第12話 黄金の獅子
――迷宮地下65階。
「ぅ……ここは?」
ヨルタン・リシャルレットが朝になって目を醒ました。
「なに……?」
しかし、目の前に広がる見覚えのない光景に戸惑いを隠せない。
必死に記憶を手繰り寄せるが、直前の記憶とはあまりにかけ離れた光景。
「私は寝室で寝ていたはずだ。それが、なぜ森で目を醒ます」
目の前に広がるのは鬱蒼と生い茂る森。
豪華な調度品の置かれた寝室とはかけ離れた光景だった。
「クソッ、何がどうなって……ッ!」
状況を把握しようと周囲を見渡す。
すると見知らぬ光景の中に見知った人物が寝ているのを見つけて安堵する。
「イルザ!」
「ヨルタン、さま……?」
大きな声で執事の名を呼ぶと執事も虚ろな表情で目を醒ました。
執事の周囲には、同じように眠らされた男たちがいる。服装などから真っ当な人間ではない、と判断することができるゴロツキ共だ。
「そいつらは?」
「冒険者マルスを支配下に置く為に雇った男たちです。ですが、敵の方が一枚上手だったらしく、逆に奇襲されてしまいました」
「な、に……?」
「見知らぬ場所へ連れて来られているところを見るにどうやら隔離されてしまったようです」
「ど、どうするのだ!?」
「まずは、ここがどこなのか知ることが必要です」
しかし、執事が周囲を見渡してもどこかの森であること以外は分からない。
いや、普通の森よりもジメジメしていることを考えれば、かなり暑い地域にある森だと予想できるのだが、春になったばかりのアーカンナム地方ではあり得ない。
かなり離れた場所まで移動させられたことが分かっただけで、具体的な事は何も分からない。
「クソッ、お前のせいだぞ!」
「落ち着いてください、ヨルタン様」
「これが落ち着いていられるか!」
それだけ騒いでいれば気絶させられていたゴロツキ連中も起き出す。
興奮状態にあるヨルタンが今の状況を説明してゴロツキたちに何か知らないか尋ねる。
「悪いが、俺たちにもここがどこなのか分からない」
「クソッ……!」
「だが、心当たりはある」
「本当だろうな」
「40人以上が一度に気絶させられて同じ場所へ移動させられた。移動には転移系のスキルでも使われたんだろうけど、こんな大人数を連れての移動なら長距離の移動は不可能なはずだ」
実際には、移動可能な場所なら距離を問わずに移動が可能だがゴロツキたちは常識で自分の知識を語る。
「アリスターからそれほど離れていない、全く環境の異なる場所――そんな場所の心当たりならある」
「……迷宮、か」
「正解」
ロレンの言葉にヨルタンも納得する。
迷宮なら見知らぬ環境なのにも納得できる。
「ここが迷宮なのだとしたら脱出すればいいだけの話だ」
「これだからお坊ちゃんは困る」
「お、お坊ちゃん!?」
昔はそのように呼ばれていたこともあるだろう。
けど、もう20代も後半になったヨルタンにとっては呼ばれることのなくなった呼び方だ。
「俺だってアリスターを拠点に色々としていたんだ。あの町を拠点にするなら迷宮には詳しくないと生きていくことができない。調べた俺が言ってやる。迷宮にこんな森は存在しない」
地下65階にある沼地フィールドの森。
人類が到達した最下層が地下55階なのだから沼地フィールドの存在が知られているはずがない。
しかし、こんな場所は迷宮でなければあり得ない。
「考えられるのは、ここが地下55階よりも深い場所だっていうことだ」
「それがどうした?」
「ここで出てくる魔物は人類最強クラスの連中よりも強いぞ」
「う……」
魔物の強さに言及されてヨルタンが呻く。
「だ、だが……どうにか転移結晶まで辿り着くことができれば……」
花見の際、ヨルタンたちも迷宮へ入り地下15階までは護衛を引き連れて観光目的で到達している。花見シーズンで魔物の数が少なくなっていた時期なら辿り着くのは難しくなかった。
地下1階から地下15階までの転移結晶は登録されている。
あとは、どうにかこの階層にある転移結晶まで辿り着くことができれば地上までの帰還も不可能ではない。
「そんな甘い話じゃないんだよ」
「誰だ!?」
森の奥から聞こえてきた声に慌てて振り向く。
そこにいたのは、土に汚れたボロボロのシャツを着て、手入れのされていない髭と髪を伸ばし放題にした大男だった。
「ひぃ……!」
見る者を竦ませるような体格にヨルタンが腰を抜かしてしまう。
「まさかモルトさんか」
「オレを知っているのか?」
「ああ。アリスターのスラム街にいた連中から話だけは聞いたことがあるし、俺が本当にガキだった頃にチラッと会ったこともある」
「そうか。覚えていなくて悪いな」
「いや、気にしないでくれ。本当にちょっと顔を合わせただけのことだ」
懐かしむように笑顔で話しをするロレンとモルト。
そんな様子を見せられたからこそヨルタンが憤る。
