第2話─寿命と万能─
読み聞かせてもらったおとぎ話や、神話の本にはこう記されてる。
神に監視を任された「運命の眼」、ノルンって呼ばれる女神がこの世界の理を記録・維持するために、特別な『魔法の文字』を創りだしたって。
──生死を書き換えられる、「再生」のルーンのエイワズ。
物理法則を無視できる、「守護」のルーン、エオル。
穢れを払い清められる、「浄化」のルーン、ラーグ。
世界のあらゆる現象を強制的に「書き換え・修正する」ことができる神話の遺物──
それは今、「複製」のルーンとして“神が制御して”その威力がほとんどなくなったこと。
世界を文字通り塗り替える力は、『神技』の魔法とされてるってこと。
それが『魔法の文字』ルーンなんだって、近所の子どもたちと一緒に父さんから教わった。
だけど……その読み書きの教育で聞く“神が統制する力”も、実は“神に匹敵する力”だってことは自分が『本質のルーン』だから直感的にわかる。
『複製』が“劣化の写し”だってことは、あとで知ったけど。
いつから歴史の上でそんな嘘が織り交ぜられたかわからないけれど、世界を塗り替える力は本物だ。
だから、超常的な『ルーン文字』の兄弟たちと転生した自分は、ある意味で生きる神話……
そんな風に考えても、あまりピンとこないけど。
世界で最も恐ろしい存在のはず、だ。
《ブハハ!朝起きて目の前に幽霊の顔があっただけで、村中の安眠を揺るがす断末魔を上げるなんて『最強』のヘタレだなぁ!》
『……ソーン、その『最強』おかしでしょ。君……、絶対からかってるよね?』
「棘」のソーンはチクチクとした口調で面白がりながら、その声を脳内まで響かせてる。
最強の力があっても、トラウマだけはどうにもならない。
たぶん、きっと、どんな存在だって……
それにしても、少し取り乱し過ぎたかなとあの場の自分の行動。
あのみっともない悲鳴以外の選択肢がなかったかを改めて思い出した──
出発直前の朝、目を覚まして視界いっぱいに広がっていたのは、ミコの半透明で血色のない白い顔だ。
いや、それだけならまだマシだった。
あのヴォルダ王。
ガリガリに痩せこけ顔は青白く、眼窩の片方が虚空を晒した幽霊の残像が、ぬうっとミコと重なって見えたんだ。
冥府で味わったあの底知れない恐怖がフラッシュバックしてトラウマが派手に爆発した。
『うわぁァァァァ……!!』
ソーンが言うように、この悲鳴は村民のほとんどを叩き起こした。
宿屋の主人も心配して駆けつけてもくれた。
恥ずかしさと、申し訳なさで気持ちが死にそうだった。
ミコには、自分は『幽霊』が苦手。
そう言っておいたはずだ。
それなのに……
顔から湯気が出そうな思いのまま「悪い夢を見た」と誤魔化した。
それでも村を出る時、すれ違う人たちからは哀れみの目で見られた。
『ルソさん、大事ですか?』
本気の心配。
『悪いものが憑いたのかも……』
ヒソヒソと陰口。
『一度、他の神官に診てもらった方がいい。』
同情までされる始末だったんだ。──
……あの取り乱しは、仕方なかった。
恐怖の対象を見て、平然としている存在なんてこの世にいるはずない。
そういい聞かせてみたけど、恥ずかしさは消えない。
フルトゥーナ領の村を逃げるように飛び出して、無言でスタスタと歩いた。
自分は今、猛烈に腹が立ってる。
大声を出しても問題なさそうな場所まで来てから、後ろを浮遊する彼女に向かって叫んだ。
「わざとじゃないにしても、限度があるでしょ、限度が!」
本当なら村から出る道中で叫びたいぐらいだった。
けれど、あんな思いをしたのに『幽霊』のミコに話しかけたら、さらに酷く恥をかくことになる。
〘本当にすみません、ルソ様。私、ベッドの上以外で寝たことがなくて⋯…〙
「ベッドじゃなくて、空中でしょ!まず幽霊が寝相悪いって聞いたことないんだけど!」
部屋を2つ取る余裕なんてなかった。
それに、ミコも空中で寝るのを〘素敵ですねっ♪〙と喜んでたし、許してしまった。
それが、間違いだった。
『最初から、魔除けの文字を使えば良かったよ⋯…』
自分の腰紐のアグレットに「魔除け」の文字を刻んだから、ミコは捨てられた子犬のような顔で遠くからこちらを見てくる。
反省はしてるみたいだけど、ちょっと許す気になれない。
普段から『幽霊の怖い神官』って変な目で見られるのは慣れてるけど、赤っ恥をかいたんだ。
……あんなの、慣れるはずがない。
今朝の目覚めは、色んな意味で本当に最悪だった。
『……いつもなら、こんなに腹も立たないのに。ミコがいたせいだよ……』
ぽつりと呟く。
彼女は『幽霊』とは思えないほどの人懐っこさと、楽しげな顔で笑う。
血の気がないことと、足がないのを除けば普通の少女に近い。
だから、つい忘れてしまう⋯⋯
彼女が、この世の者じゃないってことを。
『ミコは幽霊なんだ……』
