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幕間 王国の花


 モンステラ王国王都。芸術のような白亜の城を中心に、整備された城下町が広がる世界一美しいと言われる都。その王城に、深夜ひっそりと2人の訪問者があった。


「久しいな。文を送るではなく直々にお前たちが来るとは」


 男は豪奢なベッドにゆるやかに腰掛け、上質なガウンを羽織っている。整った彫りの深い顔立ち。肩にかかる程度のややウェーブのかかった赤髪。鍛練を怠っていないのだろう、鍛え抜かれた体躯。50を前にして男前に磨きがかかっているこの人物の名は、アルベルト・モンステラ。

 モンステラ王国の国王その人である。

 そんな男が寝室で出迎えているのは、男装の麗人と美貌の姫君。花道楽の座長とエヴァンジェリンだ。


 カイが魔術学園に旅立ったあと、花道楽はシラーの町を後にし、2週間ほどかけて王都へと戻っていた。それからすぐ、ふたりは王の元へと馳せ参じたのである。

 無論、王直轄諜報組織のトップとして。


「ご報告と、これからの活動についてご助力願いたく馳せ参じました」


 私室であれど、相手は王。頭を下げたまま、座長はそう言った。


「ほう……まあ検討はついておる。黒い魔獣、だったか。シラーの魔術師団から報告は受けた」

「はい。我々が以前見たものと同じです。間違いありません。帝国が動き出しました」


 努めて冷静な声を出そうとしているが、どうしても憎しみが混じる。

 ストレリチア帝国。かつて周辺諸国を侵略し支配下に収めていたかの国は、20年前、とある国を滅ぼしたのを最後にぴたりと侵攻を止めていた。───それはもう、不気味なほどに。

 そんな帝国がまた動き出した。やり口が同じなのだ。

 どこからともなく黒い魔獣が現れる。初めは少しずつ。気づけば全土に。国内各地に兵力を割かれ、そちらに気を取られているうちに侵攻されるのだ。

 座長も、エヴァンジェリンも、それを知っている。それ以上の地獄も見た。嫌というほど。


「闇の魔術と聞いて納得したよ。……しかし厄介だ。侵入経路がわからん以上、どこから出てくるか予想がつかん。警備を強化せざるをえない」

「相手はまず間違いなく魔術師でしょう。髪を隠し、不審な行動を取っている者に注意すべき……ですが……」


 珍しく言い淀んだ座長に、王は怪訝な目を向ける。


「どうした?」

「シラーでの花道楽最終公演、警備を強化し注視しておりましたが、そのような者は誰も見ていない、と」

「ほう……」

「舞台上から私も確認しておりました。少なくともあの場で、フードや帽子を被っている人物は我が一座の魔術師以外にはおりませんでした」


 エヴァンジェリンの補足に、国王アルベルトはますます難しい顔をする。その性質上、花道楽の魔術師が裏切っているとは考えにくい。つまり本当に、手がかりがないのだ。


「……だが、それでも我が国の兵力は大きい。簡単に侵略を許すはずがないが……あの帝国が20年も動かなかったのだ。その間に、何か大きな力を手に入れたのかもしれぬ」

「はい。ですから」


 座長は顔を上げた。許しを得ぬままだったが、それでもまっすぐ王を見つめ、言った。


「我々花道楽はこれより、帝国に潜入します」


 アルベルトは目を瞑り、大きく息を吐いた。こうなるだろうと、予想はしていたのだ。


「……手は回しておこう」

「感謝いたします」

「そなたらの美しい顔が暫く見られぬとは、実に残念だ」

「あらあら陛下、お戯れを」


 おどけた口調で言うアルベルトに、エヴァンジェリンがちくりと釘を刺した。それに怒ることなく、王はやれやれと肩を竦める。

 それから静かに、しかしはっきりと通る声で言った。


「死ぬなよ、シルヴィア。余はそなたたちの国が好きだったのだ」


 かつての名で呼ばれた座長は、静かに頭を下げた。


「必ずや帝国の秘密を暴いて参ります」

「私が命を懸けて、シルヴィア王女殿下をお守りいたします」


 座長の言葉に続けて、エヴァンジェリンが宣誓する。



 20年前、最後にストレリチア帝国に滅ぼされた国、カトレア。

 その王家唯一の生き残りの少女とその側近たちを秘密裏に匿ったのが、このモンステラ国王アルベルトだった。保護しただけにとどまらなかったのは、彼女たちの希望である。

 花道楽の裏の顔は諜報組織、しかしてそれまた裏の顔。この事実を知る者は、王と救出に当たったごくごく僅かな騎士のみ。


 今宵も秘密は守られ、誰にも気づかれないまま夜の帳に覆われていく。


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