第24話 弾丸の価値-後-
鉱山フィールドを探索する若い冒険者。迷宮へは初心者と言ってもいいほどで苦労して鉱山フィールドへ到達していた。
彼にはどうして手に入れたい物があった。
ミスリル。魔法銀とも呼ばれる金属で魔法に対して強い親和性を持つ。
少年の想いは、ここへ到達するまでの独り言から分かっていた。
『ああいう姿を見ていると初めて迷宮へ来たばかりの頃を思い出すね』
迷宮核が懐かしそうに当時の事を言う。
迷宮の最下層で、傍にいるシルビアやノエルは興味津々といった様子で迷宮核に当時の事を聞こうとしていた。
今日はイリスとメリッサが留守番。途中まではアイラも迷宮の様子を確認する為に一緒にいたのだが、いつの間にか昨日の続きで銃の練習をしに荒野へ出掛けてしまった。まあ、迷宮にいる間は危険もないので放置されても問題ない。
『で、同じ立場だった者としてどうするつもりなんだい?』
依怙贔屓はしたくない。
けれども、ちょっとぐらいのサービスなら許してくれるだろう。
「母親が煩った病気を治療するのにミスリルが必要なんだろ」
少年が必要としているのは指先に乗る程度の量。
それでも、希少なミスリルを手に入れるには辺境の村で生きる少年には手が出せないほどの金額が必要になる。
村にいた頃は狩人の息子として魔物を相手にしていたこともあってステータスは高い。そこで、アリスターへ辿り着くなり冒険者資格を取得すると迷宮へと向かい自力でミスリルを採取することにした。
そうして、1カ月近い時間を掛けて地下21階までたどり着いた。
「それとなく宝箱を配置しておこう」
少年の進行方向に埋められた宝箱を配置する。
地面から少しだけ蓋が飛び出した宝箱。注意深く進んでいる少年なら気付いてくれるだろう、と信じての配置だ。
果たして予想通りに宝箱が見える位置へ辿り着くと少年は駆け寄った。
中に入っているのはミスリルの欠片。この程度のミスリルを手に入れたところで高位の冒険者が使う武器に利用できる訳ではない。それでも母親の病気を治すには十分な量だ。
「よかった……」
安堵の息を吐く少年。
問題が解決できるようでこちらも安心できる。
『でも、ミスリルを簡単にあげちゃっていいの?』
「いいんだよ。あの程度の量なら、あの子がこの1カ月探索してくれたおかげで手に入った魔力よりも少ない。これに気をよくしてちょくちょく探索してくれれば儲けものぐらいの気持ちだ」
本当にギリギリの儲け。
途中にいる強力なボスに苦戦させられたことで進めず、魔物を相手にレベル上げに励んでくれたおかげで予想よりも多く手に入った。
「あとはミスリルを持ち帰ってくれれば……ん?」
『これはマズいね』
「何かあったの?」
迷宮主である俺と迷宮核は気付いたが、ノエルには俺たちが何を気にしているのか分からない。
少年には近付かないよう魔物へ指示を出しておいたが、こちらの指示を無視する存在がいた。
「違うな……俺からの命令を忠実に守っているから接近しているんだ」
地下21階にいる魔物へ指示を出した。
しかし、厳密に言うなら迷宮の魔物ではなかった。
「え、ゴーレム?」
少年へ接近しているのはゴーレム。
鉱山フィールドの各階層へ配置したゴーレムへは、階層を周回して冒険者を襲うよう指示してある。ただし、冒険者を倒すような真似はせず脅威となることを目的にしていた。
自らよりも大きなゴーレムを前にして少年が竦む。
「……っ!」
竦んだことで手からミスリルを落としそうになる。すぐに自分の目的を思い出して意識を切り替えるとミスリルを強く握り締める。
「このっ……!」
少年が武器の鉈をゴーレムへ叩き付ける。
「げ……!」
しかし、ゴーレムの体に当たった瞬間に鉈が半ばから折れてしまった。
「ちょっと強度を上げ過ぎたか」
「どうするの……!?」
ゴーレムが少年へ手を伸ばす。
その光景を見てノエルが動揺のあまり俺の襟を掴んでガクガク揺らしてくる。
「いや、助けるよ」
ゴーレムへ迎撃を中止するよう命令すればいいだけの話だ。
『あのゴーレムは迷宮の力で造られた物。他のゴーレムや魔物と同じように思えるかもしれないけど、指揮系統が微妙に違うんだ』
おかげでゴーレムへは少年に手を出さない指示が届いていなかった。
「……ん?」
ノエルから解放されたところで少年の様子を確認してみると彼の目は諦めていなかった。
懐からある武器を取り出す。
「銃?」
「いつの間に……」
少年が手にしていたのはハンドガン。
「そう言えば21階へ到達した直後に宝箱で何かを手に入れていたな」
ミスリルにばかり意識が向いていて途中で手に入れた銃の事なんて気にしていなかった。
ゴーレムへ銃を構える少年。
その目と手はゴーレムの胸へ向けられており、6発の銃弾が正確に当たる。
「そんな……!」
しかし、ゴーレムにはかすり傷一つ付いておらず弾かれてしまっていた。
「ま、よく頑張った方だろ」
ゴーレムに立ち向かう勇気は評価してあげたい。