何度も自分に言い聞かせながら、ミスト領地に入るための徴税所に辿り着いた。
列に並んで順番が来ると、不機嫌そうな徴税官が自分を値踏みするように睨んできた。
「この聖書はどこで手に入れた?貴様のような若造が持ち歩くには、些か分不相応に見えるが?」
はぁ……、やっぱり怪しく見えるんだ……
心の中でため息をつきながら思った。
盗品と疑われるのは、初めてじゃない。
だけど、絶対に盗んでないって断言できる。
ただ一つだけ、後ろめたい気持ちを除いては……
少しだけ息を吐くと、肩から下げた革鞄から紹介状と聖書を出した。
微かに震える指先を気づかれないように、書物の最初のページを開いて役人に見せる。
「これを見てください。父、司祭ワイズの署名と自分がこれを受け継いだ日が記されています。」
そこには、父さんの署名と自分の名前に並んで教区の公認印が押されていた。
自分と父さんは、血の繋がった本当の親子だ。
生まれたのは、遥か辺境の田舎。
当たり前と思っていたけど、旅立ちが決まった日に『それ』を知った。
本来は、教会の規律によって聖職者の結婚は禁じられている。
中央の目の届かない辺境だからこそ、父さんは母さんを『家政婦』として雇う形で、実質的な夫婦として暮らしてたって。
けれど、当然それは表沙汰にできることじゃない。
そして、父さんは申し訳なさそうに頭を下げて、こう直言したんだ。
『ルソ、がっかりせず聞いてください……あなたは表向き、身寄りのない「孤児」として教会の登録簿に載せられています。血の繋がった親子だと、公に証明してあげることはできないのです……けれど、これだけは神に誓えます。わたしはあなたを、そしてフロイデを、心から愛しています。』
父さんがどれだけ苦悩し、愛してくれてたか。
そんなの言葉にされなくても、痛いほどわかってた。
『がっかりなんて、するはずないよ。それに、ピウス教会に属さないってワガママ聞いてくれたじゃない。自分は、父さんと母さんの子どもに生まれて良かったんだから。二人への感謝は、一生忘れない。』
照れくさくて、少しぶっきらぼうになってしまったけど。
あの時伝えた言葉に、嘘偽りはない。
だからこそ、この聖書に押された公認印は重い。
所属のない自分にこれが押されてること自体、教会の立場からすれば本来ありえないんだ。
この公証印は無所属で旅する自分が不審者として捕まらないよう、父さんが一時的に所属してるように見せかけ、守ってくれた証。
──生涯で唯一、教会に吐いた「嘘」の証なんだ。
「この公証印も父の、ピウス教会の物と一致するはずです……」
役人は印を照らし合わせると、ようやく険しかった表情を和らげた。
「ふむ、この重み間違いない……若いくせに苦労することだ、徴税料は銀貨10枚。大事な本を盗まれないよう、夜道には気をつけるんだな。」
「ありがとうございます……」
毎回のやり取りと化したことだけど、神経を削る思いだ。
チクチクと痛む心と一緒に、父さんの「愛」と「嘘」が刻まれた聖書を抱きしめる。
それをそっと革鞄に収めて、皮肉混じりの忠告を受けながら、徴税所をあとにした。
そこから4日後──
「魔除け」のルーンの効果もあって、魔物に遭遇することなく大きな街にたどり着いた。
ミコの話では、ここを治める貴族の男が彼女の母方、伯父にあたる人です、という。
〘少しだけ心配なのは……サエウム伯爵様が、まだ生きておられるかどうかですっ。〙
彼女は記憶を手繰りながら、死んでから街の衰退や、忘れ去られ風化していく城を見ながら、およそ50年は経っていると語った。
「50年……でも、そんなに心配すること?」
文字だった頃の感覚からすれば、50年の月日はあっという間だった。
首を傾げていると、ミコが困ったように言葉を付け足す。
〘今現在はわかりませんが⋯⋯私の父が領主をしていた頃、男性は魔物の被害で亡くなる方が多くて。平均寿命は、40歳でしたよ。〙
事実と情報を整理して話すミコの青い瞳は、理知的な光を帯びていた。
でも、それどころじゃない。
「うそ⋯⋯、40歳……!?」
自分でも信じられないぐらい、まぬけな声が出た。
他の文字の兄弟も唖然としている。
ミコは首を傾げてるけど、世界に刻まれていた記憶で人間の肉体が個で維持できる限界は、『100歳』だったはずなんだ。
そのとき、転生前の記憶が濁流のように、脳裏に蘇った。
人間という種には、「男」と「女」という性別が存在する解説だ。
自分たちは、外の世界で巡るなら"どちらの性別がより自由であるか"問いかけていた。
その疑問に対し、この場に留まることを選んだ「文字の兄弟たち」は、酷く気怠げにこう応じたのだ。
《男『は』、外へ一人で出やすいから自由だよ。》
『が』ではなく、『は』──。
つまり、外の世界における自由を享受するその代償として、男性の寿命は「魔物の被害で」短いのだと今更ながらに理解した。
