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第五話 最強勇者の技能

 引き続き、城の中を歩いて歩いて。

 俺たちは、小さめの部屋から出てきた女兵士とすれ違った。

 また女兵士か。謁見の間でもそうだったけど、女性の割合が多いなあ。

 というか、アーロンって呼ばれてた老人以外に、男の兵士なんていたっけか?


「エアリィ、この国の兵士って、ほとんどが女の人なのか? もしかして男の兵士って、ものすごく少なかったりする?」


「少ないですねえ。ほら、この国を治めているのって女王でしょう? だからなのか、女性のほうがいさましいというか、立場が強いんですよ、この国」


「ということは、この国の男の大半って……まさか、主夫しゅふ?」


「主夫、とは?」


「あ、主夫じゃわからないか。えっと……食事を作ったり、洗濯をしたり、買い物に行ったりと……まあ、要するに、奥さんに代わって家での仕事をやる男性のことを、俺が元いた世界ではそう呼んでたんだ」


「はあ、なるほど……。確かに、全員がそうというわけではありませんが、割合的には、そういう男性が多いですね、他の国と比べると」


「やっぱりか……」


「だから、うちの祖父は珍しいほうといえます。祖父はこの国ではかなりの要職ようしょく――将軍も同然の役職に就いていますので」


「同然ってことは、将軍じゃないのか?」


「ええ、そういうことになりますね。でもいま、この国に将軍はいないので。事実上、祖父が将軍のようなものなんですよ。肩書きは兵士長、クラスはパラディンですけどね」


 将軍は『ジェネラル』。

 俺の頭の中にも、それくらいの知識はあった。

 つまりエアリィの祖父は、創聖神から『将軍の役割にはない』とされてるってことか。

 まあ、それはそれとして。


「あのさ、もしかしてエアリィって、お爺ちゃんっ子?」


 祖父のことを語るエアリィの声は、さっきまでに比べて弾んでいる気がした。あくまでも、気がした、というだけだけど。

 からかいにも似た口調になってしまっただろうに、彼女はムッとするようなこともなく、


「誇りには思っていますよ? この国における役職のこと以外にも、ただひとりの肉親として、あるいは戦闘訓練における師匠としても。ただ……」


「ただ?」


「あんまり祖父に頼りすぎないほうがいいのでは、とも思ってるんですよね。なんだかんだいっても、もう六十を過ぎていますから。その祖父よりも強い兵士がこの国にいないというのは、やはりうれえるべきことだと思うんですよ……」


「あー、なるほどな……」


 つぶやく俺に、エアリィは顔をこちらに向けてきて、小首を傾げてみせた。


「……セイヴァーさんは、どうなんでしょうかね? 強さ的に」


「う~ん、実際に戦ってみないことにはなんとも、だな」


「それはまた、頼りないセイヴァーさんですねえ」


 くすくすと笑う青いシスター。

 けれど、なぜだろう、貶されたはずなのに不思議と腹は立たなかった。

 そして、どうでもいいような、そうでもないようなことを、ひとつ思う。


「あのさ、エアリィ。その『セイヴァーさん』っての、そろそろやめないか?」


「あ、小馬鹿にされているようで不快でしたか?」


「そこまでじゃないけど……ちょっと、微妙」


「そうですか。では……ホクトさん、でいいでしょうか? 呼び捨てはわたしのキャラじゃありませんし、『さま』をつけるのも、なにか違う気がしましたので」


「ああ、それでいい。……って、あれ? 俺、エアリィに名乗ったっけ?」


「名前を直接教えてもらってはいませんけど、カミラさんが『ホクト』と呼んでいましたので。ほら、謁見の間で」


「ああ、それで……。……ん? エアリィはさ、カミラのことは『カミラさん』って呼んでたよな?」


 俺の唐突な問いに、彼女が怪訝そうな表情になった。


「はい、それがどうかしましたか?」


「でも、シャルのことは呼び捨て?」


「ええ、そうですね」


「それって、なんかおかしくないか? カミラとシャルじゃ、シャルのほうが立場は上なはずなのに」


「ああ、そういうことですか。ホクトさんからしてみれば、確かにちょっと変に感じられるのかもしれませんね。……でも、シャルだけは例外なので。特別、というやつですかね」


「特別?」


「はい、特別です」


「どう、特別なんだ? 昔、なにかあったとか?」


 それにエアリィは人差し指を立てて口許へと持っていき、


「それは、女の子の秘密ということで」


「……左様さようで」


「はい、左様です」


 俺は苦笑を、彼女は微笑を浮かべながら、そんな言葉を口にしあう。

 ああ、全然どうでもいいことなんかじゃなかったな、これ。

 なんとなく、エアリィとの心の距離が縮まったような気がするし。


「……っと、着きました。今日のところは、この客室を使ってください」


 足を止め、扉のひとつを目で示すエアリィ。

 けど、『今日のところは』って……?


