第六話7 勝利の後で
無事に二体のゴーレムを討伐したレンたちは、各々に安堵の色を浮かべていた。
終わってみれば早かったが、かなり綱渡りの勝負だったことは言うまでもない。たった一度のチャンスをものにできたのは、レンの魔眼のお蔭だった。
「だが、まだ終わってないからな。ほとんどゴブリンとは言え、残りの敵を殲滅しなければ」
全員の緩んだ気を締め直すように、エドモンドがそう言った。
今回のクエストは、というか戦争系のクエストの達成条件は、いつも『敵を殲滅せよ』だ。
ボスを倒しても、モブまで全滅させないとクリアとはならない。面倒な話である。
今は、さっきまでゴーレムが居たせいで周辺に敵は居ない。より正確に言えば、既にぺしゃんこになったゴブリンたちしか居ない。
しかし、遠くの方ではまだ戦いが続いている。
「ま、言ってもエレナの魔法がありゃすぐ片は付く。さっさと終わらせちまおう」
「ああ。今回はまだまだ魔力が有り余っている」
バルトの言に、エレナはニヤリと頬を歪める。今回も魔法の出番が少なかったので、さぞ鬱憤が溜まっていることだろう。
(これは、任せるのが吉だな……)
「おいおい、気を抜くなよ。まだオーガだって残っているんだ、油断していると……」
そんな三人の様子を見て、エドモンドが苦言を呈した――その時だ。
「な――!?」
バチリ、と不吉な音が立て続けに鳴り響き、エドモンドは剣呑な声を上げて振り返る。同時、レンたちもその正体を目撃した。
「召喚陣!?」
「小さい、けど……」
「んだ、この出鱈目な数は!?」
レンたちから少し離れたところに、直径二メートルほどの召喚陣が五つ。その他、一メートルに満たない魔方陣が数えきれないほど。
それらはバチバチと音と光を撒き散らし、まさに新しい敵を生み出さんとしていた。
「来るぞ!」
一際大きな音と閃光の後、姿を現したのは大量のゴブリンだった。
さらに――
「ヘルハウンドかよ!」
二メートルの魔方陣から出てきたのは、体に禍々しい炎を灯す巨犬――ヘルハウンドだ。
接近戦ではオーガの方が勝るものの、火を吐くという単純明快な遠距離攻撃を持っている。
それが五匹。この状況ではオーガよりも厄介と言わざるを得ない。
「大気に宿りし火の精霊よ。我にしばし力を貸したまえ!」
大量の敵を目にした途端、エレナは詠唱を始めていた。その判断は正解だ。
「グルル……」
ヘルハウンドが居なければ。
奴らは、特に魔力に敏感なのだ。鈍い黄色の光を放つ目が、一斉にエレナに向けられた。
五匹が、一斉に息を吸い込む。
「レン!」
「はい!」
エドモンドの指示を待たず、レンはエレナの前に飛び出していた。そして剣ではなく、団扇を取り出して大上段に構える。
「ガァッ!」
「ふんっ!」
吐き出された猛火を、レンの突風が正面から迎え撃つ。
ぶつかり合った場所を中心に、熱波が広がり火の粉が舞い散る。
「まだだ! 直接来るぞ!」
エドモンドが警告を発する。そのとおり、ヘルハウンドは既にこちらに向かって走り出していた。
「うらぁっ!」
バルトが近付きざま、あっさりと一匹の首を落とす。残りは四匹。
四匹はそこで散り散りになり、標的を分散した。バルトに二匹、エドモンドに一匹、エレナとレンに一匹。獣のくせに、的確な戦力配置である。
レンは飛び掛かってきた一匹に対し、団扇をしまって剣を抜いた。振り下ろされた爪を、構えた剣で受け止める。
そのまま地面に降り立つと、ヘルハウンドはぷくっと口を膨らませる。火を吐き出す予備動作だ。
(ヤバい!)
レンは、咄嗟に魔眼を発動する。
防御――団扇を取り出す暇はない。回避――後ろにはエレナが居る。
(なら!)
やられる前に、やれ!
