婚約者が最推しに尋問しました。
「さて、……本題に入ろう。
リオネル、エリーゼ。あの事件の犯人の顔、覚えているか?」
改まって真剣な表情になるフィオナ殿下。
犯人……リオネル様の影は見たけれど、あれは犯人ではないわよね?それでリオが助かったのだし。
「私は見てませんわ」
「リオネル、君は?」
「俺……いや僕は……」
リオが口を開こうとした瞬間。
「しっ……静かに」
そう言って、辺りを慎重に見回す殿下。
すると木陰から炎がこちらに目掛けて迫りくる。
すかさずフィオナ殿下が唱える。
「アイシクルランス!」
お見事。フィオナ殿下お得意の氷の魔法で上手く相殺した。
「屋敷まで走って!」
そう言って、フィオナ殿下は私の手を取り、走り出した。リオはその後に続いて走る。
「ウインドカッター!」
敵の詠唱の声に後ろを見てしまう。
すると、つい先程までいた場所が風の刃で切り刻まれていた。
ひえぇ、フィオナ殿下が気づいていなかったら、どうなっていたことか。
「――!」
かすかだが、私たちの死角から魔法を唱える声。
そちらを向くと目前まで炎が迫っていた。
え?何で今まで気が付かなったの?もしかしてフェイントかけられた?
今からカウンター魔法を唱えても間に合わない。
直撃を喰らう!?と身構えた矢先。
「ダークバインド」
リオの静かな声と共に闇魔法が発動した。
ゆらりと暗黒の何かが現れ、瞬時に魔法の炎を拘束し絞め潰した。
「リオネル。助かったけれど、闇魔法は……!」
「今はそんな事言っている場合じゃないでしょう……?」
走りながらも敵に察知されないよう小声で話す。
屋敷の方から黒装束を着た数人が走ってきた。殿下付きの隠密かしら?忍者みたいね。
フィオナ殿下がすれ違いざまに声をかける。
「任せたよ」
「御意」
そう言って隠密は私たちに襲い掛かってきた連中の方へと走り去っていった。
いや、あの声、ペールグリーンの髪はもしかして……。
何とか、屋敷の裏手にある野菜やハーブを栽培しているバックヤードに逃げ込めた。
「ここまでくれば大丈夫だろう」
お父様曰く、この屋敷は湖の精霊の加護を受けているから、外部からの魔法を防いでくれるのだそう。助かった。
「一体あれは何ですの?」
「追手だ。ドルシュキーからのね」
「追手?どういう事ですの?確か殿下のお母様はドルシュキーの……」
「母上には秘密で君たちに会いに来たからね。
後を付けていた者が強硬手段に出たんだと思うよ」
「強硬手段?」
「私は秘密裏にドルシュキーから外れ、敵対関係にあるスターリングシルバー派に接近しているだからね。国王陛下もだよ。
ああ、これは口外しないでね?もし言ってしまったら、私も君たちも危険が及ぶかも」
殿下は力なく肩を落として、乾いた笑みを浮かべる。
「……あの事件で目が覚めたんだ。
母上もドルシュキーの爺様も、私の事など便利な手駒の一つぐらいにしか思ってないと。
血族でもないリオネルの事なんて目障りな虫けらぐらいにしか考えていないとね。
実際に、スターリングシルバーと少し接近して、君たちの様子を伺っただけでこれだ」
悲しい事に、昔の王侯貴族社会だとよくある話ではあるのよね。保身とか家の体面とか権威の為に、子供が犠牲にって。
この頃のゲームでのフィオナ殿下は明確な描写はなかったけれど、王妃ヴェロニカ様の支配下にあったはずよね。なのに、どうしてこんな事になっているの。王都で何があったの?そこまでする必要ある?……これも私が動いたせいなのかしら。
「さて、リオネル。あの日、お前は王宮には呼ばれずに、王都の外れにあるイスバファン離宮にいたはずだよね?」
「はい」
「襲撃の際、異国の言葉や方言は聞こえたか?何か尋問された?」
「……いいえ」
「『預言』や、聖女の事を聞かれなかった?」
リオは押し黙る。少ししてから。
「……いえ」
うん?リオにしては歯切れの悪い返答ね?
