第12話③「最初から壊れている」
冷たい声が、空間そのものから滲み出るように響いた。
盤面は、ほとんど静止している。
揺らぎは消え、光は均一に整えられ、左右は“ほぼ完全”に重なり合っていた。
残されたわずかなノイズさえ、今まさに消去されようとしている。
対称率:78.5%
圧倒的優勢。
「ユナ・セラフィム――もう勝負は決した」
その声に呼応するように、盤面の光が一段階明るくなる。
「指輪を我に渡せば、命だけは助けてやる」
支配する者の確信が、その言葉にはあった。
ユナは動かない。
ただ盤面を見つめ、小さく息を吐く。
「まだ、わからないよ」
その声には、焦りがなかった。
次の瞬間。
シン統治システムがタイルを配置する。
迷いのない一手。
完璧に計算された一手。
78.5% → 82.2%
さらに盤面が収束していく。
左右の構造が重なり、空間そのものが“完成”へ向かって閉じていく。
「盤面だけ見ると、終わりだが……何か、手があるのか……」
カイが呟く。
ピコも解析を続けていたが、答えを出せない。
「現在の推移では、ブレイカー側の勝率は……」
そこで言葉が途切れた。
その中で、ユナだけがゆっくりと指を動かした。
一枚のタイルをつまむ。
「……対称ってさ」
タイルが盤面へ向かう。
「完璧に見えるけど」
カチリ。
配置された場所は、完成した構造から外れていた。
意味のない位置。
むしろ、完成しかけた盤面に“ノイズ”を混ぜるだけの一手に見える。
カイが目を見開く。
「おい……何してる?」
ユナは答えない。
ただ盤面を見つめている。
そして――
「最初から壊れてるんだよ」
何も起きなかった。
盤面は美しいままだった。
左右は完全に揃っている。
対称率も変わらない。
82.2%
シン統治システムが、わずかに揺らぐ。
「何をいまさら」
冷たい声が返ってくる。
「対称こそが安定。安定こそ、宇宙の真理」
盤面が収縮する。
配置されたタイルまでも取り込み、より強固な構造へと再構成されていく。
「それを壊すことなど、不可能だ」
その瞬間だった。
表示された数値が、わずかに揺れた。
82.2% → 82.1%
たった0.1%。
誤差に等しい変動。
だが、それまでとは明らかに違っていた。
数値が初めて、下がった。
「……なにっ?!」
シン統治システムの声が乱れる。
盤面の中央線に、ごく小さなズレが生じていた。
左右は一致している。
一致しているはずなのに――
完全には重ならない。
ほんのわずかに、位相がズレている。
ユナの口元が持ち上がった。
「観測遅延……」
その視線は、盤面から離れない。
「ようやく来たか」
次の瞬間。
盤面の奥で、異変が起こった。
これまでユナが打ってきた“無意味な手”。
対称を崩すでもなく、直接的な効果もなかったタイルたち。
それらが、微かに光り始める。
一つ。
また一つ。
離れた場所に置かれていたタイル同士が、見えない線で結ばれていく。
点と点が繋がる。
バラバラだったはずの配置が、一つの構造を形成していく。
ピコが息を呑む。
「……まさか」
ユナは笑った。
完全対称の盤面に、初めて生まれた小さな亀裂。
それは、まだ誰にも気づかれないほど小さい。
だが――
一度生まれた“ズレ”は、もう消せない。
対称率:82.1%
完全対称の檻に、最初の亀裂が入った。
《第12話・終わり》
次回予告
完璧だったはずの盤面が、崩れた。
たった一つの“ズレ”が、すべてをひっくり返す。
対称なんて――
最初から、壊れるためにあったのかもしれない。
ユナが仕掛けた逆転。
だけど、その力は――
指輪は、危険すぎた。
それは世界そのものを狂わせる、“破壊装置”。
追い詰められたAIは、止まらない。
理屈も約束も捨てて、すべてを消しにくる。
逃げ場なんて、どこにもない。
それでも、あいつは前に出た。
俺をかばって、笑って……
そして――消えた。
次回、『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』
第13話「しばしの別れ」
なあ、ユナ――
なんでだよ……。
なんでおまえが、
いなくなるんだよ……!!
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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