第四話 最強勇者の立場
「失礼を承知の上で、ひとつ申し上げておきますけど」
謁見の間を出て、再び廊下を進んでいくこと、しばし。
前を歩く少女――エアリィが唐突に、歩みを止めることなく顔だけで振り向いてきた。
「わたしには、あなたが『救世主』だからというだけの理由で、ことさらにあなたを神聖視する気はありませんからね?」
口許に浮かんでいるのは、どこか悪戯っぽい笑み。
人差し指をピンと立てるという仕草にも、どこか柔らかな印象を受ける。
しかし、黒目がちな瞳に宿る色は真剣そのもので、ともすれば気圧されそうにすらなった。
「だってほら、創聖神の僕とはいっても、『救世主』自身はただの人間じゃないですか、わたしと同じで。だから、必要以上に低姿勢になるつもりはないといいますか」
あれ? もしかして俺、すごく辛辣なこと言われてる?
口調や表情がにこやかだから、そういう感じはしないのだけれど……。
「わたしも、もう十六ですからね。相手が尊敬に値する人物かどうかは、ちゃんと自分で判断できると思ってます。あ、もちろん、『敬え』とか『崇めろ』とか命令されれば話は別ですけど」
「ふむ、……ちなみに、そんな命令をわざわざするような奴は、尊敬になんて値しないよな?」
「当然です。命じられれば表向きは従う、というだけですよ」
と、そこで彼女は、くるりと身体全体で振り向いて、
「気分を害されましたか? セイヴァーさん」
「いんや、特には」
本心からの言葉だった。
むしろ、常識的な発言にホッとすらする。
「あら、それは意外。……シャルは、『セイヴァーの言うことはすべて正しい』と教え込まれて育ってきたんですよね。だから、セイヴァーとして召喚されたあなたには、全幅の信頼をもって接していたに違いないと思っていたのですが……」
「ああ、確かにそんな感じだったな」
「嬉しくは、ありませんでした?」
「嬉しくないって言ったら……まあ、嘘になるけどさ。でもあれって、結局はただの盲信だろ? 『俺』っていう人間が見えてないっていうか、セイヴァーであれば誰でもよさそうっていうか。
だから正直、違和感があったし、ちょっと重くもあった……かな」
「はあ、なるほど……」
危なっかしい後ろ歩きをやめ、呆けたようにそうつぶやくエアリィ。
「どうした? 俺、なんか変なこと言ったか?」
「あ、いえいえ。ただ、もっとこう、舞い上がってるとばかり思っていましたので」
「舞い上がって……? ああ、なんかわかったぞ。『俺はセイヴァーなんだぞ! 崇めろ! 称えろ!!』ってなふうに、成金みたいなことを言うと思ってたんだろ?」
「ええ、フロストヴァイス帝国の貴族たちのように。――思ってたより、冷静に状況を受け止めることができる人みたいですね、予想してたのと違って……」
「あー、言っとくけど、俺に丸聞こえだからな? エアリィ」
「あ、はい。聞こえるよう、口にしましたので」
聞かせる気満々だったのかよ。
というか、ちょっと前から思ってはいたんだが、この娘……。
「なあ、エアリィ。さっきから、わざと俺を不機嫌にさせようとしてないか? そのために言葉を選んでる感じがするっていうか」
「あ、気づきました? あ、あはは……。やだなあ、そんなに睨まないでくださいよぅ」
別に言うほど睨んではいなかったのだが、彼女からしてみれば充分に怖かったらしい。
ごまかすように前を向き、歩行を再開した。
「……色々と、探っておきたかったんですよ。召喚された『救世主』が国難そのものになったケースも、決して少なくはなかったので」
「俺がこの国を乗っ取ろうとしている可能性も、あるんじゃないかと?」
「ひらたく言えば、そういうことです。セイヴァーさんは現在、誰よりも強い権力を持っていますからね。もちろん、このアストレア法皇国においてのみ、ですけど」
そういや女王さまも、『この国では、誰よりも高い地位にあるんだ』みたいなことを言ってたっけか。
「つまり、他の国でならいざ知らず、法皇国にいる限りは、俺の『命令』に逆らえる奴なんていないってわけか?」
「そういうことです。だからわたしたちは、あなたの機嫌を損ねないように気をつける必要があるわけです。変な命令をされないよう、上手く立ち回らないといけないわけですね。
もちろん、セイヴァーさんの命令に魔術的な強制力があるというわけではありませんよ? だから、必ずしもあなたの命令が受け入れられる、というわけでもないのですが」
「ふうん? じゃあ、仮に俺が女王さまに『王位を譲れ』とか言っても、突っぱねられるのがオチか」
「まあ、そうなるでしょうね」
「でも、俺が『死ね』と命じたら、本当に命を投げ捨てかねない奴がいるからなあ、この城には……」
主に、シャルとか、シャルとか、シャルとか。
