【真理 彼のいない世界で】
――なあ、真理。俺たちも試しにつき合ってみねえ? ほら、幼なじみっつー、すげえ微妙な関係じゃん? いまの俺たち。
だから、もう一歩踏み込んでみてもいいんじゃねえかなって思ったわけなんだけど……。
あのとき、照れも怒りもせずに受け入れてれば、違う『現在』があったんだろうか。
やたらと周囲でつき合っている人間が増えてきてた頃のことだったから、『試しに』という言葉は軽く流して、『うん、それもいいかもね』って笑顔を向けることができていたなら。
……ううん、きっとなにも変わらない。
だって、北斗のしてくれた告白に対する私の返事と、現在の彼の行方不明。そこには、因果関係なんて欠片もないんだから。
それに、私は本気だったから。
あのときにはもう、北斗のことが本気で好きだったから。
『試しに』って言葉を適当に聞き流すことなんて、絶対にできなかった。
だから、これは無意味な回想。
本気であるがゆえに馬鹿だった私の、愚かな妄想。
妥協を知らなかった、おそらくは純粋で夢見がちな私の――。
わかってる。
もう一度あの言葉をかけてもらえる可能性は、万にひとつもないんだって。
わかってる。
私がこの胸に抱いている想いが叶うことは、もう絶対にないんだって。
そんなことは、ちゃんとわかってるんだから。
だって、北斗はもういないんだもん。
警察の人が五日以上も捜してるのに、見つからない。
きっと典子の言うとおり、北斗はこの世界から消えちゃったんだ。
『私』っていう世界の中から、消えちゃったんだ。
そんな、なにもかもが手遅れになってしまった世界で。
けれど、私は。
今日も虚ろに、表向きはいつもと変わらない日々を過ごしていた――。
◆ ◆ ◆
「まだ見つからないな、国崎は」
それは、教室で掃き掃除をしていたときのこと。
典子が唐突にそんな話題を振ってきた。
北斗の不在に影響を受けて美少女っぷりが下がる、なんてことはなかったけれど、彼女も沈んでいるのは明らかだ。
もっとも、その理由は……。
「おのれ! この私よりも先に異世界に行きおって! 私のほうがずっとずっと異世界に行きたかったんだぞ! 行きたかったんだぞ!!」
こんな、馬鹿馬鹿しいものなわけなんだけれど。
でも、北斗の死を微塵も考えてない友人の存在というのは、正直、いまの私にはありがたかった。
と、そんな典子の頭に、丸めた教科書が振り下ろされる。
「痛っ! いきなりなにをする、滝本!」
見ればそこには、眼鏡をかけた小説家志望の男子生徒の姿があった。
いや、男子生徒って言い方はちょっと他人行儀すぎるか。
彼は北斗の友人で、私たちと一緒に中等部の頃から馬鹿をやってきた仲間のひとりでもあるんだから。
まあ、最近は執筆のほうが忙しいみたいで、ちょっと疎遠気味になっちゃってるけど。
そんな滝本くんは、丸めていた教科書を元に戻しながら嘆息する。
「なにをする、じゃないだろ。本田。北斗が行方不明になってるんだぞ? それを茶化しの材料にするだなんて、橘に対して無神経すぎるだろ」
「あ、別にそんなことはないよ、滝本くん。……むしろ、典子の物言いにはちょっとだけ救われてもいたり」
「嘘ぉ!?」
あー、うん……。
救われてる、は我ながら言いすぎだったかな。
苦笑する私に、滝本くんは表情を真剣なものにして。
「でも実際さ、なんでいなくなったんだろうな、あいつ。別に親と不仲だったわけでもないのに。そもそも、もうすぐ一週間も経つっていうのに、日本の警察が見つけ出せないっていうのも異常だろ」
「そうだよね。そういうところに関しては本当に優秀だもんね、警察って」
私がそうあいづちを打つと、ダン! と典子が足を強く鳴らした。
「だから異世界に行ったんだと何度言えば――」
「そういうお前も、それだけはないって何度言えば……」
「なにを言う! いいか? 優秀な警察をして見つけることができないんだぞ? これはもう、地球にはいないのだと結論づけるしかないじゃないか!」
「発想が飛躍しすぎだろ!」
「滝本! お前は小説を書いているというのに、頭が固すぎるぞ!」
