悪役令嬢は断罪イベントの舞踏会に乗り込みました。
朝のひと騒動からノータイム休憩無しで、舞踏会に向けてシャワー、ローズウォーターなどの化粧水、お化粧、ヘアースタイリングをして。ローズを基調とした香水もかけたわ。
お昼過ぎ、軽い昼食を終えて、ドレスの試着をする。パニエも履いてね。
コルセットは流石に緩めてもらったわ。
「凄いわ。流石オートクチュール。ピッタリ……ふふふ」
くるりと回ると、ふわっと舞い上がるドレス。そのの美しさに感嘆して、私は思わず笑ってしまう。
お針子のファンテーヌさんがドヤっと笑って答えたわ。
「お気に召しましたか?頑張った甲斐がありました!
フィレオフィッシュと、パフェでしたっけ?
あんな美味しいもの食べさせていただいたので、皆張り切っちゃって!」
そう、私がお針子たちの昼食にと、厨房に提案したのは、タルタルソースたっぷりのフィレオフィッシュ。
それと、リンゴとカスタードアイスクリーム、エルダーベリージャム、ドライフルーツとスポンジケーキの切れ端、オーツフレークの簡単なパフェ。
ファッジやチョコレート、ビスケットもつけたわ。
紅茶には、集中力が続くようにミントとローズマリーを入れたわよ。
お昼時に提供したら、お針子の皆、目を輝かせてパクパク食べるんだもの。
私も同じものを戴いたけれど、そんなに美味しかったかしら?
「でもフリルも、ドレープもレースも……必要最低限のドレスになってしまいましたね。
時間をかければもっと……」
「いいえ、私はこれが好きよ。
東洋には引き算の美学という言葉があるの。
このドレス、まさにそれじゃない?」
一方、フレイ様はというと。
「何だよ、この舞踏会のマナー指南書?エチケット?
何で燕尾服なんて堅苦しい服着なきゃならないの?
エスコート?カドリール?ポルカ?
ワルツの踊り方?ボックス?リバースターン?
これ今晩、全部ぶっつけ本番でオレもやるの?やだー!」
庶民育ちのフレイ様がとうとう根を上げたわ。
「こればかりは仕方ないのよ。
エチケットやマナーは社交界において、ある種の防壁みたいなものなの。
育ちのいい王侯貴族子女の会員制クラブに、下品な人、無作法な人などを招かないための……ね?」
前世、田舎の農家育ちの自由気ままなオタクだった私だって、エチケットやマナーで息が詰まりそうですわよ。
でもこれ守らないと育ちが悪いだの、家の評判だの、最悪社交界追放に繋がるからなぁ……正直面倒だけれどね。
「……んー、でもまあ。
リオ王子と、ロジーを助ける為と思えば我慢出来るけどさ……全く手間のかかる奴らだなぁ」
ピンチの時に助けに行くなんて、すっかり良い友達だなぁ……と微笑ましく思うわ。
「でもさ、今回の舞踏会、主催ドルシュキー公爵家だろ?
海を挟んだ北の大国ドルンゲン帝国式の舞踏会みたいにならないよな?
ほら、八時間夜通しぶっ続けで踊るっていう……
しかも出される飯も孔雀の肉とか、高級なのはいいけど知らない珍味ばっかりで、大して美味しくないって有名だろ?」
青ざめた顔でフレイ様は、洒落にならない事をおっしゃる。
一仕事終えて、午後三時のミルクティーを飲んでいるお針子の皆さんが震え上がってるわ。
「フレイ様、あのね。
今晩の舞踏会は、光の聖女様のお披露目なのよ?しかも肝心の聖女のロジーは庶民よ?
流石にそんな耐久スタイルにはならないと思うわよ?」
「なら良いけど……
オレ、王宮にはまだ顔効かないんだよな。兄貴だったら色々無理も効いたんだろうけどさ。
お嬢、リオ王子とロジーを頼む」
「ドルシュキー派に今一番警戒されているのは私よ?
