのかは彼の顔や体を見れば察することができる。
最初から彼には選択肢など与えられなかった。
「いいだろう」
あっさりと告げる。
ここで無駄な交渉などする必要はない。
ただし、確認したい事が一つある。
「お前に確認したい事がある。こいつを知っているな」
「……!?」
空中に投映されたゼオンの姿を見てユスティオス皇帝が露骨に反応する。
多くの貴族と渡り合ってきた皇帝。普段なら、たとえ知っている相手だったとしてもこんなに分かり易い反応はしない。うっかり反応してしまうほど追い詰められていた、という事だろう。
「ああ、知っている」
「陛下」
降伏する様子を見届けていた臣下の一人が声を掛ける。
「お前たちの言いたいことは分かる。だが、これは確認しておかなければならないことだ」
ゼオンがガルディス帝国を恨んでいる理由は分かった。
その事についてユスティオス皇帝がどのように思っているのか確認しておきたかった、というのが同じ皇帝という立場にいるリオの想いだった。
「こいつが何者なのか調べさせてもらった」
「そうか……どうやったのか知らないが、あの小僧が今回の騒動を引き起こしていたのか。まさか、あの時の言葉を実行するとは思いもしなかった」
謁見の間を連れ出される時、「俺がこんな国を滅ぼしてやる!」と言っていたらしい。
まさに言っていたようにガルディス帝国は亡んだ。
「その場から連れ出された後の事はまだ調べられていない。お前が知っている事を全て喋ってもらおうか」
「……言えば、多少は優遇してくれるのか?」
「……交渉できるような立場にあると思っているのか?」
――ダァァァン!
ユスティオス皇帝を押さえ付けていた木こりが頭を強く地面に打ち付ける。
「止めろ。老齢の身にそんな仕打ちは死んでしまうかもしれない」
「ですが、こいつは自分の立場も弁えず交渉しようとしていました」
「交渉する力がなかったとしても、今のガルディス帝国で交渉が可能な唯一の人間だ。今は死なれると困るんだよ」
「はっ」
全面降伏には責任者の調印が必要になる。
その後の扱いがどうであろうとユスティオス皇帝が最高責任者であることには変わりない。
諭すように言うと木こりの男も手から力を抜いた。
ゆっくりと頭を上げるユスティオス皇帝。
「話す……知っている事は、全て話すから、これ以上は……」
早朝から始まった皇帝への糾弾。
あれから10時間近く経過していることを思えば五体満足でいられることの方が奇跡に思えるぐらいで、ちょっと痛めつけられた程度で心が折れてしまうのも仕方ない。先ほどの態度は、交渉へ臨むにあたってなけなしの気力を振り絞った結果でしかなかった。
「……あの男には城を出てすぐ監視をつけていた。明らかに憎しみの籠った瞳で俺の事を見ていた。処分する必要があると感じ、チャンスさえあれば始末してしまうつもりだった」
城を出たゼオンは、王都にある冒険者ギルドを訪れた。
その光景を監視していた密偵は、特別な事は何も思わなかった。ゼオンの事情は事前に聞いていた。貴族の道が断たれた今、自由気ままな冒険者になって、せめて大金を稼ぐつもりなのだろう、と考えた。
だが、冒険者登録を済ませたゼオンは依頼を受けることもなく、迷宮都市イルカイトへと真っ直ぐに向かい、迷宮へと潜ることにした。
「そこで、あの男は見失った」
「は?」
「正しくは、その連絡を最後に密偵の行方も分からなくなってしまった」
だから、迷宮へ挑んだゼオンが亡くなった。
そのように判断した。仮に生きていて、どこかの街へ立ち寄ったとしても入る為には冒険者カードの提示が必要になる。皇帝の権限で冒険者ギルドからゼオンの冒険者カードの情報を得ると、利用した者がいないか監視を続けていた。しかし、ゼオンの作製したカードを利用する者が現れることはなかった。
10年もいなければ、脅威にはならないと判断した。
「だけど、実際には生きていて復讐を果たした」
「復讐? 逆恨みもいいところだ」
「だが、あんたを憎んでいることには変わりないだろ」
「奴だけを特別に扱っていればよかった、とでも言うつもりか!?」
ゼオン……と言うよりもマディン家への罰は法によって決められたもの。
ゼオンを特別に騎士として認める、という特例を作るということは法を無視するということに他ならなかった。
「皇帝だから法を無視していい、という訳ではない。むしろ民の手本となるよう法は遵守しなければならない。それは、同じ皇帝である貴様なら分かるだろ」
「そうだな。権力は持っていても自分勝手にできる訳じゃない。ま、前の皇帝や皇帝候補だった連中はその辺が分かっていないみたいで好き放題にやっていたみたいだけどな」
そこに贅沢をしようと思っている貴族が追随していた。
おかげでグレンヴァルガ帝国の一部は腫瘍のように腐り始めていた。今はリオのおかげで腫瘍も切除され、残った臓器が必死に働いていた。
「お前の意見には同意できる。だけど、必死に頑張った奴に何かしら報いても良かったんじゃないか?」
「いいや、私は何も間違ったことはしていない。あの法は、初代皇帝によって定められたもの。私が犯す訳にいかない」
ユスティオス皇帝の意思は固い。
彼には彼なりの正義がある。それは、初代皇帝を絶対の正義だと信じているために初代皇帝の意思を曲げるような真似はしない、という強い意志だった。
「――そう。あんたは何も間違っていない」
『……!?』
突如として聞こえてきた声に天幕の中にいた全員が顔をある場所へ向ける。
天幕の入口前に立っていたのはゼオン。だが、そこに人が立っているのはあり得ない。ユスティオス皇帝がいる場所のすぐ後ろで、全員がそこも見ていた。外から急に入って来たというのも天幕の外には騎士が護衛に立っているためあり得ない。
唐突に現れるのは初めてではないため不思議ではない。
ただ、今の言葉は……
「まるで、ここでの会話を全て聞いていたみたいな言葉だな」
「聞いていたさ。移動能力は【自在】でできる事の一つでしかない。このスキルの本質は『どこにでもいられる』ようになる事。ゼオン・マディンに決してなることができなかった俺にとっては皮肉な能力だ」
あたかも最初から天幕内にいたように振る舞うこともできる。
ここでの会話は、瞬間までいなかったとしてもスキルを使った瞬間に筒抜けになってしまう。
「この……!」
「よせっ!」
突然の侵入者に対して剣を抜く騎士。
だが、斬り掛かろうとした時には元の場所にいなかった。代わりにいたのはユスティオス皇帝の眼前。
組み伏せられたままの顔を持ち上げると至近距離から会話をする。
「あんたには感謝をしている」
「感謝、だと……?」
「ああ。あそこで突き放されて絶望を味わったからこそ俺は奴と巡り会うことができた。初代皇帝アムシャスには本当に失望させられたよ」
「貴様……! また初代皇帝をバカにしおって……! 彼の偉大さを何も知らないガキが粋がるな!」
「何も知らない? 何も知らないのは、お前の方だ。奴がどれだけ非情な人間なのかを全く理解していない。奴は他者の事を想って行動なんてしていなかった」
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