Interlude ワールドブレイカー
深夜。
アストレア法皇国のオルグレン領にある、一際立派な屋敷の一室。
オルグレン領の現領主――セシル・オルグレンは、王城にいる部下からの報告を受けていた。
『――以上が、本日の模擬戦における『救世主』の戦績です』
その木張りの部屋は恐ろしく散らかっており、片づいているのは通信用の魔法の品である水晶玉が置かれている机の周辺のみ。
主であるセシルが『このほうが落ちつくっつってんだろ!』と頑なに拒絶しているがゆえに、ひとまずはこの状態が保たれているが、いつまでもこのままではメイドたちも業を煮やし、やがては強硬手段に打って出てくることだろう。
まあ、それはともあれ。
「はっ! レベル2の子供が、あのアーロンに勝ったってか! さすがに『セイヴァー』のクラスは伊達じゃねえな!」
口調は心底、愉快そうなもの。
そこには暗い感情など、微塵も認められない。
口調こそ荒いものの、若き領主の声には邪気というものがまるでなかった。
――若き領主。
そう、まさしくセシルは若き領主である。
年齢は今年で十九。
格式ばった黒い服に身を包み、長いマントをつけているからか、はたまた表情がすでに大人のそれであるからなのか、実年齢よりも大人びて見えはするのだが、実際はまだ二十年と生きていないのだ。
背は平均よりいくらか高め。
それが領主としての威厳を保つのに、一役買っているといえるだろう。
だが身体の線は細く、華奢と評されることすらあった。
焦げ茶色の髪はほとんど手入れなどされておらず、ツンツンに尖りきっている。
それでも、その端正な顔立ちが崩れることはなく、たとえ同性であっても、その横顔に見とれることは珍しくない。
しかし、同性からのものはもちろん、異性からのものであっても、そのような感情を向けられると不快な気持ちになってしまうのがセシルという人間である。
いや、正確に言えば不快というのとは違う。ただ『面倒くさい』だけなのだ。
それはさておき、セシルは水晶玉が置いてある机から木製の椅子を引きずり出し、どかっと乱暴に腰かける。
それから改めて、水晶玉の向こう側にいる人物へと問いかけた。
「『セイヴァー』のパラメーターや技能ランクのほうはわかった。あと重要なのは人柄だな。そっちのほうはどうなんだ?」
返ってくるのは若い女性――というより、まだ十代後半の少女の声。
『悪くはありません。横柄なところはなく、弱者を虐げることに快感を覚えるタイプでもありませんでした。やや荒っぽい性格ではありますが、ひとまずは常識人と評してよろしいかと。
あ、よく考えてみますと、セシルさまと似ていらっしゃいますね』
「……似てんのか? それ」
『自覚がないのは本人ばかりなり、ですよ。――それと、効率や正しさよりも個人の感情を優先するタイプでもありましたから、上手くすればこちら側に引きずり込むことも可能だと思われます』
「……信じられねえ。そりゃ『セイヴァー』を味方にできりゃ怖いもんなしだけどよ、ありゃ『法皇国の剣にして盾』だ。あの女王を敵に回すような行動はしてくれねえだろ」
『模擬戦の第二戦終了後には、女王に食ってかかっていましたけどね』
「それでも、殴りかかるようなことはしなかったんだろ? それは可能な限り敵対したくねえっていう本心の表れさ」
水晶玉の向こうから、呆れたような気配が伝わってくる。
『まったく、疑り深いといいますか、慎重といいますか……。こちら側に『セイヴァー』を二人用意できれば、王城を落とすのは相当楽になりますよ?』
「別にオレは城を落としたいわけじゃねえよ。ただ、あの女王をぶっ殺してやりてえだけだ。オレが女王に成り代わりたいってわけじゃねえ。姫さんがオレを咎めずにいてくれるってんなら、王位を継ぐのを邪魔する気はねえさ」