「現実と空想を混同してないだけだよ! ……でもまあ、不審な点は確かにあるんだよな。北斗は家出するようなやつじゃないってこと以外にも」
腕を組んで考え込む滝本くん。
そうなのだ。テレビでの報道とかはまだされてないけど、おかしなところは確かにあるのだ。
「道路に北斗の腕時計が落ちてたんだよね。あと携帯電話も」
それにうなずきを返してくれるのは、もちろん滝本くんだ。
「ああ。それに通学カバンやちょっとした小物もな。誘拐や家出よりも、突然消えたってするほうが納得いくのは確かだ」
「ほら見ろ! やっぱり国崎は異世界に行ったんだ!」
「本田、鬼の首を取ったかのように俺の顔を指差すな。というか、普通に行儀が悪いから、人の顔を指差すのはやめろ」
と、うんざりとした表情で滝本くんが注意したときだった。
『高等部二年三組の本田典子さん、高等部二年三組の本田典子さん。至急、職員室まで来てください。繰り返します――』
「なんだ? お前、またなにかやらかしたのか?」
「さてな。心当たりが多すぎて逆にわからない。だが、掃除をサボれるのはラッキーだな」
なんというポジティブシンキング……。
「そんなわけで行ってくる。真理、滝本、あとのことは任せたぞ」
「あとのことって、掃除だろうが……」
滝本くんの突っ込みを無視して、典子は背中まである長い黒髪を揺らしながら去っていった。
あの後ろ姿だけを見るなら、本当に非の打ち所のない美少女なんだけどなあ……。
「……ふう」
なんだかんだで私の気分を明るくしてくれていた典子が行ってしまったからなのだろうか、滝本くんに失礼だとは思ったけど、私はついため息を漏らしてしまった。
「やっぱり気落ちしてるよな、橘……」
「そりゃあね。夜もまともに眠れてないし……」
……いけない。
心配かけるようなことをわざわざ言って。
これじゃまるで、自分が辛いってことをアピールしているみたいじゃないか。
辛いのは私だけなんだって、思ってるみたいじゃないか。
北斗のお父さんやお母さんは絶対に私よりも辛くて、彼の不在を私以上に悲しんでるはずなのに。
「――俺じゃ、代わりにはなれないかな?」
「代わり……?」
自己嫌悪に陥りながらだったものだから、つい、ぼんやりと訊き返してしまった。
滝本くんは、最大限の勇気を振り絞ったんだって。
精一杯の想いを込めてその言葉を言ってくれたんだって、気づかないまま。
「北斗の、代わり……。あいつが居なくなったせいで出来た穴を、少しでも俺が埋めてやれたらって……」
意味をようやく理解して、私は思わず目を見開いた。
「それは……滝本くんが辛いんじゃない?」
「俺は、橘と一緒にいられれば。そうやって傷を癒してやれれば、それでいいんだよ。そうしていつか、俺のことを見てくれれば……」
だから、俺とつき合ってくれないか、と。
滝本くんは、そう告白してきた。
でも、申し訳ないけど、返す答えなんてもう決まってて……。
「ごめん。私は北斗のことが好きだから。ずっとずっと、好きだったから。いなくなっても、この気持ちは変えられないの。きっと、一生……」
「そっ、か……」
「本当に、ごめんね……」
「橘が謝ることじゃないよ。……でも、そこまでなのか。羨ましいな、北斗のやつが」
「そう……。――でも、典子といい滝本くんといい、私は本当にいい友達に恵まれてるね。優しい人ばっかり」
「北斗からしてみりゃ、『俺がいなくなってる間に、俺の彼女候補を奪い取ろうとしやがって』ってなもんだろうけどな」
「彼女候補だなんて、そんなふうには思ってないよ、北斗は」
だって、私のほうから振っちゃったんだから。中学のときに。
そして、私のほうから告白するなんてことも、もう絶対にできなくなっちゃった。
そんな後悔を胸に、私は一生、独りで生きていくんだ……。
◆ ◆ ◆
今日の授業がすべて終わり、私は家路についていた。
北斗と一緒に辿ることもよくあった、家へと帰る道を。
けど、彼と足並みを揃えて歩くことは、もう叶わない。
一緒にいたあの頃をユメに見ながら、私はひとり、とぼとぼと寂しく歩を進めてゆく。
そうしていて、ふと北斗がいなくなってしまったという場所に足を運んでみようという気になった。
