第25話 火山の門番龍
迷宮地下30階。
マグマの海。その間にできた道を通って最奥へ到達すると姿を現すのは、火山フィールドのボスであるレッドドラゴン。
マグマの海に浮いた島で寝ていたレッドドラゴンがゆっくりと体を持ち上げる。
『何か用か?』
最強種のドラゴン。
それが気怠そうにこちらを見る。
いや、正しくは不貞腐れていた。それも随分と前からだ。
「久し振りだな」
『我には出番がないからな』
レッドドラゴンが気にしているのは火山フィールドのボスであるにも関わらず本気で戦うことができなかったこと。
門番として転移魔法陣の前に居座るレッドドラゴンの役割は、迷宮へ侵入した冒険者を攻撃して先へ到達するのを阻むこと。ただし、圧倒的な力を誇示しては迷宮への侵入を諦める冒険者が現れて人が減ってしまう。
だから適度な手加減が求められており、魔物の中では知能の高いドラゴンが適していた。
普段は冒険者の進む道から離れた場所にある島から火球やブレスを吐いて脅し、強さを認めた者に対しては飛んで上空から爪で攻撃する。大抵の冒険者が接近したレッドドラゴンに恐れを抱き、倒すことを諦めると先へ進むことを優先させる。
ただし、最強種にとっては手加減が求められている状況が気に入らなかった。
「もう何百年も同じ事をしているんだから気にするなよ」
『門番をするのは構わない。我はそういう契約で【召喚】されたからな。だが、気に入らないのは敵が侵入していた時の話だ』
「そっちも事情は説明しただろ」
レッドドラゴンの言う『敵』というのはリオの事だ。
リオは、迷宮にとって侵入を阻まなければならない敵。戦うのなら手加減など必要のない相手だった。
あの時は、地下27階に配置していた溶熱巨人が倒されてしまった。
溶熱巨人はレベル300で、殺さない事を条件に全力で戦わせていた。
それでも負けてしまった。
魔物の召喚には魔力を消費する。召喚した魔物が強ければ強いほど多くの魔力を消費してしまうため、溶熱巨人が倒された損失は甚大だった。
そんな状況でレッドドラゴンまで失う訳にはいかない。
『あのような強者を前に見逃すなどドラゴンとしての恥だ』
レッドドラゴンにはリオたちに手を出さず、見逃すよう指示を出していた。
リオも同じ迷宮主としてドラゴンが倒された時の損失を理解してくれたおかげで意図を汲んで先へ進んでくれた。
「あの時にしていたのは競争だ。適度に相手の動きを遅らせることができれば十分だったんだよ」
『我には関係のない話だ』
あの時からヘソを曲げられてしまった。
それでも自分に与えられた役割は果たして冒険者への脅威にはなってくれている。
『我の思いと契約は別だ。どれだけ気に入らない状況だったとしても任せられた仕事は必ずやり遂げる。その程度の事ができずにドラゴンを名乗るなど恥ずかしくてできない』
最強であると同時に誇り高いのがドラゴン。
中には欲望の為に誇りを棄ててしまうドラゴンもいるが、多くのドラゴンが力に誇りを持っている。
「だったら、ちょうどよかった」
『ほう……』
「今すぐに敵を用意することはできないけど、全力で戦える相手なら用意することができるぞ」
レッドドラゴンの前に立つ俺の隣に魔法陣が描かれる。
迷宮内で人や魔物を移動させる為に使用する【転移】の魔法陣。一瞬の後に現れたのはイリスだった。
『どういうつもりだ? まさか女に戦わせるつもりか』
「眷属の力は理解しているだろ」
迷宮にいる魔物は、迷宮主や迷宮眷属よりも下位の存在として扱われる。
そして、下位の存在は上位者へ逆らうことができない。レッドドラゴンも俺やイリスの命令には従わなくてはならない。もっとも、渋々従うことになるので調教した時ほど効率的に動いてくれる訳ではない。
これからやろうとしている事には効率が必要だった。
「私と全力で戦って」
『……それは、殺すつもりで戦え、ということか?』
レッドドラゴンが迷いながら尋ねる。
さすがに殺されるのは困るので訂正する。
「これまで神様や神様の眷属とも戦って俺たちはレベルを着実に上げてきた」
もう人の限界を越えるレベルに至った。