『なんだかんだ言って無欲ですよね、セシルさまって。一領主が女王を殺そうというんですから、もっと権力を欲するのが自然だと思うんですけど』
少女の言葉に、セシルは机の上に両肘を乗せ、肩を落とした。
「いらねえよ、んなもん……。女王を殺そうとすりゃ、あのアーロンが出張ってくんだろ? なら殺すしかねえ。姫さんだって親を殺したオレを恨むだろ? これも殺すしかねえ。
……親父は四年前に死んじまった。殺されちまった。親父とアーロン、この二人がいねえ世界になんてな、オレの欲するもんは欠片もねえんだよ……」
思い出されるのは、四年前の『あの日』のこと。
アーロンが父の亡骸を秘密裏に運んできた、寒い夜の日。
望んでしまったのだ。
女王の臆病さゆえに奪われたひとつの命。その報いを、必ず受けさせてやりたい、と。
たとえそれが、どれだけ愚かな望みであったとしても――。
◆ ◆ ◆
四年前のその日、オルグレン領の領主――キース・オルグレンは王城に呼びだされた。
辺境の地に赴き、流行り病を収めて帰還した矢先のことであったから、おそらくはその件でお褒めの言葉のひとつでも賜るのだろう。
家に長く留まることのできない父に対し、しかしセシルはそう思うことで不満の色を隠し、その日も母と共に、笑顔で父を家から送り出した。
そして父は――そのまま二度と帰ってくることはなかった。
否、帰ってきたにはきたのだろう。物言わぬ死体となっての帰還を、『帰ってきた』と認識できるのならば。
母はそれを気丈な態度で受け入れ――やがて、壊れた。
二年前に、アーロンと法皇国、そして女王への毒を吐きながら、床に伏したまま逝ってしまった。
――あの日、父の亡骸を運んできたアーロンは涙していた。
当時、まだ十五だったセシルに、彼は涙ながらに語った。
「私が、キースを斬ったのです……。多くは、語りませぬ。許してほしいとも言いませぬ。すべては、言い訳となってしまうがゆえ。
ただ、頭だけは下げさせてほしい。そしてどうか、私以外の者のことは、誰ひとり恨まずにいていただきたい……!」
むろん、それで納得するセシルではない。
頑なな彼が白状するまで、長い時間、問い続けた。
なにがあったのかと、父のことが憎かったのかと、自分には知る権利があるのではないか、と。
やがて、アーロンは根負けしたように重い口を開いた。
「――すべては、忠誠の問題なのです。先日の流行り病、陛下は病に冒された領民すべてを殺すよう命じられた。また、キース自身は絶対に領内に入らないように、とも。
病とは、恐ろしいものです。感染している者が王都に入ろうものなら、王都そのものが壊滅してしまう恐れがあるのですから」
しかし、父は――キースは女王の命を破った。
領内に足を踏み入れることこそ思い留まったものの、領民すべてを虐殺することに戸惑い、助かる可能性があると判断した者すべてを人里から離れた地へと隔離し、そこで生かし続けたのだという。
「その民たちの処理は、もう済みました。病がこれ以上広まることはないでしょう。しかし、キースの行いに陛下はひとつの危惧を抱いたのです」
それは、自らに対する忠誠の低さだった。
女王陛下と、自分の治める領の民たち。
もしものとき、キースは前者ではなく後者を優先するのではないか、という。
「キースは、必要とあらば領民を犠牲にしてでも女王の命を守ると言いました。しかし陛下の中には、とうにキースへの不信が芽生えてしまっていた」
彼は、他の領の民を見殺しにすることさえできなかったのだ。
そんなキースが、果たして自分の治めている領に住む者たちを犠牲になどするだろうか。できるだろうか。
そのときに女王の命を破らないと、どうして言い切れようか。
「キースの言葉には、説得力というものが欠けていました。根拠が、あまりにも薄すぎたのです。
