第14話 ガルディス帝国との戦争状況-前-
事の発端は花見ができるように設定を終えた直後、迷宮の構造を変えるには『構造変化』のタイミングである必要があるため時間に余裕ができた。
そこで、以前からの計画を進めるため新鮮な情報を手に入れることにした。
「お、来たな」
自分の陣地に人が訪れたことを察した男が声を上げる。
「どうも」
グレンヴァルガ帝国皇帝のグロリオ。冒険者としても活躍していた男であり、2代前の皇帝の子供だった男。残念ながら当初は皇帝から認知されていないこともあって皇位継承権すら持っていなかった皇子。
それが何の因果なのか迷宮主となってしまったことから皇帝となることができた。
今は当時のパーティメンバーを皇妃と側妃に迎えて皇帝の執務に励んでいる。
数年前まで普通の村人であり、今も冒険者でしかない俺なら会うことの叶わない相手だが、今日は迷宮主として会いに来た。
ここまではリオの眷属であるソニアのスキル【転移穴】を利用したため移動時間は一瞬、誰に見られることもなく皇帝の私室に集まることができた。
今回は、近況を報告する意味も兼ねている。
あまり大きく移動することのできないリオとは違って、他国にも行っている俺たちが現地で得た情報を話す。逆にリオからは皇帝という立場でしか得られないような機密を教えてもらう。
踏み込み過ぎた協力関係だったが、お互いの安全には必要な関係だった。
ま、それとは違った報告もある。
「……ここ、どこ?」
俺の足の後ろに隠れていたシエラがヒョコッと顔を出す。
ちょっと遠出をするとだけ言ってあり、いきなり目の前の光景が変わってしまったことに驚いて隠れてしまっていた。
「お友達の家だよ」
「ともだち?」
リオの側にもたくさんの子供がいる。
その中でもリーダーシップを発揮する長男が胸を張っていた。
「……?」
相手が誰なのか分からないシエラが首を傾げる。
「さすがにあの頃の事は覚えていないわよ」
「……ん」
シエラを以前にここへ連れて来たのは生まれてから数カ月しか経っていない頃と去年の秋。
半年前にも一緒に遊んでいたのだが、まだ2歳にもなっていないシエラは毎日が新鮮に感じられる。半年も会わなければ忘れてしまっていた。
「えらいひと?」
「そうだな」
相手は皇族。普通なら絶対に会うことのできない人物。
「あそこにいるガーディル君とは仲良くしておいた方がいいぞ」
なにせ相手はシエラの旦那様となる人物。
幼馴染と呼ぶには会う回数が少なく、身分に差があり過ぎるものの今のうちから仲良くしておいても問題はないだろう。
ててて、とガーディル皇子の前まで歩いて行く。
今日のシエラが着ているのは、会うのが王子だと伝えていたためちょっとおめかしをしてピンク色のドレスにも似たワンピースを着ている。
ワンピースの裾を少し持ち上げて頭を下げる。
「シエラです。ほんじつは、おまねきありがとうございます」
少したどたどしかったものの令嬢のように挨拶をするシエラ。
ここまでしっかりとした姿を見たことがなく驚いてしまった。
「……シエラ?」
「いえたよ!」
娘の意外な姿に驚いたアイラが思わず名を呼ぶ。
だが、練習していた通りに言えたことに喜んだシエラが抱き着いたのはアイラではなくメリッサだった。
「できた?」
「うん。できていたわよ」
「えへへっ」
屈んで抱き着いてきたシエラの頭を撫でるメリッサ。
「いや、何を教えているのよ!?」
いきなり、きちんとした挨拶をしたかと思えばメリッサが教えていたらしい。
「大丈夫ですよ。この子は、自分の言葉の意味なんて分かっていません。ただ、お嬢様に会った時の挨拶を教えてあげただけです」
以前にリオの子供たちと遊んだ時に彼の娘の一人が綺麗な動きで挨拶をしていた。自分とそれほど年齢の変わらない子供がしっかりと挨拶をしていた姿に感銘を受けたシエラは、お嬢様に憧れてしまった。
「そういえば、お嬢様になりたいなんていう風に相談されたこともあったかな」
お嬢様とは縁遠い生活をしていたアイラにはどういったアドバイスをすればいいのか分からなかった。
早々にアイラを見限ったシエラは、真っ先にメリッサを頼ることにした。
この辺は子供ながらに誰へ相談すればいいのか分かっている。
「とりあえず挨拶だけは教えてあげました」
本人としては、それだけでも満足だったらしく披露できたことに笑みを浮かべていた。
「お前も負けていられないぞガーディル」
「は、はい……!」
どこか緊張した様子のガーディル皇子がシエラに手を出す。
「がーでぃるだ。ともだちになってくれ!」
「いいよ」
大声を出す様子に戸惑いながらも承諾するとガーディル皇子が笑顔になる。
「これは子供たちの未来も安泰だな」
「……俺としては複雑だよ」
アルフとソフィアの二人を連れてガーディル皇子についていくシエラ。
その光景を見ながら微笑ましくしているリオだったが、将来の事を思うと今から不安で仕方ない。
「子供たちは子供たちで遊ばせましょう」
部屋の中心にある大きなテーブルではカトレアさんがお菓子とお茶を準備して待ってくれている。
「いいんですか、将来の皇帝となる子供をウチの子供たちなんかと遊ばせて」
「大丈夫ですよ。なにせ私たちは十数年後には正真正銘の家族になっている間柄なのですから」
随分とマリーさんの観測した未来を信用している。
あまりスキルで見た光景を信用しすぎるのは危険だ。なにせ彼女が観た未来は回避が不可能というわけではない。とはいえ、【未来観測】を信じてここまで歩んできたのが彼女たちなのだから、部外者である俺がどうこう言うのはおかしい。
「こっちは娘を不遇に扱わないと約束してくれれば十分ですよ」
「あら、随分と物分かりがいい父親ですね」
「義父に相談したら、今の内から悩んでいても仕方ない。いずれは嫁に出さないといけない娘なんだから相手を信用した方がいいって言われましたよ」
未来の光景を見たことや相手の身分については触れずにガエリオさんやバルトさんに相談したところ、そのようにアドバイスされてしまった。
俺も彼らから娘を奪ったような立場なので強くは言えない。
「そろそろ今日来た目的をしようか」
「そうですよ」
「ふふっ、かわいい」
リオに相槌を打ちながらもメリッサとノエルに抱かれているディオンとリエルにメロメロになっているのがマリーさんとボタンさんだ。二人とも自分の娘を膝の上に抱いたまま隣に座る二人に抱かれた子供たちを撫でている。
大人しくされるがままにしているディオン。あまり泣かず、手の掛からないおかげで随分と助かっている。今もメリッサに抱かれたまま眠っている。
対して大変なのがリエルだ。頭を撫でられるのが嫌なのかノエルの胸に顔を押し付けてマリーさんの手を狐耳でペシペシ叩こうとしている。あの子なりの必死な抵抗なんだろう。
リエルは必死にしがみついたまま離れようとしない。
「ちょっと子供たちの様子を見ていてくれ」
危険はないとはいえ誰かが見ている必要がある。
これから話し合う内容については後で教えれば済む話だ。
「じゃあ、ちょっと離れているね」
しがみついたままのリエルを抱いたノエルが離れるのを見てから話し合いを始める。
「お前らが知りたい情報については分かっている」
「もう候補は一つしか残っていない。いい加減にガルディス帝国へ行こうと思う。だけど、さすがの俺たちでも戦争中の国境を越えてガルディス帝国へ入るのは危険が伴う。状況はどうなっているんだ?」




