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19/46

前世の解釈と違うお茶会になりました。

 前世の記憶で知っているミステリアスローズのヒロインは、もっと穏やかで可憐。

 まるで教会のシスターのような、静かに咲く白薔薇とか白百合のような乙女だったはずだ。


「皆様、ごきげんよう」

 そう言ってローズティアがクラスルームに入るだけで、ヒロインの周りに人が集まってくる。


「ローズティアさん、ごきげんよう!聞きましたわよ、ご友人の推薦で生徒会に入られるそうですわね」

「この学園の生徒会は成績上位者でないと務まらないのよ!幾ら家の格が高くとも、成績の振るわない方は立候補もお断りしているのだとか。大変名誉な事ですわ!」



「そんな、こんな私が……恐れ多いことだわ。

 だけれど、皆さんの為になるのなら。フィオナ殿下や先輩方の足を引っ張らないよう、精一杯頑張りますね」


 その美貌で屈託なく微笑みかけては名門貴族のご子息の視線を集め、謙遜する姿で貴族のお嬢様すら警戒心を抱くことなく魅了し、絶賛させる。


 不思議な魅力のある少女、それがミステリアスローズのヒロイン、ローズティアだった。


「ローズティアさんはとてもお綺麗ですから、きっと素敵な殿方の目にとまりますわよ」


「そんな!

 私は貴族ではありませんし、ましてや孤児院の出身です。

 そんな大それた事望めません……」


「そうかしら?生徒会に入るなんてフィオナ殿下のお眼鏡にかなったという事でしょう?

 それにリオネル王子とも親密なご様子よね」


「ええっ?!見ていたの?!それに憧れのフィオナ殿下とリオネル王子となんて、そんな……」

 真っ赤に頬を染め上げるローズティア。


 身分が低いにも関わらず、非常に優秀で、穏やか。それでいて気さくで驕る事のない。

 

 それゆえに、学園のあまりよろしくはない貴族令嬢達からは忌み嫌われてしまったのよね。

 その筆頭格が、悪役令嬢セルシアナエリーゼだった。



 そう、今日のお昼のように、学園の裏庭の一角に呼び出されて、開口一番に。


「庶民出の癖に婚約者のいる貴族の男子学生や先生方、私のフィオナ殿下に色目を使って!

 なんて下品ですこと!貴女のような方、この高貴な学園には相応しくありませんわ!

 即刻出て行きなさいな!」


「そんな!?誤解です!私、そんな事していません!」


 テンプレート通りの悪役令嬢、テンプレート通りの罵倒のセリフ。

 流石に、今日のランチタイムみたいに教科書や文房具類を壊されたりはしなかったけれども。


 まさか、その場に殿下が偶然居合わせるとも思っていないのだろう。


「ローズティア・マリー・ルイーズ嬢?!

 セルシアナエリーゼ!こんな所で何をしているんだ?!」


 突如現れたフィオナ殿下に、ヒロインは驚き、悪役令嬢達は恐れ慄く。


「殿下!これは……!」


「この学園は教会が設立した当初から身分の低いものも受け入れる、そういった伝統のある学び舎だよ。君も知っているはずだろう?


それなのに、こんな真似をして……見損なったよ」


「殿下!これは……ご、誤解ですわ!」


「誤解?つい先ほどまであんなに詰め寄って悪し様に罵っていたのに?

もういい、下がりなさい。さもないとどうなるか、分かっているはずだろう?」


 殿下のあまりにも冷たく、興味のない声。

 その態度に深く傷つき、泣きながらその場を立ち去った婚約者セルシアナエリーゼを追う事もない。

 