陛下は断じられました。キースは必ず、いざというときに自分よりも領民を優先する、と。遠くない未来に自分と衝突し、この国に災いを引き起こす可能性がある、と……」
そして、女王はアーロンに命じた。
なによりも自分の命を優先する、法皇国最強の騎士に命じた。
災いの芽を、いまここで摘み取るように、と。
この場で、キースをその手にかけるように、と。
「ですが、どうか陛下をお恨みにはならないでいただきたい……! 陛下の命を守るのが騎士の務め。それに背いたキースへの憤りこそが、私の手に剣を握らせたのですから……!」
そう口にする騎士の瞳から流れる涙は、枯れることをしらない。
彼は一体、どのような思いを胸に抱いてキースを斬ったのだろうか。
あるいは、身を切られるような思いで、その剣を振り下ろしたのではないだろうか。
セシルは知っている。
アーロンが父を高く評価していたことを。
彼がオルグレンの領を――この家を訪れ、和やかに食事をしたのだって一度や二度ではない。
そのときに彼が見せた柔和な微笑みが、父が浮かべていた誇らしげな微笑が、セシルの目には、いまもなお色鮮やかに焼きついているのだ。
だから、これはなにかの間違いだと思った。
父が他の誰かの手にかかって倒れることは、あるかもしれない。
しかし、アーロンが父に激昂し、その手で命を奪うなどということだけは、絶対に起こりえない。起こりうるはずがない。
そも、そのような憤りを覚えたのが真実であるというのなら、なぜアーロンはキースの死に涙を流せるのか。
「陛下に……キースが絶対の忠誠を誓っていれば、このようなことには……。一体、どこでなにが狂ったというのか……。騎士が領土を賜り、領主となったことが、そもそもの過ちだったというのか……。
かつての私のように、キースも『領土など、地位など要らぬ。この城で陛下に仕え続けることができるのならば、それに勝る幸福などない』と思えていれば、あるいは、この結末も……!」
父の死を惜しむ言葉に、セシルは理解した。
アーロンは憎むべき仇ではない、と。
憎むべきは、彼にそれを命じた――
「――いけませんな……。騎士には心など不要。ただ、陛下のためだけの剣であればよい。感傷は、この身を錆びつかせるだけ。
そも、非凡な才能を持つ私の孫娘とて、あの性格では遠からずキースと同じ道を辿ることになる。私はそれを、仕方のないことと割り切ったというのに……」
それは嘘だ。
どれほど優秀な騎士であろうとも、心を捨てることなどできはしない。
孫娘とやらの未来を案じているように、法皇国最強と謳われる彼にも、心はあるのだ。
そして、そうであるがゆえに、苦悩が生まれる。涙が流れる。
やがて、それも枯れ果てたのだろう。
アーロンは赤く腫れた瞳で、本題を切り出してきた。
「どうか、王都ではなくこの地に、キースの遺体は葬っていただきたい。そして、彼の死因は病死であると、発覚が遅れただけで、実は流行り病に冒されていたのだと、そう、領民にはお伝えいただきたい」
そうしなければ、キースはアーロンの手によって、女王の命によって最期を迎えたのだと公表しなければならなくなる。
そうなれば、キースは女王に逆らった逆賊である、という噂がまことしやかに囁かれることにもなりかねない。
すべては、キース・オルグレンの名を地に貶めぬためにされた提案だった。
アーロンもまた、キースの名が泥にまみれるのは耐えられなかったのだろう。
そして、セシルたちに口裏合わせを頼むため、この騎士は人目を忍んでこの地までやってきた。
それはおそらく、女王の意向ではないだろう。
この国の女王は、そのような計らいなど絶対に行わない。
キースの名が汚れようと汚れまいと、国の大勢には影響などないのだ。
そうである以上、あの女王はそこに手間をかけたりなどしない。
