第六話8 召喚術師・シャルム
目の前には、大量のゴブリン。その隙間を縫うように、ヘルハウンドが駆け回っては炎を撒き散らしていく。
倒せども倒せどもキリの無い魔物の群れ。剣で切り裂き、弓で射殺し、魔法で吹き飛ばして尚、後から後から湧いてくる。
「召喚術師……っつっても、この物量はおかしいだろ! どんな魔力してやがる!」
「真っ当な魔術師をやっていれば、この世界の頂点に立てそうだな。何故召喚術師などに身を落としたか知らんが」
バルトとエドモンドが、吐き捨てるように愚痴をこぼす。最前線で戦う二人のプレッシャーは相当なものだろう。
二人はなんとか大元――召喚術師への接近を試みてはいるが、それは大量の魔物に阻まれて叶わない。
さらに――
「『エクスプロード・フレイム』!」
エレナが、中級魔法を放つ。
先程から敵の勢いに圧され、レンは護衛の役割を果たしきれていない。時折エレナに飛び掛かる魔物が出てきている。だから、中級以上の魔法の詠唱は不可能だった。
もっとも、エレナは身のこなしもそれなりなので、ゴブリン程度なら攻撃を凌げるのが不幸中の幸いだ。
そしてエレナの放った魔法は、過たず、召喚術師・シャルムの居る場所で炸裂した。
「やったか!?」
(それはフラグだ!)
バルトの発言に、レンは心の中でツッコむ。
「ふふ、術師を叩く――良い判断だ。まあ、やはり無意味だけどね」
(だから言ったのに……)
実際に口に出してはいない、ということは棚に上げて、レンは心の中でそう文句をこぼす。
シャルムは、爆風を受けてもピンピンしていた。
いや、レンはその瞬間を見ていた。
「バリア……」
「ご名答。中級魔法程度なら、全てこのバリアで防げるんだ。残念だったね」
爆発の瞬間、薄い光の壁のような物が見えた。爆風はシャルムに届かず、そこで止まってしまっていたのだ。
「なら、上級魔法以上をぶち込んでやれば解決だ」
「その時間が無いんですけどね!」
ニヤリと笑うエレナに、レンはやけっぱちに叫んだ。
こんなやり取りをしている現在も、大量の魔物との戦闘は続いているのだ。
感覚的に言えば、戦況は最悪ではない。敵の強さを鑑みれば、守りに徹している限り負けることは無いだろう。
しかし、向こうの手が緩む気配が一向に無いのが問題だ。このままでは、エレナの魔力が尽きるか、それともレンたちの体力が尽きるか。要するにジリ貧だ。
(やっぱり、アイツを叩かないと――!)
発生源であるシャルムさえ倒せば。だが、魔法による遠距離攻撃が通じないのは検証済み。さらに言えば、初手で弓矢による狙撃も防がれている。
残された手は――
「レン、バルトを突っ込ませるぞ。お前の魔眼の力の見せ所だ」
「……はい!」
近寄ってきて囁いたエドモンドと、レンの結論は一緒だった。
あれだけ遠距離攻撃対策を取っているのだ。近寄らせないために大量の魔物を召喚し続けていると考えれば、逆に近付けば勝算は高い。
「バルト、援護する! 行け!」
「おうよ!」
レンを中心に、エドモンドとエレナで固まる。バルトは脚に力を溜める。
そしてレンは――
「『見針の魔眼』!」
魔眼を発動し、戦場を見渡した。
最初に見極める一点は――
(一番、突破しやすい一点……!)
