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楓と迷惑執事  作者: 音哉
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楓と悪漢


 楓様、どうしてそんなに大きな目をしているのでしょうか?


 それは・・・生まれつきです。



 楓様、どうしてそんなに気品があるのでしょうか?


 それは・・・、えっ? 気品? ・・・・さ・・・さぁ?



楓様、どうしてそんなに髪が綺麗なのですか?


 ただの伸ばしっぱよ。・・・普通の石鹸で洗っているのがいいのかな?


 

楓様、どうしてそんなに手が美しいのですか?


 手? 爪を磨いているからかな。・・・スーパーでよくもらえるあれで。



 楓様、どうしてそんなにスレンダーなのでしょうか?


 ご飯食べてないからよ。



 楓様、どうしてそんなに手足が細いんでしょうか?


 これは毎週日曜日に自転車で60km走っているからよっ!




 姓は法華院、名は楓。それが私の名前で、元華族。華族って言うのが良くわからない人には、貴族とか言ったほうがわかりやすいかな。要するにお金持ち。でもその上に『元』がついている。その意味する所は・・・。



[キーンコーンカーンコーン]


 4時間目の終わりを知らせると同時に、昼休みの始まりを教えるチャイムがなる。


生徒達は先生との礼もそこそこに鞄からお弁当を取り出す。私も、これが学校での一番の楽しみと言っても過言からは程遠い。成長盛りの私、毎日お腹と背中が引っ付いちゃうよの経験をしているからだ。


つまり、お腹が減ってもう目が回る寸前。だがしかし、だがしかし・・・。


 左手でお腹を押さえ、うつろな目で鞄の中に右手を突っ込んだ私。その指先に触れるのは・・・小さな・・・小さなお弁当箱。


「楓ちゃんってまたそんなお弁当箱で・・・。もっと食べなきゃぁ!」

「あんたはそんな事言って、お父さんクラスの弁当箱持ってくるからぽっちゃりなのよ!」


 いつもこんな私と一緒にお弁当を食べてくれる友人二人の漫才が始まる。確かに、私のお弁当箱は人並みはずれて小さい。ダイエット? そんな贅沢な理由ではない。私はいつものように少し躊躇するのだが、どうしようもないので二人の目の前でお弁当の蓋を開ける。


「わぁ。いつもの楓弁当だぁ」

「かわいいー」


 私は毎日の日課、この時間この場所での苦笑いを見せる。名刺ケースを思わすような小さな箱に、わずかなご飯、卵焼きを一切れ、昆布とワカメの佃煮を少々。岩のりをアクセントに添えてある。これを手にとってぎゅっと握れば、ミニ海賊おにぎりの完成だ。


「偉いよねぇ」

「ダイエットがぁ?」


「それもあるけど、それよりもお弁当を自分で作っているのがよ。私なんてママに頼りっきりで・・・。本当のお嬢様は高校一年生から花嫁修業を始めるのよねー。すごい、すごい!」

「こんな綺麗な卵焼き作れるだけですごいなぁ」


 いつものごとく勘違いして感心される私のお弁当。


「違うって! だから、これしか作る材料が無くて・・・」


 私が胸の前で両手を必死に振ってそう訴えるが、二人は笑う。


「また出た、楓の謙虚さ! まあ楓ならそのうち卵焼き以外も作れるようになるよ!」


「それにしても・・・この佃煮と・・岩のり・・・。今日もおいしそう・・・」


「だよね! どこの名のある料理人が作ったのだって感じ! さすがにこれは楓の手作りじゃないよねー? 添え物はさすがにねぇ」


「えっと・・・。うん、それは私が作ったのじゃないけど・・・」


「ちょっ・・・ちょっと今日も頂戴! 変わりに、から揚げをあげるからっ!」


「う・・・ん、いいけど・・・」


「楓がそんな庶民が食べる油の塊なんて喜ぶはずがないでしょ? もう、本当にいいとこのお嬢様なんだから・・・、ちゃんと断らなくっちゃ!」


・・・私は久しぶりのお肉につばを飲み込んだ。




 私はこの春、名門といわれるお嬢様・お坊ちゃん学校の私立大谷学園高等部に入学した。偏差値は問題では無かったが、大変なのは学費。お母様は某観光地の老舗旅館で住み込んで働き、どうしても私に母の母校であるこの学校へ通わしたいらしかった。


お父様は四年前に考古学の調査のために海外へ行ってから音沙汰が無い。私は、弟と妹の三人で慎ましやかに暮らしているただの庶民だ。


いや、お金が本当に無い庶民だから、はっきり言って貧乏人。それをクラスメート達は『法華院』などと言う重苦しい苗字と、清楚に見えるらしい長い黒髪から『お嬢様』と勘違いして、私が否定するも取り合ってくれない。


 お弁当の件にしてもそうだ。小さなお弁当箱なのは少ししか食べ物を用意出来ないほど貧しいから。おかずがいつも卵焼きなのは、近くの激安スーパーに、『タイムセール 一パック五十円 お一人様ひとつ限り』というものを兄弟三人で並んで買っているからだ。


岩のりやワカメの佃煮もそう。私が休日に近所のおばさまから借りた自転車で海に向かい、丸一日かけて獲ってきた海産物。それを数年間の修練の末、佃煮職人並の技術を持つようになった小学四年生の弟が時間をかけて丁寧に作り上げる。


