敵襲
そんな和やかな、とは言いがたいかもしれないが、ファーデルが食事を楽しんでいるときだった。
―――甲板から悲鳴が聞こえてきたのは。尋常ではないその悲鳴に、ファーデルは腰に提げていた長剣に手がいく。船旅に大した危険はないだろうが、どうしても武器を持ち歩く習慣は消えなかった。
駆け出すように食堂から出、甲板に出ると、どう見ても真っ当とは言えそうにはない船が一艘。
「海賊ですね・・・・」
「そうだな。」
その声に後ろを振り返れば、同じ様に長剣を持ったバルグードが立っていた。
「行くか?」
その問いにファーデルは、力強く頷く。それにバルグードも同じ様な反応を返した。
「おい!お前ら戦えるのか!?」
「ええ!」
「ああ!」
「よし!なら行って来い!」
近場にいた男に交戦の意思を告げると、それぞれの肩を励ますように強く叩かれる。
そして、船に乗り込んでこようとしている海賊の一人に目をやった。
「さてと・・・・」
楽しげな声に後ろを見ると、バルグードが目をキラキラと輝かせながら微笑んでいる。
(まるで、獣ですね。)
敵を目の前にして歓喜している弟に、そんな感想を抱いた。
「まあ、私も同じですが。」
おそらく自分も獣のように微笑んでいることを自覚し、ファーデルは小さく自嘲を零した。
(全員、素人なんですかね?)
ファーデルは海賊の一人を切り捨て、そんなことを考えた。
海賊は三、四人で掛かってくるものの、攻撃が単調すぎて避けるのは簡単だった。
攻撃を避け、相手の急所を斬りつければ、大抵終わってしまう。
旅をしながら生きると決めた時点で、人殺しの覚悟は出来ていた。
戦うという事は、すなわち殺す事だ。
ファーデルは戦いながら誰も殺さずに、おきれいに勝てるほど強くはない。
だからといって、その覚悟を笠に着て他人の命を軽んじるような傲慢な真似をするつもりもさらさら無い。
ファーデルはそこで自分に戦う術を教えた母親の言葉を思い出す。
(誰かを殺す事の言い訳に、大切な人使っては駄目だよ。汚れるのはあなた一人なんですから。)
「そう、だから、私が今戦っているのも自分が生き残りたいから。」
人を殺したなら、斬ったなら、斬った分だけの相手を数を覚えておこう。
自分が犯した罪は全て背負う。必ず忘れずに。
それは、相手への最低限の礼儀だろうから。
強いってことは便利ではあるけれど、イコール幸福でないと思う。逆に弱く在れるってのは幸せなことでもある。
まあ、言わせれば、隣の芝生は青いということで。