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8.いってきます


「あらあらあらぁ! 魔術師? カイってば魔術師になるの? まぁまぁまぁまぁすごいじゃない! 楽しみねぇあなた!」

「ふぅ……そ、そうだね。すまないが飲み物はあるかな?」


 ようやく息が落ち着いたらしいハンスに、マルティーネが魔術で氷のグラスに入った水を作って渡す。それを飲み干せば、少し顔色が良くなったようだった。


 あれから、話し始めると止まらないナタリーをなんとか制してカイが今後のことを説明すると、この反応だったのである。あまり心配はしていなかったけれど、反対されることはなくて安堵した。

 マルティーネがはぁ、と溜息をつく。


「言っておくけど、魔術師になれるまで……下手したら1年は帰れないし、手紙も出せないわよ。しっかりと別れの挨拶をしておくことね」

「え、そうなの!?」

「……あそこはくだらない制約が多いのよ」


 わくわくしていたけれど、ジルベールの言葉といい、なんだか不安になってきた。リオン魔術学園っていったいどんなところなんだ。


「じゃあ、私はもう行くわ」

「え? 久しぶりに姉様と会えたのに。もっとゆっくりしていけないの?」

「少し気になることができてね。またそのうち会いましょう」


 残念そうなナタリーにそう言うと、マルティーネは少し長い呪文を唱える。すると、風とともにその姿が一瞬で消えてしまった。


 もう、彼女の気配はどこにもない。


「すごい……」


 あんな魔術を、おれも使えるようになるんだろうか。


「そうよぉ。姉様はちょっとアレだけど、本当に本当にすごい魔術師なんだから! 昔ね、ハンスと婚約したばかりの頃なんだけど、ハンスってほら体が弱いでしょう? あれね、実は一回ハンスって病気で死にかけてぇ、というかほぼ死んでたんだけど、姉様がナントカカントカって呪文唱えたらね、なんと息を吹き返したのよ! もうもうもうびっくりよ!」

「お義姉さんは命の恩人なんだよ」

「へぇ……」


 意外な事実である。男グセはとんでもないが、悪い人ではない……たぶん。それどころか誰かを助けもする。……どうにも掴みどころがない、不思議な人だ。

 それにしても、魔術師でも治癒術師みたいなことができるんだな。


「姉様の子供だもの。カイもきっと、すごい魔術師になるわね!」

「あ、いや……おれはあの人ほど魔力はないって言われたから……」

「あら、そうなの?」

「……別に気にすることはない。魔術師になれること自体、すごいことだ。お前が健康でいてくれれば、それで十分だよ」


 ハンスの言葉に、「それはそうね」とナタリーは満開の花のように笑った。




 宿を手配したらしい叔父叔母と一旦別れ、カイは出発のための準備をはじめた。とは言っても、それほど荷物は多くない。

 必要なものがあるか訊いておくべきだったかもしれない。だが、魔術学園が魔術師になるまで出られないというのなら、おそらく全寮制なのだろう。ある程度の生活必需品は揃えられているはずだ。そう自分を納得させて、肩下げ鞄ひとつに荷物をまとめた。


 それから夜にかけて、一座のみんなに挨拶をしてまわる。急な話に誰もが驚いていた。役者見習いの女の子たちも、ごつい警備のおじさんたちも、雑用仲間も、みんなみんな、別れを惜しんでくれた。それがくすぐったくて、ちょっと照れくさくて、こっそり涙ぐんでしまったのは内緒である。


 5年間。決して短くはない時間だ。カイにとって花道楽のみんなは、家族と呼んでもいいくらいの存在になっていた。きっとそれは、自惚れでなければみんなも同じだろう。


 だって翌日は、なんと朝から全員がカイの見送りに出てくれたのだ。


「頑張れよ、カイ」

「元気でね。絶対絶対、帰ってきてね」

「立派な魔術師になれよ」


「うん……ありがとう、みんな」


 激励に、ひとつひとつ感謝を述べていく。こんなに握手をしたの、たぶん前世も含めて初めてだ。


「カイってば……こんなに慕われて。叔母さん嬉しいわぁ」

「本当に立派になったなぁ」


 ちゃっかり立ち会っている叔母さんと叔父さんも話に加わって、かなり賑やかな送別会と化していた。一座が借りている広場とはいえ、外だからけっこう目立つ。どこからか話を聞きつけたらしいカイの知り合いの町の人も何人か来てくれて、選別にとパンや果物を渡してくれた。……ちょっと恵まれすぎなんじゃないかってくらい、人に恵まれた。くすぐったくて、嬉しくて、みんなに誇れる自分になりたいって思う。


「カイ」

「座長! エヴァンジェリンさん!」


 花道楽トップのふたりが並んでいる。相変わらず絵画にしたいほどの美しさだ。

 エヴァンジェリンがそっと、カイの手を握った。


「寂しくなるわ。頑張ってね」

「ふあ、ぁ、は、はい……!」


 やばい。手が小さい。いい匂いがする。


「あらぁ~? あらあらあらあら~? なになにカイってばその子が好きなの? んまぁ~ませちゃって! でもでも私は応援するわよ! たとえ高望みだってなんだって当たって砕けろよ! 可能性がゼロじゃない限りドンドンぶつかっていきなさい!」

「黙ってて叔母さん!! そういうのじゃないから! ちょっと綺麗すぎて緊張しちゃうだけだから……あ」


 いかん、うっかり本音が漏れた。

 おそるおそるエヴァンジェリンを見ると、彼女はくすくすと堪えきれない様子で笑っていた。


「す、すみません……」

「いいえ、素敵な叔母様ね。ねぇ座長?」

「そうだね。とても可愛らしい方だ」

「あ、あら……」


 座長の言葉にナタリーが照れている。さすが老若男女問わず人たらしな男装の麗人。今日も美しくかっこいい。


「カイにはいつも助けられました。ナタリー殿、ハンス殿。優秀な甥殿を預けていただき、感謝を申し上げます」

「い、いえいえ、こちらこそ長い間カイがお世話になりました。お礼を申し上げるのは私たちの方だわ」

「ナタリーの言うとおりです。花道楽の皆さんに任せっぱなしで、頭が上がりません。本当にありがとうございました」


 本人を前に繰り広げられるやりとりは、どうにもくすぐったい。でも、カイだって同じ気持ちだ。きっと、この場にいる誰よりも。


「座長、花道楽のみんな。ナタリー叔母さん、ハンス叔父さん。……今までたくさん、ありがとうございました」


 すう、と大きく息を吸って、カイは笑顔で言った。


「いってきます!」


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