それは、ほんの気まぐれ。
なんてことのない、気の迷い。
ただ、彼がいた頃の名残を感じたかっただけ。
そこで私は、ひとりの女の子と出会った。
なんてことはない道路の端。
つい涙ぐんでしまったところで、背後から声をかけられて。
「――これでもう三人目か。お主、名をなんという?」
綺麗な声だった。
外国の貴族のような娘だった。
でも、すごく年寄りくさい口調で話す女の子だった。
赤い瞳に、長い銀色の髪。
年の頃は十三くらいだろうか。
そんなドレスみたいな紫色の服を身にまとった彼女は「……失礼した」と突然謝ってきて、
「まずは、わしのほうから名乗るべきじゃったな。わしの名はフィアリス。もはや姓の無き、ただのフィアリスじゃ。この新世界を創造した巫女の片割れじゃな」
……どうしよう。
典子のあれも大概だけど、この娘の言ってることはそれに輪をかけて電波だ。
「して、ツインテール娘。お主の名は? 見たところ、かなり強い『救世主因子』を持っておるようじゃが」
「『救世主因子』……? あと、ツインテール娘って……。えっと、私は橘真理っていうんですけど……」
あれ? なんで私、こんなにおずおずと話してるんだろう。
なぜか微妙に丁寧な口調にもなっちゃってるし。
な、なんか謎の威圧感があるよ、この娘には……!
「真理、か。その名、真理の言代かの。なるほど、それならば強い『救世主因子』を保有しておるのも納得がいくというもの」
そんな勝手に納得されても!
私のほうは、なにひとつわからないままなんですけど!?
「じゃが、その真名はあまり意識しないことじゃ。真名を自覚した者は『力』に目覚める。良くも悪くも、な。
表向きは、とはいえ、ここは平和な国じゃ。平和な世界じゃ。望んで殺し合いなどする必要はない。お主の持つ『救世主因子』も、可能ならばずっと内に秘めたままにしておいたほうがよいじゃろう」
「は、はあ……」
「むろん、異界に赴き力を振るいたいと願うのなら、止めはせんがの。強く念えば『道』ができる。異界に行くことも叶うじゃろう。
それが愚かな望みであることは、言うまでもないがの」
「強く、念えば……」
それはたとえば、典子のように?
そんなことを思った私に、フィアリスと名乗った少女は背を向ける。
「邪魔したの。お主からは『救世主因子』を悪用する意思は感じられん。である以上、わしの存在は毒にしかならんじゃろう。
一般人でありたいのなら、わしのような『目覚めたるもの』とは関わらぬほうがよいからな。では、さらばじゃ。もう二度と会うことはないじゃろう」
そう背中で言い残し、銀髪の少女は去っていった。
でも、私には予感があった。
「強く念えば、誰でも異世界に行けるってこと、なの……?」
だったら、典子は。
ううん、北斗だって……。
そんな予感が、膨らむ。
いいとも悪いともいえない、予感が。
そして、その予感は現実のものとなった。
銀髪の少女との邂逅から数えること、二日。
典子もまた、行方をくらませてしまったのだ。
北斗と同じように。
けれど彼とは違って、身の回りの物をこの世界にはほとんど残さずに。
その日、私はこの世界の抱えている『危うさ』を、確かに実感した――。
はい、この章のラストも真理回でした。
約一ヶ月に渡ってお送りしてきた『模擬戦編』こと『女王さまの実力テスト』、いかがでしたでしょうか?
楽しんでいただけたのなら幸いです。
ちなみに、ここまでで全21部使っております。文字数は13万字超えです。
まだ旅立ってもいないのに、なんでこんな長々と! と自分に突っ込みを入れておりますよ、ええ!
このあとは、ようやっと旅立ちです。
もちろん、その前に終わらせておかなければならない作品があるので、すぐに次の章に入れるわけではないのですが、それでも次の章からは旅立ちなのです!
並行して進めている『闘技場』のほうがちょうど一ヶ月空いてしまったので、こちらのほうもそのくらい空いてしまうかもしれませんが、それでもブックマークを解除せずに待っていていただければ、と思います。
それでは、また次回。




