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Kamelie  作者: ariya
::3 海岸の商人::

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8.夜中の告白

「っ………」

 ベッドから飛び跳ねた椿はあたりを見渡す。誰もいない静かな寝室であった。ひどい汗をかいている。震える手で首筋を触れた。

 まだあの時の血を吸われる感触が残っている。昨日の今日のことである。簡単には忘れられない。

 椿はふらふらしながら窓の方へ行く。窓を開けるとひんやりとした空気が入ってきた。

 空をみると美しい月が見えた。潮の香と音とともにその夜空を眺める。

 また満ちる前の月であるが煌々と輝き夜の庭を照らした。

「はぁ」

 ようやく落ち着いたが、今度は喉がかわいてきた。部屋においてくれた水の入った器はからになっているから厨房でもらってこよう。

 こつこつと静かな廊下を歩き、厨房に入る。誰もいない厨房で飲み水のある場所へと近づいた。

「何をしている」

 声をかけられびくりと震えた。後ろをみると銀髪の端正な顔立ちの男が立っていた。

「ヴィル様、お水が欲しくて」

 ヴィルヘルムは椿の方へ近づいた。

「そうか」

 そういいながら椿に触れるとあまりの冷たさに眉をしかめた。

「え、と………ちょっと夜風にあたりたくて窓を開けていたんです」

 心配をしてくる男に椿はにこりと笑った。

「それにしても冷えすぎだ」

「………」

「来い」

 そういいヴィルヘルムは椿を自分の部屋へと連れ込んだ。椅子に座らせ上着を羽織らせる。

 ヴィルヘルムは椿の目の前のテーブルにワイングラスを出し、それにワインを注ぎ込んだ。

 甘い果実の匂いが心地よい。

 ヴィルヘルムはワインを椿に差し出した。

「ありがとうございます」

 せっかく差し出されたものであり一口飲むとふわりと甘さが広がっていく。のどの奥が少し温かくなるのを感じた。

「美味しいです」

 そういうとヴィルヘルムはそうかと呟いた。

「………」

 ひとくち、ふたくち飲んだ後、椿はワイングラスをテーブルの上に置いた。

「あの、申し訳ありません」

 頭を下げるとヴィルヘルムは何故と尋ねてくる。少し不愉快そうな声であった。

「ヴィル様にたくさん迷惑をおかけしてしまいました」

 そもそもこの事態になってしまったのは何の疑問も抱かずキリルを館に招き入れた自分にあるのだ。彼を懐に入れなければ、カティは死なずにすんだだろう。

「謝る必要はない」

「ですが………」

 昨日までふつうに話してくれた使用人のことを思い出すと心が痛む。明るく素敵な女性であった。確か故郷に弟がいるという。弟が彼女の死を知ってどんなに悲しむだろうか。

 気づけばとなりに座りこんだヴィルヘルムは椿の肩に触れた。

「あまり自分を責めるな。俺の落ち度でもあるんだし」

「いえ、私………」

「お前との約束を破った。朝方に使用人を送らずに直接会いにいって事情を話すべきだった」

「そんな。ヴィル様はお忙しい方なのです。私に構わずに………」

 ぎゅっと包み込まれる感覚に椿は動揺した。ヴィルヘルムに抱きしめられ椿は動揺した。自分の鼓動が早く大きくなるのを感じる。彼に気づかれていないか不安を覚えた。

「あ、あの」

「館にお前がいなくて心臓が止まる思いがした」

 危険なことに巻き込みたくないと思いこの館に押し込めていたが、危険なものが館に入り込んだことに気づきもしないで周辺への捜索に没頭していた自分が愚かしい。

 動揺し館の使用人兼組織のスタッフに命じて椿の捜索もさせた。自分自身も思い当たる場所を思い出し町中を走り回った。彼女が気に入っていた東海の品物がおいていた店にもいったが閉まっていたため仕方なく館に戻った。館にまだ彼女の居場所が不明のままであるのを確認すると再度館を出るつもりであったが、使用人から椿が東海人の商人と戻ってきたという報告を聞き慌てて館から飛び出した。

