第二部・ヒロインに成り代わろうとしたカナリア嬢が自爆しました。
「これを覚えているかな?」
そう仰って、アレクセイ様の懐から取り出されたのは。
素朴な動物の角と、牙を革ひもで結んで出来たネックレスだった。
宮殿にそぐわない、無骨で不恰好なネックレス。
それに舞踏会の誰もが声を出さず、見入っていた。
「嫌だわ。何よ?その汚らしいモノは……」
カナリア嬢はドン引きするわ。
「えっ?!アレクセイ様……
まだ持っていたのですか?
幼い頃、黒の森で一緒に遊んで、迷子になって拾った鹿の角と狼の牙……!」
カメリアのその一言に、アレクセイ様は微笑み、こう続けた。
「君のおじいちゃんの形見になったのだろう?
だから僕も、大切に持っていたんだ」
静寂の中、カメリア様は胸元から、もう一つのペンダントを取り出したわ。
まるで、失くした時が形になって、今、ここに重なったかのようだった。
「何を仰るの?
そんなものが婚約者の証拠だと言うの!?
こんなの偶然よ……!」
「カナリア。
僕の婚約者であるカメリア・バートン嬢だ。
君ではないよ。
それに、そのドレスと宝石は見覚えがある。
カメリアの母君のものだろう?
まさか、カメリアから奪ったのかい?
カメリアに返しなさい」
その言葉を機に、周囲の空気が決定的に変わったわ。
カナリア嬢の取り巻きは一気に距離を取り、顔を背ける。分かりやすいぐらいだわ。
「それに本当にクルティザンヌをしていたのは、君の方だろう?カナリア。
マダム・エスメラルダスに連絡を取って確認したよ。
カメリアが、ヴェネティアにあるマダム・エスメラルダスのサロンに出ていたのはほんの一時。
それも芸名トラヴィエッタと名乗って。
それも有望な貴族の家に嫁がせる為にお披露目する為の場であって、客は取らせなかったと」
カメリアが驚いた顔してアレクセイ様を凝視するわ。
そんなの初耳だ、と言わんばかりの挙動ね。
「しかも貞節にうるさいローズベルで、従姉妹のカメリアの芸名トラヴィエッタを使ってクルティザンヌとして顔を売るなんて。極めて悪質だ」
「……それだけではあるまい。
カナリアお嬢ちゃん、君の父親は誰だかご存じかな?」
「少し調べさせてもらったよ。
カナリア。君はククシェフスカヤ伯爵家との血縁はない。母親レイシアの浮気相手の騎士の子だね?」
アレクセイ様は辛そうな顔で、カナリアに確認するわ。
「何を仰るの?意味が分からないわ、私はお父様とお母様の……」
すると、アルヴェイン帝が苦々しく仰る。
「カナリア。
お前の祖父マークが戦場でククシェフスカヤ伯爵を助けた事により、お前の母レイシアは伯爵家に嫁入り出来たのだ。
貴様は祖父マーク・バートンと、養父であるククシェフスカヤ伯爵のお情けで貴族でいられたのだ。
なのにも関わらず親子共々、それを無碍にしようとは……全く愚かだな。
その娘をつまみ出せ」
そう冷酷に指示を出すアルヴェイン帝。
アレクセイ様はそっとカメリアを抱き寄せたわ!
「君との婚約も、私のわがままだったんだ。
君以外と結婚なんて考えられないって、ルドルフお父様に嘆願した」
その言葉に、カメリアは目を大きく見開いたわ。
二人ともお顔が真っ赤になってる!尊み!
よし、アレクセイ様ルートのイベント、上手く行ったわ!
念願のスチル回収よ。このシーンを生で見られるなんて最高!
アルヴェイン帝は笑って。
「うむ、その話も報告を受けている。
カメリア嬢ちゃんなら、内気なアレクセイとでも上手くやってくれるだろうと思っていたのだがなぁ……」
見事すぎて、カナリアが取りつく島もなかったわ。
「そ、そんなの嘘ですわ!
この間だって、ローズベル王宮主催の舞踏会や、仮面舞踏会に……!」
「あら?
貴方、あの光の聖女のお披露目舞踏会に出てらしたの?
ならば、光の聖女様の名前を答えてみなさいな。
その時の出来事を詳しく教えてくださる?
それに仮面舞踏会だって大きな事件が起きたじゃない。それについては?」
「あの舞踏会の夜は素晴らしかったわ!
光の聖女様や、仮面舞踏会の美しさといったら……!」
「話を逸らさないで。光の聖女様のお名前よ?」
カナリア嬢は黙り込む。やはり、答えられないのね。
「カナリア、本当にご存知ないの?
光の聖女ローズティア・マリー・ルイーズ様と、あの舞踏会のクーデターの事を?
それに、貴方はあの仮面舞踏会の夜、現場にいなかったじゃないの」
カメリアが問い詰める。
「はぁ?!