 フィオナ王太子殿下は視線を逸らすことなく真っ直ぐ歩み寄り、ヒロインたるローズティアに声をかける。


「ローズティアさん大丈夫かい?私の婚約者……セルシアナが申し訳ない事を」


 そっと殿下が差し伸べた手に、おずおずとローズティアは自らの利き手をそっと重ねる。


「いいえ、そんな……私が至らないばかりに、こんな騒ぎになって」


「いいや、君は何も悪くない。セルシアナがヒステリック過ぎるだけさ」


 深くため息をつく殿下。


「そうだ。

 よければ、放課後、生徒会のサロン室まで来てもらえないかな?」

「え?でも……」


「お詫びがてら、君を生徒会のお茶会に招待しようか。

 今日は残念ながら私しかいないけれど、特別にね?」


「……はい」


 ローズティアが幼い頃から憧れていた王子様からのお誘い。断れるはずがないのよね。



 放課後。戸惑いながらも、ローズティアが生徒会のサロン室に入ると。


「わぁ!」


 白陶磁に、美しい装飾が施されたティーカップ、ソーサー、ティーポット。ミルクポットやシュガーポットにも、ちょっとしたボタニカルアートが施されていた。

 銀のカトラリーはピカピカに磨き上げられている。

 ケーキスタンドには、クッキーやチョコレート、マカロンや色とりどりのケーキ。

 テーブルクロスは丁寧に編み上げられた見事な白い刺繍レース。


「素敵……」


 ローズティアが今まで経験したことのない贅沢な空間に、心を躍らせる。

 

「君と二人だけのアフタヌーンティーだよ。他の者には秘密にしてくれるかな」

「でも私、お茶会のマナーなんて……」


「大丈夫だよ。私が教えてあげるからね」


 憧れの存在であるフィオナ殿下にふわりと微笑まれ、手ずからマナーを教わりながら、お茶を飲む。それはヒロインにとって夢のような時間。


「君の力は素晴らしい、特別なんだ。どうか、私に君の力をかして欲しい」

「そんな……こんな私が殿下の力になれるのでしたら……!」



 ……と、本来はこんなイベントだったはずなのよ。

 ふむ、尊みしかない。

 殿下がヒロインに一途で、悪役令嬢セルシアナエリーゼこと私の入る余地無し、だがそれが良い!というファンの声が多かった。前世の私も同意見だった。



 だからね。この状況はね、ゲームはもちろん、前世での解釈と違うのよ……!



 前略。前世の推し仲間と兄貴へ。


 悪役令嬢役セルシアナエリーゼに転生した限界オタクこと私は、最推しリオネル様をとある大事件から助けてしまい。


 更には、事もあろうにヒロインをイジメるどころか、うっかりヒロインをいじめる首謀者達と大喧嘩をしてしまい、何故かヒロインに庇われるという大惨事を起こしてしまいました。馬鹿なのかな?


 そのせいか婚約者であるフィオナ王太子殿下に嫌われる事もなく、邪険に扱われる事もなく、ローズティアに怯えられて敬遠されるでもなく、ゲームのイベントであるフィオナ殿下とヒロインのお茶会を何故か一緒に楽しんでいる模様。


 しかも前世の最推しリオネル様まで一緒。今のリオネル様は今世の私の実家である公爵家で引き取り、病むことなく健全に育ったリオだから全く一緒という訳でもないか。

 ついでに言うと、ここでは登場しえないはずの殿下のお付きの風の貴公子ウィンデール様も同席しているわ。


 ……いや、自業自得なんだろうけど、どうしてなの。

 何度も繰り返すけれど、ゲームの内容と違う。それ以上に前世の解釈と違う……!


 悪役令嬢たる私が、ヒロインと殿下のお茶会に居て良い訳ないのよ……!本当に解釈と全然違うの!許して!

 



 

 そのお茶会の最中、フィオナ殿下がヒロインのローズティアに改まって話しかけたところなのだけれど。


「ローズティア・マリー・ルイーズ嬢?聞いているのかい?」


「……もぐ?はひ?」


「ローズティア嬢、口の中のものをすぐに飲み込んで。手に持ってるものは一旦お皿に戻して」


 そうリオに静止をかけられるも、満面の笑みで、左手にスコーン、右手にクローデットクリームをつけたバターナイフを持ったままのヒロイン・ローズティア。

 頬を膨らませたお口の中にはジャムとクローデットクリームをふんだんに付けたスコーンが詰め込まれている。


 こんなシーンはゲームではありませんでしたわよね。


「ふふっ小動物みたいで可愛い子だねー、実家で飼ってるリスみたい……いった!」

 とコメントを漏らすウィンデール様に、殿下は即座に肘を入れる。二人とも笑っているわね。


 リオも顔を伏せてはいるけれど、肩をふるわせて笑っているわね。



 ローズティアも慌ててスコーンとバターナイフをお皿に戻すけれど、バターナイフを当ててしまい、カチャカチャ音を立ててしまう。


 何というか、緩いわ。

 マナーがなってないのは仕方のない事だけれど、明け透けというか、奥ゆかしさがないというか……自由すぎない?このヒロイン。



「こほん。我が学園では、入学審査の際にマナー……いや極端にマナーや素行の悪い者は、本来なら入学はご遠慮願っているはずなんだ。

 学園の風紀を乱し、他の生徒の学業の妨げとなってはいけないからね」


 殿下がそうおっしゃると、ウィンデール様が新たな教科書、筆記用具をローズティアへ渡した。


 よく見ると、その全てに二匹の獅子が剣を持ち、ブルーローズを守るというローズベル王国の国章が入っているわ。

 いやこれ、殿下がお持ちのローズベル王室御用達仕様のヤツですよね?


