第二部・閑話、ブルーシャトーのコーヒーハウスにて。
同日、同刻の昼下がり。
雲行きの怪しいローズベル王国の王都、ブルーシャトー。
表通りでは華やかなマスカレードパレードが繰り広げられているが、一つ裏路地に入ると静かなものだった。
そんな、街並みの一角。
ブラックパールの髪色だが、白髪交じりの頭に帽子を深く被った男が、気まぐれにコーヒーハウスに訪れていた。
店内は、異様な活気を放っていた。
育ちの良さそうな貴族と、庶民出の新聞記者。
双方が新国王フィオナを歓迎するかどうかの議論で揉めていたのだ。
羽振りの良さそうなパン屋の主人が諌めている。
その脇で、スリが貴族の財布や貴重品を狙っているのにも関わらずだ。
(ふむ、他にも老年の紳士から若い騎士。
飲んだくれの庶民。
スリに、泥棒まで。
男性のみだが、あり得ないほど客層が幅広い。
しかも自由に発言出来るのか)
席について、店内をぐるりと見回す。
向こうの机では文学談義、その向こうでは商取引。
「コーヒーを一つ」
(なかなかに興味深い……
身分差が固定された我が国ではこうも行くまい)
男は新聞を読みながらも、老獪な銀の瞳で周囲を黙々と興味深く観察していると。
地元の人間だろうか?赤い髪の青年に話しかけられた。
「こんちわー!いや、はじめましてかな?
アンタ、この辺じゃ見ない顔だな?
何処の人間だ?」
「ふむ、北の方から。ここに来るのは初めてじゃな」
「へえ?おっさん、名前は?」
「……アルヴィ、と」
「ふぅん。この辺じゃ珍しい名前だな。
もしかして北方諸国のあるスカディア半島の出身?
確かドルンゲンに隣接してたよな?」
「……ふむ。若いの、君はただ者ではないな。
庶民にしては、行儀作法が良すぎるし、服が綺麗すぎる。
教養はありそうだが。
貴族にしてはいささか無遠慮、配慮が無さすぎる。
そのくせ隙がない、動きにも無駄がない。
となると……君は、騎士かな。
名前は何と申すのだ?」
男は眉をひそめて眉間のシワをあらわにしながら、口元をしわの目立つ手で覆い隠して、青年に問いかける。
「はは!おっさん。
なかなか面白い着眼点してるね!
オレ、今日は休みでさ。
だから久しぶりに、ここに顔出しに来たんだ」
(はて……思った以上に手強いな。
やけに姿勢がいいし、周りの気配を注意深く探っている。
それに、彼は店の出入口の近く、直線距離の席を取る……これは退路を意識しているのだとすると)
どうやら答えをはぐらかされたようだ。
近くの本棚には新聞や雑誌が置いてあり、誰でも読めるようにしている。
(ふむ、先代の青薔薇の聖女無き後。
ローズベルは王族は清教徒に振り回されて、一時期国政は困難を極めたらしい。
なるほど、この国はこうやって舵を取ってきたのか)
「ローズベルで新王の戴冠式があると聞いて、久しぶりに足を伸ばしたのだが。
なかなかの賑わいだな。
多くの国から来賓があったとか。
それに合わせるかのように光の聖女、青薔薇の聖女まで現れ、公爵家では新しい侍女を雇ったとか。
青薔薇派の大聖堂近くまで様子を見に行ったが。
聖歌の……特にアカペラの歌声は素晴らしかった。
あれは誰が歌っていたのか、知っているかね?」
「噂だと、北方諸国だったかドルンゲンだったかな?
あの辺り出身なんだけど、ドルンゲンのアルヴェイン帝が起こした戦があって、それで流れてきたって」
「むぅ……世知辛いのぅ」
談笑していると、コーヒーが運ばれてきた。
男は一口飲むなり。
「……苦いな。ミルクとシュガーを入れねば」
「味覚がお子様だなー」
赤毛の青年はブラックコーヒーを事も無げに飲み干す。
「うるさいのぅ。ワシの地元は紅茶派が多いのだ。
ジャムを入れて飲むのが慣わしでな?
ところでこの店には、ウイスキーやウォッカはないのか」
「ねーよ。ここ、コーヒーハウスだぞ?」
「何を。気が利かないのぅ」
「だったらウチのパブ来ない?
