第5話 ハーピィクィーンの卵
花見による騒動が落ち着いた頃、冒険者ギルドの話題は草原フィールドから鉱山フィールドでの出来事へ変わっていた。
「ほ、本当に銀色の鉱石を見つけたんだ!」
「ミスリルだろ。たまに採れるんだから騒ぐほどじゃないだろ」
「いや! 俺もミスリルは手にしたことがあるから分かる。絶対にミスリルなんかじゃなかった」
断言する新しい金属を手にした冒険者。
まあ、ディアント鋼は見た目こそミスリルに似ているもののミスリルよりも重たく、頑丈であるため手にすれば違うことが分かる。
どうやら順調にディアント鋼は有名になり始めたみたいだ。
「どうする?」
「チッ、最近まで花見の護衛に駆り出されていたから休もうと思っていたんだが、行ってみる価値はあるかもしれないな」
正体不明の金属が出現した。
金の匂いに敏感な冒険者たちが迷宮を目指すようになる。
「マルス君は行かないのですか?」
カウンター越しに担当であるルーティさんが尋ねてくる。
「もうけっこうな額を稼いでいますから彼らの取り分を奪うような真似はしませんよ」
「あまり稼ぎ過ぎてしまうと恨まれますから」
今日の付き添いはメリッサ。
遺跡の調査が行き詰まっているため気分転換で情報収集の為に冒険者ギルドを訪れた俺に同行していた。
「けど、家族が多い事を考えると貯め込んでおいた方がいいんじゃない?」
「そういう話なら切実に貯蓄が必要な人に教えてあげてくださいよ」
ブレイズさんなんかは子供も無事に生まれたらしいので色々と入用になっているのだが、パーティの火力において要だったマリアンヌさんが抜けているに等しい状態であるため収入が減る。
「ちょっと危険な依頼が舞い込んでいて確実に成功できる人にお願いしたいんです」
「……危険な依頼も持ち込まないでくださいよ」
「何を言っているんです。今のアリスターで最も強い冒険者に頼むのは当たり前でしょう」
慣れた手付きでルーティさんが依頼票を出してくる。
「ハーピィクィーンの卵?」
「……リシャルレット家からですか」
依頼人の名前を見てメリッサが呟いた。
花見会場で騒ぎを起こした貴族だったが、まだアリスターにいたのか。
「問題は起こしましたけど、幸いにして怪我をしている人は誰もいなかったので軽く注意するだけで終わったんです。で、どうやら迷宮に興味を持ってしまったらしく調べたみたいなんです」
「で、ハーピィクィーンを求めていると」
「いますよね?」
ルーティさんは俺が迷宮を奥深くまで潜り、依頼を受けていない時は入り浸るほど探索していると思っている。だから、迷宮に出現する魔物にも詳しいだろう。
その考えは間違っているのだが、迷宮主権限で調べれば答えは一瞬で得られる。
「いますね」
都合よく勘違いもしていることだし、話を進める為に肯定する。
「リシャルレット次期伯爵が食べてみたいと言っているんです」
普通のハーピィの上位種にあたるハーピィクィーン。
彼女が産み落とす卵は、普通の卵では考えられないほどの極上品で多くの美食家が追い求めるほどだと言われている。
実際、シルビアの手によって調理された卵料理は今までに食べたことがないほどに美味しかった。
問題があるとすればクィーンという名前がつくようにハーピィの上位種であるために数が少ないことだ。卵を得ようとしても、卵を産むハーピィの数が限られている。
それから問題がもう一つ。
「そいつは馬鹿ですか」
ハーピィクィーンは卵を産み落とした後は非常に気性が荒くなる。
特に卵を奪おうとする者に対しては命懸けで排除しようと攻撃してくるため卵を得るにも命を懸ける必要がある。
「ギルドとしても報酬を払ってくれるのなら通常通りに依頼を引き受けるしかありません」
危険な依頼であるため報酬も金貨20枚と跳ね上がっている。卵一つにこれだけの報酬を出せる神経が考えられない。
「マルス君ならできますよね?」
「……まあ、他の人にやってもらって怪我でもされる訳にはいきませんからね」