私の顔パスなんて効かないと思っていてね?」
すると、ウィンデール様も頭を下げてきたわ。
「オレからもお願いします。フィオナ殿下を助けてやって下さい」
「あら、殿下は私を捨てたのに?」
「オレとしてはね、思う所あるんですよ。
貴女が大切だからこそ、ね……」
「それにしてはやり方が手荒じゃなくて?」
前世のオタクだった私としては、攻略対象のフィオナ殿下とヒロインのウェディングスチルを見納めてからひっそりとこの場を立ち去る、が正しいのかもしれない。
でも、そこに誰かの悪意や嫌な思惑が絡んでいるとしたら?
前世の推しやヒロインを不幸に突き落とす様な結末が来てしまったら?
そんな直感にも似た考えが、今世の私の頭にこびりついて離れない。……嫌な女に育ってしまったわね、今世の私は。
まあ、舞台からのフェードアウトついでに王宮での舞踏会ってどんなものか、見てみたいしね。好奇心は猫を殺す、じゃないけれど。
それでもうっすらと、ワンチャン、ここからでもゲームシナリオ通りに戻せないかなぁ?なんて考えてるのよね。前世の限界オタクぶりというか、オタクの業というか……。
アニータが声をかけてきたわ。準備が整ったのね。
「お嬢様、フレイ様。馬車の支度が出来ました」
「エリーゼお嬢、行こう。ロジーとリオ王子の奴を助けに」
二人とも、聖女様と王子様と、敬称付けるべき人なのにね。
「そうね、フレイ様。
あと1人助ける人忘れているわよ」
「あの方の腹ん中読めないし」
「私もそう思うわ。
でも覚悟してね。今夜、この世の地獄を見るかもしれないわよ」
「はは!アンタとなら、何処だって面白くなるさ。
例え地獄だろうと付き合ってやるよ」
そう言って、私たちは四頭立ての馬車に乗り込んだ。
一時間くらいかしら?馬車に揺られて、王宮に到着。
フレイ様のエスコートで馬車から降りたわ。
まず、フレデリク国王陛下と、ヴェロニカ王妃様にデビュタントのお披露目として握手するのよね。
嫌だけれど社交辞令用のスマイルで乗り切るわ。
まあ、王妃様、一瞥してそれで終わり。
フレデリク国王陛下に至ってはニコリともしない。
こっちも、おくびにも出さなかったけれどね。
王宮の舞踏会が開かれる会場は、専用の大きなボールルーム。
豪華なシャンデリアがいくつも天井から吊るされていて綺麗だわ。
大きなガラス張りの窓からは月の光が入ってきて幻想的ね。大理石の白い柱には金の装飾が施され、大きな燭台が飾られている。
神話の主神や女神、歴代の聖女の大理石の彫刻が所々に置かれていて。
光の聖女、青薔薇の聖女の神話モチーフのフレスコの絵画が天井に所狭しと飾られているわ。
ここは国賓の晩餐会の会場にも使われるのよね。
外国の、元は宮殿だった美術館や博物館みたいだわ……これの為に職人衆どのくらい抱えていて、装飾品の総額幾らするんだろう?修繕費も馬鹿にならなさそう。
今晩の騒動で壊さないようにしなきゃ……。後の世だと文化財になるものね。
内心、息が詰まりそう、前世の某アニメグッズショップに逃げたい……なんて思ってませんからね?最推しのため、推しのリオネル王子のためよ。
喫茶室には、紅茶やコーヒー、シェリー酒、レモネード、パウンドケーキ、レモンの入ったマデイラケーキ、ビスケット、チョコレート、アイスクリームなどが置かれていたわ。
12時を過ぎると夕食に移行して、切り分けたジビエ、七面鳥のソテー、オマール海老のサラダ、フォアグラの細切りなどが提供されるのよね。
さくらんぼゼリーやアーモンドのゼリー、コーヒーババロアや、プティフールのマカロン、フィナンシェ、ミニタルト。スフレもね。
ちょっとしたスープもあるわね。シャンパンやワインなどが用意されているわ。豪華ね。
内心、前世のオタク的に好きだったゲームの聖地巡礼!なんて、今更浮かれてませんからね?ええ。
……しかし、こんなにも煌びやかな会場なのに、何故、こんな陰鬱な雰囲気が漂っているの?