どこか冷徹な態度だった同胞たちは、どの道、長く続かないとわかっていたのだ。
《差し引き、残り23年……》
「集約」のソムが鼓膜に染み渡るような中低音で、淡々と峻厳たる事実を告げる。
《短い……ね⋯⋯》
プクプクと音を立てながら、「泡」のブルムは小さく震え物悲しげに嘆いた。
《なんとかしたいよ〜!》
あまりに短い寿命に、「翼」のエゼはバタつかせ必死に駄々をこねている。
人間の『平均寿命』が40歳過ぎないとはいえ、万人がその年齢で一斉に死ぬわけではない。
しかし、もし自分が不自然な長命を保ち衆目を集めてしまったのなら……
自分たちの正体が、この世界の根底を揺るがす『本質』のルーンの魔法と、露見する恐れがあった。
《神の魔法だと露呈したら、その命は狙われて扱き使われるだけ。》
かつて「不死」のルーンが放った言葉が脳裏を過ぎり、冷静な楔となって振る舞いを改めるようにと突き刺さる。
世界を書換えるほどの絶対的な力を求める権利者など、星の数ほど存在するのだから。
……ただでさえ、自分は幽霊を恐れる性質で容易に見破られやすい。
その綻びから正体が露呈し、依り代である自分が命を落とせば、魂は肉体から離れ兄弟たちもろとも冥府へ強制送還される。
それだけに、一刻でも長く世界を見続けるために、必死に成らざるをえないのだ。
世の中の「理」を無視して旅をしてたら、それは生ける伝説か、さもなくば不気味な徘徊者か……
『化物』の烙印を押されたなら、己の命脈は間違いなくそこで絶たれるだろう。
『他者から見て、同じにしないと……!』
一種の理不尽とも言える致命的な誤算を前に、脳内会議は一気に白熱した。
《ケヒヒ……、オレの力で転生兄を常に若く見せるわけにはいかねえもんな。》
「疑似」のドランは、人間としての寿命をどう偽装するのか悪戯ぽくも現実的な策を講じ始める。
《あのねあのね、あたしはみんなと楽しさを広げながら生きたいな!》
「波動」のスウェグは、限られた生をいかに全うするか純粋な願を答えた。
兄弟たちが次々と意識を提示し合い、大討議会に発展していく。
〘ルソ様、見てください。スミール城は、変わっていませんよ。〙
喜びの声を上げるミコの言葉に引き戻され、我に返って顔を上げた。
彼女が指を差す先。
モットと呼ばれる土丘の上には、レンガと石造りで頑丈に建てられたゴシック様式の城がある。
角や基礎には堅固な岩を使い、壁面や窓枠のアーチに美しい赤レンガを幾何学的に組み合わせた建物は、防御性に優れ、住居性もある。
もしかしたら……ここに。
期待を抱きながら階段を上がりドアノブに手を伸ばした、その時だった。
「横入りすんなよ。」
突然、後ろから鋭い声が響いた。
振り返ると階段の二段目下、松葉杖をつき足に包帯を巻いた30代前後の男性が立ってる。
「あの⋯⋯、もしかしてここの領主様ですか?」
「いや、オレはこの通り怪我をして働けねえからな。配給を受け取りに来たのさ。アンタこそ、見かけない顔だが?」
配給を取りに来たってことは、この人は古くからこの街に住む街民だろうか。
男性の方を向いて、答える。
「自分はさっきこの街に来たんです。ここの領主様に会いに……」
そこまで言って、ハッとした。
さすがに、ルーン文字の「オリジナル」を持っていますか?なんて聞けない……
謁見する言い訳を考えないと、怪しまれてしまう。
黙り込んでいると、男性は不思議そうに眉を寄せ自分の首元のストールを眺め言った。
「アンタ、神官か。領主様なら、あっちだぜ。」
男性は顔を横に向け顎をしゃくる。
見れば大きな立て看板の前に、人だかりができていた。
その看板から少し離れた左側の受付らしい所に、ストロベリー・ブロンドの髪をきっちり三つ編みにして頭上で固く結い上げた、身なりも顔立ちも綺麗な女性が座っていた。
「それにしても……アンタほど若いやつを引っ張って来るなんて『例の募集』、人手が足りてねぇのか。」
「募集、ですか?」
細長いデスクには、何人か腕に覚えがありそうな者たちが書類にペンを走らせてる。
何か怪物でも退治するかのような、凄い形相だ。
「ああ、ここの領主様……グノスィ・サエウムソン伯爵様が亡くなって、お嬢様が継いだんだけどな。」
『サエウムソン』……つまりは、グノスィ伯爵はサエウムの息子だってことだ。
自分は孤児になってるから、徴税所とかで『ワイズソン(ワイズの息子)』って名乗れないけれど。
『ソン(息子)』や『ドッター(娘)』は、同じ名前の人がいたり、丁寧に名乗る時に使う共通のものだ。
「そのお嬢様、ナスマ・グノスィドッター様は血眼になって探しているぜ、『開かずの庭』を解放出来る者をな。」
何でも15年ぶりにその庭の門を開け入ろうとしたら『大角鹿』が突然現れ、侵入者を拒むんだと言う。
その言葉に心臓が、ドクンと跳ね返った。
突然現れる大角鹿。
