第三十六話 青空ホリゾント
俺は、水波 青は空っぽな人間だ。
家族構成としては父と母、少し年の離れた兄貴と中三の妹で、ごく普通の人間だ。生まれてから空っぽだったというわけではない。小、中の時は友達がいた。今も子供だが、子供の時は周りの子達に話しかけることに何の躊躇いもなかったのだろう。
空っぽになったのは高校に入学した時からだ。
母親が嫌いで逃げたかった俺は、ばあちゃんの体が心配という適当な理由で住んでいた四津ノ宮市から遠く離れたばあちゃんの住んでいた遠井市の進学校、遠井高校に入学した。
母親から逃げることができ、これから楽しい楽しい高校生活が始まると思っていた。
そんな理想は早くも入学式の日から砕けた。
気が付いた時には、同じクラスの生徒たちは同じ中学の同級生同士や部活を通して知り合った生徒同士でコミュニティを築いていた。遠くの市から来た俺はクラス内はもちろん学校内に知り合いがおらず、周りよりもスタートダッシュが遅れた形となった。
こういったときに人間は何をするべきなのか。答えは単純、コミュニティの会話に入ることだ。会話に入ることは難しいが、入学式の日は知らない奴が会話に入ってきても不思議ではなく、嫌がられる可能性も低く、会話に入るのが容易になる。
だが、俺はそれができなかった。年を中途半端に重ねるにつれて知らないコミュニティに入るのに臆病になってしまった。
自分のことが嫌いになる。
クラスに友達がいないまま時が過ぎていった。クラスで孤立しているのは俺一人だけ。周りの声に敏感になっているのか、クラスの皆が俺のことをどう思っているのかがなんとなく分かった。どうやら俺は人と関わるのが苦手な寡黙な人間、ということになっているらしい。まあ、そりゃそうだろうな。別に、きっかけさえ掴めれば人と関わるのは好きだし、寡黙って訳でもない。
だが、周りの評判通りに自分を演じてしまった。本当の自分は周りの思っている人物像とは違うと思われ、嫌われてしまうことを怖がった。演じて、演じて、演じ続けた。すると、いつの間にか、かぶっていた仮面が外れなくなり、自分の行動が演技なのか本心なのかが分からなくなっていき、人と関わることに対して苦手意識が芽生えていた。
自分のことが嫌になる。
それでも、一切、人と関わらなかったわけではなかった。なんとなくで入った演劇部には二個上の先輩が七人いたし、家に帰ればばあちゃんがいた。
まだ一人じゃない。心をなんとか壊さずに耐えることができた。
でも、壊れるときは一瞬だった。
『ごちそうさま』
『なあ、ばあちゃん、オムライス美味かった?初めて作ったから分んなくてよ』
これが最期だった。
『...ばあちゃん?...』
オムライスの感想は聞けなかった。
ばあちゃんの家から引っ越し、ばあちゃんが大家をやっていたいかるが荘の欠陥部屋203、205号室に住み始めた。
それから程なくして、文化祭で先輩たちは引退した。このタイミングで部員が自分一人になることは4月の時点で覚悟していた。最悪の形で先輩たちと解散したこと以外は問題ない。問題がないはずだった。
ばあちゃんを利用して母親から逃げたこと、そのことを謝れなかったこと、オムライスの感想が聞けなかったこと、先輩たちと話し合うべきだったかもしれなかったこと、部活のために何もできなかったこと
後悔が一気に押し寄せてくる。誰か近くにいれば少しは和らいだかもしれない。でも俺は一人になった。こういったとき、心が苦しみでいっぱいにはならない。逆で、心は空っぽになるんだ。
ただでさえ登場人物の少なかった俺の舞台が一人になった。観客席はもちろん照明卓、音響卓も空。舞台袖に待機している人もいない。空っぽだ。照明が消えて真っ暗になった舞台上で俺はただ立っている。時間が流れるのを待っている。空っぽになっているのが嫌だってわかっているのに何もしない、何もできない自分のことが嫌にやる。
修了式の日の放課後、空っぽになった舞台から突然声がした。
『見つけた』
『えっ?俺?』
『ええ、思ったより早く見つけた。水波―――何だっけ?』
突如現れた未来人を名乗る少女
高校での自分を知らない彼女の前では自然に喋ることができた。
『何をしないといけない?』
『君はね性格を変える必要があるんだよ』
『...えーっと、どうやって?』
『...どうしよっか?でも、その感じ、協力してくれるってことでいいんだよね』
いい予感に従って彼女の手を取った瞬間、舞台のホリゾントが青く染まった。
それからの日常は空っぽな舞台が嘘だったかのように楽しいものになった。
『あのー...私高校生...です。なんなら隣のクラス...喜々田 エニです...』
エニも舞台の登場人物に加わった。
ミクが馬鹿なことして、それにツッコんで、たまには乗っかかって、俺とエニの分のご飯作って、それを繰り返す。何気ない日常。だけどこれでいい。やっと舞台が明るくなったんだ。
だから、この舞台がまた空っぽになるのは嫌だ。
*****
青はミクを庇うようにミクの前に立つ。そして男、リュードは青へと銃口を向ける。
「何故だ、先ほどまで恐怖で立ち尽くしていたのに何故命を捨てる真似をする」
確かに、さっきまで俺も不思議だった。なんでミクの前まで来れたのか。でも、冷静に考えたら簡単じゃねーか。
「どうやら俺は、自分が思ってるより馬鹿な未来人と小さい居候の面倒見るのが好きらしい」