レンは剣を最速で振り下ろす。
ヘルハウンドはそれに気が付き回避行動を取る。が、その突き出た口先をレンの剣が裂いた。
蓄えられていた炎は形を成さず、その隙間から零れ落ちた。
「ゥ……!」
口が裂けたせいで上手く吠えられないヘルハウンドを見据え、レンはさらに魔眼を操る。
「仕留める――一点!」
ヘルハウンドは身を低くして、ジグザグに走り回ってレンに迫る。その素早い動きに、今までのレンだったら翻弄されていただろう。しかし、
「――見えた!」
力は要らない。必要なのは正確さ。
レンはまるで握手でもするかのように、自然に剣を持った手を差し出した。
「ギ……」
その剣は吸い込まれるように、否、その剣に吸い込まれるように、ヘルハウンドは頭部から刃に突っ込んだ。
断末魔にすらならない声を漏らし、ヘルハウンドは絶命した。
「よし……!」
レンはふうっと息を吐き出す。魔眼を使うにはかなりの集中力が要るのだ。
「ギィッ!」
「ガァッ!」
しかし、まだまだ終わりではない。大量のゴブリン、その先頭集団がレンたちに迫っていた。
「砂塵に落ちる紅の礫。業火に舞う灰塵の翼。紅蓮の腕にてその身を抱き、砂の底より虚声を上げよ!」
同時、エレナの詠唱が最後の一節を迎える。
死にもの狂いで駆け寄るゴブリンの一団を、レンの団扇が吹き飛ばした。
「解き放て! 『エクスプロード・ギガ・フレイム』!」
エレナの爆裂魔法が、広大な範囲を蹂躙する。
近くの敵は残ってしまったが、後続の集団はあらかた吹き飛ばせたようだ。
「おいエド、どういうことだ」
と、丁度バルトたちもヘルハウンドたちを片付けたらしい。ゴブリンを適当に屠りながらレンたちの元へ駆け寄り、愚痴るようにそう吐き捨てる。
「さっぱり分からん。一体何が――」
エドモンドの答える声が、そこで途切れた。
無理もない。
「……どうなってんだよ、こいつは」
「ふん、私はまだまだ行けるぞ。ぶちかまし甲斐があるというものだ」
「いや、言ってる場合ですか……」
再び辺りに光が満ち、新たな敵陣が召喚されたのだ。
先程と全く変わらないラインナップが、余計にこちらの気勢を削ぐ。エレナだけは元気そうだが。
しかし、やるしかない。コイツらを倒さなければ、クエストは終わらないのだ。
レンがそう思った矢先――
「――ふむ、異界人か。随分と強化されていると見える」
聞き覚えのない、人間の声が響いた。
「なんだテメェ!」
バルトが声の方に向かって叫ぶ。
しかし、エドモンドは過激だった。声を追うように、そちらに向けて問答無用で矢を放ったのだ。
「良い判断だ。この状況で質問など無意味、それはそうだ。だが――その攻撃も無意味だったね」
声の主は、その矢をさらりと防いで見せた。
――近くのゴブリンを引っ掴み、それを盾とすることで。
ゴブリンは頭に矢が突き刺さり、あっさりと絶命する。
「でも、質問には答えてあげよう。どちらでもいいことだからね」
ゴブリンの死体を無造作に投げ捨てながら、ソイツはそう言った。
真っ白な長髪が、何よりもまず目を惹く。肌は色白というより蒼白で、こけた頬、落ち窪んだ目と相まって病的な印象を与える。
しかしその目だけは、気味の悪い紫色に爛々と輝いていた。
「私の名はシャルム。見てのとおりの冴えない男で――」
名乗りを上げながら、彼――シャルムは両手を広げる。
黒いローブから骨ばった白い腕が覗く。その右手には、先端に小さな赤い宝石の付いた棒を持っている。魔導師の杖というより、老人のステッキに見える。
それをレンたちに向けると、彼は不敵に笑った。
「召喚術師、さ」
紡がれた言葉を合図に、ゴブリンたちが進軍を開始する。
赤い宝石が、血よりも紅く光を放った。