それは、ただの動物ではないのかもしれない。
もしかしたら冥府から持ち出された兄弟、ルーンの魔法の可能性がある。
〘ルソ様、あの方ですわ!〙
ミコが興奮した様子で、耳もとに顔を寄せてきた。
ひやりと冷たい空気が首筋を撫で、一瞬「ひいっ」と出そうになった短い悲鳴を必死で胃袋に押し込める。
〘あの女性の面影、私の伯母様にそっくりですっ!〙
ミコが指差したのは、受け付けにいる女性だ。
彼女のいう「伯母様」は、つまり『サエウム伯爵』の妻に当たる人。
さっき『グノスィ伯爵』のお嬢様とも聞いたから、あの女性はその「孫」ということになる。
ただ一つ、疑問が浮かんだ。
「ミコが最後に記憶している、伯母様は何歳か覚えてる?」
〘確か……えっと、30代前後だったはずです。〙
ぱっと見て、知的な雰囲気を持つあの女性は「20代前後」で、30代の伯母にそっくりと言うことなら……
彼女がミコの血縁で間違いなさそうだ。
「おいおい、大丈夫か?顔が真っ青だぞ?」
男が心配そうに顔を覗き込んでくる。
近くに幽霊がいるんです、なんて言えないから、精一杯の笑顔を浮かべながら答えた。
「だ、大丈夫です。ただの持病、みたいなもので……。それより、その大角鹿の話詳しく聞かせてもらえませんか?」
男の話によれば、「開かずの庭」はこの街の領主一族に代々伝わっているらしい。
そこは領主なら出入り可能だったそうだが、彼女の代になって出来なくなってしまったのだ、と。
しかも大角鹿は名剣で切り払っても、魔法で打ち消しても、庭に入ろうとした瞬間再生。
難儀しているという。
やはりただの大角鹿ではなく、魔法的存在のようだ。
しかし。
『……これって、ルーン文字が暴走してるってことなのか?』
そう言えば棘のルーンも主を失い暴走し、ミコの住む古城は固定されていた。
話から推理すると、その大角鹿も『守るべき対象を間違え』固定した成れの果て。
その可能性が高い。
「もし、その大角鹿を消せるなら、領主様は『家宝の剣』も差し出す勢いらしい。もっとも、何十人もの剣士やら、魔法使いが挑んで、逆に大角鹿の角に突かれ逃げ帰ってるけどな。」
家宝の剣と言う言葉に、文字たちの脳内会議がかつてないスピードで展開した。
《これは、もしや……》
普段は落ち着いている「盾」のスキルドの声が、胸の真ん中から息を飲む音が聞こえる。
《棚からぼたもちだ〜!》
無邪気に喜びを表し、「翼」のエゼはパタパタとはしゃぐ。
《いやいや、情報を伝達する前に情報が舞い込んできたんだから、文字から文字だよ♪》
「波動」のスウェグは、軽快な音楽を奏でるように喜びの声を上げてる。
持ち出されたルーン文字の中には「正義」のルーン、ティールが存在する。
その文字は特に「剣」に刻むと強い力を発揮するんだ。
前にミコが『代々託された』とも言っていたし。
託されたルーンが複数あるなら、その報酬の剣に兄弟が宿っている可能性は極めて高い。
さらに、もしこの依頼を達成できれば領主との強力なコネクションができる。
それは、ミコの言っていた「知らない貴族二名」の所在地を知る最短ルートになるかもしれない。
「……あの、自分。その大角鹿をなんとかできるかもしれません。」
意を決して言うと、男は「ほう」と感心したように目を丸くした。
「治療に来たのかと思えば、あの大角鹿に挑むのか。だがその鹿は、ただの鹿じゃねえ。意思があるみたいに動き、侵入者に容赦がない。命を落とした者はいないが鎧はボロボロ、心はバキバキに折られて帰って来る。アンタみたいなひょろっとした神官に務まるのか?」
「うっ……」
力や無敵、停止や束縛。
こういう時に、それらのルーンがないのは心細くはある。
それに“神官”が、攻撃の届く戦いの場に出ていくことは珍しい。
なにより自分は筋肉も、頑丈さも、戦士ほどない。
図星を突かれ、言葉に詰まった。
けれど。
〘ルソ様なら大丈夫ですわ!さあ、行きましょう!〙
背後ではミコが実体のない手をグイグイ近づけて、押すような仕草をしてくる。
魔除けがあるから貫通はしないけど、ピリピリと反応してくすぐったい。
「……やるしか、ないみたいですから。」
半ばヤケ気味に階段を下りて、募集を行っている女領主の前へ歩み出した。
細長いデスクの前に立つと、凛とした佇まいの女性が自分を見上げた。
ミコが言った通り、その瞳には見覚えのある理知的でいて情熱的な光が宿ってる。
「次の方……。あら、貴方は?」
彼女は神官の証でもある白いストールを眺め、少しだけ困ったように眉を下げる。
「失礼ですが、この依頼は腕自慢の騎士や魔道士が適任かと。しかも貴方のような聖職者が、あの大角鹿に立ち向かえるとは思えませんが……。」
「そ、それは……」
確かに腕力はある方じゃないし、沢山の人が見てる前でやたらと「本質」の力は使えない。
どう考えても、鹿に跳ね飛ばされる未来しか見えない気がする。
