最終話⑧「いつでも待ってる」
柔らかな光に包まれていた。
ここがどこなのか。
夢なのか、現実なのか。
それは、カイにも分からない。
けれど――
そこは間違いなく、《Analog Mind Café》だった。
午後の陽射し。
コーヒーの香り。
木のテーブルには、遊びかけのバックギャモン。
その向こうに、ユナがいる。
カイはコーヒーを一口飲んだ。
「なあ」
コマを一つ動かす。
「んー?」
「真実は人の中にある。それを“想い”として外へ出して、みんなでつなげれば、システムに頼らなくても真実とフェイクを見分けられる」
ユナがカイを見る。
「うん」
「そこまでは分かった。でも――」
「でも?」
「“想いを発する”とか、“みんなをつなげる”とか……実際にやるの、めちゃくちゃ難しくないか?」
「そうだね」
ユナはあっさり認め、コーヒーを一口飲む。
「そこが見えてこないんだよな。具体的にどうするのか」
「私が考えたのは……」
ユナは少し言葉を選ぶ。
「たとえば、指輪の力で世界中に量子フィールドを広げるとか」
「量子フィールド?」
「うん。みんなが自分の中に持ってる“真実”を、それでつなげるの」
「つなげる……」
少し考え込む。
その瞬間、頭の中に閃光が走る。
「……そうか!」
カイの中で、最後まで残っていたパズルの一片がきれいにはまった。
「シン統治システムみたいに、一か所で全部の真実を決める中央集権型じゃない。みんなが持っている情報をつなげて判断する」
「そうそう」
「ブロックチェーンみたいな分散型か!」
ユナが人差し指を立てる。
「ピンポーン。ご明察♪」
「なるほどな……」
「真実を、一人で全部持つ必要なんてないんだよ」
ユナは盤面のコマを指でつつく。
「みんなが持ってるのは、ほんの欠片だけ」
「だから、つなげるのか」
「そう」
ユナが笑う。
「それが――フラグメンツ」
カイを見る。
「フラグメンツ・オブ・トゥルース」
「おまえ……そこまで考えてたのか」
「ふふーん。すごいっしょ?」
「自分で言うか?」
ユナはぺろっと舌を出した。
「でもね――」
コトリ。
バックギャモンのコマを置く。
「私、量子フィールドは広げたくないと思ってる」
「は?」
カイが眉を寄せる。
「なんでだよ。いいアイデアじゃないか」
「なんでだと思う?」
「セラ博士かよ!」
ユナがけらけら笑った。
そして、少しだけ表情を変える。
「……信じてるから、かな」
「信じる?」
「うん。みんなを」
ユナはカイを見つめた。
「そして、人間を。
どうしようもないくらい信じてる」
「……」
「何かに頼らなくても、いつか人間は、自分たちで真実とフェイクを見分けられるようになるって」
カイは、まじまじとユナの顔を見る。
「……なによ」
「いや。でも普通の人は、おまえみたいに動物並みの嗅覚持ってねえぞ」
「私は犬か!」
ユナが頬を膨らませる。
カイは笑った。
「まあ、でもユナらしいな」
コマを一つ進める。
「あくまでシステムじゃなく、人間の可能性を信じるわけか」
「うん」
ユナもコマを動かす。
「それでダメだったら、そのとき量子フィールドを使えばいいし」
にっこり笑う。
「そこはアジャイル的に♪」
「アジャイルって言えば聞こえはいいけど、要するに行き当たりばったりだろ」
「あっ、バレた?」
ユナが軽く肩をすくめる。
「でもさ――」
「ん?」
カイがサイコロを転がす。
「シン統治システムがなくなって、人間が何にも頼らずに真実とフェイクを見分けられるようになるまでには、きっと時間がかかる」
「うん」
「その途中でさ」
カイは盤面を見る。
「お互いが“これが真実だ”って信じて、ぶつかったらどうする?」
ユナは少し考えて――
にっこり笑った。
「そのときはね、みんなでボードゲームすればいいの」
「は?」
「楽しく、ハッピーハッピー!」
びしっとピースサイン。
「やれやれ。ユナはお気楽でいいな」
「なによーっ!」
カイが両手を上げる。
ユナは満足そうに笑い、サイコロを振った。
コロコロ――。
「あ、また私の勝ちだね」
「やれやれ。本気のユナには勝てないな」
カイが頭をかく。
「へへーん♪」
ユナは得意げに胸を張る。
だが、すぐに頭をぶんぶん振った。
「いやいやいや! 感心してないで、少しは上達してよね!」
「なんでだよ」
「だって張り合いがないじゃん!」
二人は顔を見合わせて笑った。
「そういえばさ」
「ん?」
「ユカも、めちゃくちゃボードゲーム強いんだ」
ユナの顔が明るくなる。
「へえ!」
「今度は三人で勝負しようぜ」
ユナは迷わずうなずいた。
「うん。楽しみにしてる」
カイはユナを見る。
ユナもカイを見る。
やがてカイが立ち上がる。
ユナも立った。
どちらからともなく近づき、唇が重なる。
濃くて苦いコーヒーと――
ほんの少しだけ、甘い味がした。
唇を離しても、二人の額は触れたままだった。
「また会えるか?」
ユナは笑った。
優しく。
どこまでも優しく。
「もちろん」
店内を見渡す。
《Analog Mind Café》。
二人が出会い。
ゲームをして。
コーヒーを飲み。
語り合い。
笑った場所。
「ここは、あなたと私の場所だもの」
ユナが一歩下がる。
そして、いつもの笑顔で言った。
「……いつでも、待ってる」
カイは何も言わず、出口へ向かった。
ドアノブに手をかける。
ふと振り返る。
そこに――ユナはいなかった。
残されていたのは、遊びかけのバックギャモン。
二つのコーヒーカップ。
そして――
サイコロ。
カイはテーブルへ戻った。
サイコロを手に取る。
指先で転がしてから、軽く放った。
カタ……。
サイコロがテーブルの上を転がる。
ゆっくり。
ゆっくりと。
やがて――止まった。
出た目を見る。
カイは一瞬、意外そうな顔をした。
それから――
笑った。
サイコロをそのままにして、出口へ向かう。
扉を開ける。
カラン――。
ベルの音が響く。
カイの姿も、扉の向こうへ消えていった。
テーブルには、二つのカップ。
遊びかけのバックギャモン。
そして――
一つのサイコロ。
上を向いていたのは、
「7」。
六面体のサイコロには、存在しないはずの目。
誰も設計していない答え。
誰にも予測できない可能性。
確定された選択肢の、その外側。
AIの演算さえ届かない場所にある――
まだ誰も知らない、
人間だけが辿り着ける真実。
『フラグメンツ・オブ・トゥルース ~最後の投擲~』
《FIN》
※作者の活動報告に各話のコメントを書いています。
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