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命の価値が違う男爵令嬢へ 〜私を殺した先輩たちを今度は攻略します〜  作者: キメ


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第6話



助けなきゃ。


そう思うのに、身体は震えていた。


頭の奥に焼き付いている。


あの赤い瞳。

首筋へ食い込んだ牙。


血を吸われながら、アルシオンに抱き締められた感覚。


 


「……っ」


思い出しただけで、呼吸が浅くなる。


けれど。


あの時のアルシオンは、最初から怪物だったわけじゃない。


苦しそうだった。


必死に耐えていた。


何度も「近づくな」と言っていた。


つまり。


まだ理性が残っているうちなら、何か変えられるかもしれない。


 


(……接触するほど、生存率が上がる)


 


ローゼは視界の血のテキストを思い出して、くびるを噛んだ。


意味は分からないし、なぜ急に見えるようになったかはわからない。


だが、前回より条件が変わっている。

曖昧な文章のため、齟齬はあるかもしれないが


“秘密を知れ”ではなく、“接触しろ”。になっていた。


つまり。


アルシオンを避け続ければ、逆に状況が悪化する可能性が高い。


 


(……だったら、近づくしかない)


 


怖いけれど。


…助けられるかもしれない。


その気持ちは本物だった。


 


「ローゼさん?」


不意にカシアンが顔を上げた。


毛布へ包まったまま、ソファへうなだれている。


熱のせいで頬が赤い。


「無理をしていませんか?

先ほどから顔色が悪いように見えますが…」


「だ、大丈夫です」


ローゼは慌てて笑った。


「……ローゼさんは手当て慣れしていますね。

おかげで助かりました」

「…ありがとう、ございます。光栄です」


カシアンの発言に、ローゼの心がじくりといやな気持ちで支配されるのがわかった。


カシアンはただ、純粋に褒めているだけかもしれない。

けれど、その発言が、自分の身分の低さを揶揄しているように思えてならなかった。


…こんな自分が、ローゼはいやでいやで仕方がなく、大っ嫌いだった。




「っ、げほ……」


低く掠れた咳。


ローゼの肩がびくりと震えた。


視線がそちらへ向く。


カシアンを見守っていた、アルシオンが、向こうで咳き込んだのだ。

アルシオンは壁へ手をつきながら、小さく息を吐いていた。


顔色が白い。


呼吸も浅い。


それなのに。

氷のような瞳だけが、妙に熱を帯びて見えた。


ローゼは躊躇ったあと、小さく息を吸う。


「……アルシオン先輩」


「なんだ」


「少し、座ってください」


アルシオンが眉を寄せる。


「問題ない。それに、私も感染したかもしれない。近づくな。」


「問題あります。それに私はきっと感染しません。このとおり、みなさんより顔色がいいでしょう?」


思ったより強い声が出て、ローゼは自分で自分に驚いた。


アルシオンも少し目を見開いている。


 


沈黙。


やがて彼は、小さく息を吐く。


「……分かった」


 


ソファへ腰掛ける。


ローゼはその前へしゃがみ込み、水差しを差し出した。


アルシオンが受け取ろうとして――指先が触れた。


ひやり、と冷たい。


死人みたいな温度。

けれど、顔は熱っぽくてちぐはぐとした印象を受けた。


ローゼの喉が震える。


前回と同じだ。


……この頃にはもう、身体がおかしくなり始めている。


(……たぶん、この感染症は、吸血衝動を引き起こす。

吸血鬼のようなものへ変えてしまう病気なんだ。

荒唐無稽だけど、そう考えれば、前回も、その前も、わたしが血を吸われて失血死したことに説明がつく。)


 

その瞬間、ローゼの背筋を冷たいものが走った。


感染したのは、ローゼ以外の全員。


――つまり。


彼らは皆、吸血のためにローゼを襲う可能性があるのではないか。


 


「どうした?」


アルシオンが怪訝そうに見る。


「な、なんでもありません!」


ローゼは慌てて首を振った。


危ない。


あの、血のテキストのニュアンス的に、“前回”の話をしたら死亡率が上がるという意味にとれた。


つまり、この現象を知られるのはまずい。


アルシオンはしばらくローゼを見ていた。

やがて、ぽつりと呟く。


「……お前は変だな」


「えっ」


「普通なら、感染疑惑があるものから距離を取る」


低い声。


「怖くないのか」


 


怖くはない。


だって、ローゼはローゼだけには感染しない事実を過去の経験で知っていたのだから。


ローゼは少しだけ笑った。


 


「怖いというより…嫌なんですよね。」


正直に言う。

感染はしないが、噛まれる可能性はあるのだから。


「先輩たちが苦しそうなのが、嫌なんです」


 


アルシオンが黙る。


長い睫毛が伏せられる。


その横顔が、一瞬だけひどく弱く見えた。


 


「……変わってるな」


掠れた声。


「普通の令嬢なら、もっと賢く逃げる」


「私はあんまり賢くないので」


「知ってる」


「ひどい!?」


 


思わず言い返すと。


アルシオンが、ほんの少しだけ笑った。


 


ローゼは息を呑む。


珍しい。


アルシオンは滅多に笑わない。

だから、その僅かな変化だけで胸がざわつく。


 


その時だった。


ふらり、とアルシオンの身体が傾いた。


「先輩!?」


慌てて支える。


距離が近づく。


熱い息が頬へかかった。


その瞬間。

アルシオンの身体がびくりと震える。


 


「……っ」


 


ローゼの肩へ額が落ちる。


呼吸が乱れていた。


まるで何かを必死に耐えているみたいに。


 


「アルシオン先輩……?」


 


返事がない。


代わりに、喉がごくりと動く音だけがした。


 


ぞわり。


 


ローゼの背筋を悪寒が走る。


視線を感じる。


首筋へ絡みつくみたいな、熱い視線。


 


ゆっくり顔を上げたアルシオンの瞳は、

奥へ、赤が滲み始めているようにみえた。


心臓が嫌な音を立てた。


アルシオンはただ、ローゼの肩へ額を押しつけたまま、荒い呼吸を繰り返していた。


熱い。


なのに、触れている肌だけが異様に冷たい死人みたいな温度だった。


 


「っ、は……」


苦しそうな息。


そのたび、ローゼの肩へ吐息が落ちる。


ぞく、と身体が震えた。


 


(……まずい)


 






ここまで読んでくださってありがとうございます!


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