「そこはせめて、『命を捧げかねない』とか言いましょうよ」
苦笑混じりの声が、前を行くエアリィから返ってきた。
……似たようなものだと思うけどな、それ。
「どちらにせよ、お前のさっきの言動の意味、少しは理解できたような気がするよ。そりゃ、生きた心地しないよな。皇女に『死ね』って命令できるような奴が、その皇女の隣に、四六時中居たりなんかしたら」
や、正確には、皇女のほうが俺から離れようとしないって感じだったけど。
「まったくです。だからセイヴァーさんの人間性次第では、わたしにのみ理不尽な命令をし続けたくなるよう、仕向けたほうがいいかなと思いまして」
「いや、そこまで自分を犠牲にするような考え方をしなくても……。そもそも俺には、そんなメチャクチャな命令をする気なんてないし。
つか、シャル相手ならまだしも、女王さまに『死ね』とか命じようもんなら、逆に俺のほうが殺されるんじゃね? 不敬罪? とかでさ」
「それはどうでしょう? セイヴァーさんのほうが、シャーリーンさまよりも地位は上なわけですし。
それに『法皇国』を冠してるだけあって、この国の人間は信仰心がとても厚いんです。だから、セイヴァーさんの命令を拒絶することはあっても、創聖神の僕を手にかけるなんてことは、畏れ多くてできないと思うんですよね。
そもそも、セイヴァーであるあなたが、おとなしく殺されてくれるのかも疑問です」
「信仰心云々はさて置かせてもらうが、なるほど、確かにそれは言えてるかもな」
レベルこそ最低だけど、俺のパラメーターはかなり高いから。
しかしまあ、ずいぶんと色々考えて行動している娘だ。場合によっては、俺の感情を操作して怒りを引き出し、それを一身に受けようってつもりでもいたみたいだし。
それにしても、セイヴァー自身が国難に……か。
「そういや、フィリアも言ってたな。強すぎる力は、やがて『悪』と見なされるようになる、とかなんとか」
それって、召喚されたセイヴァーが自分の欲望を満たすためだけに行動して、結果、国から疫病神扱いされるようになったとか、そういうことなんだろうか。
そんなどうでもいいことを考えながら歩いていたら、立ち止まっていたエアリィの背中にぶつかってしまった。
「ど、どうした? エアリィ」
彼女はこちらを向いており、開けた口をあわあわと震わせている。
「そ、創聖神の真名を呼び捨てるなんて……! 『救世主』とはいえ、いくらなんでも無礼がすぎるのではありませんか!?」
「え? そう? 俺、そのフィリア自身から『フィリアと呼ぶように』って言われたんだが……」
「そ、そんなこと、あるはずが……! じゃあセイヴァーさん、創聖神と実際に対話なされたのですか!? 創聖神のご尊顔を拝することを許された者など、いままで誰ひとりいなかったというのに……!」
「誰ひとりって……『救世主』であっても?」
「当然です! 始めに言ったでしょう!? 創聖神の僕であろうとも、『救世主』はただの人間なんだって! そうである以上、創聖神にお目通りが叶うことなんて、あり得ないはずなのに……!」
『はずなのに』って言われても、俺は実際に会ってるからなあ。
しかもあいつ、やたらと気さくっていうか、親しみやすい性格してたから、全然『光栄』なんて思わなかったし。
でも、この感想は口にしないでおこう。
心の中でとはいえ、フィリアのことを『あいつ』呼ばわりしてるなんて知れたら、シスターであるエアリィに一体どんな天誅を食らわされるか、わかったもんじゃない。
「あー……っと、とりあえず落ち着け、エアリィ。……それでさ、今後は俺、フィリアのことは『創聖神』って呼ばなきゃマズい? フィリアって呼んでたら、色々と都合の悪いことになりそう?」
「そ……そうですね、ええ、どこの国の民であっても、創聖神を敬わずにいる者なんて存在しませんから……。そう呼ぶのを許されたというのが事実であっても、今後、創聖神をその真名で呼ぶのは控えたほうがよろしいかと……」
「わかった。変に絡まれても嫌だからな。これからは気をつけることにする」
「はい、そうしていただけると、正直、わたしとしても助かります。徒にその真名を口にされるのは、なんといいますか……こう、心臓に悪いので……」
おいおい、なんか変に恐れられてねえか? 創聖神さんよ。
実際はあんなにフランクで、俺に『この世界で生きていくための力』をくれたり、『せっかくだから、王城での暮らしも満喫してきなさい!』とか言ってくれたりしたくらいには、いい奴だったってのに。
いやまあ、『創聖神の加護』ってのの具体的な効果は、まだ全然わからないままだけどさ。
……っと、そうだ。すっかり忘れてたが、どうして俺はこの国に召喚されたんだ?