「魔法院の調べによると、イスバファン離宮から闇の魔力が検出された。敵に闇魔法の使い手はいたのか?」
「おそらくですが、使い手はいないかと」
そういわれた瞬間、フィオナ殿下は息を飲んだ。
「それとも、リオネル。敵を返り討ちにするために、離宮で闇の魔法を使ったか?」
「……はい」
静かな肯定。
フィオナ殿下は空を仰いでため息をつく。
この光景、前にも見たわ。以前私がリオネル様の進退を預言として警告した時ね。
きっと、殿下が聞きたくなかった言葉なのかしら。
「やはりか……犯人の一人が発狂して死んだわけだ。
おかげで事情聴取もロクに出来なかったよ」
……え?何?発狂?いまそう言ったの?
「申し訳ありません、殿下」
気まずそうに謝るリオ。
「どういう事ですの?」
「どういう事って……エリーゼ、闇魔法とは人を贄として呪い、殺す、狂わせる。
術式に失敗すれば術者に跳ね返ってくる、諸刃の剣だ。
そういう性質のものだろう?」
……うん!?何だか前世の私の認識と違うぞ?
ミステリアスローズにおける闇魔法って禁忌扱い。
実際は真っ黒なダークマター的な何かが敵全体を強火力でボッコボコにしたり、時折、状態異常攻撃やデバフもしていく程度の認識だったんだけど?
そんなヤバげな呪術的なものだったの?
そんな説明、ゲームにもノベライズにも設定資料集にもなかったんだけれど、読み込み不足かな?それとも隠し設定かな?いや、現実に落とし込むとそういう事になるのかも?考察班助けて……!
「殿下、姉上にはまだそこまでは」
「うそ、まだ教えてなかったのか……。
すまない、もうお前の口から聞かされているものだとばかり思っていたよ。
それはそうと、あの時、どんな術を使ったのか覚えているか?」
「……申し訳ありません、殿下。あの日の事はあまり覚えていないのです。
確かに僕はイスバファン離宮にいたはずなのに……」
「まさか、魔力の過剰使用による記憶障害か?
闇魔法には多いと聞いているが……どんなことでもいい、何か思い出せないか?」
そう言って、フィオナ殿下はリオに詰め寄るも。
「……痛!頭割れる……!」
「リオネル?!」
リオは頭を抱えて、その場にうずくまる。
「リオ、大丈夫?少し横になる?」
「……薬飲めば大丈夫」
「いつから痛くなったの?今さっき?」
「……魔法使ってから。酷くなったのは……今」
「こういう事は初めて?」
「……いえ、闇魔法を使うと、あの日の事を思い出そうとすると……」
「殿下。憶測ですが、リオはあの事件の精神的なショックが大きすぎた為に、記憶を失ったのではないのでしょうか?無理に思い出させるのは酷かと……」
「そんな事もあるのか……ごめん。リオネル、無理に思い出さなくていいからね?」
「……お心遣い、傷み入ります」
リオはそう言って、発作を抑える薬と、ついでにスペアミントを摘んで口の中に放り込んだ。リオ曰く、ミントは気付けの代わりらしい。
「王都ブルーシャトーは落ち着いてきてはいるけれど、必ずしも安全とは言い切れない。
いくら王立の学園とは言え、通うのは国内の王侯貴族の子息子女。社交界の縮図だ。
きっと君達にも危険が及ぶかも知れない」
そう言って静かに私の前にかしずき、私の手にキスをするフィオナ殿下。
まるで、騎士物語の姫君とそれを守る騎士のようだわ。
「リオネル。セルシアナエリーゼ。
君達のことは私が命をかけても守るよ」
フィオナ殿下の真摯な言葉、真剣な眼差し。思わず胸が高鳴ってしまう。
……ちょろインかな?私は。
いやいや、フィオナ殿下だって一応前世の推しの一人よ?
それにゲームの悪役令嬢セルシアナエリーゼは、小さな頃からフィオナ殿下を恋慕っていたんだものね。元々そういう設定なのだから。
とはいえ、恋に恋する乙女が暴走している印象だったわね。
「……お心遣い感謝します。兄上」
体調が芳しくないながらも、即座に返答するリオ。
私と言えば、胸が詰まり、口を開こうにもなかなか良い返事が出てこない。
……命をかけて守る、か。
それは、貴方に恋をしていたゲームでの悪役令嬢セルシアナエリーゼが欲しくてたまらなかった台詞よね。
悪役令嬢が欲しくてなりふり構わずに手を伸ばして、でも決して手に入らなかったフィオナ殿下。必死にアプローチすればするほど、軽くあしらわれ、疎んじられていく。
それどころか、貴方が庶民のヒロインと恋に落ちて、夢中になってしまうのを間近で見てしまって、どんどん見向きもされなくなって。嫉妬に駆られて歪んでしまい、ヒロインに嫌がらせ行為をした挙句、破滅の道へ進んでしまった。
前世の私は、そんな悪役令嬢を自業自得と断じた半面、少し気の毒に思ったのよね。
仮にも婚約者、それも世間知らずの年端のいかない深窓のご令嬢よ?
