第1回 1話から3話 お~い 松井秀喜新監督 たのむぞ〜。
【まえがき】
球場へ向かう足の裏のむずむずと、テレビの前の夕飯の匂い。
あの頃、子どもたちの世界は、野球という一つのボールで回っていた。
だが、人は大人になるにつれて余計な知識を覚え、裏切られ、冷め、いつの間にかアンチの旗を掲げたりする。野球ぎらいを気取りながら、どこかでまだ未練を引きずっているような、そんな老いたファンも少なくないだろう。
これは、V9の水道橋から始まり、理不尽な豪雪とゴジラの猛威に震え、酒の勢いで虎党に身を落とした一人の男の物語である。
そして、十月二十三日。
背番号「90」をまとったかつての怪物が、知性と品格を携えて古巣へ帰ってきた。
冷や水のような現実を承知のうえで、なおも胸の奥でパチパチと音を立てる少年の日の残り火。お茶を一杯すすりながら、気ままに綴る、大人のための野球回顧録。
1話
水道橋の駅を降りると、胸のほうが先に球場へ走り出した。
改札を抜け、人の波に乗る。後楽園球場の白い大きな壁が見えてくると、足の裏がむずむずと鳴りだすのだ。球場にたどり着く前から、自分の中ではもう、試合が半分始まっていた。
球場に行けない日は、家のテレビの前にそっと腰を下ろした。夕飯も、学校の宿題も、すべて巨人戦の前に片づけた。勝てば機嫌がよく、負ければとたんに口数が減る。いま思えば、実に手のかからない、素直な少年である。
昼間は昼間で、自分自身も泥だらけになって野球をしていた。中学まで、いつでも手は土の匂いがしていた。バットとグローブとボールがあれば、それだけで胸が躍った。道具もこれだけで済むのだから、ずいぶんと安上がりな遊びである。
……そうか。サッカーのほうが、もっと簡単だな。
ボール一個でいいのだから。
いや、当時の野球少年たちの面目を潰すつもりはない。ただ、あれから長い長い時間が流れた。そんな冗談を、温かいお茶をすすりながら笑って言える歳になったということだ。
さて、その思い出の巨人に、十月二十三日、大きなニュースが走った。
松井秀喜、監督就任。
ひとつ、正直に白状しておこう。私はかつて、この男にひどく冷や汗をかかされた人間である。
あんなに憧れていた巨人から、私がなぜ静かに離れていってしまったのか。その理由を、順を追ってお話ししよう。
まずは、あの人のあの「言葉」からだ。
2話
天才に、ものを教わるのは難しい。
V9の巨人は、子どもの目には神々の集団だった。その中心にいた長嶋茂雄さんが現役を退き、監督としてユニフォームを着たとき、私はまだ素直に憧れていた。
部活の帰り道、グローブを脇に挟んでは、あの打ち方を真似てよく転んだ。
ある日、テレビの解説で、長嶋さんがバッティングを語っていた。
「スーッと来て、バシッ!ですよ」
私は箸を止めた。
スーッと来て、バシッ。
どのくらいスーッなのか。バシッは、いつ、どこで、誰が。質問したいことが山ほど浮かんだが、画面の向こうの長嶋さんは、満足そうにうなずいている。
「カラスもひっくり返って鳴くわ」
思わず、口から出た。
怒ったのではない。ただ、力が抜けたのだ。この人の頭の中では、ボールの軌道も、体の使い方も、すべて音で鳴っている。それが「分かる」人には最高の教えだろうが、凡人の私には、永遠に届かない暗号だった。
その夜、憧れは音もなくしぼんだ。派手な別れではない。風呂上がりに、体温がすっと下がるような別れだった。
もっとも、長嶋さんを嫌いになったわけではない。あの人の野球は、言葉を飛び越えて、確かにこちらに届いていた。ただ、届いた先が、こちらの限界を超えていただけである。
こうして私は、巨人を「観るもの」から「眺めるもの」に降格させた。
そこへ、夏がやってくる。海から、あれが来る夏が。
3話
一九九二年の夏は、とにかく暑かった。
甲子園に、越後の代表がいた。長岡向陵である。故郷の名前が甲子園の空に響くだけで、私はどこか誇らしかった。
だが、その相手が星稜だった。
グラウンドに、海獣がいた。
私は野球選手を見ていたはずなのに、いつの間にか、海から上がってきた異形の何かを見ていた。暴れる。とにかく暴れる。暑さで揺れるグラウンドのなかを、のしのしと歩いては、こちらの代表を、ぼろきれのように扱っていった。
冷や汗が出た。
勝ち負けではない。体が先に「格が違う」と理解してしまう、そういう冷や汗である。故郷が負けたのは、もちろん悔しい。だがそれ以上に、人間がこんなものと戦えるのか、という恐れが先に立ち上がってきた。
憧れの巨人の影は、すでに薄れていた。この日の冷や汗で、それは完全に消えてなくなった。
さらに皮肉なのは、その秋である。ドラフトでこの海獣を引き当てたのが、よりによって巨人の長嶋監督だったのだ。あとで聞けば、当の本人(松井)は阪神ファンだったという。その気持ちは痛いほど分かる。私もその頃、このやるせない怒りの行き場を切なく探していたのだから。
行き場は、すぐに見つかった。虎党の上司である。
「まあ、飲め」
一杯、また一杯。気がつけば、私はすっかりアンチ巨人になっていた。あの猛威への怒りは、旨い酒の前では実に安かったのだ。
こうして、ひとりの「エセ虎ファン」が誕生した。
信念などではない。酒と、悔しさと、ほんの少しの意地。それだけで、人は簡単に掲げる旗の色を変える。
その海獣が、いま、巨人の監督として戻ってきたのだ。
第二回にづつく。
【あとがき】
歳を重ねると、物事を素直に面白がることが難しくなる。
「どうせ勝負の世界は」「名選手が必ずしも」と、知ったような理屈を並べては、胸が高鳴るのをどこかで冷ややかに予防接種してしまう。大人になるというのは、少しだけ野暮になることなのかもしれない。
けれど、1992年のあのクソ暑い夏に、我が故郷の代表をなぎ倒していった怪物が、三十年以上の時を経て、言葉を大切にする紳士となって画面に現れたとき、私はまんまと予防接種に失敗した。
囲い込みの野球から、世界へ送り出す野球へ。
長嶋さんの情熱を背負いながら、データとロジックで若者を育てる未来。
もし本当にそんな新しい巨人軍が見られるのだとしたら、かつて水道橋で足を鳴らしていたあの少年への、これは最高のお詫びであり、贈り物になるような気がしている。
もちろん、三十日からの開幕で、あっけなくボロが出るかもしれない。
その時はその時で、「ほら見たことか」と苦いお茶をすすりながら笑えばいいのだ。
勝負の行方はまだ誰にも分からない。
だからこそ今夜は、この青くさい期待をもう一口だけ味わいながら、静かに杯(あるいはお茶)を置くことにする。
お付き合いいただき、ありがとうございました。