叔父さんがやってるんだ。
良い酒、取り揃えているぜ?
今日ならサンデーロースト付きだ」
「大変魅力的な提案だが、あいにく待ち合わせでな。
……もう時間が無いのだよ。
そうだ。新しい国王、フィオナとやらはどうだ?」
(若くして台頭したローズベルの新王。
果たして、国際政治の盤上をちゃんと見定めているのかな?)
男は不意に笑った。
「あー、若いけど腹の底が見えない感じ?」
何気ないフレイの一言。
予想外だったのか、アルヴィと名乗った男は眉をひそめて思案する。
「あぁ、そうさなぁ……例えば『若くて美しい王!』
『凡庸な王を払い除けた優秀な新王!』などと、持ち上げる様な事は言わぬのか?」
「えー?そんな事言われてもなー。
確かに、フィオナ陛下も優秀は優秀だと思うよ。
だが、弟君のリオ……リオネル王子が学園でほぼ歴代トップを独走状態だからなぁ。
なにやら研究所の所長を務めるらしいし」
「ほう、闇魔法使いの王子レオニード。
いや、リオネルとな?
この国では光の魔力が尊ばれて、闇の力は忌み嫌われると聞いたが。
しかも、青薔薇の聖女様とご婚約されただとか。
そう言えば、フィオナ新王の祝いの席で仮面舞踏会が催されるそうだな。
そこに、リオネル王子も招かれるとか。
ならば青薔薇の聖女様をエスコートされるのかな?」
「……へぇ?おっさん。その情報、何処で?」
「コレじゃよ」
男は懐から取り出して、ひらりと招待状とチケットを見せびらかす。
そのきらびやかなチケットは蝶の形をしていた。
「ああ、明日開かれるっていうVIPのための仮面舞踏会の招待状?」
「ふふん。どうだ?羨ましかろう?」
「別にー?
王侯貴族のパーティーなんて堅っ苦しいだけじゃないか。
それもチケット代に衣装代やらで、凄い額かかるって聞いた」
「むう……全くお主は、ケチな平民か。
からかい甲斐がないのぉ……」
「で、それ誰からもらったの?
貴族にコネがないと手に入らないプレミアムチケットだよな?」
「……そろそろ会計を。
ああ、君の分も含めて払おう。
……貴重な意見をありがとう。
若き王宮騎士フレイ殿」
「待て、どう言う事だ?アンタ!」
アルヴィ、と名乗った老人は帽子を深く被って店から出ていってしまった。
「おいおい、俺は名乗ってないぞ……!」
近くに商談に来ていたセリーヌが慌ててフレイに詰め寄って来た。
「ちょっと、フレイ様。
さっきのお客さん、どなた?
何か聞かれたのですか?あの死神に!」
フレイは動揺して。
「へ?特に何も……」
と、咄嗟に口にするが。
あの老獪な男に、何が何処までバレたのか。
一体、何を察知されたのかなど分からない。
セリーヌは焦燥をあらわにして、語気を強める。
「何を言っているのです……!
私は、簒奪前にお父様とあのお方が何回か顔合わせていたから分かるけれど。
あのお方は、ドルンゲン帝国の……!」
同日、夜。
キャルロット公爵邸のロベルトの執務室にて。
部屋の中は暗く、灯りは公爵のデスクのランプのみ。
「呼び立て済まないね。
カメリア、ドージェがお呼びだよ。
明日の仮面舞踏会、同伴して欲しいそうだ。
届いているドレス一式を着用して欲しいとの事だよ」
デスクの上にはドレスの入った化粧箱。
リボンには蝶のきらびやかなチケットが挟まれている。
「かしこまりました、旦那様」
正式に仕事の依頼が来たようだ。
「……しかしだね、カメリア。
君はね、私にとっては娘のようなものだ。
まだまだうら若い女性なのだから、そんな事に身を投じなくて良いのだよ?
庭師のヨハネスと一緒に、穏やかに暮らしたらどうだい?
別荘の管理や、他の職場への紹介状を書いてあげるから」
カメリアは、静かに首を横に振る。
「……いえ、これが我々の任務。
あの日の雪辱を果たす。
わたしの悲願ですから」