それでも深呼吸をして、震える拳を握りしめ言った。
「……物理的な力では、彼らには及ばないでしょう。ですが、自分は大角鹿が暴れている理由を知っています。力でねじ伏せるのではなく『対話』によって門を開いてみせます。」
「対話……ですか?」
領主の女性は目を丸くし、周囲の剣士たちからは失笑が聞こえる。
けれど、彼女だけは真剣な眼差しで見つめ返してくれた。
「面白いことを言うのね。挑んだ者たちは皆、『どう倒すか』しか口にしなかったのに。……いいでしょう。名前を聞かせてもらえるかしら?」
「……ルソです。」
「ルソ、貴方に期待しましょう。ただし、命の保証はできないわ。覚悟と準備ができたら『開かずの庭』の正門へ来なさい。」
羽根ペンを渡され、契約書に目を通しながら受付を済ませた。
そして、喧騒から少し離れた街の入口近くにある木陰へと身を潜める。
あの剣士たちの変わり者を見るような目に、心臓がドキドキとなって鼓動がうるさいぐらいだ。
その時、古城で仲間になった「棘」のソーンが苦々しく口を開いた。
《……あの気配、俺と同じように護りの概念が暴走してやがる。あの鹿、おそらく「守護」のエオルの文字だ。力が強すぎて、本来守るべき主である領主すら拒絶しちまってるんだろうな。》
そこに、「浄化」のラーグが付け足すように補足した。
《彼は……ただ暴れているだけではありません。先ほど『再生する』と言っていましたが、あれはルーンが具現化した半永久的な防衛機構。何をしても無駄になるでしょう。なので⋯⋯》
ラーグがミコを見るよう促し、囁く。
《領主の血縁、彼女の力も必要でしょう。》
その言葉に頷くと、ミコの方を向き「力をかして。」と言うと大喜びで宙を舞った。
どうやら、置いていかれると思ったらしい。
確かにミコは幽霊だけど、相手が魔法だから、何らかの干渉はありえる。
「危なくなったら、距離をとるようにね。それと親戚と交流があった時の何か思い出とかない?」
〘思い出⋯⋯ですか。確かお父様に手を引かれて、花々が美しい庭でお茶会を開いて。よくお母様と伯母様は子守歌を口ずさんでいた気がします。〙
物理の効かない魔法に、ミコが生きていた頃の記憶の歌。
効果は十分、期待出来る。
「合図したら、覚えている限りでいいよ。その子守歌を歌ってほしいんだ。」
〘はい!〙
魔物を討伐したりするため腰に下げていた短剣を樹の根元に置くと、女領主の待つ「開かずの庭」の正門へ急いだ。
庭の正門は、スミール城の土丘をぐるっと回った裏手を真っ直ぐ進んだ先。
左右にある何本かの樹がまるで守護兵のように立ち、その真ん中に護られるようにあった。
「準備は出来た⋯⋯のよね?」
「もちろん、大丈夫です。」
周囲には、重苦しい静寂が漂っていた。
遠巻きに成り行きを見守る野次馬。
治療に専念する、忙しそうな修道士たち。
剣を折られ鎧がベコベコに凹まされた負傷者たち。
先ほど鼻で笑っていた剣士たちの、冷ややかな視線が刺さる。
なにしろ丸腰なんだ。
中には何秒で死ぬか、逃走か、依頼破棄かの賭けをしだす者たちすらいる。
門の奥からはむせ返るような濃密な魔力の匂いと、皮膚がピリつくほどのプレッシャーが押し寄せてるのに。
「ルソ、貴方の武運を祈るわ。けれど、危険だったら必ず逃げて。」
その言葉に強く頷くと、覚悟を汲み取った女領主は格子門の鍵をカチャリと開けた。
そして、元来た道へ足早に戻っていく。
「⋯⋯よし、行こう。ミコ。」
〘もちろんです、ルソ様!〙
ミコは元気よく頷くが、その雰囲気はウキウキと野遊びでも行く感じだ。
今から行くのは、鎮静っていう戦いなんだからもう少し緊張感を持ってほしい。
ため息を溢し、自身の体で黄金の光を隠しながら「波動」と「疑似」のルーンを紡ぐ。
そして門を開け、一歩、境界線を越えた。
瞬間、大気が爆ぜる。
何もない空間から、白銀の光を纏った巨体が姿を露わした。
それは、通常の鹿とは比較にならないほど巨大だ。
角はまるで立ち枯れた巨木のように複雑に枝分かれし、先端からはバチバチと魔力の火花が散ってる。
「⋯⋯デカすぎでしょ、これ。」
心臓が危険だと警鐘を鳴らしてる、それでももう一歩踏み出す。
枝のパキッという音が合図となった。
大角鹿が両前足で地を蹴る、それだけで地響きが起こった。
弾丸のような勢いで、鋭い角が自分の喉元を狙って突き出される。
揺れの余波で、石を組んで造られた門はガラッと崩れてしまった。
《あれは、そのまま喰らえばヤベェ!転生避けろッ!》
脳内で「棘」のソーンが鋭く叫ぶ。
《規模や速度から、総合的に回避不能。》
「集約」のソムが言う通り回避は不可能と、「盾」を紡ごうとする。
《盾だけでは分が悪い、儂も使え!》
「岩」のクロムの言葉に頷き、「盾」と「岩」の2つの文字を合わせ体になぞり起動した。
ドォォォォン!