「お詫びの品としてこちらを受け取っていただきたい」


「え?!こんな高価なもの、いただけません!」


「何をおっしゃるのですか?貴女は特別なのに?


 ねぇ、光の聖女様?」


 ニッコリと優雅に微笑んで、そう仰る殿下。

 ちょっと、話が早くない?これカマかけてる?ナチュラルにヒロインにカマかけようとしているんですが?私の婚約者?!


「な!ち、違います!きっと殿下の思い過ごし……」


 ローズティアが驚いてそう反論するも、フィオナ殿下は涼やかに紅茶を飲む。

 ティーカップを持つ仕草が様になっているわね。スチル絵かな?


 つまり殿下は、この時点でローズティアが光の聖女だと知ってらっしゃったのか。妙な納得感があるわ。



「この国は、ブルーローズを咲かせた光の聖女が、神と五つの精霊の祝福を受けて成り立った事はご存じだろう?」


 殿下は穏やかにローズティアに語り掛ける。


「え?……はい、教会でよく司祭様が仰ってますよね」


 懐かしいわ、その設定。ゲームのプロローグで言ってたな。


「光の魔力は、光の聖女の子孫たる我がローズベル王家の特権ともいうべき力だった。


 昔はね、光の魔力の有無だけで、王位継承順位が決まっていたものだよ。

 身分の低い側室の子でも光の魔力を持っていれば、そちらを王太子、ひいては王に即位させたものさ。


 ところが近年めっきり光の魔力保有者が生まれなくなってしまってね。


 まあ……私やリオネルも、国王陛下含め、ね?」


 肩をすくめ、皮肉っぽい笑みを浮かべるフィオナ殿下。


「だからこそ、我が国では光の魔力が尊ばれる。

 それ故、光の聖女は、我々ローズベル王宮、または教会で保護しなければならない事になっているのさ。

 

 光の聖女は、この国の始祖であり、何よりも尊ばれるべきで、何人たりとも害してはいけない。例え王侯貴族、教会であろうと」


 指を組み、厳かな口調で語る殿下。その圧で背中がゾワゾワする。

 つまり、それって光の聖女たる存在に手を出す者は、今後国賊と見なすという脅しを含めてない?


 悪役令嬢がフィオナ殿下に嫌われたのって、そういう事だったの!?


「……と、表向きではそういう事になっていてね。不文律ではあるけれど。


 誰もがそう昔話を口に出すくせに、もはや誰も信じていないのさ。

 王族も貴族も、教会すらもね。


 だから、僕みたいな光の魔力無しが王太子に立てられるのさ」


 先程の様子とは打って変わって、戯けたように肩をすくませて苦笑するフィオナ殿下。

 ……その表情に、陰りを感じるのは気のせいなのだろうか?


 前世のゲーム中では感じなかったけれど、光の魔力に対しての劣等感と、嫉妬。

 ひょっとして昔、心のない誰かに言われたのかしら。それにしたって、年端のいかない子どもにそれを言うのは酷じゃないの?


「ともかく、マリー・ルイーズ嬢。今度同じ様な被害に遭ったら、ご報告を」


「いいえ!ですから殿下、畏れ多くも申し上げますが、アタシはただの一般庶民で、光の聖女なんて大層なものじゃ……」


「ああ、ウィンデール。同じものをリオネルとセルシアナエリーゼにも渡してくれ」

「かしこまりました」


 狼狽するローズティアを尻目に、粛々とウィンデール様が先程の筆記用具と教科書を私とリオの目の前に用意する。

 いやあの、私もリオも、文房具類は盗難破壊の被害に遭ってないし、間に合ってますけれども?何で?


