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エピローグ テイスティング  

 久島ワイナリーはオーナーの逮捕を受けたのち、しばらくして倒産した。

 その後、一部の畑を除き、大手酒造メーカーが買い上げ、生産を再開させた。

 久島ワイナリーでのみ生産されていた山吹の雫は生産が中止となり、幻のワインと呼ばれた。

 渡辺は滝沢姓に戻り、久島ワイナリーに買収されていた滝沢ワイナリーのブドウ畑を取り戻した。


 一年後……


「寝るな!」


 ヴァレリーの鋭い声が一条寺家の執務室に飛んだ。

 恭介は重厚な机に置かれた書類の上に突っ伏していた。


「秋眠、黄昏を覚えず……」


「孟浩然を勝手に改変するな」


 ヴァレリーの手が恭介の頭をぐりぐりと押した。

 執務室の窓からは秋の午後の陽射しが入っている。

 一条寺家の庭には秋薔薇が盛りと咲いていた。

 晴の薔薇に比べ、豊かな香りと深みのある色あいで庭を飾っているが、恭介には楽しむ余裕はなかった。

 執務室の机には大量の書類の山。

 これらを明日中に確認して署名をしなければならないのだ。


 ”猫の手も借りてぇ……”


 恭介がちらりとその猫を見る。


 ”いや、この猫(こいつ)は駄目だ。神経が削られる……”


「猫の手はもう貸してある」


「何でわかるんだよ」


「お前の頭の中身など、考えなくともわかる」


「……お前さ、サインの練習してみねぇ?」


 恭介は上目づかいでヴァレリーに言う。


「戯けたことを言う前に、一枚でも多く決済しろ」


「失礼いたします」


 いつもの言い合いを止めるかのように藤堂が入ってきた。

 後ろのメイドはワゴンを押している。

 恭介は首を傾げた。

 いつもであれば、ティーセットが載っているワゴンに今日はワインホルダーが載っていた。

 メイドがワゴンを置いて下がっていった。


「滝沢様からのお届け物です」


「ほう。できたのか」


 藤堂がワインホルダーから取り出したボトルを見せた。

 ラベルには『夢の雫』と記載されていた。

 父、博之が作った山吹の雫がその名のとおり山吹色だった。

 対して、信一が作ったオレンジワインは淡く澄んだ夕焼けのような橙色をしていた。


「美しいな」


「ああ。綺麗だ」


 グラスに注がれたオレンジワインを藤堂が差し出した。


「どうぞ」


 グラスからは白い花やリンゴや洋ナシのドライフルーツを思わせる芳香が立ち上がる。口に含むと穏やかな酸味と柔らかな果実味が広がり、余韻は長く澄んでいた。


「美味いな」


「ええ。先ほどテイスティングをさせていただきましたが、素晴らしいお味でした」


「藤堂がそういうなら間違いはないな」


「おい、俺の感想は」


「お前のは、当てにしてない」


 ヴァレリーの返事はにべもない。


「メッセージカードがこちらに」


 藤堂が葡萄が描かれたカードを差し出した。

 恭介が受取り、ヴァレリーにも見えやすいようにする。



 千束恭介様


 お元気ですか?

 私は毎日、わがままな葡萄たちの世話をし、

 父の残した資料をもとにワインを作りながら、父の背中を追っています。

 そして、いつか父のオレンジワインを超えてみせます。

 このワインはその第一歩です。

 どうそ、お召し上がりください。


 滝沢 信一



 ヴァレリーはワイングラスに目を向け、穏やかな声で言った。


「まさに、夢の味だな」


いかがでしたでしょうか?

ワイン造りになぞらえてのお話としました。

評価などいただけると嬉しいです。

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