「さっきの話はどういうことだ!」
「ああ。1年も前に姿を消したはずのアンタがどうしてこんな場所にいる。俺たちはてっきり死んだものだとばかり思っていた」
ある日を境に忽然と姿を消してしまったモルト。
その後でロレンがアリスターを訪れていたからこそ、不必要な衝突もなくロレンは組織を作ることができた。
「死んださ。こんな場所で1年も生活していれば表なら死んだも同然だ」
「まさか、ここにずっといたのか?」
「ああ。ここは生きていくだけなら問題ない場所だ。森には食料になる木の実や野菜もあるし、肉が欲しいなら弱い魔物もいるんだから狩って調達すればいいだけの話だ」
森の中には川も流れているため水にも困らない。
少なくとも『食』には困らない。外で寝起きしなければならないことにさえ我慢すれば『住』にも困らないだろう。さすがに『衣』にまで手は回らないため連れて来られた時の服を着続けているためボロボロになっていた。
「ついて来い。さっきの言葉の意味を教えてやる」
モルトに案内されるまま地下65階を歩くヨルタンたち。
しばらくすると地面から浮いている結晶が見える。
「あれが、この階の転移結晶だ」
「おお!」
彼らが目を醒ました場所は、地下65階の入口からそれほど離れていない場所になる。
問題は、転移結晶の隣で眠っている魔物だ。
輝く鬣を持つ、金色の獅子。
「まさか、ここのボスか?」
「いや、ボスなら反対側にある出口の前にいる」
地下65階のボスは、エルダートレント。木に擬態した魔物で、周囲の木々をも操る能力を有している。仲間が万全なモルトでも敵わないほどの強さを誇る。
「では、あそこで寝ている魔物は雑魚か?」
「いいや、どうしてあんな所で寝ているのか不思議なくらいだがエルダートレントが雑魚に思えるぐらいの強さを持っている」
地下65階へ連れて来られた当初、仲間がいたこともあってモルトも脱出を目論んだ。ところが、エルダートレントには敵わないと判断し、残された選択肢である黄金の獅子へ戦いを挑んだモルトは後悔した。
「奴は転移結晶に近付く奴以外には興味がない。だが、少しでも奴のテリトリーへ入ったなら食い殺されることになるぞ」
実力を知らない内に仕掛けたせいでモルトたちは半数が食われ、生き残った半数もサバイバルを決心するものの過酷な状況に耐えられず一人ずつ倒れていった。
気付いた時にはモルト一人だけとなっていた。
「自殺したいなら奴に近付けばいい。俺は、自分から死ぬ勇気もないから、ここでサバイバルを続けている臆病者だよ」
そう言う顔には以前のスラム街で部下をまとめていた面影はなかった。
「ここにいるっていうことは、お前らもマルスに喧嘩を売ったんだろ」
「モルトさんも?」
「ああ。奴には弱点になる身内がいるから、奴の母親が孫を連れて外出した瞬間を狙って誘拐しようとしたんだ」
その時は俺たちもいなかった。
だから、隙があるように見えたんだろうけど、誘拐は失敗に終わり気付いた時には迷宮へと連れ込まれていた。
「奴と敵対したのが全ての間違いだった。ここには奴と敵対していたと思しき連中が他にもいた。その事を考えれば、ここは奴にとっての処刑場だろう」
処刑場とは失礼な言い方だ。
絶対に脱出が不可能な階層であり、飼い殺しにする為の牧場みたいな階層でしかない。
「おい、どう責任を取るつもりだ!」
ロレンがイルザへ詰め寄る。
「俺たちは奴と敵対するつもりなんてなかったんだ。それなのに、あんたが依頼なんて持ち込むから、こんなことになったんだろうが!」
「私だってこんなことになるなんて思っていなかった!」
問い詰められ後ろへ下がるイルザ。
しかし、この場に逃げられる場所など存在しない。
「いや……ある!」
目の前へ迫るロレンの圧力に耐えられなくなったイルザが駆け出す。
向かう先は、転移結晶だ。
「ははっ、あれにさえ触れることができれば……」
それよりも先を口にすることができない。
なぜなら、駆けていたイルザの体がサイコロのように細切れにされてしまったからだ。
「そ、そんにゃあ……」
「お前ら、あいつが何をされたのか見えたか?」
「……」
付き従ってくれていた執事が刻まれ、モルトの質問に対して何も答えることができないロレンたち。
誰も斬り刻まれる瞬間を見ることができなかった。
気付いた時には、起き上がった黄金の獅子が前足を浮かび上がらせていた。
と、起き上がった黄金の獅子がゆっくりと刻まれたイルザの死体へと近付く。
「まさか……」
ヨルタンが恐怖したように大きな口を開けると刻まれたイルザだった肉塊を口に咥えていく。
黄金の獅子にとっては久し振りの食事でしかなかった。
「奴と敵対した時点で俺たちに与えられた選択肢は二つだ。奴に食われて死ぬか、ここでサバイバルをするか」