ゆえに、この行動はアーロンの独断に違いない。
翌日、偽りの死因と共に、父の遺体を領民の目に触れさせた。
多くの者がその死を惜しみ、悼み、遺されたセシルたちに励ましの言葉をかけた。
それを、どこか虚ろな心持ちで聞きながら。
セシルはこの日、自らの生きる目的を定めるに至った。
むろん、すぐ行動に移せたわけではない。
セシルが動いたのは、それから二年もあとのこと。
母が死に、正式に領主の地位を継いでからのことだった――。
◆ ◆ ◆
『……さま? あの、セシルさま? どうかなされましたか?』
机に両肘をついてうなだれていたセシルは、水晶玉の向こうから聞こえてきた少女の声で現実に引き戻された。
「――いや、どうもしてねえ。とにかく『セイヴァー』を味方につけるって案は却下だ。ここぞってときに裏切られたらたまらねえからな」
『そんな器用なことができる人には見えませんでしたけどねえ……』
「うるせえ。却下っつったら却下だ。『救世主』はちゃんとオレのほうで用意してみせる。……もちろん、『セイヴァー』が王城に留まっている間は、安易に攻め込むなんてできねえけどな」
セシルには、動かせる兵が少ない。
四年前の一件の直後に、王都からいくらか兵が派遣されてはきたが、その者たちは若すぎる領主を明らかに侮っている。
セシルの命令に命を懸けてくれるとは、とてもではないが思えなかった。
自然、頼りになるのはキースの代から仕えてくれている兵たちということになる。そう、たとえば水晶玉の向こうにいる少女のような。
「報告は以上か? アリシア」
『はい。大体は』
その少女――アリシアは、キースの代からオルグレンに仕えてくれている兵の中でも、特に優秀な者のひとり娘である。
キースの死の真相を知るやいなや『暗殺術』などを学び、驚異的な成長を見せ、ひとつ年上のセシルを大いに驚かせた。
現在のレベルは23。魔力が低いのが玉にキズではあるものの、全体的に高いパラメーターと暗殺向けの技能を複数修得している。
セシルに対する『忠誠心』もSランクと異常なほど高い。
だが、優秀だからこそ生まれる懸念というものもある。
「じゃあ、今後も引き続きこの調子で頼む。それと、いつも言ってることだが、能力の高さはなるべく隠せよ?
お前はうちから城に送り込んだ『ソルジャー』の中でも、郡を抜いて優秀なんだ。もし、お前の忠誠が女王に向けられているものじゃないと知られたら……」
『ご心配痛み入ります。ですが、ご安心ください。本日の模擬戦で『その命を捨てる覚悟をせよ』と命じられたのは私ではなく、アーロン殿の孫娘である『バトルシスター』でした。
彼女は私以上に優秀な上、女王自身には忠誠を誓っていないと常日頃から公言しています。『アサシン』向きの技能を有していることもあり、私のよい隠れ蓑になってくれていますよ』
「まあ、だからこそ兵士を募集していたときに、お前を始めとした『暗殺術』の技能持ちを何人か推薦できたんだけどな。
アーロンの孫娘がいなきゃ、絶対に怪しまれてただろうし」
『運がよかったですよね、本当に』
「まったくだ。――さて、そろそろ通信終えるぞ? 城の内情報告と姫さんの召喚した『救世主』の動向調査、今後もよろしくな?」
『はい。この命に代えましても』
「……あのなあ。そう簡単に命に代えられちゃ困んだよ。うちはただでさえ兵が少ねえんだ。いざってときは、どんな無様を晒してでも逃げ帰ってこい」
『承知いたしました。セシルさまのほうも、『召喚の儀』を早く成功させてくださいね』
「わかってる。これでも一生懸命やってんだよ。――じゃあな」
魔術による通信を切り、セシルは椅子から立ちあがる。
「……ったく、アリシアのやつめ。わかってんだよ、少しでも早く『救世主』を召喚して、戦力面で同等にならなきゃいけねえってことは。
