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ダンジョンマスターのメイクマネー  作者: 新井颯太
第36章 防衛構築
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第17話 夏のような暑さの春

 春も本格的に始まれば暖かくなる。

 朝の忙しい時間帯を避けて暖かくなった頃に冒険者ギルドを訪れてみる。


「あれ、みんなどうしたんだ?」


 ギルド内には多くの冒険者がいた。だが、いつもなら依頼を受けた後に都市の外へ出掛けていてもおかしくない時間帯だけにいつまでもいるのはおかしい。

 冒険者たちは酒場で冷やされた水を飲んで喉の渇きを潤していたり、テーブルに顔を伏せてだらけていたりしている。立って依頼票が貼られた掲示板を見ている冒険者も目がどこか虚ろだ。


 明らかな異常。

 事情を聞く為にカウンターにいたルーティさんに近付く。


「こんにちは。何かあったんですか?」

「あ、マルス君」


 異常なのはルーティさんも同じだった。風通しをよくする為に胸元が大きく開かれており、長袖の制服が肘まで折られている。

 男性冒険者を誘う扇情的な姿なのだが、多くの冒険者たちがだらけているせいもあって注目されていなかった。


 だが、周囲の状態が平気な俺には関係ない。

 つい目が引き寄せられてしまう。


 と、一瞬だけ覗いたところで視界が閉ざされてしまう。


「……何をするんだ?」

「私たちを相手に欲情するならともかくルーティさんを相手に欲情するのは許せない」


 後ろへ回り込んだイリスに手を回されて目を塞がれた。


「……マルス君?」


 ルーティさんからも睨まれてしまう。


「屋敷へ帰れば家族がいる身なんですから自重してください」


 胸元を閉めて服を正すルーティさん。未だに腕捲りされたままなことぐらいは見逃してあげた方がいいだろう。


「随分とだらけていますね」

「マルス君は平気みたいですね」

「ええ、まあ……」


 体を動かしているわけでもないのに汗を流している冒険者。制服を着崩した冒険者ギルドの受付嬢。


 原因は気温の高さにあった。

 春のうららかな暖かさとは思えないほど暑くなっている。


「春だというのに真夏並みに今日は暑いですからね。皆、突然の暑さに体が慣れていないせいでバテているんです」


 1カ月前までは凍えるような寒さの日があったくらいだ。

 それが、いきなり暑くなったせいで対処できていない。


「これは依頼どころではないですね」

「幸いにして急いで片付けなければならない依頼はないですから無理をする必要はないですよ」

「ありがとうございます」


 事情は分かった。


「ところでマルス君は平気みたいですね」

「鍛えていますから」

「……嘘はよくない」


 適当に言葉を返したところ隣にいるイリスからジト目で注意された。


「マルスが平気なのは私が隣にいるから」

「イリスさん?」

「手を出して」

「こう、ですか?」


 両手をカウンターの上に出す。

 すると、ルーティさんのイリスが握る。


「冷たっ……え、どうなっているんですか?」


 氷のように冷たいイリスの手。


「なになに?」

「どうしたの……?」


 ルーティさんの両隣にいた受付嬢も寄ってくる。


「わ、ここだけ涼しい」

「サービス」


 答えは単純だ。

 暑さに苦しまないようイリスが常に魔法で冷気を放ってくれていた。


「屋敷には子供たちもいる。あの子たちが苦しまないようにするのも私の仕事」

「たしかにイリスさんがいるなら暑さで苦しむこともないですね」


 屋敷は魔法のおかげで快適に保たれている。

 それに俺たちがいない時には気温を一定に保つ魔法道具を設置して使用できるようにしている。


 屋敷が暑くて困ることはない。

 困ったところと言えば、暑さから逃れる為にガエリオさんたちが頻繁に屋敷を訪れることぐらいだろう。

 屋敷を快適に保つ魔法道具など高すぎて貴族や大商人でもないと手に入れることができない。


「マルス君たちは、これからどうしますか?」

「急いで片付ける必要のある依頼がないなら掲示板だけ見て帰ります」


 掲示板へと移動して依頼を確認していく。

 冒険者ランクによって仕分けられた依頼の多くは、魔物の素材を必要としているため狩ってきて欲しいというものだった。

 だが、ランクを問わずに『どうにかしてほしい』という目的で貼られた依頼票は大半が『暑さをどうにかしてほしい』というものだった。


「イリス。お前なら、どうにかできるんじゃないか?」


 要領は、クラーシェルを雪と氷で鎖した氷神がやっていた方法だ。

 【氷神の加護】を得たイリスなら不可能ではない、なんていう甘い幻想を抱いての言葉だった。


「一時的になら凍結させることは可能。けど、こんな暑い状況で凍らせるとなると大量の魔力が必要だから数分が限界。そんな短時間だけ凍らせて意味がある?」

「……そうだよな」


 ルーティさんの前では強がって見せたものの、イリスがいなければ暑さが苦しいのは俺も同意見だ。


「それにしても、どうしてこんなに暑いんだ?」


 少なくともアリスターへ来てからの数年間で春にここまで暑かったことはない。


『原因は地脈だね』

「地脈?」

『そう、少し前から世界規模で不安定な状態が続いている。短期間で頻発した神の降臨、今までにない場所への『遺跡』の接続――理由は色々と考えられるけど、異常事態が続いたせいで地脈も歪んだ。そのせいで環境にも影響が出るようになってしまったんだ』

「対処方法は?」

『ないね』

「そんな……」

『勘違いしないでほしい。これは時間が解決してくれるのを待つしかない。ただ、異常気象が続いたとしても1年、長くても数年以内には収束するだろうね』


 迷宮核の解析結果を聞いて安心した。

 こんな状態が続くようなら今後の在り様について考える必要があった。


『今は目先の問題について対処した方がいいんじゃないかな』

「そうだな」


 まずは歪んでいた地脈を正常に戻す必要がある。

 迷宮核は、時間が解決するのを待つしかないと言ったが、全く対処ができない訳ではない。


「迷宮周囲の地脈に干渉して気候が落ち着くようにしよう」


 緻密な計算が必要になるが迷宮の周囲の土地から魔力を吸い上げる能力を応用すれば修正することは可能だ。


『明日までには必要なデータを集めるから、明日になったらイリスを貸してね』

「任せて」


 今となっては迷宮の管理は俺よりもイリスが詳しいぐらいだ。

 もう迷宮主の地位を譲り渡して俺が眷属になってしまいたいところだが、本人が頑なに拒否するのでそういう事態にはなっていない。


『これ以上大きく気温が上昇することはないと思う。けど、春なのに夏みたいに暑い状況には対処した方がいいよ』

「そうだよな……」


 夏への準備が全くできていないまま夏になってしまったようなもの。

 特に心配されているのが食品の保存だ。冷却しておく為に必要な氷や魔法道具が準備できていない。

 このままだと致命的な危機を迎える可能性もあった。


「今、氷を求めている人がいた」


 依頼票に高い金を出してでも氷が欲しいというものがあった。


「……仕方ない。氷を採ってくるか」


 氷を輸入するには北方地方にある雪山から切り出して輸送する必要があった。

 しかし、北部に伝がある訳でもなく、伝のある商人を同伴させたとしても商人を移動させるのが時間的に厳しい。


 もう一つの入手方法に頼るしかない。


「でも、迷宮で氷が採れる場所なんて……」


 イリスが不安そうに表情を曇らせる。

 困っている人たちを助ける術はあるが、俺たちにしかできない事だった。

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