第六話 武器選びはよく考えて
それは、俺がオシリスに召喚されてから五日目のこと。
「剣に、槍に、杖に……短剣。なんつーか、こうズラッと並んでると、なかなかに壮観なもんがあるな……」
その日、シャルとカミラに連れられて武器庫に入った俺は、思わず呆然とそんなつぶやきを漏らしてしまった。
そんな俺に、この国の皇女さまが丁寧に解説してくれる。
「それら以外に、鞭や鎌、弓なども揃っていますよ。あ、わたくしが愛用している武器は弓ですね。一応、長剣の類も使えなくはないのですが、いかんせん、まだまだ未熟で……」
「シャル、戦いとかできるのか……」
「はい。……といいましても、護身術の域を出ませんが」
そう控えめに口にしたシャルを、赤い魔法使いが肩でつついた。
「またまた謙遜しちゃって。剣術のほうはともかく、弓の扱いはけっこうなものじゃない、あんた」
「そんなことはありませんよ、カミラ。わたくしの『弓術』技能は、たかだかBランクでしかないのですから。まだまだ精進しなければ」
むん、と可愛らしく両の手を握ってみせるシャル。
どうやら、俺を召喚した日の疲れは、もう微塵も残っていないようだ。よかったよかった。
そんなお姫さまに、カミラは呆れ混じりの苦笑を浮かべ。
「戦闘職についてるわけじゃない以上、Bランクに達していれば充分だと思うんだけど……。まあ、それはそれとして。あんたはどれで戦うのが一番性に合ってるの? ホクト」
「へ? 俺か? そうだな、俺は……」
いきなり振られ、俺はつい宙に視線をさ迷わせる。
けど、俺の持っている技能のことを思いだせば、答えなんて考えるまでもなく決まっていた。
「長剣……なんだろうな、たぶん」
いや、本当に扱えるのかという不安は、あるのだけれど……。
それを耳ざとく聞きつけ、カミラが嫌味ったらしく指摘してきた。
「たぶん~? なにそれ~? 自分の得意な武器もわかってないの~?」
「う、うるさいな……」
おそらくは、俺が『レベル1』だと知ったのがきっかけになったのだろう。
俺に対するカミラの態度は、日々、確実に軟化してきていた。……まあ、元はさっぱりとした気性の持ち主みたいだし。
だが、レベルだのクラスだの技能ランクだのが関わってこない場面では、こいつは依然として俺を馬鹿にしてくるんだよなあ……。
まあ、大抵は、
「カミラ、そういう言い方をしてはいけませんよ。ホクトさまは、この世界に来てまだ日が浅いのですから」
「あー、はいはい」
と、こういうふうにシャルが黙らせて――もとい、注意してくれるのだけれど。
しかし、口を閉ざしたカミラにジトーっと睨まれるのも、それはそれで嫌だったり。
ああ、あちらを立てればこちらが立たずとはこのことか。……いや、微妙に違うな。
まあ、そのあたりのことは、いまは脇に置いといて、だ。
「なあ、シャル。お前が『これ!』って思えるような剣はないか? 俺、剣を選んだことってないからさ」
一応は剣も使える、というシャルに尋ねてみる。
カミラは魔法使い系の職だとここ数日で知っていたので、訊くだけ無駄と判断させてもらった。
もちろん、そんなことを口に出せば絶対に文句を言われるのだろうけど。
ともあれ、シャルはカミラのように俺を馬鹿にすることなく答えてくれる。
「そうですね……。ここには置かれてないのですが、アストレア法皇国に代々伝わる伝説の剣、『赤の法剣アストレア』などが、ホクトさまには一番ふさわしいのではないかと」
いきなり伝説の剣ときましたか。
いやまあ、『救世主』にはふさわしいのかもしれないけど、生まれてこの方、剣に触ったことすらない俺が持つものとしては……どうなんだろうなあ。
と、同じことを思ったのだろう、シャルの言うこととはいえ、カミラも否定の言葉を口にする。
「いきなり『法剣』使わせるとか、シャーリーンさまが許可するわけないでしょ。大体、今日これからホクトがやるのは、こいつの実力を測るための模擬戦なのよ? そこいらに転がってる木刀で充分ってなものよ」
そうなのだ。
シャルによって召喚された日にエアリィから聞かされていた『俺の実力を試すための戦い』。
それに、俺はいまから挑まなければいけないのだ。
いやはや、事前にエアリィから聞かされていてよかった。本当によかった。
心の準備ができていたからこそ、今朝、突然カミラからそのことを聞かされたにも関わらず、無様にも慌てふためかないで済んだのだから。
しかし、なるほど。木刀か。
言われてみればそのとおり。
命のやり取りをするのが目的ってわけじゃないんだから、そりゃ真剣を使うわけがないよな。
俺、なんで早く気づかなかったんだろう。
ところが、そんな俺の呑気な思考を遮るように、シャルが非難の声をあげた。
「カミラ! いくらホクトさまといえど、木刀では不充分すぎます!」
え? いや、むしろ『模擬戦』なら木刀でも危ないくらいだろ?