でも、何度やっても一向に『創聖の門』が出現しねえんだもんよ……」
ぼやきながら扉を押し開け――そこに、ひとりの少女が立っていた。
扉一枚を挟んでいただけなのに、なぜ気配を感じ取れなかったのか。
そんなことを考えたのは一瞬。
目つきを鋭いものに変え、セシルは目の前の少女を睨みつけた。
だが、少女は怯まない。
それどころか、ポニーテールに結った黒い髪を揺らして、不敵な笑みを向けてくる。
年の頃はセシルと同じくらい――十八から十九といったところだろうか。
セシル同様に大人びて見えるが、二十歳は超えていないだろう。
背は少女のほうが頭二つ分ほど低く、体格だってよくはない。
肉弾戦になれば、セシルが勝つのは目に見えている。
武器は持っておらず、服にも不自然な膨らみはない。あるのは少女らしい均整のとれた柔らかそうな身体だけだ。
しかし、その服装には違和感があった。
むろん、王城に召喚された『救世主』――国崎北斗であれば、それが私立硝箱学園指定の夏服だとひと目でわかったのだろうが、そんなこと、オシリスの人間であるセシルにはわかるはずもなく。
結果、若き領主が発したのは、ひとつの問い。
「……お前、何者だ?」
それに、果たして少女は。
「私は私よ。それ以外の誰でもない。――これで満足?」
からかうように、そんなことを口にした。
「ざけんなっ! そもそも、どうやってここに入ってきた!? もう鍵はかけて――」
「鍵がかかっているから侵入できない。そんなものは、しょせん幻想に過ぎないわ。そして私は、そんな『幻想』を破壊することに特化している者。そういうふうに、造られた者。
さて、今度は私のほうから質問したいのだけれど、いい?」
「おい、こら待て! 意味がさっぱりわからねえよ! とりあえず、お前は泥棒かなにかってことでいいのか!? いいんだよな!? 違うってんなら身の証を立ててみやがれ!!」
「身の証……。ステータスを見せろってこと? まあ、それで話が前に進むんなら別にいいけど」
盗みを目的として侵入してきた輩なら、クラスは『シーフ』、あるいはそれの派生と決まっている。
ゆえに、セシルは勢い込んでクラス名の開示を迫ったのだが。
ネーム:シズク・サイオンジ
マジック・ポテンシャル:闇、破壊(幻想)
クラス:ワールドブレイカー
レベル:5
力:D
耐:D
速:B
魔:S
運:D
スキル
魔術:S
鬼術:EX
調理:S
魅了:B
気功:C
遠視:B
眼力:A
闘気:A
知略:EX
効率性:C
抗魔力:S
無詠法:B
鋼の意志:S
気配察知:S
危険感知:A
自己暗示:A
カリスマ:B
無色の力:EX
高速詠唱:EX
聖霊の加護:B
魔力増幅:C
「ワールド、ブレイカー……?」
聞き覚えのない――いや、厳密にいえば知識にだけはあるクラス名に、セシルは力ない声を漏らしてしまった。
「『世界を破壊する者』なんて、ずいぶんとダイレクトなクラス名よね、これ。まあ、私には世界を破壊する意思もあれば力もあるから、別に文句なんてないわけだけど」
いま少女がぼやいたとおりだ。
『ワールドブレイカー』とは『ダークマスター』の上位クラスにして『世界を破壊する者』のこと。
だが、しょせんは御伽噺めいた言い伝えの中にしか出てこないクラス名である。
大体、ここまでレベルとパラメーターの低い『ワールドブレイカー』など、脅威でもなんでも――
「あ、さっきも言ったけど、私は『幻想破壊』や魔術関連に特化してるから。そういうふうに造られて、育てられたの。レベルとパラメーターだけで強さを測るのは、賢明とはいえないわね」
確かにそうだ。
目の前の少女は、異常とすら呼べるほど多くの技能を保有している。
ランクだって高い。それも、魔法使い系のクラスに必須とされるものになればなるほど。
