ヒロインを自宅に送り届けました。
お茶会もお開き。外はもう夜の帳か。
なので、校門で馬車の御者に、下町のマリー・ルイーズ家までローズティアを送り届けてもらえることになりました。
ええ、ウチの公爵家の馬車で。
……いやあのね?ここは本来、殿下がヒロインを寮まで送り届けるはずなのよね。どうしてこうなったの。
「それで、どうして公爵家の馬車にフィオナ殿下とウィンデール様も乗ってくるんですか」
「いやぁ、私だってローズティアさんが心配だし、ついでに下町も視察しようかなと。
へえ、この辺ってこうなってるんだね」
「いやー、オレって一応殿下のお目付け役なんで」
身分の割にフットワーク軽すぎじゃないかしら、このお二方。後で問題にならないといいけど。
さて、本題に切り込もう。実はお茶会中ずっと気になっていたのよね。
「ローズティアさんは学園の寮ではないのね?ご実家から通っているの?」
「ええ、実家から通ってます。その方が両親にも負担にならないし」
これだ。ローズティアの実家。親御さん。
でもこれはゲーム本来なら絶対に上がらないはずの話題だ。
「実家?親御さん?」
そう、ゲームでは光の聖女ローズティアの両親と生家は火事で亡くなって、妹と教会の孤児院に身を寄せていたという設定のはず。
「はい、父と長兄は教会騎士団で働いてまして。母と妹は手先が器用なんでお針子してるんですよー」
毒気のない朗らかな笑顔で家族の事を話すローズティア。
……火事はなかった?生きている?どういう事なの?
ゲームでのヒロインは、火災にあった生家については口を閉ざすばかりだったのよね。
「本家の叔父さんはその昔、王宮騎士で警備やってたらしいんですよ」
「へぇ。じゃあ叔父上とどこかで会っているかもしれないね」
しれっと言う殿下。
いや、マリー・ルイズ家が騎士爵なの知ってらしたわよね?
本当は何か知っているんじゃないの?
「はい、今日の事は叔父さんに自慢できますよ!
特に叔父さんはリオネル王子様びいきで!」
「……それは光栄ですね」
珍しい叔父様だな。
ゲーム中ではフィオナ殿下の人気が高くて、リオネル様の事は触れてはいけないあのお方的な扱いだったのに。
狭くてあまり整備されていない道に添い、商店街が続く。レンガ造りで質素だけれど花に溢れた可愛い町並み、活気と生活感のあふれる人々。
この活気、懐かしいなぁ。前世の地元を思い出すわ……コロッケとたこ焼き、よく下校中に買い食いしたなぁ。
「あわわ、隣のおじさんたち、ちょうど仕事帰りだ。
うわっ目立ってる。どうしようすっごい目立ってるよぉ」
慌てて馬車の窓から見えないように、頭をかがめて狼狽えるローズティア。
下町の、ツタとミニバラが見事なタウンハウスの前で止まる。
そこは、ゲーム中ではヒロインが度々訪れていた場所だ。
作中、何度も薔薇の花束を持って出かけていた。その薔薇花の色は攻略対象のイメージカラーに変わるといったギミック付きだったな。
ゲームでは、そこに焼け焦げたあばら屋があるはずだった。
そう、火災に遭ったというヒロインの実家だ。
なのにどうして今、目の前にあるの?
「こりゃあなんの騒ぎだ?」
「おい見ろよ!フィオナ王子様と公爵家のお嬢様だぜ?」
「何だってこんな所に?公爵家の馬車にロジーが乗ってるぞ!」
「早速学園で何かやらかしたか?!」
仕事帰りの職人のオジ様達がやいのやいのと騒ぎ立てる。
「ロジー?」
「ああそれ、私の事です。親しい人達はそう呼んでいるんです」
ローズティアさん、ご近所の方からすっごい野次が飛んでますわよ。
「ロジー?!どうしたのあんた?そんな、立派な馬車に乗って帰って来て!」
「お姉ちゃん?!キャロルット公爵家の馬車じゃない?凄ーい!」
ブラウンの髪色をした妙齢のご婦人と、ちょっと目元がキツイけれど年若い小綺麗な赤毛の女の子が出て来たわ。
「お母さん!キャスリーン?!」
「これはこれは、ごきげんよう、公爵のお嬢様。ウチの妹が何か粗相を?」
ラガーマンみたいな体格の赤毛の青年がおずおずと話しかけてくる。
「ウィリアムロブお兄ちゃん?!やだ、今日非番だったの?
