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第九話 法皇国で一番の兵士

「それでは両者、表示しているステータスを消し、向かい合ってください」


 女王さまの声が、俺の意識を目の前の女兵士――アリシアへと向けさせる。

 その手にかまえられているのは、先端が鈍く光っている一本の槍。

 それを見て、俺の全身が大きく震えた。


 ――ヤバい……。怖い……!

 こんなビビって震えまくった状態で、俺、本当にちゃんと戦えるのか? いくらフィアー・イーターっていう恐怖いの剣を見繕みつくろってもらったとはいえ……。

 それでもなんとか勇気を振り絞り、剣の柄へと手を伸ばす。


 頑張れ、俺! 勇者だろ! レベルは1だけど、俺は最強の勇者だろ!

 大丈夫、怖くなんてない! あんな槍、刺さったって死にゃあしない!


 ――でも、やっぱり怖えものは怖えよ! 死にゃあしないかもしれないけど、血は出るだろ! なにより、身体がすくんで動かねえんだよ……!


 自分を奮い立たせようとしては失敗し、奮い立たせようとしては失敗し。

 けれど俺は、かろうじて剣を鞘から抜いてかまえてみせる。

 ああ、ものすげえへっぴり腰だ。観客ギャラリーたちの失笑しっしょうが嫌でも耳に入ってきやがる。


 くそう、くそう、くそう……!

 パラメーターは高いのに! 技能スキルだって多く持ってるのに! それなのに、それなのに……!


 ――けれど、恐怖を感じていたのはそこまでだった。

 フィアー・イーターの刀身が紫色に強く輝き、俺の心に急激な変化が起こる。


「怖く、ない……?」


 それはまるで、心のスイッチが切り替わったかのような、唐突すぎる心の動き。

 もちろん、恐怖を感じてないわけじゃない。

 そういう感情を覚えても、すぐに俺の中から消えていってしまうってだけのことだ。

 恐怖が湧きあがってくるのと、『怖い』って感情がなくなっていくのとは、まったくの同時。

 そして同時である以上、『その感情』は俺にとって『無い』も同じで。


「――始め!」


 女王さまが模擬戦の開始を告げる。

 長いリーチを活かし、アリシアが剣の間合いの外から突き入れてきた。

 それは本当に一瞬のうちの出来事。さすが、『速』や槍術のランクがBだというだけのことはある。


 ――だが、遅い。

 致命的なまでに、遅すぎる。


 剣先を槍の先端に当て、その軌跡を逸らしてやる。

 それだけで、彼女の攻撃は俺から大きく外れていった。

 『突く』って行為は、『点』の攻撃だからな。『線』である『薙ぐ』や『払う』に比べれば、遥かに当てにくいはずだ。


 もちろん、それだけに当たれば深く突き刺すことができるわけだけど、この程度の速度しか出せないっていうんなら、穂先を軽く剣で弾いてやれば済む話。

 あの槍が俺に当たる確率なんて、一パーセントにも満たないだろう。


 それがわからないのか、それとも、わかっていてもなお愚直ぐちょくに攻めることしかできないのか。

 アリシアは、槍での突きを連続して放ってくる。


「あのアリシアの突きを、剣で易々やすやすさばくだなんて、なんという技量……!」


 技量? なに言ってんだ?

 俺がやってることなんて、地球にいた頃となにひとつ変わらない。

 目の前に繰り出される武器の軌跡を、ちょっと逸らしてみせてるだけじゃないか。


「いえ、セイヴァーさまはこれといった技を用いているようには見えないわ。あれは技量が優れているというよりも、むしろ……そう、ただ速度のみで圧倒しているかのような……」


「あのアリシアを相手に速度で!? ありえない! 槍同士ならまだしも、あのセイヴァーが手にしているのはただの長剣なのに!」


 別に、速く動いてるつもりもないんだけどな。

 そりゃ、足をまったく動かしてないってわけじゃないけどさ。

 むしろ、立ち位置は数秒ごとに変わってるし。

 それでも、ひとつひとつの動きはステップを踏んでいるような感じっていうか。


 ――ああ、そうか。

 俺の動作はこんなにも遅いってのに、これでもBランクの『速』と『同等』なのか。

 俺の『速』のランクはS。アリシアと比べると二段階も上だ。

 なら、もっと速く動こうと思えば、足だけで彼女を翻弄ほんろうすることだってできるんじゃないか?