家から追い出されて平民になって。
メイドやおろか、クルティザンヌにまで成り下がったアンタが仮面舞踏会なんかに行けるわけないじゃない!」
「呆れた、何も知らないのね。
光の聖女お披露目の舞踏会と言えば、ローズベル新国王フィオナ様がその場でドルシュキー公爵家を一網打尽にした事を知らないのはおかしいのよ」
私は静かに、だけれど確実にカナリア嬢を追い詰めるわ。
まあ、あの事件の当事者としては、巻き込まれずに済んでかえって良かったんじゃない?と素直に思いますわ。
「それに、仮面舞踏会は身分を問わずお祭りに参加出来る様にと仮面をつけるのよ?
そこでアレクセイ将軍とカメリアは再会したのですわ。
それに、直後の大騒ぎを見ていなかった知らなかったのはおかしいわ。
この青薔薇の聖女である私と、アルヴェイン皇帝陛下が証人よ」
「おや、ワシを巻き込むか。青薔薇の聖女よ」
「あら、何をおっしゃるの?
あの仮面舞踏会の夜、プロポーズしてきたくせに」
私はアルヴェイン帝を軽くあしらうわ。
すると、カナリア嬢の顔色がサァ……!っと青ざめていくわ。
「カナリア?
青薔薇の聖女とご友人と言っていたじゃないか!
嘘をついていたのかい?!」
「貴族でも何でもないじゃないか!」
「血統すら騙していたのか!
この詐欺師めが!」
「ご、誤解だわ!これは……その……!」
取り巻きは怒りを撒き散らしながら、カナリアの元を去っていく。
「俺、カナリア嬢を見た事あるぞ!
カナリア嬢はローズベルの王都ブルーシャトーの高級娼婦トラヴィエッタだ!」
「ああ、ローズベル貴族の怒りを買って追い出されたんだってな」
最悪の身バレである。これどう収拾つけるのよ?
「そもそもクルティザンヌって、既婚女性が結婚に失敗したり、犯罪に巻き込まれて立つ瀬がなくなったりしてなるものよね……?」
私の疑念に、アレクセイ様はこっそりと耳打ちする。
「……ああ、セルシアナエリーゼ様は気が付いてしまったのですか。
実は、カナリアは僕が婚約破棄するより早く、風来坊の騎士の男と駆け落ちしてしまって……」
つまり駆け落ち婚失敗したんかい。
カナリアはしばらくフリーズした後。
「……!この!」
カナリアはヤケを起こして突如階段を駆け登り、近くのご令嬢をカメリアの方へ突き落とそうとする!
「きゃっ嫌ぁ!」
駄目!関係のない子を巻き込むなんて!
「危ない!」
私が身を挺して庇ったわ。
「痛……大丈夫?貴方、怪我は?」
「大丈夫です!ありがとうございますわ。お姉様!」
淡い銀髪に、アクアマリンの瞳。綺麗な子だわ。
怪我が無くてよかった。
安心して、私が動こうとすると。
「……ッ痛!」
「セルシアナエリーゼ様、無理に動かないで下さい。今手当てをしますから」
「……え、ヨハネス?なんでここに」
使用人の格好をしたヨハネスが、テキパキと私の怪我の治療をするわ。
いや、何故ヨハネスがここにいるの?
「……見れば分かるでしょう?察してください」
レオニード皇太子が吠える。
「貴様!その方を誰だと心得ている!
私の将来の皇后候補である青薔薇の聖女セルシアナエリーゼになんて事を!
貴様如き下賤の女が触れて良いと思っているのか!」
「それにカナリアが突き落としたのは、大貴族のフローリア公爵令嬢だぞ?なんて事を!」
「……え、はあ?!アタクシは悪くない!
何よ、鈍臭い方が悪いんじゃない!」
レオニード皇太子が闇の魔法を繰り出そうとした瞬間!
「まあまあ、落ち着いて下さいまし。
ここはわたくしの顔に免じて、ねぇ?」
「アルヴェイン帝の寵妃、シルバーナ様……!」
将軍であるアレクセイ様が、一人の貴婦人の登場に恐れ慄くわ。
来た!このゲームのライバル令嬢だわ!
「ねぇカナリア様?わたくしの元に来て下さらない?
わたくし、貴方に興味があるの。
いいですわよね?
アルヴェイン皇帝陛下?レオニード皇太子殿下?」
そう言ってカナリアを退場してゆくシルバーナ。
アレクセイ様の顔が、終わった……!と、絶望しているのは何故なの?
「あの方、シルバーナ様でしたか?
私の輿入れの時にも、アルヴェイン帝の側にいらっしゃいましたよね?」
私はアレクセイ様に念の為確認する。
「ええ、シルバーナはアルヴェイン帝のお気に入りの寵妃で、その……」
「あぁ、あの娘はよりにもよって、あの宮殿の毒婦に目を付けられてしまったのね」
「お可哀想に、無事に戻ってこられるかしら……?」
貴婦人の誰かが呟くわ。
「シルバーナ!止めてくれ!」
アレクセイ様の声が制止するより早く、シルバーナ様はカナリアを連れて、夜の闇に消えていったわ。