「ええと、フィオナ王太子殿下。

 あの恐縮ですが、私は特に困っては……これはお受け取りを辞退……」

 私はやんわりと断ろうとするも。


「させないよ?」

「ひえっ」

 ヤベェですわよ。この王太子殿下、目が据わっておられますわ。


「これも一種の保険だと思って受け取って欲しい。

 ……リオネルとエリーゼが学園に入る時点で、派閥の諍いが起きる事は予期していたけれどね。

 まさかローズティア嬢まで巻き込まれるとは思いにもよらなかった。本当に申し訳ない」


「いえいえ、私は気にしてませんから!こんなの、騎士団学校よりも穏やかな方……」


「騎士団学校?教会の騎士団養成学校の事かな?」


「兄が言って……いえ、そういう噂を耳にしたものですから!」



「それで、フィオナ殿下。あの問題を起こした生徒はどうなさるのですか」

 

 リオが静かに殿下に問う。


「それが少し揉めていてね。教員側は余計な揉め事を起こしたくないと言っていてね。全く……頭が痛くなる。


 私としては、出来ればしばらくの間謹慎させ、いずれは辞め……」



「え?あの程度で?もったいない」


 思わず本心が口に出てしまって、その場の全員が真顔で私の顔をを覗き込んできたわ。


「姉上?本当に自分の立場分かってるか?この国の次期王妃候補が、王族の血を引く公爵家の深窓の令嬢が、王立学園という公の場で、貴族とは名ばかりの成り上がり商家の娘に罵倒されたんだぞ?それも婚約破棄を迫る形でだ」


「落ち着いて、リオネル」

 珍しいわ、殿下がリオを宥めるなんて。


「リオネル王子、恐れながら申し上げますが、レダ嬢の家はなかなかの資産家。王族としても、学園側としてもあまり諍いを起こして仲をこじれさせたくないのでしょう」

 ウィンデール様がリオを説き伏せる。資産家か、確かに敵に回したくないわ。裏で袖の下でも渡されてそう。


「いやでも、あの程度の嫌がらせなんて、まだ可愛い方でしょう?」

「そうですよ!あれぐらいなんともないです!」


 そう言うと、皆して真顔で、私とローズティアの顔を覗き込む。


「……姉上?マリー・ルイーズ嬢?

 まさか、アレ以上の仕打ちを受けたご経験があるとでも?どちらで?」

 凄むリオの顔。こんなのゲームでも見かけませんでしたわよ。


「あっいえ、それは無いですわ」

「はい、いいえ!無いです!」


 ええ、厳密に言うと今世ではね。前世での……親や先輩や友人達から聞いた話から総合的に判断すると、なのよね。

 職場でお世話になった先輩が、そういうのが激しかった世代だったから色々とね……。あの頃のオタクは隠れなければならなかったとか……震えるわ。


「せっかく高等な教育を受ける機会を簡単に奪うのはあまりよろしくないでしょう?

 それに彼女達だって、この学園に入るために相当努力したのではないの?


 何と言いますか、ほら!ボランティア!

 教会の奉仕活動で心を入れ替えてもらうのはいかがかしら?」


 月並みとはいえ月並みの提案をする。その心は、これ以上シナリオずらしてたまるかという意地ね。あのお嬢さん達にはまだやってもらわなければならない役割がある。

 まあ、私も世間知らずなお嬢さんといえども、民間のパブリックスクールの質がだいぶ危ういって事ぐらい聞いてますからね……。


「ふむ。教会か……その程度で人は本当に改心出来るものかな」

 殿下、痛いとこ突かないで欲しいのですが。


「……殿下。姉上もそうですが、処罰が甘いと後々侮られますよ」

 リオも何でいちいち手厳しいの。



「ああ、そういえば確か、最近教会内で魔法の使える人材を欲しがっている部署があると聞いたおぼえがありますねー」

 ウィンデール様の発言に、フィオナ殿下は頷いて。

「ああ、私も聞いたことがあるな。では、そこにお願いしようか」


 ローズティアは何かに勘づいたのか、バツの悪そうな顔をする。

「いや-、えーとあの、フィオナ王子様。

 非常に差し出がましいのですが、それは止めておいた方が。

 だってアタシの知るかぎり、魔法使える子欲しがってるのって教会騎士だ……」


「ん?何かな、ローズティア嬢」


 笑顔でヒロインに圧をかける殿下。

 これ、絶対に引かない構えだわ。


「いえなんでもないです、失礼しました」


 そう言ったものの、その後「うわーヤバい事になっちゃった……ゴメンね、レダさん達……」と小さい声で謝るヒロインがいた。


 あぁこれ、察するにレダ嬢達ヤバい所にぶっ込まれる流れかな?止めても今の殿下、聞く耳持ってくれないだろうな……。

 南無三?それともここはハレルヤ?


