第五話10 餌
すみません、若干投稿が遅れました。
ネルの『獣化』によってクエストをクリアした後、帰還した五人を待っていたのは怒り狂ったハイジだった。
危うくコンティニューになりかけたものだから、ハイジのキレポイントは溜まりに溜まっていた。
加えて、当時のハイジのお気に入りはネルだったので、彼女がボロボロにされたことが更なるキレポイントだ。二つ合わせて余裕でオーバーゲージである。
「まったく。白魔導師のネルに前衛をやらせる時点でおかしいでしょ。そんであの子に頼り切りだから、こんなことになるのよ」
とはハイジの吐いた文句だが、この言に限っては正論でしかない。
もっとも、適切なメンバーを配置しなかったハイジにも責任はあるのだが、それは神棚の上に放り投げられていた。
そして、そのことに自責の念を覚えるようなハイジではない。
その怒りは具体的な行動へと昇華され、ネルとエドモンド以外のメンバーへと振り下ろされた。
――三人とも、強化合成の『餌』にされてしまったのだ。
「私のせいだ……私が、もっとしっかりしてれば……」
「馬鹿も休み休み言え。お前が居なければ、あっさり全滅だ。今頃俺も餌になっていた」
ネルは、酷く自分を責めた。エドモンドが慰めの言葉を掛けても、首を横に振るばかりだ。
「だって……私、我を失って……一歩間違えば、エドさんも殺して……っ」
「クエストで死ぬくらい、どうということはない。お前の力は必要だった。それをまず認めろ」
「でも……」
ひたすら首を横に振るネルは、まるで駄々っ子の様だった。
「私……これから、どうすれば……」
益体も無い問いを零すネルに、エドモンドはため息を一つ置いて語りかける。
「……どうしても自分が許せないなら、これから同じ失敗をしないようにすればいい」
そうして、エドモンドと二人、ネルは誓いを立てた。
一つ、白魔導師としての役割に専念し、前衛には立たない。
二つ、仲間と一定の距離を置く。
三つ、『獣化』をコントロールするための対策を考える。
一つ目は言わずもがな。今回の敗因は、明らかにネルが前線に居たことだ。そも、前衛と白魔導師は本来、同居不可能な二役だ。
ネルの特性を活かすなら、護衛の必要がないヒーラーとして後衛に徹するのが最良だ。
二つ目は、どちらかと言うと他のメンバーの問題点だった。
彼らは、エドモンドも含め、全員ネルに頼り過ぎていた。ネルもそれを当たり前のように受け入れていて、言ってしまえば『おんぶにだっこ』だったのだ。
だから今後はそうならないように、ネルの方からも距離を置くと決めた。
そして三つ目。
それでも、『獣化』はいざという時に切らなければならないカードだ。出し惜しみして負けましたでは、悔やんでも悔やみきれない。
そのために用意しておくのは三つ。
一つ目は、『安全装置』の用意。これは既に『マタ・タビ』でクリアしているが、アマニク産のため数に限りがあった。それをエドモンドが量産できるようにした。
二つ目は、『引き金』の設定。『獣化』の発動は自身の怒りの感情によって行われるが、それだとコントロールが非常に難しいのだ。
そこで明確なトリガーを作ることで、意図的に一定の怒りの感情を呼び起こそう、という考えだ。
三つ目は、二つ目と重なる部分もあるが、怒りのコントロールだ。
『獣化』の原動力は怒りだ。多くの怒りを抱えた状態では、暴走もそれだけエスカレートする。
だから、普段から怒りを溜めすぎないように、適度に発散することにしたのだ。
そうして、最終的に導き出した結論が――
****************
「仲間に対して定期的にキレる――か。まったく、難儀なものだな」
「仕方がないのです。それが一番効率的だったんですにゃ」
キレポイントの分からない、そしてキレると恐ろしい奴。
そのポジションに立つことで、適度に怒りを吐き出しつつ、仲間から自然と距離を置いてもらえる。