 ……やって、みようかな?

 足に強く力を込めてバックステップ。

 そうして試しに、アリシアから大きく距離をとってみる。


「――くっ!?」


 と、どうやら槍を勢いよく突き入れようとしたタイミングと重なっていたらしく、彼女は体勢を崩してたたらを踏んでいた。

 槍をかまえ直す前に、今度はタックルをかますような感覚でアリシアのほうへと走りだす。

 すると俗にいう『懐に飛び込む』っていう形になり、彼女の表情が驚愕に彩られるさまを見ることができた。


 刹那、アリシアの槍が振られる。


「――おっと」


 穂先ではなく、明らかに柄で打ち据えようとする動きだった。

 そういえば、槍の本当の脅威は、穂先ではなく柄の部分での『払い』にあるんだって滝本に聞かされた覚えがある。

 槍の柄は長いから、懐に飛び込んでいると距離をとってかわすことができなくなるんだって。


「――でも、全然余裕でかわせるもんなんだな」


 俺が行ったのは、再度のバックステップ。

 高く跳ぶとか、地面に這いつくばったとかじゃなくて、ただ槍の穂先が届かない場所まで後退してみただけ。

 

「まるでアーロン兵士長みたいなことを……!」


 そう呟き、アリシアが歯噛みする。

 しっかし、あれだな……!

 なんか俺、変な感じに楽しくなってきてるぞ!

 テンション上がってきたーっ! ってやつ!!


「よおし! じゃあ、そろそろ俺も攻めに――」


「――すべてを呑み込め」


 ――うん?


暗黒呪法ダークネスっ!」


「ぶわっ!?」


 なっ、なんだこの、もわもわってしてる黒いやつは!

 アリシアが左手を俺に向けてかざして、そこから出てきたような気がしたけど……あっ、もしかして、これが『魔術』か!?

 と、黒一色に染まった視界の中、観客ギャラリーの声だけが耳に届いてきた。


「も、モロに浴びたわよ、いま……!」


「彼、『抗魔力こうまりょく』の技能スキル持ってなかったですよね? さすがに直撃はマズいのでは……!」


 いや、別になんてことはないけどさ。

 でも目の前真っ暗で、あまりいい感じはしないな。

 というわけで、剣でばっさり、と。


 フィアー・イーターを横薙ぎに振るい、黒いなにかを斬り裂く俺。

 それを見て、また周りの女兵士たちがざわめく。


「う、嘘……。四大属性の術ならまだしも、闇属性の暗黒呪法ダークネスを、剣で……?」


「剣に魔力が込められているのなら、ありえないことではないけれど……」


「そ、それよりも、あのセイヴァー……」


 その言葉を引き継ぐように、アリシアが目を大きく見開いてこぼした。


「む、無傷……? そんな……確かに私の魔力は低いですし、いまの魔術も初歩のものですが、『抗魔力』を有しているわけでもないのに、無傷だなんて……」


 や、そんな呆然としなくても。

 ぶっちゃけ、俺が無傷なのには、ちゃんといくつかの理由があるし。

 そんなわけで、まずひとつ目。


「あー、あれじゃね? この鎧、魔道銀ミスリルってので造られてるらしいから、それでじゃね?」


 魔道銀ミスリルには、魔術によるダメージを少しばかり軽減する効果がある。

 鎧を選ぶときに、シャルがそんなことを言っていたのを思いだす。


「それにしたって……」


「それにいまのは、一節いっせつのみの詠唱で発動させた魔術だろ? アリシア自身の魔力は低いし、魔術の技能スキルを持ってるわけでもない。おまけに俺の魔力はBランクときてるんだ。なら、別に無傷でもおかしくないって」


