9.儚い希望
魔術師団詰所の前で、一緒にきてくれていた叔父さん叔母さんとは別れた。
ナタリーは中にまでついてきたがっていたが、彼女が一緒だとジルベールや近くの魔術師たちに手当たりしだい話しかけてそれはもう長くなるだろう。察したハンスがそれとなく言いくるめて、長い別れの挨拶をし、ようやくふたりは帰路へとついていった。
時刻はもう昼をすぎている。
石造りの四角い建物は見るからに堅牢そうで少し近寄りがたい。おそるおそる中に入ってみると、なんと見渡す限りほぼ全員が真っ黒なローブのフードを被っていた。魔術師団の制服とはいえ、建物の中でまで髪を隠しているとは。それくらい他の魔術師に髪色を知られることは嫌なのかもしれない。
受付のお姉さんに名前と来訪目的を告げると、すぐにジルベールの元へと案内された。
「ジルベール団長。カイという少年をお連れしました」
「入ってくれ」
団長!? たしかに地位が高そうな気はしてたけど、団長だったのか!
広い執務室に通されたカイは、大きな机を前に座り心地の良さそうな椅子に座っているジルベールを、目を丸くして見つめた。彼はフードを外して濃灰色の長い髪を溢れさせたまま、眼鏡の奥でにこりと笑みを浮かべる。
「やあ、約束通り来てくれたね」
「はい……あの、ジルベールさんって団長だったんですね」
「ああ。モンステラ王国魔術師団シラー支部団長、ジルベールだ」
「すみません、そうとは知らず…」
「構わないよ。表に出るときもフードを被っていることが多いし、知らないのが普通だからね。……はい、これがリオン魔術学園招待状だ。あちらについたらそれをそのまま渡せばいい」
「ありがとうございます」
蜜蝋で丁寧に封をされた招待状を受け取る。封筒の表には『リオン魔術学園ご招待 カイ様』とジルベールらしい几帳面な文字で記されていた。
「それじゃあ、さっそく魔術学園へ行ってもらいたいんだけど……」
本当にすぐ移動らしい。カイは慌てて制止した。
「待ってください! その前にジルベールさんに聞きたいことがあるんですけど」
「なんだい? 魔術学園に関しては、言えることはほとんどないよ?」
「そうじゃなくて……あの、おれの父親って、どんな人だったのかなって……」
予想外の質問だったのだろう。ジルベールは目をぱちくりさせてから、優しい笑顔になった。
「じゃあ、少し話そう」
ジルベールは執務机から立ち上がると、応接スペースのソファへと移動した。カイも勧められるまま、革張りの高級そうなソファに座る。先ほどカイを案内したあと、その場でずっと控えていた受付のお姉さんがてきぱきとお茶を持ってきてくれた。
「君の父親……ダン先輩の話だね」
「はい。ジルベールさんは親しかったんですか?」
叔父や叔母にも父親について訊いてみたがよく知らないようで、気になっていたのだ。マルティーネとは次にいつ会えるかもわからないし、ジルベールと話せる今がチャンスだった。
「ダン先輩は魔術学園での先輩でね。付き合いは短かったんだけど、男気ある人で、何度か魔術で失敗したときに助けられたんだ。だから私にとって、先輩は恩人なんだよ」
「へぇ、そうだったんですか」
「ただ……うん、優秀だったゆえに、ちょっと調子に乗りやすい人ではあったんだ。たぶん、それでマルティーネに何か言ってしまったんだろう……。私が知らないから、おそらく卒業後だろうな。哀れだ……」
「えっと……?」
「あの魔女の趣味……と言うか性癖は、自分を軽んじたり見下したりしている相手を徹底的に屈服させることなんだ」
「は……はあ……」
なるほど?
つまり調子に乗ったカイの実の父親は、マルティーネにナメた口をきいてしまったがために精神崩壊するまでのなにかをされてしまったと?
「本当にヤツのセンサーは鋭いんだ……。彼女は美しいだろう?」
「はい、ちょっとびっくりするくらい。母親似だったら美少年だったんですかね、おれ」
「目元以外は母親似に見えるけど……まあ、そっくりだったら男女問わずいろんなひとの人生狂わせるくらいの美少年だったかもしれないね」
さすがにそこまでは勘弁である。目つきの悪さはコンプレックスだったけれど、これはこれで良かったのかもしれない。
「話が逸れたね。とにかく、彼女は美しいから声をかける男も多かったわけだ。ただ、軽い気持ちでナンパする男なんて中身は推して知るべしだろう? 結果、あの女に声をかけた男の大半が酷い目に遭い、2度と……そう、2度と女性と関係を持つことはできなくなった……」
なるほど、彼がマルティーネを「人類の敵」とまで言ったのはそういうことか。ちょっと大げさな気もするが、女性不信(?)になるほどってどんなことをされたんだろう。知りたいような、知りたくないような。
「……でもそれって、女性から見たら厄介な男を成敗してくれる正義の人に見えるんじゃありませんか?」
お茶を出した後も相変わらず控えていた受付のお姉さんにちらりと視線を投げてみる。
お姉さんは「では失礼して」と話に入ってくれた。
「マルティーネ様のお噂は学園時代からかねがね伺っております。カイ様の仰るとおり、彼女の味方をする方も、中には崇拝のごとく慕っておられる方もいらっしゃったとか。……一方で恋人を取られた、壊されたという方も多く、決闘騒ぎもしょっちゅうだったと聞き及んでおります」
「な、なるほど……」
「そういうことだ。誰の恨みを買っているかわかったもんじゃない。決して学園では彼女の名前を出さないように」
「肝に命じます……」
父親の話を聞くはずが、気づいたらすっかりマルティーネの話になっている。一番聞きたいことを、まだ聞けていない。
カイは気を取り直して背筋を伸ばし、ジルベールをまっすぐ見つめた。
「あの、……おれの父親って、身長は高かったですか?」
……そう、身長だ。マルティーネの身長は低かった。160もないだろう。だがまだ可能性はある。父親の身長が高ければ、おれだってまだまだ伸びる可能性は十分に……───
「あー……うん、それは……えっと……私よりは低かったかな?」
ジルベールは目算で170くらいである。
……終わった。
意気消沈したカイを前に、気まずい沈黙が降りる。
「……まあ、男は身長じゃないさ。そろそろ出発しようか」
「……はい……」
せめてこの国の平均身長くらいは欲しかったが、どうやら奇跡でも起きない限り無理そうだ。
おれ達のやりとりを聞いていた受付のお姉さんの肩が震えているのは、見なかったことにした。
ちなみに父親は(なろうには載せられない状態になっているので)今後も出てくる予定はありません




