朝食でお叱りを受けました。
「お嬢様、おはようございます。
こちら、アーリーモーニングティーです」
ノックの音で目を覚ます。続いてドアが開く音。
寝惚け眼で窓を見ると、朝の光がカーテンから漏れていた。
アニータの優しい声と、紅茶のいい香りで目が覚める。
もう起床の時間か。
昨夜の夢見はスッゴくよかったわ。
リオネル様がステージでソロ曲歌って、前世の私が最前列でペンライト振りまくる夢だったの。
ブルーレイ保存用と観賞用と布教用買います。夢オチだから買えないけど。ぐぬぬ。
「おはよう。お茶いただくわ」
「今日の茶葉はアッサムです」
異世界転生したのに、前世の地名の茶葉とはこれ如何に?って毎回なるのよね。
ハチミツの入った濃いめのミルクティーを一口いただく。
「美味しいわ。
ねぇ、そういえばアニータ。緑茶は……グリーンティーはないの?」
「グリーンティー?
お嬢様、それは数代前の王妃様が薬として飲まれていたという東洋からのお茶ですか?」
不思議そうに小首を傾げるアニータに、私は思わず聞き返してしまう。
「はい?く、薬として?」
「ええ、女性特有の」
「お茶として出回ってないの?そんなに希少なの?」
「希少……ですけれど、なにより苦くてこの国では口に合わないそうです。取り寄せるにしても、生産地が遠方ですから難しいかと」
おおぅ。良薬口に苦し、じゃないんだから……。
アニータはてきぱきと身支度を整えてくれる。
「ところでお嬢様、髪型は本当にコレでいいのですか?もっと凝った方が……」
「ええ。これがいいの。ありがとう」
これ、前世でもやってたくるりんぱ、なのよね。やっぱりこれが一番落ち着くわー。
身支度を整えて、食堂に移動すると、お父様、お母様、リオがそれぞれの席に着いていたわ。
「おはようございます、お父様、お母様。リオ」
「ああ、エリーゼ。おはよう」
朝食は、焼きたてのパンやマフィンに、香草のローズマリーを練り込んだバター。
エビとマッシュルームのクリームリゾットに、メレンゲふわふわオムレツ。トリュフ塩が効いてるわね。温野菜のサラダにベーコン。トラウトのムニエル。
「中流階級がよく食べてると聞いて、どんなものかと思ったが、なかなか美味しいね」
……と、お父様がのたまうベイクドビーンズは、トマト味の豆がね……前世のお婆ちゃんの甘い煮豆やおはぎに慣れてると、一瞬脳が混乱するのよね。
それにブラッドソーセージか……私、苦手なのよね。いや、これは今世の感覚としてよ?
他にもジャガイモのポタージュと、何故かキュウリも入っている野菜のスープ、何種類かの果物が、やたら長いダイニングテーブルに並んでいる。
長いダイニングテーブルはね、初見はいわゆる権威の為の見せびらかしかと思っていたんだけど。
聞いたところによると、単なる暗殺防止の為なのよね。銀食器と一緒で。夢がないわ。
クリームリゾットは美味しいと思うんだけど、チーズの癖が強いわね。うーん、味は意外と薄めかな。もう少しコンソメ顆粒が欲しい。更に言うならトマトケチャップが欲しい。
しかし、お母様が朝食の席にいるなんて珍しいわ。貴族のご婦人ってベッドで朝食を取ることが多いのよね、お母様も例にもれず。
……嫌な予感がするわ。お叱りうけそう。
お父様がモーニングコーヒーを飲み終わるなり、厳しい顔をして、私に話しかけてきたわ。お母様に至っては眉が引きつってる。
あっこれ駄目ですね。確定でお説教されるわ。
「ところで、セルシアナエリーゼ。学園について確認したい事が幾つかあるのだけれど?」
「はい、お父様」
「問題、起こしてないよね?」
「ハイ、お父様」
「君を侮辱した生徒を訴えると言っていたそうだけれど、そんなことはないよね?」
「……ハイ、お父様。」
「ところで、我が公爵家と君宛てに、お詫びの品と手紙が届いているのだけれど」
「ハイ、ヲ父様」
「エリーゼ、その妙な生返事はよしなさい」
緊張のあまり壊れたラジオか、botのように返事を繰り返す私。
お母様がそう窘めるやいなや、リオに問いかける。
「本当の所はどうなのでしょうか、リオネル王子」
「ええ、公爵閣下。公爵夫人。
大変申し訳ないのですが、おっしゃった通り、エリーゼ姉上は貴族の娘達に嫌がらせを受けていた庶民出の生徒を守る為に口喧嘩を……」
「リオ、なんで言っちゃうの」
私は恨みがましく睨め付けるも、リオはツンとすました顔で。
「全て事実だろ?」
私の立場とその場の空気なんて知った事でないとばかりに言いおったのでした。
「……あのだね、エリーゼ。
貴族というものはね、権力がある代わりに、行動から発言全てが周囲に大きな影響与えるんだよ?」
「あまり周囲との軋轢を生むのは、殿下の婚約者として、未来の王太子妃としてふさわしい振る舞いではありません。
今後は控えなさい。淑女はエレガントに」
……エ、エレガントとな?
