第1話:昏き精霊の樹海と最強の博物学者
はじめまして! 本作をお読みいただきありがとうございます。
最強の学者とモフモフな子供の、優しくて少し騒がしい旅をお楽しみください!
一般の冒険者がこの場所の難易度を聞けば、誰もが顔を青くして首を振るだろう。
――『昏き精霊の樹海』。
生い茂る巨木は陽の光を遮り、大気に満ちる濃密な魔力は、立ち入る者の精神を狂わせる。凶暴な原生生物の巣窟であり、国家が『一級危険地帯』に指定する、まさに人類の禁足地。
「うん、実に素晴らしい。この個体は新種、いや……亜種かな。斑点の並びが従来の『ヒカリキノコ』とは逆だ。胞子の毒性も三倍はあるね」
そんな地獄のただ中で、アルスは鼻歌交じりに手帳にペンを走らせていた。
仕立ての良い紺色の外套は汚れ一つなく、背負ったリュックサックからは、怪しげに発光する植物の茎や、丁寧に布で包まれた鉱石が顔をのぞかせている。
その姿は、およそ危険地帯にいる人間のものではなかった。まるで近所の公園に散歩にでも来たかのようだ。
アルスがピンセットで慎重にキノコを採取しようとしたその時。
頭上の巨木から、獲物を狙う気配が音もなく降りてきた。
現れたのは『シャドウ・レオパルド』。
漆黒の毛並みを持つ巨大な豹の魔獣だ。その爪は鉄をも引き裂き、森の闇に紛れて獲物の首を刈る。ベテランのAランク冒険者がパーティを組んで、ようやく対抗できるレベルの捕食者である。
魔獣はアルスの背後から、一切の物音を立てずに跳躍した。開かれた大口が、アルスの首元へと迫る。
「……おっと。観察の邪魔をされるのは好きじゃないんだ」
アルスは振り返りさえしなかった。
ただ、キノコを挟んだピンセットを持たない方の左手を、背後へ向けて軽く、本当に軽く振るっただけ。
刹那、森の濃密な魔力がアルスの意思に従って暴風へと変じた。
ドゴォッ!! という、大気が爆ぜるような重低音。
宙に浮いていた巨大な豹は、アルスが放った目に見えない魔力の障壁に激突し、そのまま後方の巨木へと弾き飛ばされた。何本もの木々をなぎ倒し、地面に叩きつけられた魔獣は、自分が何に襲われたのかも理解できない様子で、目を回して完全に気絶している。
「ふぅ。危うく胞子が飛び散るところだった。あの子の弱点は眉間の魔力器官だからね。そこを狙って圧力をかければ、傷一つつけずに無力化できる。……よし、鑑定通りだ」
アルスは満足げに頷くと、再び手帳に向き直った。
彼にとって、この森の脅威など、庭に飛んでくる蚊を追い払うのと大差ない。
なぜなら、アルスはこの世界に存在するあらゆる事象を瞬時に見抜く『神の鑑定眼』と、それを力でねじ伏せる『規格外の魔力』を併せ持つ、世界最強の博物学者なのだから。
第1話をお読みいただきありがとうございました!
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