フィリア――創聖神が『王城での暮らしも』って言ってた以上、その他にも、俺にはここでやるべきことが――シャルたちが俺を召喚した理由ってものがあるはずじゃないか。
「なあ、エアリィ。ひとつ訊きたいんだが、いいか?」
「……それは、『セイヴァーとしての』ご命令ですか?」
「へ? いや、そういうわけじゃないけど……」
予想外の返しに戸惑う俺。
そんな俺の表情を見て、彼女はひとつ、笑みを漏らした。
「ふふっ、冗談ですよ。どうぞ、なんなりと」
「冗談かよ、おい……」
「セイヴァーさんの返答によっては、冗談にならなかったかもしれませんね」
「きっついなあ、まったく……。で、訊きたいことってのはさ、俺がシャルに召喚された理由のことなんだけ――」
そこまで口にしたところで、彼女は表情を真剣なものにし、改めて俺と正対してきた。
「なるほど、まだお聞きになっていませんでしたか。別に、大した理由じゃありませんよ。
アストレア法皇国の権威の象徴。他国への牽制行為。その手段としてもっとも有益とされたのが、『救世主』の召喚だった。……それだけのことなんです」
「じゃあ、他の国から戦争を仕掛けられそうになっているとか、この世界――オシリスが何者かに滅ぼされそうになっているとか、そういう物騒なことは一切起こってない、と?」
「ええ、少なくとも、わたしの知る限りでは……」
そう、口にした彼女からは。
本当は自分の知らないところで『なにか』が動いているのでは、という不安を覚えているかのような。
そんな、どこか張り詰めたものが感じられた。
そもそも、そんな『恐れ』でもなければ、俺の問いにこんな真剣な表情を見せることなんて、なかったはず。
しかし目の前の少女は、そんな感情を口に出すことなんて微塵もせずに。
「当面は、セイヴァーさんにやってもらいたいことなんて、『救世主』の降臨を法皇国の民たちに知らせてほしい、くらいのものですね。
具体的には、城のバルコニーに出て、そこから愛想よく手でも振ってもらえれば充分です」
「また、ずいぶんと簡単な仕事だなあ、おい」
「権威の象徴なんて、そんなものですよ。そこに『在る』ことに意味があるんです。……もちろん、民に降臨を知らせる前に、セイヴァーさんがどのくらいの実力を持っているのかを測らせていただくことにはなると思いますけど」
「なるほど、俺の実力テストか。……命の危険は、ないよな?」
「それは……わたしにも、なんとも」
苦笑するエアリィ。
まあ、答えられないよなあ。
実際に俺と戦うのは兵士だろうし、試合の形式を決めるのだって、女王さまがやることなんだろうから。
それから俺たちは、しばし無言で歩を進めた。
何度か階段をのぼり、いくつもの部屋の前を通りすぎる。
あー……、ところで、俺たちはいま何階にいるんだ?
そして、この城は一体、何階建てなんだ?
こんなことで俺、ちゃんとこの城に馴染めるのかなあ……。
ようやくのエアリィ回です。
やや短めですが、その代わり二人っきりでガッツリ&次回も引き続きエアリィ回。
これでようやく、三人娘がメインとなる回をひとりにつき最低一回ずつ用意できたわけですが、いかがでしょうか? 気に入ったヒロインはいましたか?
そのあたり、感想欄などで教えていただけると、とても嬉しいです。
では、また次回。