それに迷宮から与えられる恩恵によってレベル上昇時におけるステータスの上昇も普通より高い。
もはや簡単には負けない。
もしも、負けるような相手がいるとしたら俺たちと同じようにイレギュラーな存在だ。
「これからイレギュラーな奴の所へ行く。できる限りの準備はしておきたいんだ」
『で、我は何をすればいい?』
訓練相手になってほしい。
レッドドラゴンは瞬時に理解してくれた。
「【蒼氷羽衣】」
イリスの姿が一瞬にして変わる。
蒼く輝く半透明な羽衣に包まれた姿は神秘的で見る者を魅了する力がある。
『神性を帯びた羽衣。それも羽衣に神性が宿っているのではなく、神の力が羽衣の形を作っている。随分と面白い力を手にしているものだ』
イリスの切り札とも言える【蒼氷羽衣】。手に入れた【氷神の加護】を具象化させた姿だ。
「『遺跡』から帰った後も毎日のように訓練を続けて大きな力を使っていない時なら消耗しないでいられるぐらいには慣れた。けど、今のままだと絶対に足りない」
ブリザードローブを手に入れたことによってイリスの防御力は飛躍的に上昇した
眷属になる前のイリスは、身軽な体から繰り出される多様な剣技によって相手を翻弄する剣士だった。そのため体を重くして動きを制限する鎧を身に纏うことができなかった。
眷属になった今なら鎧を纏っても問題ない筋力を保有している。
しかし、長年体に染み付いた剣技を棄てることになる。防御力の代わりに技術が失われてしまっては本末転倒。
そうした理由から最低限の防具しか身に付けていなかった。
「私の目標は、自分よりも格上と戦っている時でもブリザードローブを持続できるようにすること」
戦闘中を想定した持続訓練が必要だった。
効率を考えた結果、イリスが求めたのはブリザードローブの対局とも言える炎の攻撃を受け続けること。
纏う冷気が溶かされる維持することができれば戦闘中も解かれることにはならないだろうと予想した。
『それで、選ばれた相手が我、ということか』
「不満か?」
訓練の相手として利用されるのは不満ではないか、と思った。
『いや。この状況で相手に選んでくれた、ということは炎を司る者の中では最強、と判断してくれたのだろう。その信頼に応えなくてはドラゴンの名折れだ』
咆哮を上げるレッドドラゴン。
火山が咆哮によって揺らされ、マグマが通路へと侵入してくる。
「おっと」
マグマを被れば無事では済まされない俺は上空へ避難する。
一方、通路に残ったままのイリス。マグマに冷気が溶かされながらもどうにか耐えている。耐えていると言っても、その顔は苦痛に歪んでいる。押し寄せるマグマを凍らせることによって防いでいるだけに過ぎず、少しでも気を抜いた瞬間に溶かされてしまう。
『酔狂な奴だ。訓練とはいえドラゴンを相手に本気の訓練を申し出るとは』
「悪いけど、ドラゴン程度に後れを取るつもりはない」
『その言葉。しかと受け取った!』
ニヤリ、と笑みを浮かべるレッドドラゴン。
イリスの真正面から炎のブレスを吐かれる。
同時に羽衣が正面へと移動してイリスの身を守り冷気による障壁を発生させる。
『ほう……』
ブレスの通った後を見てレッドドラゴンが感嘆した。
ドロドロに溶かされてマグマに侵された道だった場所。そこにマグマを凍らせることで足場を確保したイリスが立っていた。
『回避した訳でも、炎に耐性のある障壁を展開させた訳でもない。純粋に冷気のみで我のブレスとマグマに拮抗したか』
羽衣が元の状態に戻り、息を荒くしたイリスが無事な通路まで跳ぶ。
「今のを消耗することなく受け切ることができるようになりたい。あまり効率のいい方法とは言えないかもしれないけど、何度も耐えることで無理矢理にでも慣れさせる」
『効率? そんなものは必要ない! 真に強くなりたい、と願うのなら想いが何よりも大切だ。お前が願うのなら我は何度でも付き合おうではないか!』
魔力が回復次第、再び同じようにブレスとマグマに耐える訓練が始まる。
無理のある訓練で、止めたかったところだがイリス本人が望んだことであったため止めることができなかった。