「ホクトさん専用の自室は、明日の夜までに用意される思いますので」


「ああ、なるほど。そういう意味か」


「では、わたしはそろそろ図書室に戻ろうと思うのですが、なにかわからないことはありますか?」


「いや、大丈夫……だと思う。たぶん」


「そうですか。では……と、わたしのほうが、ひとつ言い忘れていました」


「言い忘れてた?」


「言い忘れてたこと、というよりは、お願いなんですけどね。もし、ホクトさんの実力を試す場で、わたしの祖父がその相手を務めることになった場合――」


「わざと負けてほしい、とか?」


 先回って、俺はそう言ってみた。

 しかし、返ってきたのは否定の首振り。


「いえ、できるのならば。誰の目にも明らかな形で、祖父に圧勝してほしいんです。そんな光景を目にすれば、この国の兵士が抱いている、祖父に対する絶対性も揺らぐでしょうから」


「絶対性……?」


「はい。祖父に敵う者など居はしない、と思っている兵士が、この城には数多くいますので。そんな中であなたが祖父に勝利すれば、祖父にかけられている過剰な期待も、別のほうに向かうと思いません?」


「ちなみに、その『別のほう』ってのは、もちろん俺を指してるんだよな?」


 そう、俺は悪戯っぽく笑ってみせる。

 彼女から返ってきたのもまた、似たような笑顔だ。


「そこはそれ、ホクトさんは『救世主セイヴァー』ですから。この国の民から過剰な期待を受けるのは、むしろ自然とすらいえるのでは?」


「ははっ、違いない」


「それでは、ことがそのように運んだときはよろしくお願いします。――では、ホクトさん。よい夢を」


「ああ、また明日な。エアリィ」


 笑顔のまま、手を振りながら小さくなっていく青のシスター。

 それをしばし見送り、俺は扉を開けて客室へ入った。

 中にあるものはとても少なく、せいぜいが大きなベッドと鏡、それとタンスくらいのもの。

 ……まあ、明日からは俺専用の部屋が用意されるって言ってたしな。


 大きなベッドの上に寝転がる。

 それにしても、今日は本当に色々あったな、なんて思いながら。


 朝起きて。

 朝飯を食って。

 学校に行って。

 授業を受けて、昼休みにはクラスメイトの女子と馬鹿騒ぎをして。

 そして放課後になって、下校して。


 ――そこで、俺の『日常』は終わりを告げた。


 帰宅の途中、俺はこのオシリスに召喚されかかって、フィリアに『待った』をかけられた。

 そして彼女から『力』をもらって、シャルと出会って。

 カミラと口ゲンカをして、謁見の間で女王さまと話をして。

 そのあと、エアリィに連れられてこの部屋までやってきた。


 ……いや、濃すぎるだろ、今日という一日。


 しっかし、『救世主セイヴァー』――勇者、か。

 これから、一体どうなるんだろう。

 どんな毎日が待ってるんだろう。


「……っと、そうだ。こっちの世界に着いたら、手に入れた技能スキルの確認をするようにって、フィリアに言われてたんだった」


 いやあ、色々とありすぎて、技能スキルの存在自体、すっかり忘れていた。

 ベッドに寝転がったままの姿勢で、俺は技能スキルの表示を心の中で念じてみる。


 途端、俺の頭上に集まりだす光の粒。

 それが文字列となり、眼前に展開する。

 あれだ。ちょうど、仰向けになって本を開いているような感覚。

 さて、俺が得たっていう技能スキルのほうは……と。



スキル

剣術:S

体術:A

魔術:A

威圧:B

鋼の意志:A

集中思考:A

隠密行動:B

気配察知:A

カリスマ:A

筋力増強:S

耐久強化:S

速度上昇:S

魔力増幅:S

創聖神の加護:EX



 な、なんだ、この数……!

 一、二、三の……十四もあるぞ、おい!