一つのキャラ付けで、二つの目的を達成できる。我ながら名案だったとネルは思っている。
「その妙な敬語も、距離を置くためだろう?」
「ですにゃ。後はギャップを狙って? ほら、普段大人しい人ほど、キレると怖いって言いますにゃ」
「安心しろ、そんなことしなくても十分怖い」
「にゃはは、それは良い事ですにゃ!」
あっけらかんと笑うネルを見て、エドモンドは何とも言えない表情でため息を零す。
「嫌われ役もいいところだろうに……まあ、お前がそれでいいなら構わないが」
「大丈夫ですにゃ。もう慣れちゃったのです。それに――」
それは嘘ではない。寂しいと思わないではないが、それで安全が得られるのであれば些細な問題だ。
「――これで私もけっこう、楽しんでますにゃ」
それも嘘ではない。罵詈雑言を吐くのが楽しいという自分のSっ気には、後から気が付いた。
そして――もう二度と、自分のせいで誰かが餌になるなんてごめんだ。
それを思えば、他の何もかもがどうでもいいことだ。
「――まあ、お前がそれでいいなら構わないが」
エドモンドは、ふっと笑ってそう繰り返した。
****************
部屋に戻ったレンは、一人ため息を吐いてた。
(今回、俺は本当に役立たずだった……)
クエストの最初から足を引っ張り続け、そのまま最後まで大活躍はなし。
クエストをクリアできたのは、他のメンバーのお蔭だ。今までもそうだったが、今回は特に足手まといだった自覚が強い。
そもそも、テラリアから来たレンが役に立つということ自体、普通はあり得ないのだ。今までは偶然が重なって何となく役に立ったように見えていたが、別にレンが居なくてもクリアできていたのでは、と思う。
今回の、数々の失態。このままでは、いよいよハイジに見放されてもおかしくなない――。
(今の俺に、できることは――)
レンは必死に考える。
自分にできることは何か。自分がこれからどうしたらいいか。
パーティーに貢献し、信頼を勝ち取り、『餌』から逃れる、その方法は――
「――筋トレだな!」
腕立て伏せを始めたレンを、諌める者は誰も居ない。
****************
物珍しい光景を見た。
「――ハイジ様。どうされたのですか」
「ん、何が?」
声を掛けたガブリエルに見向きもせず、声だけでハイジは返事を寄越す。
その視線は、彼女が両手で持つ端末――『世界コンソール』に、じっと注がれていた。
マイルームに居るとき、ハイジは基本的にベッドの上だ。そしてだらけている。一日のうち、縦になっている時間より横になっている時間の方が長いのではないかと思われるほどだ。
そんなハイジが、正座で『世界コンソール』をじっと睨みつけて、何やら難しい顔をしているのだ。それはとても珍しい光景である。
しかし、ガブリエルはその姿を見たことがあった。
「ハイジ様、もしかして……」
「ん、まあそろそろねー……」
彼女が、真剣に悩むとき。それは――
「いい加減ボックスの容量も埋まってきたし。ここらで一回、整理しとかないとね」
「それは――」
そう、ボックスの整理。
レンたちを始め、異界人たちがクエストをクリアすると、ハイジは大神石を手に入れる。
実はハイジ、つい最近、溜まった大神石をまたもや召喚に突っ込んだのだ。本当に懲りない駄女神である。
そして、それが意味するところは一つ。
「さーて、誰を『餌』にしよっかなー」
「いい加減やめてくださいよ……」
エドモンドの謹言も空しく、ハイジは『世界コンソール』をスクロールする。
――強化合成。異界人を、他の異界人に食わせる鬼畜の所業。
その魔の手が、ボックスに忍び寄ろうとしていた。
第五話終了です。ここまでお付き合いいただきありがとうございます。感想いただけたら嬉しいです。
さて、申し訳ありませんが例の如くお休みをいただきます。
次話投稿は再来週のつもりですが、もしかすると更に一週延ばす可能性もあります。詳細は活動報告にて。
今後ともよろしくお願いします。