鋼鉄の塊と化したはずの肉体に角が衝突。
凄まじい衝突波は、自分の体を軽々と吹き飛ばした。
そのまま背後の右側の樹に叩きつけられる。
「かはっ⋯⋯!」
視界がチカチカと火花を散した。
肩から下げ背中にあった革鞄は吹き飛ばされた衝撃で前側にズレ、その重さに引きずられるように膝を付く。
肋骨は折れていない。
背中の衝撃も、脳を揺さぶられなかったのは硬化だけが理由じゃない。
《むぎゅ〜……ルソ兄が、気絶しなくて良かっ……た》
「翼」のエゼが、クッションになってくれたからだ。
けれど、彼は己の「核」の力を使ったせいで、衝撃をもろに受けてしまった。
そのまま意識を失ってしまう。
『エゼ、痛かったよね……ごめん……』
急いで目を回しているエゼに、「治癒」のルーンを紡ごうとした。
けれど、全身をビリビリとした痛みが走る。
生身である内側が悲鳴を上げ、文字が形にならずに消えてしまった。
それをあざ笑うように、大角鹿はひざまずく自分の体を角ですくい上げ、真上に放り投げた。
〘ルソ様!!〙
ミコが悲鳴を上げて、受け止めようとしてるのが見えた。
けれど幽霊である以上、受け止めるなんてできない。
擦り抜けた先は、葉の枯れ落ちた突起のような枝だ。
刺さる……ッ!
そう覚悟した瞬間、自分に予め刻んであった「魔除け」の力が強制発動した。
実体のない幽霊のミコを、魔除けが弾く。
その小さな反発力が、槍のような木々の枝の直撃から自分の体を守ってくれた。
そこから始まる、自由落下。
回復できていない「翼」のエゼを使うわけにはいかない。
それならと、素早く「棘」のルーンを真下に紡いだ。
この文字には、棘や茨以外に巨人という意味がある。
前もって紡いだ「疑似」の力で淡く青白い光を纏った文字から、巨人が現れる。
そして、その巨大な半透明の手で受け止めて、そっと地面に下ろしてくれた。
なんとか落下ダメージを回避できたと、息を吐く。
でも安心してる暇はない。
前側の革鞄が邪魔にならないよう、急いで背中側に回して「治癒」を紡ぐ。
エゼの文字に光沢が戻ったのを確認して、立ち上がる。
それを、排除対処とみたんだろう。
再び大角鹿が頭を低くして突進してきた。
「さっきと同じ……だったら、泡!」
前方に紡いだ泡のルーンは、「空気」の特性も持っている。
密度の違う空気の層を、大角鹿の前に幾重にも作り出す。
ズンッ、と突進の凄まじい威力に空気の層が波打った。
逃げ切れなかった空気が超高圧の反発力を生み、大角鹿を包む。
それはまるで空気から水、水から雪へ突っ込んだような抵抗となって突進の威力を弱め、減速させていく。
それでも止まらないその姿は、何者も寄せ付けない「絶対的な拒絶」の構えだった。
単純に止めるなら「施錠」のルーンなんだろう……
でも、それだと「拒否」になってしまう。
ただひたすらに、「守りたい」って意識を尊重したかった。
だから、これが無謀なのはわかってる。
突進の軌道から逃げず、両手を広げて見せた。
「待ってくれ!⋯⋯君が守りたいのは、この庭じゃない。この一族の『純粋な記憶』だろう!?」
ミコはこの庭で、「お茶会」をしたと言っていた。
代々、大角鹿に守らせるほど、彼の元の主は思い出の詰まった庭を大事にしていたんだろう。
その『大事にしたい』って気持ちが、どこにあるか。
もう一度言葉で伝えると、大角鹿の突進がわずかに鈍った。
……もうひと押し、彼の気持ちを鎮められるかもしれない。
ゆっくりと隣に来たミコの手に、自分の手をそっと寄せた。
「君は、今の領主を拒絶してるんじゃない。彼女の中に、かつての主。『サエウム伯爵』様や『グノスィ伯爵』様の面影を見つけられなくて戸惑ってるだけ⋯⋯そうだよね?」
彼の主は、今まで男領主だったんだろう。
なにより「伯母」に似た女領主は、血族じゃないように見えたんじゃないかと思った。
すると大角鹿の動きが止まり、その濁りないクリスタルのような瞳は澄んでいた。
けれど、その奥には悲しみ「忘れ去られることへの恐怖」が渦巻いていた。
そして同じ気持ちを、文字の兄弟たちも感じ取った。
『今です!ミコの「存在」を、「記憶」を『守護』に!』
浄化のラーグが叫んだ。
それに頷き、隣のミコに声をかける。
「ミコ、歌を。君のお父様や、伯母様。この庭で過ごした幸せだった頃の歌を、歌って。」
ミコが小さく息を吸い、透明な声で歌い始めた。
それは50年前この庭がまだ花々に溢れ、笑い声が絶えなかった頃に歌われた古い子守唄。
幽霊である彼女の声は、生者には風の音にしか聞こえない。
それでも、概念の存在である《魔法》には、エオルには何よりも雄弁に響いたみたいだ。