ちょっとふざけるのやめて、恥ずかしいから!」
「いえ、学園からの帰宅時間が遅くなってしまったのでご自宅までお送りしました。
ご迷惑でしたか?」
「いえいえ?!大変滅相もありませんですよ?!」
パニックになってるのか、お兄さんの敬語が崩れているわね。
ローズティアはそそくさとエスコート無しで馬車から降り。
「今日は本当にありがとうございました!」
「いえいえ、それではいい夜を。ローズティアさん、また明日!」
「ええ、エリーゼ様また明日!」
馬車は学園へと戻っていく。殿下とウィンデール様を寮に送り届けるためだ。
ヒロインのローズティアの家族って、賑やかで温かくて、あんな感じだったんだ……なんだか、前世の私の実家みたいだったわ。
それを火事で奪われてしまったのに、学園では嫌がらせを受けても気丈に振る舞っていたのね。胸が痛いわ。
「あの赤い髪……」
リオが心もとなげに呟く。
殿下の顔をちらっと横目に見るも、こちらも何か考え込んでいるご様子。
「お知り合い?」
「え?あ、いいや……」
私の問いに、曖昧に答えるリオ。これは嘘ね。……何かあるな。
それと、もう一つ。私はフィオナ殿下に聞かなくてはならないことがある。
「……殿下、もしもの話ですけれど」
「うん?何かな?」
「もし、ローズティアさんが光の聖女で、私がローズティアさんのイジメに加担していたら。
どう、なさいますか?」
「……それは、厄介だな。婚約者の君にそんな事をされたら、ますます手に負えなくなる。
きっと、私は迷いはするだろうけれど、光の聖女を取るだろうな。
そして、彼女を娶り、私の子に光の魔力を宿す為に。
そうすれば私の王位と、私の子の立場も盤石なものとなるだろうからね。
私は将来の王になる立場として、君を切り捨てるしかないだろう。
または、君を政略結婚の手駒として、ドルンゲン帝国の悪帝にでも差し出すかもしれないな。婚約前にはそういう話もあったから。
……ドルシュキーの爺や母上にとっては好都合だろうね」
リオネル様のお母様の故郷であるドルンゲン帝国は、ローズベル王国より遙か北方の地で、険しい山脈、深い河に遮られて夏は短く冬は長く厳寒。小麦もロクに育たない不毛の地と呼ばれている。
悪帝と呼ばれる今の皇帝は、既にご老体。不甲斐ない国王からクーデターで国を乗っ取り、恐怖政治で国を締め上げているので評判は極めて悪い。多くの妾を囲っているけれど些細なことで処罰処刑騒ぎになったり、また内部粛清も頻繁だという。
つまり、殿下との婚約が上手くいかなければ、悪役令嬢はこの国の生贄として、悪帝の側室、妾として差し出される事になっていたのか。
王族に連なる公爵家の生まれなのだから、仕方ない事ではあるのだろう。だけど。
それは、年若い女の子にとって、あまりにも酷じゃないの?
「……そこに、恋愛感情はあると思いますか」
「どうだろう?あるかもしれない。
けれど、きっとそれよりも損得勘定の方が大きいと思うな」
「……そう、ですか」
そうだったのね。そうやって悪役令嬢は、フィオナ殿下に捨てられたのか。
「まあ、あくまで仮定の話さ。少なくとも今の私にはそんな気は無いよ。例え彼女が光の聖女であろうともね。
ふむ、それとも君はローズティア嬢に王太子妃の、ひいては王妃の座が奪われる事がそんなに心配なのかな?」
「ふえ?!何で?!ローズティアさんと殿下、むしろお似合いじゃないです?どちゃクソ麗しいスチル絵になってましてよ?!」
あっ。いけない、前世からの本音が出てしまったわ。
「あの噂本当だったんですか!キャロルットのお嬢様が殿下にやたら婚約破棄迫るっていう!」
ウィンデール様がやたら嬉しそうに笑っているわ。
「ふえ?婚約破棄ならいつでも応じますわよ?殿下の真実の愛を守るためなら」
にこやかに私が答えると。
「あははははは、本当だったんだ!母上と姉上に教えよ……あだっ!痛い!痛いですよ、殿下!」
「ウィンデール……お前って奴は……!
ねぇ、エリーゼ?私の事そんなに嫌いかな?」
「いえ、すこですわ?!とても素敵で麗しくて私にはもったいない方だと思います?!」
ただ、リオネル様の方がもっと好きですが!
「……姉上?すこって、どちらの言葉ですか?先程から言葉遣いが乱れていません?」
「き、気のせいじゃない、デスカ?」
リオ、それ以上はいけない。追い詰められると前世の本性が出ちゃうから。
「本当にローズベル王家血縁の公爵家のご令嬢としての自覚……いや私の婚約者としての自覚ある?
どうしてそこまで婚約破棄にこだわるの?プライドや自己肯定感低すぎじゃない?」
「……プ、プライド?自己肯定感……?何ですソレ……」
殿下にそうたしなめられて、私の頭は思わずフリーズする。
前世は所詮オタク、そう言ったものには縁遠い人生だったんですが……なんて絶対言えない。
いや、最推しリオネル様と同じ世界に生まれ落ちた事で割と満たされてる節あるんで、眼福と言いますか、肯定感は……今生なら結構あるはず、よね?
「もう、何故そこで考え込むんだ……」
「本当に……君はそういう人だよね。私はこんなにも君を手放したくないというのに……」
殿下のこの発言、なんだろ。告白?執着?
それとも、いわゆる面白れー女案件?
「そんなこと言われましても……」
そう言って、殿下はまた私の手を握ろうとするも。
すっとリオに静止されました。
「殿下。婚約者とはいえ、少しエリーゼ姉上にベタベタと触れすぎなのでは?」
「いいじゃないか、私の婚約者だよ?」
「もう少し風紀を考えていただけませんか?」
「私たちは婚約者同士だよ?リオネルこそ、どうして仲睦まじいスキンシップのたびに、いちいち目くじらを立てるんだい?」
リオが?目くじらを立てている?怒っているの?
「え?リオ怒ってるの?」
そう言ってリオの顔をまじまじと見てみると。
本当だ、リオがむくれているわ。
「怒ってない」
「怒ってるじゃない」
「怒ってませんー!」
その頃。自宅に戻ったローズティアは、今日あった出来事を思い返し。
「はぁ。エリーゼ様、カッコいい!」
そう言って足取り軽く自室に入る。
すると後ろからついて来た妹のキャスリーンがニヤッとして、こう聞いてきた。
「……それで、お姉ちゃん。学園の方はどう?あたしが言った通り、王子様や素敵な貴族のご子息様と良い仲になれたでしょ?
だからねぇ、どなたか紹介してくれない?」




