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アラサー冒険者のaimless odyssey  作者: 久遠堂 鍵介
アラサー冒険者のaimless odyssey -星導大祭篇-
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第99話 朝靄と残影

 まだ朝靄の残る訓練場に、六人分の軽やかな足音が、規則正しく響いていた。

 澄んだ冷気を切り裂くように、ジュリア、ハルカ、そして私兵の新人四名が外周へと駆け出していく。


 先頭に立つのはブルマ姿のミレイだった。

 小柄な身体に見合わぬ勢いで地面を蹴り、振り返りもせず声を張る。


「遅れんなよー! ボク、今日は昨日よりも速く走るからな!」


 猪突猛進。

 その一言がそのまま形になったような突撃ぶりだ。

 すぐ後ろから、ダリオが声を上げる。


「当然だ! 俺たちはテラノス様に仕える私兵だぞ! この程度の鍛錬で音を上げてどうする!」


 肩に力が入りすぎているのは一目瞭然だが、その熱量は嫌いではない。

 さらにその後方で、グスタフがのんびりとした足取りで頷く。


「うむ。朝の空気は……身体に……良い」


 一際目立つ巨体が静かに進む。

 最後尾では、セイルが軽く肩をすくめていた。


「はぁ……ったく。なんで俺まで付き合わされてんだかね。あ~眠ぃ~」


 ぼやきながらも、足運びは無駄なく確実だ。

 仕事はきっちりこなす現実派らしい動きだった。


 その様子を、訓練場の端で腕を組んで見送る男が一人。

 シモン・マックイーンは、小さく息を吐いた。


「……元気なもんだ」


 六人の背中が邸の外周へと消えていく。

 およそ三キロの周回。

 戻ってくるまで、しばし時間はあるだろう。


 静寂が、ゆっくりと訓練場を満たしていった。

 ひとり残されたシモンは、中央へと歩み出る。

 乾いた土の匂いと、晩秋の冷たい空気が頬を撫でた。


 ――一週間。

 あの夜から、もうそれだけの時間が過ぎている。

 自然と、記憶が蘇った。

 丘の上で相対した二つの影。壊楽のダムドと、白影。

(……退けること自体は、できた)


 だが、それだけだ。

 勝ったわけではない。

 仕留めきれなかった。

 逃がしたのは、あくまで自分の判断だ。


 もし――。

(ダムドが、最初から油断していなかったら……)

 あの怪力。

 まともに受ければ、一撃で致命傷に至りかねない。


 不意打ちに近い一撃を受けても耐え切り、ヒール・ポーション一本で立ち上がる回復力。

 あれを軽視するのは、愚かというものだ。


 そして、白影。

(目的が、最後まで見えなかった……)


 戦闘において手を抜いていたとは思わない。

 だが、それでもなお“隠している”ものがあったのは間違いない。

 もし奴が真正面からではなく、徹底して搦手に回っていたら――。

(……戦況は、さらに面倒なことになっていただろうな)


 そして、黒いスラッシュバニー。

 あれは本当に、単なる実験体だったのか。

(……いや)


 考えたところで答え合わせは出来ない。

 推測に推測を重ねても、不毛なだけだ。


 ふっと、乾いた風が頬を撫でた。

 思考が、現実へと引き戻される。


「……ま、考えすぎても仕方ないか」


 小さく呟き、シモンは腰へと手を伸ばした。

 普段の訓練で使う木剣ではない。

 収めてあるのは、愛刀。

 わずかな金属音が、静かな訓練場に溶けた。


 剣を構え、何もない虚空を見据える。

 呼吸を整え、意識を丹田へと沈めた。

 精《ジン》を巡らせる。


 集中が深まるにつれ、視界の奥に“影”のような闇が収束していく。

 輪郭が、ぼんやりと浮かび上がる。


 一人は大柄な影。

 もう一人は、細身で白い残光を帯びた影。

 ――ダムドと白影。

 朧げだった輪郭が、徐々に定まっていく。


 その瞬間、シモンは迷わず地を蹴った。

 一気に間合いを詰める。


 それに呼応するように、二つの闇も動き出した。

 シモンは躊躇いなく斬りかかる。


 だが、大柄な影――ダムドは、両腕のリストガードでそれを受け止めた。

(……奴のポテンシャルなら、この程度は防ぐだろうな)

 素早さで圧倒し、崩しにかかる。


 だが次の瞬間、ダムドの背後から白影が飛び出した。

 空中から苦無が放たれる。

(防ぎきれない……!)