 これ、多すぎて憶えられないって!


「『カリスマ』から下にある奴は……見た覚えがあるな。フィリアのところで、『どれを主体にして戦いたいか』って訊かれる前から手に入っていた技能スキルだ」


 あ、『剣術』・『体術』・『魔術』の中で、『剣術』の技能スキルランクだけが頭ひとつ抜けているな。これ、俺が剣士タイプであることの証って奴か?

 じゃあ、残る六個の技能スキルが、剣士タイプ専用のもの?


「でも『集中思考』とか『カリスマ』って、剣士に必要か? そもそもこの名称だけじゃ、戦闘時にどう使えばいいのかいまいちわからないし……」


 まあ、持ってて困るようなマイナス技能スキルはなさそうだから、別にいいっちゃいいんだけどさ。

 しかし、パラメーターが地球にいた頃のままであったとしても、こんなにたくさんの技能スキルを持っていれば、学園でも一躍いちやく有名人って感じになれたんだろうなあ。

 『集中思考』は勉強に使えそうだし、『カリスマ』なんて持ってるだけで女子からチヤホヤされそうだし。


 そこでふと、元いた世界での生活が思いだされた。

 両親のこととか、幼なじみの真理まりのこととか、だ。

 俺、やっぱり地球では、謎の失踪とか行方不明みたいな扱いになってるんだろうか。……なってるよな、きっと。


 でも、こればっかりは、いま考えたところでどうしようない。

 薄情な感じがしなくもないけど、いまの俺が第一に考えるべきなのは、この世界における『生き方』なんだと思う。

 つまりは、主食はなにかとか、この国の人間の価値観とか、エルフみたいな『人間以外の種族』はいるのか、とか。

 そういうことを、ちゃんと知っていかないといけないと思うんだ。

 幸い、教えてくれそうな人は、ちゃんといるのだし。


 ――きっと、思っていた以上に疲れていたのだろう。

 気づけば、宙に浮いていた技能スキルの表示は消え。

 俺は、深い眠りの中へと落ちていってしまっていた。


 ◆  ◆  ◆


 その日の昼休みにも彼らは、頭の中が本気で心配になるようなことを平気で口走っていた。

 それは、我がクラス――私立硝箱しょうそう学園高等部の二年三組においては、もはや日常のものと化してしまった光景。


「――ふっ。そのようなびついたつるぎで、我が不滅の肉体を裂くことができるとでも思ったか? 国崎北斗よ」


 そんなことをのたまったのは、中等部の頃から私たちと馬鹿をやってきた友人、本田ほんだ典子のりこだった。

 可憐とも称せる顔立ちに、華奢な身体。長い黒髪は背中まで流れていて……と、ここまでなら非の打ち所のない美少女なのだけれど、いかんせん、その言動がすべてを台無しにしてしまっている。


 そんな彼女に対しているのは、モップを手にした男子――私の幼なじみにして好きな人でもある国崎北斗だ。


「ほざけ。この剣には無限の魔力が込められているんだ。当たりさえすれば、秘められた魔力が解放され、お前の肉体なんて容易く崩壊させられるんだぜ?」


 聞いてるだけで頭が痛くなってくる台詞だった。

 ときどき本気で疑問になるのだけれど、どうして私はこんな奴を好きになってしまったのだろう。


 恋というのは衝動であって、しようと思ってできるものではない。

 私――たちばな真理はそう考えてるタイプの人間なのだけれど、それにしたってこれはあんまりだ。

 しかし、典子のほうはそう思っていないようで、


「面白い。だが、どのような名剣、神剣しんけんの類であろうとも、かすりもしないのでは棒切れも同然。……そうだろう?」


 この言動さえ直せば、学園一の美少女と呼ばれるようになってもおかしくないっていうのに、この娘はまったくもう……。

 ついつい頭を抱えてしまった拍子に、私のツインテールがふるふると揺れる。

 この髪型、典子からは『子供っぽく見えるから下ろしたほうがいい』って言われてるんだけど、私からすれば彼女のほうがよほど子供っぽいというか、なんというか……。


 おそらくは、視界になんて入っていないのだろう、私の嘆息なんてまるで無視して、彼らは二人だけの世界を作りだしてしまっている。

 や、『二人だけの世界』なんて言ったけど、こればっかりは全然うらやましくなんてない。うん、本当に、これっぽっちも。心の底から。

 ともあれ、二人のやり取りはどんどんヒートアップ。『不滅の肉体を崩壊させる』という言葉自体が自己矛盾を起こしているっていうのに、そんなことはどうだっていいらしい。


「――その余裕、いつまで保てるかな? いくぜ! 典子!!」


 あちゃっ! それは言っちゃ駄目だって、北斗!