当たりどころが悪ければ一生ものの怪我になりかねないし、本当に運がないと死ぬことすらあるっていうし。
ぶっちゃけ俺としては、木刀よりもランクを下げて、竹刀での勝負をお願いしたいくらいで――
「そう怒らないでよ、シャル。冗談のつもりだったんだから。いくらあたしでも、真剣持ってる兵士に木刀で挑めなんて言わないって」
おうい……!
真剣、持ってるのかよ!
兵士は、真剣を振るってきやがるのかよっ!
「でも、だからってホクトに『法剣』を使わせるのだってどうかと思うわよ? だからまあ、ここは……」
そこで一度言葉を切り、カミラは壁にかけられていた一振りの剣を手にとった。
「これを使いなさい、ホクト。銘はフィアー・イーター。……ほら、さっさと手に取る!」
「あ、ああ……」
やや乱暴に押しつけられた長剣を受け取り、さっそく鞘から抜いてみる俺。
すらり、と音も立てずに紫色の刀身があらわになる。……が、しかし。
「禍々しい色してるな、この刀身。まさかとは思うけど、呪われてんじゃねえか? これ」
カミラは『銘はフィアー・イーター』とか言っていたが、それって直訳すると『恐怖喰い』って意味になるし。
『恐怖を喰らう剣』って、すごく、こう……呪いがかかってそうじゃね?
「失礼な。呪われてるわけないじゃない。それにね、あたしの見立てでは、あんたに一番合ってるはずよ、その剣。少なくとも、いまのあんたには、絶対にね」
「いまの俺にはって……どういうこった?」
「あんたは確かにセイヴァーだけど、レベルは1でしょ?」
「ああ、まあな……」
事実だから俺は素直に認めるが……そこに深く踏み入りすぎると、またシャルが怒りかねないぞ?
「で、なんでレベル1なのかっていうと、ホクトが修行をしたことないからなのよね。レベルってさ、剣の素振りとかしてるだけでも、自然と上がっていくものだから」
「そうなのか……。まあ、確かに素振りとかはしたことないけどさ」
「でしょ? 当然、実戦経験があるとも思えない」
そりゃ、地球での俺はただの高校生だったからな。
実戦経験なんて、あるほうがおかしいって。
つーか、持って回った言い方してるけど、一体こいつは俺になにを言いたいんだ?
「そんなあんたが、殺されはしない模擬戦とはいえ、真剣を向けられて平然としていられると思う? 恐怖ってものを、微塵も感じずにいられると思う?」
「――あっ……!」
無理だ。
そりゃ、怖いに決まってる。
包丁――いや、カッターを向けられただけでもビビっちまうのが、普通の日本人の反応なんだから。
なのに今日、これから俺に向けられるのは、真剣……。
「カミラ、それ以上の侮辱は――」
――おそらくは、俺の代わりに、なのだろう。
シャルが赤の魔法使いに反論しようと口を開こうとする。
しかし、俺はそんな彼女を片手で制し、カミラに向かってうなずいてみせた。
彼女の言葉を全肯定する、という意思をもって。
「……そっか。模擬戦だけど、真剣を使うんだもんな。なんかの拍子で刃が心臓に刺さる可能性だってあるんだし……。
正直言って、それに『怖くない』なんて言えるほど、俺は強い人間じゃねえよ」
『セイヴァー』として、俺に『全能であること』を期待してくれてるシャルには、悪いけど。
こればっかりは、認めるしかない。
俺には、恐れを感じずに戦ったり、恐怖を抑え込みながら剣を振るったりなんて、絶対にできない。
いや、そもそも。
相手を殺してしまうかもしれないとか、一生ものの怪我を負わせてしまうのではとか、そういう不安にだって、俺は打ち勝てるんだろうか?