そもそも、この年齢、このレベルにしてEX技能を四つも持っているというのは、一体どういうことなのか。
「……お前が盗人じゃねえってことはわかった。けど、だったらなんの目的でここに忍び込んできたんだ?」
「よしよし、やっと話が前に進むわね。私の用は単純なもの。ちょっと捜してる人がいてね。瀬川和樹――あ、いえ、カズキ・セガワってやつを知らない?」
「……知らねえな」
「そう、邪魔したわね。それじゃあ私は帰るとするわ」
「おおいっ!?」
「なに? 用が済んだら帰る。これ、普通の行動でしょ?」
「事情! 事情を説明してけよ! こっちがモヤモヤすんだろ!!」
きょとんとする少女――シズクにセシルは地団太を踏む。
彼女は「面倒くさいわねえ」と呟き、
「この世界でいうところの『異世界』で、私の好きな人が行方不明になったの。それが和樹。
彼は『救世主因子』というものを持っていてね、それを手がかりに私は――いえ、私たちは『救世主因子』を持つ者を目印に、和樹を捜して世界間を渡り歩いてるってわけ。――これで満足?」
「『救世主因子』? それって、もしかして『救世主』を召喚する『召喚の儀』に関係あんのか!?」
「……なに? まさかとは思うけど、あなたも『救世主因子』を持つ人間を召喚しようとしてるの? 無理だって。世界間の移動には希術『熾天の門』が必須なんだから。あなたみたいな気性の荒そうな人間には使えないわよ」
「確かに、オレは召喚に成功したことねえけど……」
「はい、それも減点要素ね。あなた、仮にも女でしょう? なのに『オレ』ってなによ。着てる服も男物だし」
痛いところを突かれ、セシルは押し黙った。
しかし、彼女が額に汗を浮かべたのも一瞬。
「うっせえ! オレは四年前のあの日に女であることを捨てたんだよ!」
「でも女でしょう? あなた」
「くっ……。ううっ……!」
「……でもまあ、純粋さはありそうね。私自身は使えないけど、ゆえあって希術には人一倍詳しいし、そんな私の手ほどきがあれば、あるいは召喚できるようになるかも……」
「マジでか!?」
「教えてあげる、とは一度も言ってないけどね」
「お願いします教えてください!」
「……あなたには領主のプライドってものがないの?」
シズクは本気で呆れているようだったが、背に腹は代えられない。
「……わかったわよ。わかったから頭上げなさい。まあ、私にもメリットがある話かもしれないものね」
「そうなのか?」
「だって、上手いことあなたが和樹を召喚してくれれば、私の目的も達成されるじゃない。……もちろん、期待なんてまったくしてないけど」
「そのセリフは心の中に秘めておこうぜ、おい!」
「ともあれ、そうと決まったらまずは自己紹介ね。私は雫。西園寺雫よ。
個人的には、『ワールドブレイカー』じゃなくて『幻想殺し』と呼んでもらえると嬉しいわね」
口の端をわずかに曲げて、握手を求める雫。
「オレはセシルだ。セシル・オルグレン。まだ二十歳前だけど、オルグレン領の領主をやってる。クラスはまんま『ロード』だ」
雫に応え、彼女の手を握るセシル。
振り返ってみれば、この出会いこそがアストレア法皇国を大きく変えるきっかけになっていたのだが。
この時点では、そのことを予見できる者はいなかった。
そう、『創聖神の加護』をその身に有する北斗であっても――。
『幕間』その一です。
セシルや雫といった新キャラ登場で、戦記っぽさも少しは出てきたかなあ、と思ってみたり。
あ、今回は伏線の回収が目的の回でもありましたね、アリシアのこととか。
しかし、オルグレン先代領主関連のことは果たして憶えてもらえていたでしょうか?
『少女の思い~シャルロット~』でさらりと触れただけでしたから、忘れられていても文句は言えなかったり……。
唐突感は、否めないですよね。やっぱり。
それでは、また次回。




