第二部・ローズベル新国王の戴冠式が行われました。
あれから一年経った、冬の朝。
王宮の控室で、私は侍女のカメリアに身支度を整えてもらっていた。
「青薔薇の聖女とあろうお方が、結局聖職に付かないですって?
まさか、一介の貴婦人として、静かに一生を過ごすおつもりなのですか?
セルシアナエリーゼお嬢様」
「それでいいのよ。カメリア」
「リヤ、とお呼びください。
……もう、セルシアナエリーゼお嬢様らしいと言いますか、欲のない事ですね。
光の聖女様もようやく教会に席を置くとの事ですが、ロジー……いえ、ローズティア様があれでは……。
こちらでいかがでしょう?
セルシアナエリーゼお嬢様」
私は促されて姿鏡を見る。
頭には、中央に青薔薇をあしらった月桂樹のローレルリースティアラ。
白のホニトン・レース地の、オフショルダードレス。
それに赤いマントを羽織る。
赤と白はローズベルの象徴だからね。
首元には年代物のネックレス。ブローチも着けられたわ。
「ええ、ありがとう。カメリア。
それにしてもこの格好。
まるで歩くローズベル宣伝塔ね」
「そんな事言わないでください。
よくお似合いですよ」
カメリアは最近入ってきた侍女よ。
流れる様な長い黒曜石色の髪に、椿の様な紅色の猫目の瞳。
東洋系の美人さんなのよね。
マナーはもちろん、所作も綺麗なのよね。
ドレスの流行にも詳しいの。
何でも、トラブルに巻き込まれて実家の男爵家がお取り潰しになって、ウチで預かっているんですって。
「エリーゼ、支度は出来たか?」
「リオ、今終わった所よ。そちらに参りますわ」
そう言って、席を立って振り向くと。
そこにはローズベル王国の皇太子の正装の格好をしたリオネルがいたわ。
赤の軍服、肩には金のフリンジのついたエポレット。
ガーター・ブルーのサッシュが眩しい。
王室の外套と呼ばれるマントを羽織っているわ。
私の最推し、格好良い……!
髪型もフォーマルなもので、様になってるわ。
ああ、スクショ撮ってA4サイズでプリントアウトして額縁に入れて飾りたい。祭壇に祭りたい!
「見違えたな。綺麗だよ。エリーゼ」
「……お世辞は結構よ」
「そんな事はない、本音だ」
一応婚約者となったからなのか、リオってば私への当たりがキツくなくなったのよね。
むしろ、甘い言葉をかけられるようになったわ。
まさか、私って口説かれている……?
「それでは、わたしはお屋敷に戻ります。
失礼しますね」
「ねぇカメリアも出席しない?私のドレス貸すわよ」
「……いえ、わたしは異国出身ですし、実家も没落した身ですから。
それに、もしあの方がお見えになっていたら……」
何やら言葉を濁すカメリア。事情があるようね。
陰のある表情で言い淀むのは、それ以上は聞かないで、と言う意思表示かしら。
カメリアは目立たない様に、そそくさと退出する。
代わりに入って来たのは、新国王となるフィオナ陛下だわ。
式典用の法衣を着たフィオナ陛下は、なんとも絵になるわね。
「ご機嫌よう。セルシアナエリーゼ、リオネル。
来てくれたんだね」
「御機嫌よう、フィオナ陛下。楽しみにしていますわ」
「……正直な所、私は全くご機嫌じゃないよ。
案の定、父上も母上も仕事溜め込んでいたし。余計なもの買い込んでいたし……。
法務大臣達から『あのクーデターはやり過ぎだ!』
『ちゃんと正統な手続きの上で逮捕、捜査、裁判にかけるべきだった!』って、散々説教されて」
まあ、ごもっとも。それはそうよね。
「お言葉ですが、兄上。
裁判にかけようものなら、ドルシュキーは皆極刑になるのでは?」
「やはり、王宮はまだまだ落ち着かないのですね。
でも今日は大切な日なのですから、せめて笑顔で迎えましょう?」
「そうだね、セルシアナエリーゼ。
今からでも遅くはない。私の婚約者に戻ってくれないか?