「そうだ。昨年末に教会騎士団の養成学校から、光の魔力を持った聖女が見つかったという報告があってだね?

 その後の報告がないのだけれど、何か知らないかい?


 ローズティア・マリー・ルイーズ嬢。

 君の家、ルイーズ家は代々騎士の家系だったね。何かご存じかな?」


 うん?ヒロインの実家?ルイーズ家?

 何で教会の孤児院設定じゃないの?騎士の家系?


「え!?何で知ってるんですか?」

「ルイーズ家は騎士爵の家系で有名だろう?」


 マリー・ルイーズ家……確かお爺様の本棚にあった古い貴族名鑑的な本に載っていたような。

 それも、うろ覚えだけれどスキャンダル方面で……。


「いえいえ、大した家ではないですし……騎士やってるのは、本家の伯父さんの家の方で。


 ウチのお父さんは末っ子だったせいで……あの、相続とか何もなかったから……。

 お恥ずかしながら実家は普通に庶民として生活していまして


 ウチのお父さんは勤め先が庶民でも入れる教会騎士団だからよく誤解されるんですよね。


 そ、それに光の聖女様のことなんて、何も聞かされてませんし」


「本当に?」


「……は、はい」


「おや、入学試験では君には特別な力があると」


「いえいえ無いです」


「特別な魔力が」


「何かの手違いですよね?ほら、セルシアナエリーゼ様の方が凄かったじゃないですか」


 ええ?何で私に話を振ってくるの、ヒロインよ。


「いえ、あの時、私は途中で倒れてしまいましたし、魔法演習の授業では貴女の足元にも及びませんわ」


「いえいえ、あのお花、皆驚いていたんですよ?

 チェリーの花によく似ているけど、それにしては色が違うとか、花のつき方が違うとか、葉っぱがないって不思議がっていたクラスメイトもいましたよ」


 いや謙遜しないでヒロインよ。

 私の事はいいから、イベントこなして。

 このシーン、もっと甘々だったはずでしょ?


 殿下もほら!ヒロインの手を取って「君には特別な力があるんだ、私に協力してくれないかい?」と、暗にヒロインが光の聖女である事をほのめかす結構重要なシーンでしょ?

 何でスルーしようとしているの?

 どうしてニコニコしているだけなの。


 もっと乙女ゲーらしく!ラブロマンスしてよ!ぐぬぬ。


 ああこれが、ヒロインが尊いとイジメられなかった、そして最推しを無理やり助けてしまった報いだというのですか、神よ!主に転生担当!

 前世の私が尊い!と愛したゲームシナリオを、名場面を、目の前から奪うというのですか?!鬼!悪魔!


 いや、まだよ!ゲームは始まったばかり!ゲームシナリオの軌道に戻すチャンスはあるはず!

 

 などと、心の中で叫びつつ、一向にイベントらしき動きが何も起こらないという非道な現実に涙がこぼれそうなのでした……ええ、血涙の方です。



 それにしてもレダ嬢達がヒロインにあそこまで敵意を剥き出しにしてくるとは思わなかったわ。

 察するに、殿下に憧れと好意を、ヒロインに嫉妬と嫌悪感を持っていたようだけど……。

 悪役令嬢の私にも噛みついてきたのは、何故なんだろうね?ゲームでは仲良さそうだったのに。


 ゲームでは悪役令嬢がヒロインへのイジメを主導していた印象だったけどな。


 ひょっとして本当は、悪役令嬢もレダ嬢達に嫌われていたのかしら。

ヒロインへのイジメに乗せられ、事態が発覚したから、首謀者として濡れ衣含めた全ての責任を悪役令嬢になすりつけた、とか…?



 ……そんな、まさか。考えすぎよね。



 そう内心では感情が荒ぶりながらも、私は平静を装いつつ紅茶をいただく。

 マカロンも口にしつつ……美味しい、美味しいのだけど。


 

 なんと申しますか、この世界においてこんなに贅沢なものをいただいているのに、非常に申し訳ないと思うけれど。


 率直に言うと前世日本人の性なのか、甘い物ばかり食べていると、しょっぱい物でバランス取りたくなるのよね。キュウリのサンドイッチじゃ物足りない。


 醤油ラーメンとか、カップ麺の蕎麦とか……特に牛丼が食べたくなってきたなって。仕事帰りによく寄ってたな、牛丼屋。何とかして食べられないかな……。

 転生ってこんなにも儘ならぬものなのかな。


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