 強引な横っ飛びで躱す。


 体勢が崩れた隙を、ダムドは見逃さない。

 剛拳が唸る。

 力任せではない。鋭さを伴った連撃だ。


 前衛で絶え間なく攻め立てるダムド。

 後衛で撹乱を続ける白影。


 剣を振るう隙が、ない。

 拳を剣で捌き、体勢を整えようとした瞬間、白影の苦無と氷の礫が飛ぶ。

 体勢が崩れたところに、再びダムドが踏み込んでくる。

(単純な連携でも……奴らのレベルだと、ここまで厄介か)


 このままではジリ貧になる。

 シモンは大きくバックステップを踏み、距離を取る。

 ダムドの腕を狙って、カウンターを仕掛ける――が。

 次の瞬間、白影の姿が視界から消えた。

 気配だけが側面に回り込む。

(奴なら、この手の撹乱はお手の物だろうな)


 カウンターを中断。

 さらに後退し、二人を視界に収めようとする――が、そこで思考を反転させた。

(……いや、逆だ)

 後ろではなく、前へ。

 待ち構えていたダムドの拳を、スライディングで潜り抜ける。

 そのまま背後へ回り込み、くるりと反転。二人を同時に視界へ収めた。


(――一気に決める!)

 間髪入れず、白影へ斬撃を放つ。


「――飛燕・番(つがい)」


 二羽の燕が連れ立つような、二連の斬撃。

 白影の体勢が僅かに崩れる。

 だが、シモンの視線はすでにダムドへ移っていた。

 敢えてその射程圏内に留まり、攻撃を誘う。


 誘いに乗った右拳。

 半身になって躱し、その右腕へ狙いを定める。

 一瞬で、切り刻む。

 切断には至らない。だが機能低下には十分だ。


 苦し紛れに振るわれた左腕を紙一重で躱し、脇腹へ突きを放つ。

 一直線に突き出された刃が、影を貫通する。

 ダムドが硬直した。

 その隙を逃さない。

 すれ違いざまに横薙ぎの一撃を加え、一気に白影へ迫る。


「――ソニック・ステップ《瞬間加速魔法》」


 世界が、一瞬だけ遠のく。

 次の瞬間、白影の懐へと踏み込んでいた。

(……一対一の剣戟なら、俺に分がある!)

 急所を狙った乱撃でプレッシャーをかける。

 白影は受けに回るが、ついに防ぎきれず崩れる。


(――勝機!)


「――《桜颪(さくらおろし)》」


 一瞬にして十数の斬撃。

 急所だけを的確に裂いた感触が、手に伝わる。


 その瞬間――。

 二人分の闇の輪郭が、霧散した。

 剣を下ろし、息を吐く。

 火照った身体を、晩秋の風が静かに冷ましていった。


 だが、安堵より先に浮かんだのは反省だった。

(……所詮は、俺が作り出した都合の良いイメージだ)

 奴らの身体能力をもとに、効率的な動きを想定した。


 だが実際には、あの二人には特異な技も術もあるだろう。

 すべてを再現できているわけではない。

 それに、奥の手だって隠しているかもしれない。

(いや、あると思った方が自然……というより当然か)


 実戦なら、もっと厳しい戦いになるだろう。

(劣勢は……避けられない、か)

 やれやれ、と頭を振る。


 ――その時だった。

 ぱち、ぱち、ぱち、と乾いた音が響いた。

 続いて、歓声。


「す、すげぇ……!」


 振り向けば、いつの間にか六人が訓練場の端に立っていた。

 ランニングから戻ってきていたらしい。

 ミレイが興奮気味に駆け寄る。


「今の乱撃、なんなんですか!? めちゃくちゃ速かったんですけど!」


 ダリオは憧れの眼差しを向けている。

 グスタフは腕を組み、うんうんと大きく頷いた。


「……流石です」


 セイルは呆れたように頭を掻く。


「物が違うよな。ったく、追いつける気がしねーよ」


 盛り上がる新人たちの声をよそに、ジュリアはただシモンの動きを見つめていた。

 その表情には、驚きと、それとは別の感情が混じっている。


「ねぇ、ハルカ。さっきのシモンの動き……なんなの」


 ハルカは目を閉じ、先程の動きを思い返すように小さく息を吐く。


「あれが、シモン様の実力の一端かと……でも」

「……でも?」

「……おそらく、まだ本気には達していないかと」


 ジュリアは黙り込む。

 そして、小さく呟いた。


「……まだまだ、先は遠いってことね」

「……同感です」


 二人の表情には、悔しさが滲んでいた。

 だが、それ以上に燃えるような決意も見て取れた。

 顔を見合わせた二人は、何も言わずとも互いの心を察したようだった。

 俯きはしない。

 まっすぐに、シモンを見つめる。

 その視線に気づいたシモンは、軽く手招きした。


「ジュリア、ハルカ。ちょっと来い」


 二人が歩み寄るのを待ち、シモンはひとつ咳払いをする。

 そして、新人たちも含めた全員を見渡した。


「……今日は、みんなにお知らせがある」


 期待に目を輝かせる者。

 神妙な顔つきの者。

 真意を探るような目を向ける者。


 それぞれの表情を確かめ、シモンはゆっくりと口を開いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


シモンの実力の一端を目の当たりにし、それでも「まだ本気ではない」と知ったジュリアとハルカ。

改めて彼との差を実感し、それでも前を向く二人、そして新人4人をどう思いましたか?

印象に残った場面や台詞があれば、ぜひコメントで教えてください。


★評価やブックマークで応援いただけると、とても励みになります。


いただいたご感想は、今後の執筆の参考として大切に読ませていただきます。

これからもよろしくお願いいたします。

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