 こういうときに典子を本名で呼んだりなんかしたら――


「いまの私をその名で呼ぶなっ! 私の真名まな華麗流かれる! 漆黒の魂をこの身に宿す、暗殺剣の使い手だ!!」


 ほら、やっぱり怒った……。


「あ、ああ。わかった、悪かった。なんというか、つい本名で呼んじまった……」


「だから、典子というのは私の本名ではないっ! 私の中にある黒き魂がささやくのだ! お前は典子ではない、真名まな華麗流かれる。ゆえに、正体を隠す必要がないときはそう名乗れ、と!」


「でも、お前の本名は典子じゃんか。……あ~あ、な~んかしらけちまったなあ」


「同感だ。私もきょうめてしまった。この決着は次に持ち越しだ、国崎北斗」


 三人の中で唯一、私だけは最初からずっと醒めきってたけどね……。


「しかしよ、典子。お前そろそろ、その『邪気眼じゃきがん電波でんぱ女』、卒業しろよ。ちょっとつきあってやっただけでノリノリになっちまって……恥ずかしいったらありゃしねえ。

 俺たち、もう高二なんだからよ。中学のときとは違うって、少しは自覚しろっての」


 え!? 北斗、つきあってあげてただけだったの!?

 あんまりにもノリノリだったものだから、本気でやってるんだとばかり思ってたよ!


「私は『邪気眼電波女』などではない。内なる黒き魂が――」


「いや、だから。その発言自体、『邪気眼電波女』以外のなにものでもないってのに、どうしてそれがわかんねえかなあ……」


 そう北斗が嘆息すると同時、昼休みを終えるチャイムが教室に鳴り響いた。

 今日もまた、毒にも薬にもならないような、しょうもない時間を過ごしちゃったなあ……。


「あ、真理。幼なじみのよしみで、次の授業の教科書、一緒に見せてくれねえ? 今日、忘れちゃってさ」


「うん? まあ、いいけど?」


 とか言いつつ、見せるつもりなんて全然ないんだけどね、私には。

 教科書を忘れてきた以上、相応には困ったほうがいいと、私は思うから。

 うん、自業自得だよ、自業自得。


 それから授業が始まって、ここぞって場面で教科書を引っ込めてやったら、『ま、また真理に騙された。くそう、なんで俺はこいつの言うことを毎回毎回、簡単に信じちまうんだ……』なんて北斗がつぶやいていた。

 う、ちょっとだけ……悪いことしたかな?


 それ以外には、特筆するようなことなんて、なにひとつ起こらなかった。

 帰宅して、家でのんびりして、翌日の授業に備えて予習。

 それから時間割どおりに教科書やノートをカバンに仕舞い、寝坊しないよう眠りにつく。

 それは、いつもどおりの、私の一日の終わり。

 そして目覚めれば、いつもと変わらない朝がやってくる。


 日本に住む大多数の人間は、そう信じて疑わない人ばかりなはずだ。

 だから私も、今日だって登校すれば北斗に会えると――いつもどおりの学園生活がそこにあると、ホームルームの時間が始まるまでは思っていた。


 昨日と今日は同じじゃない。

 そんなことは、言われなくてもわかってる。

 それでも、絶対に変わらないもの、失われないものはあるって信じてた。


 だから、そんな簡単に受け入れるなんてこと、できるはずがない。

 北斗が昨日の夜、家に帰らなかったなんて、そんなこと。

 行方不明になっているだなんて、そんなこと。

 いきなり聞かされたって、どうしていいかわからなくなるだけ。


 でも、その日、確かに。

 私の中にあった幻想は打ち砕かれたんだ。

 今日も明日も変わらずに、北斗は私の目の届くところにいるんだっていう幻想は、容赦なく、粉々に……。


 北斗が隣にいることが『当たり前』だった私の『日常』は、この日、唐突に終わりを告げた――。

今回はエアリィ回&スキル確認回&真理初登場回となりました。

前回までに比べて長めですが、クオリティのほうは、果たして……。

それでは、また次回!

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