 ちなみに、この『一節のみの詠唱』ってのは誰から教えてもらったものでもない。まさにいま、この瞬間、『創聖神の頭脳』から流れ込んできた知識だ。

 魔術を発動させるためには、最低でも一節分の詠唱と、『解放言語トリガー・ワーズ』を口にする必要があるのだ、と。


 あと、これは蛇足だそくになるけど、強力な魔術だと数節の詠唱をいくつかの工程こうていに分けて唱える必要もあるんだとか。

 たとえば、俺をぶために行ったシャルの『召喚の儀』は、全三工程の二十七節……って、長っ! これじゃ疲れるわけだ!


 それと、これはバラさないほうがいいことなんだろうけど、『創聖神の頭脳』から得た知識によると、この技能スキルの本来の効果は、『ありとあらゆる出来事が、ほぼ・・俺の望んだとおりの過程を経て、そうなってほしいと思った結果へと向かって収束していく』というものらしい。


 知識が得られるとか、そういうのは副次的なものでしかないみたいだ。

 う~ん、思っていた以上に万能――というか、反則的なレベルの技能スキルなんだな、『創聖神の加護』って。

 もちろん、『ほぼ』ってところに、少しだけ引っかかるものは感じるけど。


 しかし、まさかアリシアが魔術を使ってくるとは思わなかった。

 いや……でも、そっか。そうだよな。

 『使う』ことはできても、技能スキルとしては表示されない。

 それって逆に言えば、技能スキルとしては表示されていなくても、『使う』ことだけならできるってことでもあるもんな。


 でも、その程度の威力の魔術じゃ、俺にはまったく効かなかった。

 なんか、負ける気なんて微塵もしなくなってきたな。

 つーか、仮に負けろって言われた場合、どうやって負ければいいんだ?

 それくらい、余裕すぎるぞ? この戦い。


 アリシアの戦意は、まだまだ失われていない。

 もっとも優れている『速さ』を頼みに、何度となく俺へと槍を突き入れ、あるいは間合いを詰めて払いを食らわせようとしてくる。

 その絶対に諦めようとしない心意気は素直にすごいと思うけど、でも……俺に勝とうっていうのは、無理なんじゃないかなあ。


「……っ! 『不屈の精神』を持つ私が、セイヴァー相手とはいえ、かすり傷ひとつ負わせられないなんてっ……!」


「『不屈の精神』?」


 ――どれだけの窮地きゅうちに陥ろうとも、決して屈しない心の証。精神的に追い詰められたときにのみ、あらゆるランク差を無視した一撃を放つことができる。


 そんな情報が、唐突に頭の中に流れ込んできた。

 精神的に追い詰められるとランクの差を無視して攻撃を当てることができる技能スキル、か。

 持ってると便利そうだなあ。……自分の意思で発動させることはできないみたいだけど。


 でもやっぱり、俺に槍を当てることはできないんじゃねえかなあ。

 だって俺には、『創聖神の加護』があるんだから。

 俺に槍を突き刺したいってんなら、頭を使って俺が『その槍に刺さりたい』って思うよう仕向けないと。


「――さて、俺もそろそろ反撃させてもらうかな」


 手にした剣をかまえ、切っ先をアリシアへと向ける。

 おそらくは、これで決着。

 俺がそう望んでるんだから、そうならないわけがない。

 なんつーかさ、そろそろ飽きてきたんだよな。繰り出される槍をかわし続けるのにも。


 鋭い目はそのままに、しかし、数歩だけ後退るアリシア。

 戦意はまだあるようなのに、どうして……あ、もしかして、これが『威圧』とかいう技能スキルの効果なのか?