 彼女が自分から離れたということでどれだけ心が荒だったか。


「よかった………」


 ここに戻ってきてくれて。

「ご心配おかけしました」

 ただの密売品のひとつに過ぎなかった自分をここまで大事に思ってくれている。

 椿は素直に嬉しいと感じた。

 先ほどの悪い夢も忘れられそうだ。椿はヴィルヘルムに礼を言い部屋を出ようと思ったがなかなかヴィルヘルムは解放しようとしなかった。


「好きだ」


 その言葉を聞き思わず絶句した。今何をいわれたかすぐには理解できなかった。

「お前が好きだ」

 聞き違いではない言葉に椿は動揺を隠せずにいた。

「え、と………そのうまく理解ができません」

 ようやくそれをいうとヴィルヘルムは頬を赤くし顔を背けた。

「愛している、といった方がわかるか?」

 直接の言葉を使用されようやく椿は認識した。

「あ、あの………私は人とは少し異なっていますよ」

「構わない」

 はじめて会ったときからすでに知っていることだ。それで気持ちを変える気はない。

「私はあなたよりすごく年上です」

「そうだな」

「おばあちゃんですよ」

 何百年も生きた自分の身を改めて確認する。

「危なっかしくて年上ぽくみえないがな」

 揶揄するような口調で囁き、彼女の髪をなでる。

「私は………この国の人間じゃありません。それに、貴族のあなたには」

 もっと相応しい淑女がいるだろう。

 椿も向こうの国では地方の豪族の娘であったため身分については理解できている。この国の身分を正確には判断しづらいが、それでもヴィルヘルムは国内では大きな貴族の御曹司であるのはわかる。対して自分は奴隷に身を落としかけた身分のない者である。

「お前は俺が嫌いなのか?」

 ここまでああだこうだというのはさすがに不快である。ヴィルヘルムははぁとため息をついた。

「いいえ、お慕いしています。ですが………その」


 私なんかと添い遂げても苦労するだけでしょう。


「そんなことか」

 ヴィルヘルムは呆れたようにため息をついた。

「確かに俺はこれでも貴族のはしくれだし、お前と一緒になれば周りは好奇の視線を送るだろう」

「………」

「だが、それでも俺の気持ちは変わらない」

 椿がいなくなったというだけで冷静ではいられなくなっていた。失いたくないと思った。

 もう一度ヴィルヘルムは椿の髪に触れた。絹糸のように艶やかで美しい黒い髪だと改めて感じ入る。

「お前が嫌だというのならそれでよい。これ以上無理は言わない」

「そんな、嫌では………」

 椿は顔を赤くしてようやく口にした。

「私もヴィル様のことをお慕いしております」

 身の程をわきまえない想いに苦しむこともあった。

 だが、あの日暗い船の奥に閉じ込められていた自分を見つけ出し助け出してくれたのはヴィルヘルムであり、椿には大きい存在に感じた。はじめは少し怒りっぽい方だと感じていたが、優しくていつも自分に気を遣ってくれる。気づけば自分も好きになっていた。