ミコの歌が空気に溶け込むと、殺気立っていた庭の空気が一変する。
物理的な音波ではなく、「記憶の共鳴」としてサワサワと木々を揺らした。
突進の勢いは完全に消え、その前脚は芝生をリズムよく刻む。
巨体だった姿は、数センチ手前で見知った鹿の大きさになっていた。
「⋯⋯届いたんだね。ミコの想い、記憶が。」
荒い息を吐きながら、そっと手を伸ばす。
すると大角鹿も静かに歩み寄り、頭を下げて濡れた鼻先を謝るように寄せた。
ひやりと、けれどどこか懐かしい温もりが伝わってくる。
「⋯⋯怖がらなくていいよ。一緒に君が護りたい、新たな主の所へ行こう。」
大角鹿の額に、ルーンの力の源を感じた。
彼との対話に、全神経を集中させる。
雰囲気は穏やかなものだけど、失敗すればただでは済まない。
手を伸ばし、その「核」を撫でようとした。
──その時だ。
「横取りは契約になかったからなァ。恨むなら書いてない契約書と、弱い己にするんだなっ!!」
こっちに向かって下卑た叫び声が響いた。
左側の樹の影に潜んでいたのか、対話によって「守護」結界が緩んだ隙をつき、大剣を持った大柄の男が恐ろしい形相で乱入していた。
男は突進の勢いのまま、無防備なエオルの首筋へと重圧な大剣をすでに振り抜いていた。
契約の横取り、手柄の強奪。
時々見てた、お金を稼ぐ現実の厳しさ。
それは冒険者たちの間では、珍しくない汚いやり口だ。
その不意打ちの一撃は、今の無防備な彼が喰らえばひとたまりもない。
「っ!やめろ!!」
考えるよりも先に、体が動いていた。
とっさに大角鹿の前に出て、彼だけは守らないとと思った。
《いかん、転生!!》
脳内で、誰かが叫んだ。
次の瞬間、焼けるような激痛が走った。
生暖かい感触が、左脇腹から溢れ出す。
「⋯⋯あぐっ」
右手で傷口を押さえた、けど、体が悲鳴を上げた。
背中の革鞄は盾にもならず、視界がぐらりと歪んだ。
立つ力が抜けて、膝から崩れ落ちる。
《転生……済まん。儂には……内臓を守るのが精一杯じゃった……》
「岩」のクロムの声が弱々しい……
あの叫びは彼だったんだ。
クロムが瞬時に同調して、肉体を硬化してくれていた。
それでも大剣の威力は凄まじく、衝撃を殺しきれなかった。
「ちっ、邪魔すんじゃねぇよ聖職者!」
ぼやける視界の向こうで、男が再び剣を振り上げようとした。
その瞬間だ。
庭の空気が凍りつき、怒るように揺れた。
ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙オオオオォォッ!!
それは「大角鹿」の怒り、なんて生易しいものじゃない。
鼓膜を引き裂くような轟音の奥から、狂おしいほどの感情が胸に直接流れ込んできた。
数十年守り続けてきた「想い」を汚された激しい怒り。
そして気を許し、注意を緩めたせいで「守り」を踏みにじられた嘆きと哀しみ。
まるでエオルが涙を流しながら叫んでいるような、《魔法》そのものの咆哮。
「あぁぁ⋯⋯あぁぁぁぁ⋯⋯」
威勢があったはずの男の力ない呻き声と、へたり込む姿が微かに見える。
〘ルソ様!イヤ……お父様みたいに、逝かないでっ!!〙
ミコの取り乱した声が聞こえた。
何度も傷口の辺りが、ピリピリと反応する。
ああ、そうか……出る血を止めようとしてくれてるんだ。
でも、実体のない手は、幽霊の彼女は維持されてる魔除けのルーンに拒まれてる。
やがて、ヒクヒクとすすり泣く声が聞こえてきた。
《⋯⋯マズいな、守護の奴、完全に我を忘れてやがる。このままじゃ、街ごと「拒絶の結界」に呑み込まれるぞ!》
「棘」のソーンが焦燥を露わにする。
なんとか左手を動かそうとした。
けれど。
「ゔっ……」
呻きと同時に凄まじい激痛が左脇腹から走り、そのまま地面で呼吸するのがやっとだった。
指先も冷えに支配されてしまったのか、左は動かせない。
《転生にぃの……血を止めないと……》
「泡」のブルムが泣きそうな声で囁いて、傷口がプクプクとした感触がした。
それでも、血が止まる様子はない。
《暴走する守護の「拒絶の壁」にて、某の力でも閉じられん……》
「施錠」のルーン、ロカが何度も鍵をかけようとする音がする。
それも、傷口に及んでいないみたいだ。
《『ピー』観えた。この場の魔力を抑え込まないと、魔法抵抗の落ちてるルソの治療ができない……!》
「監視」のルーン、ヴァルザが緊迫した様子で告げる。
すると「浄化」のラーグが静かに、けれど断固とした口調で言った。
《血に混じる魔力を、守護に繋げて。契約という形になるけど、貴方を助けられる。彼の暴走を止められるわ……》
その言葉に、消えかけている意識を必死に繋ぎ止めた。
