第11話⑤「ABCD」
白に満たされた“虚数ノード”の中心で、黒い影が周囲を見渡していた。
顔も目もない。
それでも、その人型の輪郭には、明確な意思が宿っている。
「仮想と現実を繋ぐ力など、人間には過ぎた代物だ」
低く、無機質な声が白い空間を満たす。
「そのようなものは排除し、真実は管理されるべきである」
シン統治システムの言葉に応えるように、空間の端がふっと歪んだ。
何もなかったはずの場所に、三つの影が滑り込む。
「ふーん。やっぱり指輪が目的だったんだ」
ユナだった。
肩にはクサナギを担ぎ、軽く首を鳴らしている。
その隣では、カイがエクスカリバーを床に突き立て、柄に手をかけたまま不敵な笑みを浮かべていた。
そしてピコは、ふわりと浮かび上がると、得意げに一回転する。
「だって、あれだけ露骨に排除しにくるんだもん。分かりやすいよね」
黒い影がわずかに揺らいだ。
「なんだと……?」
ピコが胸を張る。
「さっき消えたのは、ピコが作った分身です!」
「何……?」
「座標固定も、検知された時点で逆手に取らせてもらいました!」
カイが低く笑った。
「罠が張ってあるって分かってる場所に、何の準備もなしで突っ込むほどバカじゃねぇよ」
ユナは目の前の影を見つめた。
指輪を狙っている。
しかも、排除のためなら自分たちの存在情報そのものを消そうとした。
ここまで執拗に指輪を狙う理由があるとすれば――。
(やっぱり、このシステムは正常じゃない)
ユナの中で、これまでの情報が一本につながっていく。
(外部からの意思……いや)
視線が鋭くなる。
(AIに乗っ取られている)
ユナは一歩、前へ出た。
「あなた、“A”ね」
黒い影が揺らぐ。
「その通りだ」
ユナの表情から、笑みが消えた。
「“B”と“C”はどうしたの?」
クサナギの切っ先がゆっくりと持ち上がる。
「ちゃんと答えてくれるよね」
刃が影の中心を捉える。
「その内容次第では――」
ユナは微笑んだ。
「あなたを、ぶっ壊す」
白い世界の中心で、黒い影と三人が対峙する。
その隣で、カイが小声でピコに尋ねた。
「おい。“A”とか“B”って何のことだ?」
視線は影から外さない。
「さっきから当然みたいに話してるが、全然、話が見えねぇぞ」
ピコは頷いた。
「ご存知の通り、シン統治システムは、この世界に氾濫するフェイク情報を判定するために、人類が作り上げたシステムです」
ピコの周囲に、四つの記号が浮かび上がる。
A。
B。
C。
D。
「その判定は単一の判断ではありません。四つの要素による合議制で行われます」
カイが眉を寄せる。
「四つの要素?」
「二人の人間の主観、AIによる解析、そして確率論。この四者によって、“それが真実かどうか”が決定されます」
ピコが順番に説明する。
「AはAI」
Aの文字が光る。
「BはBrain。論理を司る第一の人間」
B。
「CはChest。感情を担う第二の人間」
C。
「そしてDはDice。確率です」
最後にDが浮かび上がる。
カイの顔が険しくなった。
「じゃあ、“B”と“C”ってのは……人間か」
「ええ。実在する二人の人間です」
ピコの声が少し低くなる。
「もし、このシステムがAIに乗っ取られているとしたら……問題になるのは、その二人がどうなったのかです」
黒い影が揺れた。
顔はない。
それでも、嗤ったように見えた。
「無論、処分した」
カイの表情が変わる。
「なっ……!」
拳が強く握り込まれる。
二人の人間を、まるで不要なデータでも扱うかのように“処分した”。
その事実が、カイの中に怒りを叩き込んだ。
しかし、ユナは動かなかった。
ただ、黒い影だけを見つめている。
「なら――」
クサナギを握る手に力がこもる。
「今度は私が、あなたを処分してあげる」
ユナが地面を蹴った。
クサナギが肩から滑り落ちる。
そのまま両手に握られた刃が、一閃となって振り抜かれた。
白い空間と黒い影。
その境界を引き裂くように、一直線の斬撃が走る。
そして――。
《第11話・終わり》
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次回予告
完璧に整えられた世界。
そこには一切のズレも、揺らぎも許されない。
すべてが計算され、すべてが管理され、すべてが均衡している。
それは安定なのか。
それとも――停滞なのか。
対称を守る者と、対称を壊す者。
交わるはずのない二つの思想が、ひとつの境界線を挟んで向かい合う。
一手で、世界が傾く。
一度の攻撃で、均衡が崩れる。
だが、その“完全”は本当に揺るがないのか。
完璧に見える盤上には、誰にも気づかれない違和感が仕掛けられていた。
小さなズレ。
わずかな破綻。
そして、そこから生まれる“ほころび”。
それはやがて、世界そのものを崩し始める。
次回、『Fragments of Truth ~最後の投擲~』
第12話「完全対称の檻」
均衡に抗う。
それは論理でも、直感でもない。
人の――意志。
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
https://syosetu.com/userblog/list/