「……本日お集まりの皆、お越しいただき誠に有難うございます!……」
どうしよう。流石にここまで遠いと何言っているか聞き取れないわね。
「……お集まりの皆様方にご紹介しましょう。
先日のモンスターから首都を護った光の聖女、ローズティア・マリー・ルイーズ様です!
今宵のこの舞踏会をもって、フィオナ王太子殿下のご婚約を発表いたします!」
一同の拍手と歓声が上がる。
フィオナ殿下がローズティアに手を差し伸べる。
当然の様にローズティアはその手を取り、王座からホールへと二人でゆったりと降りていくわ。
フィオナ殿下は、王太子の正装をされていて、若々しくも凛々しい風格だわ。
ヒロインのローズティアは、ウェディングドレスのような純白のドレスを見せびらかすように歩みを進める。
ヒロインの頭上には、フィオナ殿下ルートのエンディング後のみの装備アイテム、王族のクラウンが。
その様はまるで、美しい恋愛映画、ロマンス小説の王子様とヒロインそのものだった。
楽団によるワルツの生演奏が始まり、二人は優雅に踊り出す。
……いえ、確か舞踏会ってカドリールから始まるものじゃないの?お見合いパーティの様なものだし。
聖女、と紹介された少女のその所作は、彼女が庶民出身とは思えないほど優雅だった。
……殿下の足を、あのロジーが踏まずに綺麗に踊り出した、なんて目を疑うわ。
「……え?おかしくね?あれ、本当にロジー?
フィッシュ&チップスに齧り付いてた、あの?」
「違うわ。あれは多分……」
顔つき、体つきは瓜二つだわ。
だけれどロジーの雰囲気がまるで違う。甘い香水の香りを振り撒いて、獲物を狙う女豹のような、ギラギラとしたその視線。
そんなの、私の知っているロジーじゃないわ。
殿下と聖女の会話が聞こえて来るわ。
「ローズティア、君のための舞踏会だよ。気分はどうだい?」
「はい、とっても素敵!アタクシのフィオナ王子様!
大好きな顔と声の貴方のそばにいられるなんて、アタクシこの上なく幸せです〜ぅ……」
「……あぁ私も、君と踊れて幸せだよ」
「……ふふん!前世のオタ姉貴のやってたゲームなんてチョロいわ〜」
……あのー、漏れてるし聞こえてるわよ、心の声が。
聖女様が付けているこの香りは……。
甘やかなジャスミンとイランイラン、それにバニラの香り。
他にも、催淫の効果のあるフレグランスが数種類混ざっているわね。
これ、魅惑の香水瓶っていうゲームのアイテムなのよね。攻略対象との親密度を上げる為のものよ。
確か、王宮では使用禁止されていたはずだけれど。
それに、ヒロインであり、光の聖女ローズティアはそんな事言わないから。
前世でこのゲームプレイした時のヒロイン解釈と全然違うんですけど。これぞ解釈不一致ってやつだわ。
薄暗いシャンデリアの光が煌めく大広間。
宮廷の華やかな喧騒の中、誰もが注目するポールルームの中央で、私は一瞬の緊張を噛みしめる。
私の手をそっと取ったのは、笑みを浮かべながらも凛とした瞳のフレイ様。
「さあ、エリーゼお嬢。オレたちも踊ろうぜ。
今夜はただの舞踏会じゃない。油断は禁物だぜ?」
フレイの低く落ち着いた声が耳元をくすぐる。
「なーんてカッコつけてみたけどさ。
オレ、やっぱりダンス苦手なんだよね……」
「私がリードするわ。
リオとよく練習していたから大丈夫よ。
動きに合わせて、ね?」
ぎこちない彼の手を引いて、私は自然とリズムに乗り始めたわ。
ふとフィオナ殿下と聖女を見てしまう。
フィオナ殿下のステップを踏む足取りは軽やかだわ。