エオルの暴走を、あの悲しそうな声を止めないと……
血で汚れてしまったけれど、まだ右手は動く。
鉛のように重いその手を、目の前で荒ぶる大角鹿へ懸命に伸ばす。
「⋯⋯落ち着け⋯⋯エオル。もう、誰も⋯⋯君を傷つけないから⋯⋯」
指先が鹿の前足に触れた瞬間、脳内に膨大な他者の記憶が流れ込んできた。
幼い姿のミコが庭先で楽しげに遊び、それを優しく見守るミコに似た女性と女領主に似た女性の姿。
手入れのために摘んだ花を、ミコや少し背の高い少年に手渡すゆったりとしたコートを着る男性。
柔らかな日差しの光景は、徐々に冷たく寂しいものになっていく。
それは主を失い、独り取り残されたルーンの孤独だった。
「懸命に……温かな記憶を、護ってたんだね……。大丈夫、君も⋯⋯、もう孤独じゃないよ。」
右手の血が黄金色に輝いて、自分を包んだ。
それは契約の証。
暴走していた大角鹿の巨体が、粒子となって指先に吸い込まれていく。
そして、サワサワと木の葉の揺れる音だけになった。
それまで肌を刺していた不快な魔力のピリつきが、嘘のように消えていく。
庭の奥から吹く心地よい風が、花の香りを乗せて優しく通り抜けていく。
肌に触れる風から『拒絶』の力が解け、門が開いたんだと感じた。
安心した瞬間、瞼が重くなる。
揺らぐ景色の中にあるのは、腰を抜かす冒険者の男。
「誰か、アンブル司祭を連れて来て!それから布を沢山持って、すぐに手当てを⋯⋯!!」
駆け寄ってくる女領主の悲鳴のような声が、遠く聞こえる。
手足が冷たくて、少し寒い……
意識が呑まれそうだ……
《主よ、汝は決して万能ではない。あのような危険、冒されるな。》
暗くなっていく視界の向こうから、エオルの厳しい声がする。
彼は魔法なんだから、確かに剣など効かない。
それでも。
『自分は⋯⋯主じゃないよ。君と同じ⋯⋯、仲間で……兄弟。⋯⋯だから……』
目の前で傷つけられたら、自分は正気でいられなかった。
どこかで、フウと小さなため息が漏れた気がした、
呆れるような、安堵する雰囲気の。
それを最後に、プッと意識は途切れた。
ーー深い闇へと落ちていったルソ。彼を起こす兄弟の声も、この瞬間途切れていた。ーー
-続く-
〜現在公開可能な兄弟図〜
(生まれた順というより性格による基準)
[長男]呼名「ルソ」魔法(転生)
優しく面倒見のいいタイプ。文字の兄弟たちが宿る依代であり、意見を纏める大黒柱。
[次男]呼名「ソーン」魔法(棘)
ツンケンとした、俺俺タイプ。トゲトゲした口調で鋭い指摘をする。兄弟たちとはキャッキャしないが意外な一面がある。
[三男]呼名[クロム]魔法(岩)
職人気質の頑固者タイプ。防御面ではエオルの次に強いが、特定なことには脆い部分を持つ。
[四男]呼名[スキルド]魔法(盾)
騎士道精神を持つタイプ。防御面では前方攻撃に強い。岩のように砕けはしないが、後方攻撃に弱い面がある。
[五男]呼名[ロカ]魔法(施錠)
無機質な雰囲気を持ち、秘密はバラさないタイプ。現在あまりに会話に参加していない。
[六男]呼名[ヴァルザ]魔法(監視)
周囲の観察に長けていて機械的にこなす、目が利くタイプ。『ピー』という警告音が特徴。
[七男]呼名[ドラン]魔法(疑似)
ケヒヒと怪しく笑う、悪戯っ子タイプ。騙しの手口に長けているトリックスター。
[八男]呼名[ウィルム]魔法(蛇)
変化を楽しめるおっとりとした性格。影を移動したり、危機管理能力が高い。捕獲率No.1にこだわりがある。
[九男]呼名[エゼ]魔法(翼)
無邪気で自由奔放タイプ。『外に遊び行こ〜!』と提案した言い出しっぺ。末っ子らしい無邪気な面が多い。
[長女]呼名[ラーグ]魔法(浄化)
落ち着いたしっかり者。捨てられた時は弱々しかったものの、今は知識人であり、ルソとともに他の兄弟を纏めている。
[次女]呼名[ソム]魔法(集約)
散らかっているのが嫌いな綺麗好き。書架を整理するように淡々と喋る。
[三女]呼名[スウェグ]魔法(波動)
波が繰り返すように喋る、お喋りタイプ。ルソとは魔力波長が合うので使用ダメージがない、戦闘に不可欠な魔法。
[四女]呼名[リヴ]魔法(治癒)
妹気質の心配性。仲のいい姉、ベルカナを探している。人間で言えば、部屋の片隅で本を読んでいるタイプ。
[五女]呼名[ブルム]魔法(泡)
小さな声で呟く、大人しいタイプ。「疑似」のドランと相性はよくない方。
【契約】呼名[エオル]魔法(守護)
保護的で不屈の精神を持つ。ルソとは契約の関係で、同じ文字の兄弟とも一線を引いている。耐久力が一番高いが、形式を崩すのを嫌うタイプ。