そうすれば……」
「再三お断りしているじゃないですか。
私にはリオがいますもの。もう、これ以上なんて望めませんわ」
そう今日は、私達の大事な日。
フィオナ新国王陛下の戴冠式よ。
……え?私とリオの結婚式?
いやいやそんなそんな。
前世の最推しとなんて、とてもとても畏れ多いですわ。
ちゃんと学園を卒業してから結婚の方が良くない?って話になっているのよね。
リオはちゃんと待ってくれるって。
……なんだか嬉しいな。
新国王の戴冠式に湧き立つ、ローズベル王都ブルーシャトー。
王宮のほど近くにある、豪華絢爛な大聖堂派教会。
正式名称はブルーシャトー大聖堂だったかしら。
ここにはローズベル建国の国母となった青薔薇の聖女の亡骸と墓があるのよね。
大鐘楼にはローズの形をした大きなベルが特別に取り付けられたわ。
これがウチの国名の由来なのよね。
鐘の音が絶え間なく鳴り響く。
新しい王を祝福するように。
フィオナ新国王陛下を乗せた馬車が大通りを進む。王宮騎士団を従えてのパレードが、大通りを行進していく。
恥ずかしながら私も、フィオナ陛下の皇太子であるリオネル王子の婚約者として参列させられているわ。
大聖堂内に入ると大きなステンドグラスに、金銀で出来た大祭壇。
聖歌を奏でるハープや、パイプオルガンの音色が心地良いわ。
ラッパが鳴り響き、いよいよ式典が始まるわね。
まるで絵本の世界のようだわ。
「神よ、精霊よ!青薔薇の聖女よ!国王に祝福あれ!」
うぅ……!青薔薇の聖女ってワードに、思わず身じろぐ私でしてよ。
そんな……まだ、暴発的にしか青薔薇咲かせるって芸当しか出来ないのに。
無駄に祭り上げれて崇められても、何も出ないわよ?
なんでなの?私の魔法無双はいつ始まるのよ?
「この青薔薇の大聖堂でお約束した事を実践し、守ると神と聖女に誓います」
フィオナ陛下の高らかな宣誓が、大聖堂内に反響する。
次に塗油、聖油を塗る儀式ね。昔の聖典にもある重要な儀式と聞いたわ。
聖油のレシピは秘匿されているのだけれど、一説によれば、オレンジやローズ、麝香、アンバーグリスなどを混ぜたものと聞いたわ。
……アンバーグリスって確か龍涎香だったわよね?もの凄い値段のヤツ。
ここでは聖歌が歌われるわ。
大聖堂に響き渡る大合唱。
アカペラやリードを歌っているのは、ブラックパールの様な髪色、鋭い銀の瞳が印象的な若い男性。
名前をヨハネスと言うの。
実は彼、最近雇ったウチの庭師なのよね。
元々、北方の国出身なのだけど、戦乱があって王都に流れて来たらしいわ。気の毒よね。
ヨハネスもお役目が終わったら、すぐに屋敷にすぐ戻るそうよ。
塗り終わると、フィオナ陛下は式典用の法衣からローズベル国王としての正装へと魔法で早着替えしてゆく。
なんでも、火、水、風、土の精霊に祝福された特別な魔法だそうよ。
キラキラとした赤、青、緑、黄色の魔力の粒子が渦巻いて美しい。
クラウンジュエルが与えられ、いよいよフィオナ新国王陛下の戴冠の瞬間よ。
体調不良で倒れた教皇様の代理で、枢機卿主席となったエルレン様が王冠を携えている。
エルレン様から厳かに王冠を授けられたフィオナ新国王陛下。
かつてない威厳に満ちているわ。
王冠は金や銀、サファイア、エメラルドなどの色とりどりの宝石で彩られた年代のある代物よ。
かつての光の聖女や青薔薇の聖女からの加護を受けているそう。
正直かなり重そう。
実際2キロぐらいあるそうよ。
かつての私の婚約者であったフィオナ陛下。
もし婚約者のままだったら、隣の王妃の席で冠を戴くはずだったのよね。
でも、私はリオの婚約者だから。
前世の最推しリオネル様……いえ、今を共に生きるリオを選んでしまった今の私には、もうそれ以上望むものなんてないのよね。