艶やかに微笑み、踊る聖女との組み合わせは、まるで世界の全てがこの一瞬のために存在しているかのようだわ。
……あーあ。舞踏会でも、最初に最推しのリオと踊りたかったな、なんて思う。
一応、元婚約者のフォオナ殿下とファーストダンス踊るべきなのだろうけど。ヒロインに盗られてしまうのは分かっていたからね。
「……フレイ様、ここにいる全ての人が敵に回るかもね」
不安に駆られて私が囁く。
すると、フレイは微笑みながらも目を細める。
「だから、オレが誰よりもお嬢を守るからさ」
旋律の高まり、私達二人はゆるやかなワルツのターン。
腕の中の温もり。向かい合うフレイ様の瞳に、覚悟が見えた気がした。
私は思わず、あぁフレイ様はカッコいいなぁと微笑んだ。
「もう、カッコつけちゃって。でも、ありがとう。フレイ様」
だが、その背後では、陰謀を巡らせる影たちが静かに息を潜めているはず。
私はくすっと笑いながら。
「フレイ様も、私の騎士を気取るおつもりかしら?」
フレイは微かに笑みを浮かべ、さらりと返す。
「ははっ、光栄だよ。
陰謀渦巻く王侯貴族社会なら、アンタの騎士やってる方がよっぽどマシだな」
私はその言葉に安心したように小さく頷く。
一曲目のダンスが終わる。次のダンス相手を探さないと。
殿下とローズティアは……まるで離れる気がないわね。まさか、全てのダンスをあの2人きりで踊るつもりかしら?マナー違反だと思うけど。
そう少し困惑する私の目の前に現れたのは。
「どうか、私と踊っていただけませんか?セルシアナエリーゼ嬢」
「……グレイル卿。ええ、よろこんで」
次にダンス相手として申し出たのは、まさかのグレイル卿だったわ。
全く、何を考えているの?腹の底が読めないわね。
「セルシアナエリーゼ、貴方は何を考えているのです?
公爵家の人間とは言え、籠の鳥の世間知らずのお嬢さんに何が出来るんだ?
今すぐにさっさと逃げろ。さもないと……」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だわ。
貴方もそうでしょ、グレイル卿に似た誰かさん?
幼馴染のセリーヌさんがいたく心配していましたわよ。
……それで、本物のグレイル卿はどちらに?」
そう切り込んだ瞬間、グレイル卿は大きく態度を崩したわ。
「おいおい嘘だろ?……嫌な女だな、アンタ。俺に喧嘩売ってる?」
「喧嘩上等よ。リオを守れるならば」
「……あのさ、こっちだって色々事情があんだよ。そこまで分かってるなら察してくれ。
お家潰されない様にせにゃならんし。ドルシュキーの顔も立てにゃならんし。あちらさんの注文も、な?
カミーユのボンクラ婚約者のお守りしないとだし……こっちにもバレちまったけど。
一応、俺は警告したからな?後は知らないぞ?」
「……それって愚痴?貴方、ドルシュキー派でしょ?」
「さぁね?……ほら、やっこさん来やがったぞ。せいぜい頑張んな」
振り返ると、そこには正装のフィオナ王太子殿下と。
見るからにウェディングドレスのような純白のドレスに身を包み、エンディングの立ち絵のクラウンを既に被った聖女ローズティアに似た誰かの姿があった。
「キャルロット公爵令嬢セルシアナエリーゼ。
こんな所まで乗り込んで来て、どういうつもりだ?」
「そのお言葉をそのままお返しますわ。
フィオナ王太子殿下。聖女ローズティア様」
さあ、打って出るわよ。
悪役令嬢の大一番、断罪イベントの開始だわ。




