その2:誰にも言えない夕食
私は他人の関係を、外側からなら簡単に分析できる。
しかし、自分の生活を振り返ると、そこには名前のつかない関係ばかりが並んでいる。
恋人ではない。
友人でもない。
ただ、一晩だけ互いの寂しさを埋める相手。
それを自由と呼んでいるうちは、まだ楽だった。
水曜日、会社の帰りに佐伯とエレベーターで一緒になった。
「篠原さん、今日、少し時間ありますか」
「仕事ですか?」
「いえ。よかったら、食事でも」
私は一瞬、返事を忘れた。
佐伯が私を食事に誘う理由は何だろう。
仕事の相談かもしれない。単に近くにいたからかもしれない。
それなのに、頭の中ではいくつもの可能性が勝手に膨らんでいく。
「二人で、ですか」
「ほかに誰か誘ったほうがいいですか」
「いえ、そういう意味では……」
「じゃあ、駅前の定食屋で。嫌なら断ってください」
断ってください。
その言い方が、妙に引っかかった。
私が断っても、彼は困らない。気まずくもしない。きっと明日も、いつもどおり請求書の確認を頼んでくる。
それは安心できることのはずだった。
「わかりました」
駅前の定食屋は、仕事帰りの会社員で混雑していた。
私たちは向かい合って座り、焼き魚定食を注文した。
佐伯は無理に会話を続けようとしなかった。
仕事の話を少しして、最近値上がりした食料品の話をして、最後には黙って味噌汁を飲んでいた。
沈黙が苦痛ではなかった。
それが、かえって落ち着かなかった。
「佐伯さんって、休みの日は何をしてるんですか」
「家のことをしたり、本を読んだりです」
「一人で?」
「大体は」
「寂しくないですか」
聞いてから、しまったと思った。
佐伯は箸を置いた。
「寂しいですよ」
あまりにあっさり言うので、私は目を上げた。
「だからといって、誰でもいいから一緒にいたいわけじゃないですけど」
胸の奥が、ちくりとした。
「……そうですね」
私は味噌汁を飲んだ。
熱いはずなのに、味がよくわからなかった。