普通あそこまで嫌がる?王族やお貴族って社交界の評判や関係を考慮して、あまり感情的になってはいけないと思うのだけれど。
これはゲームのお話、キャラクターなのだから、舞台装置や配役にしか過ぎないのだからと、前世ではスルーしていた。今世もそうやって無難にやり過ごそうと思っていた。
でも、現実として直面するとなると辛い。きつい。
ねえ、フィオナ殿下。
悪役令嬢があんなにも欲しかったセリフ、貴方の眼差しを。
そして、貴方の誓いのキスを。
ゲーム本編の貴方を恋い慕った悪役令嬢にではなく、前世を思い出してこの先の行く末を知ってしまった今の私に言うの?与えてしまうの?
悪役令嬢役であるはずの私がリオネル様を助ける、というゲームシナリオでは起こり得ない行動を取ってしまったのだから、それに伴って物事や交友が変わるのは、ある程度は仕方ないと思っていた。事態が動くのも、悪化するのも承知の上。
その誤差すらゲームの強制力に収束される事も覚悟している。
……それでもゲームの悪役令嬢の私には、酷よね。
そこまで考えてゾッとする。
何を考えているんだろう、私。前世ではあんなに大好きだったじゃない。今も好きなのに。何で、こんな事を。
それとも何か、フィオナ殿下が悪役令嬢を嫌うような裏設定でもあったとか?それとも今の流れも、隠された裏シナリオの一つだったりするのだろうか。
「あ……ありがとうございます。とても心強いですわ」
ようやく声にできた、差しさわりのない返答。
この言葉も、近い将来には嘘になる事を今の私は知っている。
この瞳も、セリフも、真摯な態度も、全てもうすぐ現れるヒロインのものになるのよ。私の元から離れてしまう。そういうゲームの筋書きだから。
そう思うと、なんだか胸が痛い。
それに、あの台詞はリオを助けたからこそ引き出せたのよね。
内心では相当やらかしたと思っていたよね。だけれども、結果としてフィオナ殿下の関心を得るという意味では最適解だったのかな。……嫌だな、そんなギミック。
それでも私は、貴方に選ばれるヒロインじゃない。
結局のところ親の言いつけで決められた婚約者であって、恋愛感情なんて期待しちゃ駄目なんだわ。
こんな事、あのパーティーで記憶を取り戻した時から覚悟していたはずなのにな……何で感傷的に、こんなに泣きたくなるんだろう。
「ですが、ひょっとしたら、近い将来に運命の人と……本当に愛しいと思える大切な方と出会えるかもしれないですよ?
その台詞はそういった方に取っておいた方が誠実ですわよ?」
……ねえ、殿下。近い将来、毛嫌いする私にそんなに肩入れしないで。期待してしまうから。
そのセリフは、貴方の最愛の人になるヒロインに取っておいてよ。きっと嘘になるから。
そう、やんわり遠回しに言ったつもりだけど、伝わっているかしら。
気丈に振る舞っているはずだけれど、私は本当にちゃんと笑えているかしら。
「……それは『預言』?いや、悪い冗談だよね?」
「ふふ。どうでしょうね?」
今世の私にとって、リオと殿下は大切な幼馴染み。ともするとそれ以上の存在になっていたのかもしれない。
でもきっと、この二人も、ヒロインと出会えば、私から離れていってしまうのでしょうね。
その時、私は怒るのだろうか。嫉妬に狂うのだろうか。
それともゲームのストーリー展開なのだからと、素直に諦めて、引き下がれるだろうか。出来ればそうしてあげたい所だけれども。
いつか、ヒロインに二人を取られて、殿下と婚約破棄をして公爵家を出て。平民として、またはシスターとして慎ましく生きるにしても、辛い事や悲しい事もあるだろう。
きっといつかこの思い出が心の支えになる日が来るのかもしれない。
遠くから爆発音が聞こえた。あれは追手のものだろうか。
屋敷に光が灯され始めた。どうやらようやく事態に気が付いた様ね。
執事のヨハンが慌てて走って来る。ゼス医師とアニータも一緒だわ。お父様とお母様はメアリーが何とか屋敷に押しとどめているみたいね。
皆が来る前に、これだけは伝えておかないと。
「殿下。その時はすぐにでも婚約破棄に応じますから、ちゃんとご相談下さいね?」