いや、私もレダ嬢達にもそう注意したけれど。
それにしても前世は一般家庭育ち、いわゆる庶民かつオタクの前世ではもっとも縁遠かった概念じゃない?
「……はーい、お父様。お母様。申し訳ありません」
「はぁ……分かっていないようだね。
セルシアナエリーゼ、具体的に言うと、最悪人が死ぬし、戦争の原因にもなるんだよ?
その時になって後悔しても遅いのだよ」
お父様の言葉が、実に……重い、重すぎる。
「閣下、そこまで仰らなくても」
「いや、言っておかないとね。
王侯貴族社会、特に貴婦人の多い社交界では一度でも失態を犯すと、その後もずっとネチネチネチネチ有る事無い事言われるし、白眼視されるし、最悪追い出されるからね。くれぐれも気を付けるんだよ」
なんだかやたら具体的ね。妙にトゲのある発言だけれど、私怨入ってない?昔お父様に何かあったの?
まぁ、この辺りは学校生活とか会社とか現代社会でもよくある話よね。その辺は変わらないのは、世知辛いわ。
「分かりましたわ。大変申し訳ありませんでした。今後は慎みます」
そう、私がしずしずと謝ると、お父様は優しく微笑みながらこうおっしゃった。
「……それで、学園は嫌になったかい?」
「ふぇ?」
「王立学園、アカデミアとも呼ばれるね。今でこそ国の教育機関であるけれど、元々は神学校、司教や教会の宣教師を育成する学校でね。
教会はとにかく歴史が古いんだ。それでこそローズベル建国前からあるんだよ。元は古代の世界帝国だったからね。今は教会という形で生きながらえているのだよ。
今もなお、その頃の権威に傘を着て、国の治外法権、特権階級のつもりでいる先生や教会関係者の方も多いからねぇ。
理事長は今、殿下ではなくて、枢機卿のご子息が勤めているはずだね?」
「ええ、エルレン様が」
「それも古くからの慣習でね。いまだに理事長は教会関係者に限られているんだよ」
確かゲームでも理事長はエルレン様だったのよね。
生徒会ではなく、理事長なのはそういう理由があったのね。
「そうそう、魔法も使ってはダメだからね。学園では演習授業以外では禁止。魔法を使った私闘なんてもっての外だよ」
悪役令嬢は魔力そんなに無い設定だから実質無理不可能なのでは?
でも、たしか断罪イベで半狂乱になりながら魔法使ってたわよね。あれって相当ヤバいのでは。
「もし私闘騒ぎにでもなったら……」
「え、まさかの切腹沙汰ですか?
市中引き回しの上で打ち首、獄門?
それとも一族郎党撫で斬りとか?」
「何その怖い刑罰!そこまでいかないよ!
セップク?ウチクビ?って一体何処の物騒な国の風習なの?!」
しまった。前世で、一時期和風ゲーとその登場キャラにもハマって、最期がよりによって切腹だったから……つい口に……。
流石にリオとお母様もドン引きしているわね。朝から出すべき話じゃなかった。失敗したわ。
「とにかく、学園で問題が起こっても王族すら口出し辛いんだよ。だからこそ慎重に」
難しい話だけど、要約すると、権威的には国より教会の方が上で、昔神学校だった学園も今もそのままの状態のつもりって事?
でも、結局あの騒ぎは殿下が取りなして下さったよね?
やはり、光の聖女、ヒロイン補正なのかな。
「嫌なら無理に通わなくてもいいのよ?すぐに学園の教師陣以上の家庭教師を……いえ、留学という手もあるわね……」
「お父様。お母様、そこまで思い詰めなくても大丈夫ですわ。大した事ありませんもの」
「でも」
お父様とお母様が本当に心配してくれている。とても嬉しいけれど、なんだかむず痒いわ。
「そのお気持ちだけで、私は頑張れますわ」
大変ありがたいお気持ちとお言葉だけれど、丁重にお断りする。
だって学園を出てしまったら、この目で尊いゲームイベント見れないじゃない!
ええ、根っからのクソオタク根性である。
まあ、最近どんどん現実がゲームシナリオから乖離してきているので……メンタルと胃が物凄く死にそうなんですけどね、オタク的に。
それにこの程度、前世に比べたら大した事ないのにな-、なんてこの時は呑気に考えていた。