貴族なら権力を用いて無理矢理依頼を受けさせることが可能かもしれない。
☆ ☆ ☆
迷宮地下31階。
高山フィールドと知られる階層は、高い山を下りて次の階層を目指すようになっている。高山でしか得られない薬草や食料を目当てに多くの冒険者が訪れる。
当然、ここで出てくるのは山に生息する魔物だ。
初めて高山フィールドを訪れた冒険者は、高すぎる場所からの景色といつ茂みの向こうから襲われるのか分からない恐怖に怯えながら進むこととなる。
ただし、高山フィールドには最も簡単なショートカットが存在している。
それが切り立った山の斜面に沿って下りて行く方法だ。それなら歩き難い山道を進む必要がなく、最短距離で下まで到達することができる。
もちろん、メリットに見合うだけのデメリットがある。
まず、数百メートルもの斜面を下りる必要がある。専用の道具があったとしても難しい作業になるのは間違いない。それに切り立った崖には鳥型の魔物が巣を作っていることが多いため狙われていると勘違いして襲い掛かってくる。
とにかく危険の付き纏うルート。
「そんな場所へ行かなければならないのは何故でしょう」
「仕方ないだろ。ハーピィクィーンの巣がここを下りた場所にしかないんだから」
今回の依頼は巣にある卵を回収すること。
ハーピィクィーンの巣は、何もない崖の途中にしかないため危険なルートを辿る必要がある。
「迷宮主なのですから自分で用意するのは?」
「迷宮の魔力を消費しろっていうのか」
「ハーピィクィーンの方から献上させればいいではないですか」
「あいつら卵に関する命令だけは聞かないんだよ」
自分たちで食べる為に欲しかった時も自分で挑んで手に入れた。
「では、付き合います」
今日の付き添いがメリッサで本当によかった。
メリッサと手を繋ぐと誰にも見られていないことを確認してから崖へ飛び降りる。
「……! 大丈夫だと分かっていても落ちると恐怖心が凄まじいですね」
地面は見えない。
普通ならこのまま地面に叩き付けられて染みになってしまうところだろう。なにせ俺たちはクライミング用の装備を何一つ身に付けていない。
「来たぞ」
眼下に目的地が見えたところで崖から突き出るように作られたハーピィの巣からハーピィたちが出てくる。
全員が殺気立っている。クィーンもそうだが、普通のハーピィも定期的に卵を巣で産み落とす。そんな卵を奪いに来た人間だと思われてしまっている。
「主として受け入れてくれないなんて悲しいな」
けれども、目的はクィーンの巣のみ。
他の巣よりも大きな巣へ向かい、近付いたところで【風魔法】を利用して減速してから浮遊する。俺も飛べるが、こういう精密な操作はメリッサの方が断然得意なので任せる。
巣までの距離は5メートル。手を伸ばしても届かない。
「【虚空の手】」
しかし、今の俺にはさらに遠くまで手を伸ばせるスキルがある。
スキルを利用してハーピィクィーンの卵へ触れると【道具箱】へ収納する。
「撤退だ!」
魔法を解除すると重力に任せて落ちる。
ハーピィクィーンも巣から卵がなくなっていることに気付いたが、落下している俺たちの速度はハーピィクィーンの飛行速度を上回る。
地面が見えたところで減速させて着地する。
「これで依頼完了だな」
「それは構わないのですが、こちらの状況はどうしますか?」
「こちら?」
メリッサに言われて振り向くと腰を抜かして座り込んでいる3人の冒険者の姿が見えた。
「ア、アニキ」
「ああ……」
「俺、夢でも見ているのかな?」
「いや、俺も同じ光景を見ているんだから夢なんかじゃないさ」
「けど、空から人が降ってきたよ」
下にいた彼らにしてみれば一瞬の内に人が落ちてきたようにしか見えない。
「今のは高ランク冒険者なんだから出来た事なんだ。決して真似しないように」
彼らの様子からして低ランクの冒険者なのだろう。
ここは高ランク冒険者の特権を活かして回避させてもらう。