こんな話教えたところで信じてはくれないだろうし、・・・さすがに私も言うのは少し恥ずかしい。


 実を言うと、私は八年前までは正真正銘のお嬢様だった。今から考えると、ずいぶん偉そうでわがままだっただろう。


『法華院家』は少々名の通った華族。当時は使用人を20人以上抱える屋敷に住んでいた。それが、ありきたりな話だが温室育ちの私の父親は、人に騙され全てを失ってしまった。現在は、何かの弾みで残った唯一の財産、小さな古い平屋が我が屋敷だ。




 高校一年生、育ち盛りの私。あのマイクロお弁当では当然足りず、五時間目が終わるころにはお腹が騒ぎだす。これに対して、私はうるさい体と頭を切り離して、心を無にして授業を聞く。後ろにお坊さんが立っていても、あの刑策と言う硬い棒で肩を叩かれない自信がある。


これを中学校から続けており、高校を卒業する頃には宇宙の真理を解き明かせるかもしれない。


 ようやく最後の授業も終わる。私は立ち上がると共に鳴るお腹を、咳払いでごまかした。


「楓ちゃーん。Seven Days でもぉ食べに行かなぁい?」


 茶色で毛先にパーマとかわいらしい髪型。そして甘えたような喋り方。だけれども、ぽっちゃりが玉に傷の末原佳奈(かな)がいつもの口調で話しかけてくる。彼女がお昼に佃煮と交換してくれるカロリーたっぷりのおかずは私の大切な栄養源である。


「ごめんね。家で弟と妹が待っているの・・」


「正直言っちゃいなよ! そんな庶民のアイス口に合わないってさっ! あはは!」


 セミロングの髪に、短めにそろえられた前髪。ややきつめの口調ながら、いつも私を気遣ってくれる響田和美(かずみ)


正直、彼女達がこれから向かうだろう数年前から中高生に大人気のアイスクリームチェーン店、ついに学校の近くに出来たseven Days と言うアイスクリームショップには行きたくてたまらない。しかし、一番安い商品を買うお金で米が1kg買える事も私は知っている。それも、到底手の出ないコシヒカリがだ。


私がお嬢様であった時代にそのお店があったなら・・・と夢にまで見る。


「じゃあ途中まで一緒に帰ろうよー」

「楓は歩いて来られる距離に家があって良いよね。私なんてまあ近いほうだけど、電車で3駅離れているからなぁ・・・」


 私は和美に笑顔を向けたまま考える。たぶん・・・電車で三駅なら私の家より近いはずだ。なんせ私はこれから1時間半ほど歩かないと自宅にたどり着けない。


 

 仲良く話しをしながら靴を履き替えた。正門のところまで一緒に歩き、駅方面に向かう二人に手を振って別れた。私の家へはこの道を300mほどまっすぐ歩き、左に曲がってからしばらく進む。商店街を抜け、大きな道路を横切り、そして大学病院の横を・・・・。もういいや。要するにとても遠い。


 しかし、


 どういうわけか、


 最近は学校を出てから15分も経たずに自宅に着いている。


 それは・・・・・・・



[ドォ―――――――――――ン]


 思わず身を震わせてしまうほどの大音響。1km・・・いや、数百メートルの距離で花火が打ち上げられている。それも、10尺玉とかそんなクラスの特大のやつだ。周りの人が空を見上げているところ、私は上を見ずに辺りに視線を配る。


[キッ]


 短いブレーキ音と共に、黒い大型セダンが滑るようにして路側帯に停車する。免許などを持ってない私にも一目でわかるほどの高い運転技術だ。そこから昨日と同じ、サングラスをかけている男が二人すばやく降りてくる。


「同じ手口が二度通じるわけがないでしょ!」


 私はそう言いながら後ろに下がる。私はお嬢様時代に護身術を習っているが、男性相手に捕まったら力では勝てない。おまけに相手は二人だ。隙をみて逃げる。最悪、大声を上げる。二人が捕まったところで・・・捕まったところで・・・、後で警察に訳を話して釈放してもらう!


「おとなしくしてください」


 男の一人がゆっくりとした動きで私に向かって手を伸ばしてくる。周りの人達はみんな花火を見ているとは言え、あまり目立つ事をすれば注意が自分達に向くからだろう。


「嫌です! えいっ!」


 私は軽く足を上げると、靴底でその男のすねを蹴った。彼は声こそ出さなかったが、顔をしかめながらうつむいた。


 今だ、と思い、二人に背を向けて逃げようとした私だったが、目の前に小柄な男の人がいた。さっきまでいなかったはずなのに・・・。その人は白髪で、年は70歳くらいだろうか。細身で、チャイナ服というか、中国の武闘家のような服を着ている。彼の目が私に向き、鋭く光った。 


 敵だと悟った私は、その人から十分な距離をとって横をすり抜けようとした。しかし、その中国人風の人は足を動かしているようには見えないのに、地面を滑るように進んで距離を詰めてきた。あっと言う間に目の前に来たかと思うと、両手を前に突き出して私に触れた。


「うっ! ・・・・・・・・」


 目の前が真っ白になると同時に私の意識は遠のき、体が横に倒れていく気がした。




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