 ともあれ、俺は足に力を込めて大地を蹴り、彼女の懐へと飛び込んで――


「――はっ! ――はあっ!」


 二度。

 重さよりも、速さを意識して剣を振るう。

 閃く剣筋。

 それは、俺が思い描いたとおりの軌跡を虚空に刻み――。


「――あっ……」


 カランカラン、と。

 槍の柄の部分が三つに分かれ、そのうちの二つが地面に落ちた。


「魔術は効かない。武器も壊れた。――これで俺の完全勝利! ……だよな?」


 しばし、アリシアは悔しそうにうつむいていたものの、やがて顔をあげ。


「そう……ですね。参りました。私の完敗です」


「うおっっっしゃあぁぁぁぁっ!!」


 思わずガッツポーズ!

 なんだよなんだよ! 始まったときはどうなることかと思ったけど、全然楽勝だったじゃん!

 シャルの言ってたとおり、怪我なんてまったくしなかったじゃん!


 まあ、不満に感じることがないわけじゃないけどさ。

 なんつーか……全然、レベルが上がった感じがしない。

 いまの俺はレベル1だから、この戦いに勝てばレベルが上がるんじゃないかって、密かに期待していたんだけど……。


 まあ、自分で言うのもなんだけど、圧勝だったからなあ。

 いまの戦いで得られた経験値なんて、本当に微々たるものだったってことか。

 こうなると、模擬戦の相手がアーロンさんだったらって、つくづく思うよ。


 もしそうなっていれば、先日、エアリィからされた『お願い』にも応えてやれてただろうし、俺のレベルだって間違いなく上がってただろうし……。

 ああ、つくづくもったいない。

 と、そんな俺の思考を遮るように、女王さまが大きく声を張って告げた。


「では続いて、第二戦を行います!」


「第二戦!?」


 ちょっと待った! 模擬戦はいまので終わりじゃないのか!?


「はい。この模擬戦は初めから連戦を予定しておりました。

 体力の温存などを考えずに全力で戦っていただきたかったため、ホクトさまに申しあげることはせずにいましたが」


「ちなみに、何人と戦えばいいんですか?」


 二人とってんなら、次の相手はアーロンさんである可能性が高い。

 しかし、それ以上だと――


「三人となります」


「三人、ですか」


 となると、アーロンさんと戦えるのは次の次ってことになるのか?

 まあ、『創聖神の加護』がある以上、誰が相手でも負ける気はしないけどさ。

 そして、女王さまの口から二人目の対戦相手の名前が呼ばれる。


「では――準備はできていますね? エアリィ」


 ……はい? 女王さま、いま、なんと仰いましたか?


「はい。心身共に調ととのっております」


 応えたのは――当然、アーロンさんの孫娘であるエアリィだった。

 シャルやカミラと一緒に俺の戦いを見ていた彼女は、人垣の中から一歩踏みだし、俺の前までやってくる。


「では、よろしくお願いしますね? ホクトさん」


 エアリィの口許に浮かぶのは、微笑。

 怖じ気づいている様子なんて微塵もない。

 武器なんて、なにひとつ持ってないってのに。


「あ、言っておきますけど、手加減の必要はありませんよ? わたしもホクトさんを殺す気でいきますので」


 ま、マジかよ。

 負ける気は、もちろんしねえけどさ。

 なんか、勝てる気もしねえぞ、この娘には。

 本当、どうやって戦ったらいいんだよ、まったく……。

ようやく初バトルです。

しかし、軽い。全体的に軽い。

でも高校生男子って、『斬撃』とか使うんですかね?

典子なら間違いなく使うんでしょうけど。


あと、ホクトが自分の能力を自覚したせいでウザくなりました。

正直、僕ですら書きながら『こいつ、ウゼえなあ』と思ってました。

早く『創聖神の加護』と『自分の力』がイコールではないと気づいてほしいところです。


ともあれ、調子に乗り始めたホクトが真人間(?)に戻るまで、しばし我慢しながらついてきていただきたいところです。

突然に力を手に入れた高校生男子の反応としては、実に自然なものだと思いますので。

が、しかし、ホクトの自信とかその他諸々を、次回の戦闘で全部エアリィに叩き潰してもらいたいと思ってもいたり。

チートものって難しいですね(苦笑)。

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