惚気か?と言われても困ります……。
光の聖女となったローズティアは聖女の正装で、気品良く収まっているわ。
あの子、つい昨日までウチのお屋敷の掃除に明け暮れていたのよね。
聖女なんだからそういう事しなくて良いって言ったのに。
アニータやカメリア、メイド仲間や庭師の皆と一緒に、パンケーキやオートミールクッキーを食べていた、なんて思えないわね。
ああ、これ口外してはいけないヤツだったわ。
ちなみにアニータは、聖女としてのロジーの正装の身支度役として駆り出されたわ。
ロジーったら、アニータの言う事は素直に聞くのよね。
次は、臣下の宣誓ね。
リオネルが陛下におもむろにかしずく。
「フィオナ国王陛下。
貴方様の勇敢な臣下として、青薔薇の聖女への信仰と真実を捧げます」
新国王フィオナは威風堂々と立ち上がり、こちらに振り向く。
その瞬間、ワーッと皆の拍手喝采が上がったわ。
やっと正式に即位か。長かったわ。
フィオナ新国王陛下の即位式に合わせて、各国の来賓の方々がお見えになっているわ。
特に、目立つのがドルンゲン帝国を代表していらした白獅子将軍アレクセイ様。
ドルンゲン皇帝アルヴェインの名代として来られているわ。
向こうの軍服を着ているわね。
サマになっているわ。
白金のウェーブがかった柔らかな髪。
垂れ目の、エメラルド色の深い森林の様な翠の瞳。
そういえば翠の瞳って嫉妬深いって聞いたことがあったけれど、何処だったかな?
鼻筋は高く、ほりが深い。
背筋は美しく、その立ち姿は高貴さを物語っているわ。
これがドルンゲン帝国の白獅子将軍アレクセイなのね。
次作の物凄い大人気のあった攻略対象キャラだわ。
ドエラい美形ね……ギリシャ彫刻が動いているみたい。
でもこの手のゲームって、ああいうのに限ってギャップを作る為に残念属性が付いていたりするのよね……。料理が壊滅的に下手とか。
前世では、あまりミステリアスローズの次作には熱中出来なかったのよね。
内容もうろ覚えだし、正直オタク友達から聞いた偏見と独断と趣向に偏った推しキャラの話しか知らないのよね。
「失礼、怪我していらっしゃるわ。
すぐに治しますね。メディカルヒール」
聖女という属性のおかげか、治癒系の魔法だけは得意になりました。
ロジーから教えてもらったの。
ふと、アレクセイ将軍と目があった。
「え?おや、気が付きませんでした。
ありがとうございます、麗しのレディ」
ニコリと微笑んで軽く会釈されたわ。
ひぃ?!あんな美貌の持ち主がこの世に存在していいの?!一応ゲームの世界だけども。
……あかん、これ以上推しを増やす訳には。
軽率にまた沼に落ちるわけにいかない。私には婚約者のリオがいるもの!
と、心の中で悲鳴を上げる。
戻ってきたリオが、心配して私に耳打ちするわ。
「……エリーゼ、変な声出さないように。
教会での儀式中だ。何かあって中断したら事だぞ?」
「……出してませんわ」
自制心と節度ぐらいあります!
戴冠式が終わり、フィオナ新国王陛下はゴールド・ステート・コーチに乗り込む。
すると絢爛豪華な馬車は走り出し、その後に王宮騎士団の隊列が続いて走り出した。
民衆からの拍手喝采。祝福の声。
戴冠式後の華やかなパレードが始まるわ。
あまりにも順調で、逆に不安になるくらい。
いつまでも、こんな祝祭の様な日々が続けば良いのにね。
※※※
戴冠式のパレードの喧騒から離れたキャルロット公爵邸。
お屋敷では、使用人たちが忙しく働いていた。
カメリアが大聖堂から戻り、すぐに屋敷の支度に取り掛かる。
屋敷の主であるキャルロット夫人も出かけているので、メイド達は噂話に談笑に花を咲かせている。
「ねえ、聞いた?