立ち去るよう指示を出そうと再び映像を見てみるとゴーレム以外に少年へ接近する人の反応を捉えた。
一瞬だけ危険な想像をする。
けれども、すぐに見知った人物だと分かり警戒を緩める。
「ネイサンさん」
それから遅れてグレイさんが到着した。
一昨日から二人とギルダーツさんが迷宮の探索をしていたのは知っていた。初日に迷宮へ到着したのを確認しただけで、それからどこまで進んでいるのか確認していなかったけど、3日でもう地下21階まで辿り着いたのか。
「大丈夫か?」
「あ、はい」
「グレイ」
「任せろ!」
大盾を手にしたグレイさんが前へ出てゴーレムの手を受け止める。
グレイさんの体が僅かに後ろへ押し出される。だが、全身へ力を込めて耐えるとピクリとも動かなくなる。
「よく頑張ったな」
「でも、俺には……」
「逃げる時は逃げた方がいい。自分よりも強い敵が相手なら尚更だ」
「あ……」
少年は逃げなかった。
それというのも地上へ帰る為の転移結晶がゴーレムの向こう側にあり、まだそれほど離れていなかったためゴーレムを倒すか回避して掻い潜る必要がある、と判断してしまったからだ。
素直に反対方向へ逃げても迂回する必要はあったが、戻ることはできた。現にネイサンさんたちはゴーレムとは反対方向から駆け付けた。
「おい、ネイサン!」
ゴーレムの攻撃に耐えているグレイさん。
耐えているだけで精一杯で反撃に転じる余裕がない。事前に設定しておいた命令に従っているだけなら吹き飛ばしたところで脅威を与えることに成功した、と判断して撤退を開始するはずだ。攻撃されれば反撃に転じることぐらいはあるが、逃げることは可能になる。
だが、そんな設定など知らないグレイさんは倒そうと考えていた。
「さて、どうするかな?」
ギルダーツさんの不在が気になるところだけど、ネイサンさんがこの状況をどうやって切り抜けるのか気になる。
「お前、それ……」
「あ、これですか?」
ネイサンさんの目が少年の持つ銃弾を撃ち尽くした銃へ向けられる。
「さっき手に入れた銃なんです。だけど、これだとゴーレムには効果がなかったみたいで胸に当てたら弾かれちゃいました」
「それは使い方が悪いんだ」
ネイサンさんが愛用の銃を手に腰を落として構える。
狙いは少年と同じようにゴーレムの左胸だ。
「たしかに俺の使った銃よりも大きいですから威力は高そうですけど……」
「威力? そんなものに頼っている内は三流だ。銃を扱う上で最も必要になるのは、的確に相手の急所を撃ち抜く技量だ。ゴーレムを相手に狙うなら魔石だな」
ゴーレムの魔石の位置は人間と同様に左胸だ。
ネイサンさんだけでなく少年も魔石の位置を理解していたから胸へ狙いを定めている。
「狙いさえ正確なら敵は勝手に倒れる」
いくらゴーレムの体が硬くても魔石なら弾丸で撃ち抜くことができる。
ネイサンさんの銃から弾丸が発射される。ゴーレムの左側を狙って撃たれた弾丸は左胸を逸れて脇に当たると弾かれてしまう。
「あ……」
当たらなかったことに少年がショックを受ける。
しかし、次の瞬間には命を失って崩れるゴーレムの姿を見て驚くことになる。
「どうやら終わったようじゃな」
グレイさんも警戒を解く。
急所を外れたように思えた弾丸だったが、きちんと魔石を撃ち抜いていた。
「いったい、どうやって……」
「真正面から撃っても硬い体に阻まれて弾かれるだけだ。だから弾かれることのない場所を通して撃ち抜いたんだ」
「どこに……」
疑問に首を傾げる少年。
ゴーレムに近付いたネイサンさんが手招きして少年にも見るように言う。
「あ……!」
ネイサンさんが弾丸を通したのは腕の接合部分。
「ゴーレムっていうのは腕や足、胴体といったパーツを組み合わせて造られている。それらを繋ぎ合わせている部分には僅かな空洞ができているんだ。人間の腕も通せないような狭い隙間だけど、銃弾を通すぐらいのことはできる」
しかし、その隙間を狙ってはゴーレムに邪魔される。
だから脇で跳弾するように狙って撃った。
「このゴーレムは少し前に行った『遺跡』で戦ったゴーレムに似ている。どういう角度で撃てば、どんな風に跳ね返るのかは知っていた。おかげで魔石を撃ち抜くことができた、っていうわけで……どうした?」
説明をしていると少年がキラキラした目で見ていることに気付いた。
「すっっごいかっこよかったです! 俺に銃の使い方を教えてください」
「……悪いけど、今はそんなことをしている余裕がないんだよ」
弟子志願する少年を跳ねのけるネイサンさん。
「おーーーい」
そこへ、ずっと後ろにいたギルダーツさんが合流した。
ギルダーツさんの背中には鉱石が一杯に詰め込まれたリュックがある。以前から自分たちで行っていた雑用だが人数が減ったことで各自の負担が増えていた。
「そ、それくらいの雑用なら俺がします! だから弟子にしてください!」
「……好きにしろ」
縋り付くように懇願する少年を断ることができずに弟子入りを受け入れることになった。