「そこです!」
レンの指先を見たバルトは、弾丸のようなスピードで飛び出した。
そこからのレンの仕事は、ひたすらに指示を飛ばすことだ。
「エドさん、あっち! エレナさんはそこ!」
次々に指を差し、『バルトの助けになる一点』を次々に見極める。
そこへ、エドモンドの矢が、エレナの魔法が飛んでいく。エレナは多少狙いが雑だが、攻撃範囲が広いからカバーできている。
しかし、敵もやられっぱなしではない。こちらの狙いに気が付いたのか、戦力をバルトに集中させ始めた。
エレナへの対策として、最低限のゴブリンはこちらに割いている。しかし、ヘルハウンドが全てバルトへと向かっていた。
そして、四匹のヘルハウンドがその口に炎を溜めこむ。
燃え滾る炎で、バルトの身を焼き尽くさんとしている。
「レン、タイミング!」
「はい!」
バルトはゴブリンを乱雑に薙ぎ払うと、その場で跳躍の姿勢を取る。
短い指示にレンはその意図を理解し、魔眼でヘルハウンドたちの挙動を『見る』。
「…………今です!」
『飛んで躱すタイミング』。それを見極めたレンは、バルトに向かって叫んだ。
多少の時間差を持って、四方向から放たれた火炎の奔流。その最後の一筋が消えるまで、バルトは空中でそれをやり過ごした。
「らあっ!」
着地の勢いを利用し、バルトは手近なゴブリンに斧を叩きつける。
真っ二つになったゴブリンの半身を蹴り飛ばして他のゴブリンにぶつけると、もう片方を引っ掴んで逆方向からの攻撃をそれで受ける。
そして、その『盾』ごと攻撃してきたゴブリンを叩き斬った。
そこからも、ゴブリンの群れを掻き分け、ヘルハウンドの炎を躱しながら、バルトはシャルムに向かって突き進む。
「これで……終いだ!」
そして、遂に。
ゴブリンの群れを抜け、最後に立ちふさがったヘルハウンドを叩き潰すように片付ける。
今、バルトとシャルムを隔てるものは、たった数歩の距離のみだった。
「……! バルトさん!」
しかし、そこでレンは警告の色を帯びた声を上げた。
「その場で斧を振り下ろして!」
咄嗟の指示だったが、バルトはそれに反射的に従ってくれた。
もちろん、そんなことをしてもシャルムには届かない。届かないが――
「ギャゥッ」
バルトの喉笛に噛みつかんとしていた、ヘルハウンドには届いた。
『次に攻撃すべき一点』を見極めようとしていたレンは、空中にそれが出ているのを目撃したのだ。
それは、シャルムがそこへ不意打ちに喚び出したヘルハウンドを倒す一撃となった。
ヘルハウンドは一撃で地面の染みとなり、バルトを邪魔するものはもう何も無い。
『次に攻撃すべき一点』は、もう指示など出さずとも定まっていた。
人体の急所。バルトの斧で攻撃すべき、その一点は――
「あばよ」
バルトの動きに、シャルムが追い付けるはずもなかった。直前で召喚までしたということは、奴の身体能力は底が知れている。
――振り抜かれたバルトの斧が、シャルムの首を捉えた。
横薙ぎの勢いに倒れる体。真上に飛び上がる頭。
気味の悪い笑みを貼り付けたまま、シャルムの頭はゴトリと音を立て、体の傍に落下した。
「……やっ……た」
レンは、思わず呟く。
念のため、『シャルムの息の根を止める一点』を魔眼で確認したが、何も見えない。
間違いなく、シャルムは死んだのだろう。
「レン、気を抜くな! コイツらを片付けるまで終わらんぞ」
「は、はい!」
しかしエドモンドの言うとおり、まだ終わってはいない。残されたこの大群だけでも、十分に厄介だ。
それでも、バルトもこちらに加わり、追加の敵が現れないのであれば。
「ふう……ようやく、終いか……」
「ああ、そうだな。まったく、苦労させられた」
この程度の状況、今のレンたちに切り抜けられないはずがなかった。
「『エクスプロード・フレイム』!」
最後の一体に、オーバーキル気味にエレナの魔法が炸裂した。これで、本当にようやく、クエストは終了――
「……おい、何の冗談だ……!?」
して、いない。
目の前には、信じられない光景が広がっていた。
「どういうことだ。レン、確かにアイツは死んだんだよな?」
「その、はずです。息の根を止める一点は……っ!?」
エドモンドの質問に答えるレンの声が、そこで止まる。
辺りを満たすのは、夥しい数の魔方陣。
だがそんな物よりも、もっと凄まじいものが全員の視線を集めた。
倒れていた、シャルムの体。
それがおもむろに起き上がり――頭が、首から出た何かに吊り上げられている。
それはゆっくり、しかし確実に縮んでいくと、頭をあるべき位置へと丁寧に設置した。
やがて粘着質で不快な音が聞こえたかと思うと、シャルムは首を動かしたのだ。
斬り落とされたはずの頭は、首にしっかりと繋がっていた。
(もしかして、コイツ――)
「とっくの昔に、人間を辞めていたんだ……!」
目の前で繰り広げられた趣味の悪いパフォーマンスに、レンはそう結論を出した。
つまり――息の根を止める手段がない。そもそも息をしていない可能性すらある。
「失礼だな君は。これでもれっきとした人間だとも。もっとも、少し特殊な体質なのは認めるがね」
シャルムの言葉と共に、召喚は完了した。
レンたちとシャルムの間には、再び魔物の大群がひしめき合う。
そして、シャルムは近くのゴブリンに手を伸ばした。
「僕は魔物を取り込むことができる。その能力を使用したり、体の一部にしたりね」
言いつつ、ゴブリンは吸い込まれるようにしてシャルムの手の中へ消えた。
そして次の瞬間、なんとシャルムの肩からゴブリンの腕が突き出した。
「化物め……!」
「人間だと言っているだろう? それとも、化物退治がお望みなら……」
エドモンドの吐き捨てた言葉に、シャルムはどこか悲しそうな声で答える。
しかし、すぐにその声音は掻き消えて、シャルムの目には殺意に満ちた光が宿っていて。
「それもいいだろう。面白いものを、見せてあげるよ」
そして、酷く冷たい声で、そう言い放つのだった。