トラヴィエッタってクルティザンヌの噂」
「ええ、社交界で男を取っ替え引っ替えしてるって。
嫌よねぇ」
大方、義妹のカナリアの仕業だろう。
行方不明となった義姉の名を騙り、上流階級の男たちと遊んでいるらしい。
なってないな、と内心冷ややかに見ながらカメリアはため息をつく。
お屋敷の広間で、モップを握ったメイドが憤懣を漏らした。
「どうしてこんな目に遭うのよ……!
私だって大きな屋敷のお嬢様だったのに……」
「はいはい。それはさておき、仕事をしましょう?
メアリー」
「だって、カメリア。
こんな端女の仕事なんて……!」
「食べる場所と眠る場所に困らないなら、それで十分。
違う?メアリー」
メアリーも、かつては貴族の令嬢だった。
父親の事業失敗とお家騒動の末、実家は破産。
今はメイドに身をやつしてここで働いている。
だが、本来ならこの公爵家に仕えるにも確かな身元や、推薦状がなければ叶わないはずなのだが。
「だって今日フィオナ新国王の戴冠式よ。
私の憧れの白獅子将軍アレクセイ様も来てるのに。
見たかったな。
うちのお屋敷に来るとか、チャンスないかな?
一緒に働いていたロジーなんて、お嬢様と一緒に式典に行っているんでしょ?良いなぁ」
「ロジーはちょっと事情があって、教会から旦那様が預かっていたのだから」
「私達だって着飾って戴冠式や、これから開かれる晩餐会や舞踏会に出れば……
もしかしたら素敵な貴公子様に見初められるかも!
それこそ、アレクセイ様に!
あの方まだ独身だって話じゃない!
キャルロット公爵邸で晩餐会を開けば、お近づきになれるかも!」
「公爵邸で晩餐会が開かれるとしても、私たちは裏方よ。
晩餐会の配膳はベテランの綺麗どころが担当するわ。
表に出るべきではないの」
「もう!
そんな消極的なこと言ってたら、玉の輿なんて夢のまた夢よ!」
頭が痛くなる。お貴族様のお眼鏡に叶っても遊び相手が関の山。
メアリーは本気で、元の身分に返り咲けるとでも思っているのだろうか。
「戻りました!
カメリア、このローズとラベンダーは奥様の部屋で良かったか?」
「ああ、ヨハネス。おかえりなさい。
お花は奥様の部屋に。
あと、ゲストルームの準備もお願い。
飛び込みで来賓の方がいらっしゃるって、キャルロット公爵閣下……旦那様が」
……もう二度と会う事も叶わないと思っていたあの方が、この国にいる。
カメリアはそう思うと、胸が締め付けられ唇からため息が出てしまった。
すると、意地悪く笑うヨハネスがカメリアにぐいっと詰め寄り。
「何だ?物想いか?
お前にしては珍しいな」
「……まぁ、そんな所よ」
「全く。あの男が来ていたよ。
ほら、噂のアレクセイ将軍」
カメリアは咄嗟に身を強張らせる。
ヨハネスは思わず苦笑する。
「……ところで、ドージェからの仕事の話は?」
「今の所来てないわ」
「ふぅん?絶好の機会だというのにな。
まあ、構わないさ。
お前の正体を、誰にも悟られるなよ。カメリア」
「貴方もね、ヨハネス」
そう呟いて、カメリアは窓から屋敷の外を見渡す。
門の向こう。
この辺では見覚えのない、帽子を深く被った妙齢の男性が1人。
こちらの様子を伺っている気がして、カメリアは目が離せない。
瞬間、カメリアと男の目が合った。男は口元だけニタリと笑ってその場から離れて行く。
その男の帽子を被り直す仕草に、カメリアは見覚えがあった。
「……嘘、あのおじ様がこんな所にいるはずない」
「どうしたカメリア?」
「ううん、何でもないわ。気のせい」
そう誤魔化しても、胸がざわつく嫌な予感が消えないカメリアであった。