「そうか。それは俺の告白への返事だと捉えてよいのか?」

 こくりと椿は頷く。

 頬を捕らえられ上の方へ向かされる。ヴィルヘルムの端正な顔立ちがみえた。

 はじめて会ったときから思っていたが、綺麗な方だ。

 唇と唇が重なり合う。逃げることはしない。そのまま受け入れる。

 軽い接吻でありすぐに放されたがそれでも甘いものであった。

 椿はほうとため息をついた。

「そ、それではそろそろお部屋に戻りますね」

 慌てて立ち上がろうとするとぐっと肩を掴まれる。

「何故だ。ここで寝ればいいだろう」

「な、いけません。女が殿方の寝所に入るなどはしたない」

「今更だろう」

 自分で連れ込んだのだが、ヴィルヘルムは椿を自分のベッドへと押し込んだ。

「あ、あの………あと言い忘れていたことが」

 接吻を受け入れた後でいうのはずるいことだと思うが、これは言わなければいけないように思えた。

「なんだ?」

「私は、その………密売人の船で、辱めを受けて」

 顔を赤くして告白する。

 若い殿方を独占してしまう前に言わなければならない。

 すでに夫を得て別れた身であり経験がないというわけではなかった。それだけならばまだしも自分は密売者たちに辱めを受けたこともある。

「本で読みました。この国では貴族の嫁はやはり………その」


 未経験の女性の方がよいというのを。


「どんな本を読んだんだ」

 ヴィルヘルムははぁとため息をつき椿の頭を撫でた。

「あとそんなことは改めていう必要はない」

 女性の口から屈辱的なことを言わせるのは身が重たい。

「それに何もしない。ただ添い寝するだけのつもりだ」

「え?」

「抱いてほしいのか?」

 直接的な言葉を使われ椿は顔を赤くする。

「い、いえ………その」

 生娘のような反応にヴィルヘルムはおかしくて笑ってしまう。

 確かすでに夫を持った身であったという。かなり昔のことだし、すでに別れたともいっていたはずだ。

 それに密売人の件に関しても何となく察していた。あの密売船で彼女がとらえられていた部屋は酷い匂いで充満していたのだ。

 彼女が暴行を加えていた者と同じ西海系統の外見を持つ自分に警戒する気持ちはわかっていた。クラウディオとすぐに打ち解けてしまったのは面白くなかったが。

「今はいい。ただお前の温もりを感じていたいだけだ」

 そういいヴィルヘルムは椿を腕まくらにして横にさせる。

 肩を抱きしめると温かい。そのまま瞼を閉ざした。

 眠りについたヴィルヘルムに対して椿は顔を真っ赤にして落ち着かずにいた。だからといってベッドから出ようとすれば起こしてしまいそうになる。


(………これも辛いのですが)


 しかし、彼に抱きしめられるのは妙に心強く感じた。怖い夢を恐怖の日々を思い出してもすぐに彼のぬくもりを感じられる安堵感を感じた。



 翌朝、椿たちは準備を整え馬車に乗り王都へと帰路を進むことになった。

 馬車の中でクラウディオはじっとヴィルヘルムと椿を見つめた。少しうらみがましく呟いた。

「なんだか釈然としないねぇ」

 椿はあれからろくに寝られなかったようで馬車の中ですやすやと眠っていた。隣に座るヴィルヘルムの肩によりかかり、するすると身を落としていった。今は彼の膝の上に頭をのせて膝枕をしている状態であった。

「この前は椿を嫁にするのにあんなに抵抗していたのに」

「………不満か?」

「いえいえ、ちょっと残念だなと思ったよ」

 ヴィルヘルムが椿を選ばないのであれば自分が選ぼうと考えていたのだ。それを何をきっかけにしたかは聞かずともわかるが、こうもあっさりと交際を宣言してくるとは思わなかった。

 2回も異端者に誘拐されて酷い目に遭った彼女を目の当たりにして踏ん切りをつけたようである。

「戻ったら検査を受けさせて、その間にフローエ夫人に報告ついでに交渉してくる」

 今回の密売事件についての報告と必要な人力はどの程度かを書類にしてすでに提出ずみである。改めてことの次第を派遣者に伝える必要があった。

 その後に椿の後見についての相談をしなければいけない。

 椿はすでに銀十字に保護された身であるが、それは平民の娘が貴族の庇護を受けたくらいである。

 貴族のヴィルヘルムと婚姻を結ぶためには後見となる者が必要だ。

「ま、フローエ夫人なら喜んで快諾してくれるよ」

 それに関しては心配はない。

 貴族の好奇の視線はある程度覚悟はしておかねば。あまりにひどいようであれば田舎でのんびり生きることも選択肢にいれておこう。

「まぁ、お里の父親とお兄さんが許してくれるかどうかだけどね」

 それを聞きヴィルヘルムはため息をついた。

 父親は自分に対して特に気にとめていないので、興味なさそうにそうかとだけ言うだろう。

 父よりは兄が問題か。

 五つ離れた兄は貴族主義なところがあり、ヴィルヘルムにはどこぞの貴族の令嬢と婚約して婿入りして欲しいと願っている節があった。

 早めに片付けた方がよいだろうな。

「これが終わったらロートバッハに帰る」

 休暇といっても仕事をさせられた身である延長をとっても文句は言われないだろう。

「忙しいね。椿が疲れないようにほどほどにね」

 クラウディオは椿をちらりと見つめた。あどけない十五の少女の寝顔はとても愛らしくて素敵に感じられた。

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