……そんなこと、不可能に決まってる。
どんなにパラメーターが高くなってようと、どんなに多くの技能を持っていようと、俺の『精神』は『平和な日本で暮らしていた国崎北斗』のままなんだから。
少なくとも、いまは……まだ。
「ありがとうな、カミラ。お前の言うとおりだ。いまの俺には、『恐怖』を喰ってくれるっていうこの剣が、一番合ってる」
「へ? あ、えーっと……。わ、わかればいいのよ、わかれば! あと、その剣は使い手の恐怖とかを吸収すればするほど、斬れ味が上がっていくからね? そのこともよく憶えておくように!」
「ああ、わかった。なんか、本当にありがとうな。なにからなにまで」
「うぅ……。なんか、あんたにお礼言われると調子狂うわね。照れるっつーか……」
「そうなのか? でも俺のことを考えて、お前がこの剣を選んでくれたってのは事実だろ? だったら、ちゃんと礼は言わなくちゃじゃないか」
「ええい、やめい! そういうの、照れるっつってるでしょーがっ! と、とにかく武器が決まったんなら次は防具! 鎧を選びに行くわよ!」
「お、おう……」
急に怒りだして、一体どうしたってんだ? あいつ。
俺の幼なじみの真理でもあるまいし……。
それはそれとして、次に俺が足を踏み入れたのは、武器庫の隣にある一室だった。
なんでも、鎧はここに保管してあるらしい。
だが、しかし。
「ホクトさまがお怪我をなさるなど、絶対にありえません!」
「模擬戦なんだし、動きやすいものを選べばいいんじゃない?」
まさか、そんな適当なことを、二人に揃って言われるとは思いもしなかったぜ……。
まあ、選ぶけどさ。自分の基準で、よさげなものを選ばせてもらうけどさ。
そうして俺は、肘や膝を守るためのプロテクターみたいなものと、肩当て、それと胸当てがセットになっている鎧を身につけることに決めた。
一応金属製で、色はすべて銀色。そんな部分鎧だ。
しかし、材質が不明というところに一抹の不安を感じてしまう。
そんなわけでシャルに訊いてみたところ、この金属は魔道銀というものである、という答えが返ってきた。なんでも、魔術によるダメージを少しばかり軽減する効果があるのだとか。
でもって、この部分部分しか覆わないタイプの鎧は、軽装鎧と呼ばれているとのことだった。
ちなみに、重装鎧や全身鎧といった鎧のほうが防御力は高いとも教えてもらったのだけど……いかんせん、それらは言葉の響きからも想像がつくように、めちゃくちゃ重そうだった。
唐突なようだが、俺のパラメーターは『運』を除けば『速』が一番高い。
重い鎧は、そんな俺の長所を殺すことに繋がりかねないと思う。
わざわざ『速』が下がりそうなものを装備することもないだろう、と判断したのだ。
というか、いくら『力』のランクがAだっつっても、あんな重そうな鎧を着て本当に動けるもんなのか? 俺。
……っと、そうだ。パラメーターのことで思いだした。
「そういえば、シャルとカミラのパラメーターとかってどんなもんなんだ? ちょっと参考程度に見てみたいな~、と」
俺と比べて一体どのくらいの開きがあるのか、確かめておきたかったのだ。
それほど差がないようだと、今日の模擬戦で苦戦ことになるかもしれないし。
「わたくしたちの、ですか?」
カミラと顔を見合わせるシャル。
あれ? もしかして、他人にパラメーターを見せるのって、普通はやらないことなのか?
あ、でも確かに、俺もパラメーターを見せたことってないよな。この世界に来てから、もう五日も経つっていうのに。
それと同じで、他の誰かのパラメーターを見せてもらったことも、一度もないし。
いやまあ、二人の反応を見る限り、パラメーターを見せるのは裸になるのと同じ、とかいう価値観を持ってる感じもしないから、ただ単に機会がなかっただけだとは思うんだけど。
「別にかまいませんけど、見ても特に面白くはないと思いますよ?」
「そうそう。つきあいの長い相手のパラメーターとかだと、見せてもらわなくても大体把握できちゃってるものだしね」
それはどういう意味だ? カミラ。
そもそも、俺と彼女たちのつきあいはまだ浅いほうだから、そんなこと言われてもって感じだぞ?
首を傾げる俺に、シャルが「では、まずはわたくしから」とドレスの裾をつまんで軽くお辞儀をしてみせる。
それを見て俺は、こういうところにも気品とか育ちのよさってのは表れるもんなんだなあ、なんて、そんなどうでもいいことを、考えるでもなく思ってしまったのだった。
今回より新展開――『女王さまの実力テスト』というバトルパートに突入しましたが、いかがでしたでしょうか?
いやまあ、まだ全然戦ってませんけどね(汗)。
武器や防具を選ぶだけで終わってますけどね(滝汗)。
ちなみに『フィアー・イーター』は、あれです。
いくら強くたって、精神が『日本で暮らしてた高校生』じゃ戦えるわけがないじゃない! と、読み手の夢をぶち壊すかもしれないと危惧しながらも登場させてみた剣です。
やっぱり僕、こういうところでのリアリティって大事だと思うので。
それでは、また次回!