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楓と迷惑執事  作者: 音哉
14/30

楓とハイレグ


 白い建物がぽつんぽつんと建っている郊外のある町。その中の一つの場所で白衣に身を包んだ男女が熱心に研究を進めていた。部屋には大きな装置がいくつも並び、たまに轟音が鳴り響く。


「所長。イオン化することで抵抗を限りなく0にすることに成功しました」


「これなら浮力を100%生かすことが出来るな」


「周りに溶け込んでいる酸素を全て吸収。内部に気泡を発生させます」


「うむ。社長もきっとご満足いただけるぞ」


「後は・・・・」


「そうだな。より完璧を期す為に環境を整えなければ。別チームにすべてのデータを渡して全面協力だ」


「特許は?」


「そんなもの後でいい! 急ぐんだ! もう時間がないぞ!」


 目の下にくまを作った無精ひげの研究員達は、更に慌しく動き出した。





 梅雨。『つゆ』と読む。下に前線って言葉を付けるとなぜか『ばいう』と呼ぶようになる。しとしと、しとしと。毎日のように雨が降る。私が憂鬱なのは雨の中を学校に行くのが嫌だからではない。最近はビニール傘と言って、透明で使い勝手の良い傘が普通に落ちているのだ。傘の心配は無い。


問題は・・・屋根はどこにも落ちていないと言う事だ。


もう少し段階を踏んで説明すると、えっと・・・。私の家は雨漏りに悩まされている。屋根がボロボロと言うか、もう死んでいるのだ。補修するお金はもちろん無いが、どうせ修理なんかではダメだろう。全とっかえじゃないと直らないと思う。


拾ってきたビニール傘を分解して、そのビニール部分をつなげて屋根に被せてはどうだろうかと弟が考えてくれたが、いくらたまに傘が落ちているとは言え、そのための十分な量の傘を確保するには計算ではあと84本ほど足りない。


「楓、おはようー!」

「あ、おはよう」


 正門で元気良く和美が挨拶をしてきた。黒色にピンクのラインが入った良く似合うかわいい傘を手にしている。


「楓ってば、いつもビニール傘だね。なんで?」


「え? なんでって・・・。えと、(家から長い道のりを歩いてくる為)周りが良く見えたほうがいいから・・・かな? これしか無いからってのもあるけど・・・」


「良く見える・・・。あっ! そうか!」


 和美はどんよりとした空を見上げながらなぜか納得をしている。


「知ってるよ! 衛星だよね!」

「・・・えっ? 気象衛星?」


「またまたぁ。・・・そうか、内緒なんだよね。そりゃぁスパイ衛星の事は極秘だよね! テレビでやってたよ! 最近の衛星は衛星軌道上から地上にいる人の顔まではっきり映せるらしいね。それで透明なビニール傘か・・・。スパイ衛星が楓をしっかりと見張ってくれているのか! ここで私みたいな黒い傘なんて持つと、さすがの衛星も上から見えないよね。まっ、私なんて庶民には関係ないから私はこの傘でいいけど。そうかぁ。最新の衛星は雨雲程度なら問題なく貫通して映せるのかぁ・・・。怖いなぁ」


「な・・・何の事?」


「はっ! そうか・・・これ以上機密を話したら・・・」


 和美はすばやく周りを見回した。そしてスーツ姿のサラリーマン風の人を見つけてニヤリと笑った。


「なるほど・・・。見張られているか・・・。楓の友達とは言え、あまり知りすぎちゃうと・・・。よし! 話題を変えよう!」


「う・・・うん」


 和美は汗を拭う仕草を私にして見せる。まったく彼女の言っている意味が分からなかったが、私は納得した表情で合わせる。


「そういえば・・・そろそろアレだよね。なんでこの時期にやるんだろ。7月とかにしてくれればいいのにね。小学校の時から訳わかんない」


「アレ? って何?」


「プールよ! あの6月の雨や曇りって言う天気の悪い時期に行われる荒行よ!」


「ああ・・・、もうそんな時期かぁ・・」


「ほんと、ブルーよね! 梅雨が明けてからしないさってのよ!」


「7月は・・・期末テストがあるからじゃない?」


「確かに高校と中学はそう。でもさ、期末テストが無かった小学校の時から6月にプールやってるじゃない? もう私は国家レベルの何かでかい陰謀があるとしか思えないのよね!」


「そう言われてみれば・・・そうだったよね。それに・・・寒いからってだけじゃなくて・・・私プール苦手なんだ・・・。実は・・・泳げないから」


「えっ? そうなの? まあ、楓みたいなお嬢様が泳げる方が珍しいか。お嬢さまって泳ぎ苦手が定番じゃない?」


「ほんと? 私はお嬢様じゃないけど・・・そうだっけ?」


「自宅や船にあるような専用プールの近くに座ってフルーツジュースを飲んでいるだけのイメージ。サングラスとかしながらっ! 「プールはそれだけの物でしょ?」って事言ってそー! 風で帽子が飛ばされたらさ、執事に「プールの上に浮かんでいる帽子をとってきなさい、あそばせ」 ・・・みたいな?」


「えー、そうかなぁ。確かに冬哉は泳ぐのが得意だったけど・・・」


「冬哉様泳ぎ得意だったんだ」

「あ! ううん、なんでもない」


 奴の話を私から出してしまった。昔の思い出は誰でも懐かしい。それゆえに、ふと思い出してしまったという事にしておいて欲しい。


「あーでも来週からだよねー。マジ嫌って感じぃ!」


「だね・・・。・・・・えっ? 来週? 何が?」


「何って、今プールの話してたでしょ? プールよ、プール。6月の第二週から体育の授業はずっとプール。6月末までね」


「そ・・・そうだっけ? 再来週からじゃなかった?」


「ならたった2週間? そんな甘い訳ないでしょ! あの荒行は3週間と気が遠くなるくらい続くのよ! はぁ・・・私の唇が紫になったら教えてね。超かっこわるいんだからっ! だって、隣のクラスと合同のプールでしょ。あの高遠君が来るのよ。つけまつげ付けてお化粧もしっかりしないとっ! ・・・って、水に浸かったら取れるか・・・」


 和美の話は私の耳には届いていなかった。来週明けからプール。・・・あと3・・ううん、間には土曜と日曜の二日しかない・・・。どうしよう・・・。


 私の今一番の心配事は泳げない事ではない。それは中学校の時もそうだったし。それよりも、その中学校の時にアレはもう限界だったのだ。それを思い出した。あの時限界だったアレが・・・今はどうなっているのだろうか・・・。私は金曜日の授業中そればかり考えていた。



 6時間目の授業が終わり、冬哉に見つからないように裏門から私は走って学校を出る。雨も上がったようで、私は傘を差さずに振り回しながら急いで家に向かった。


「ただいまぁ! ってきゃぁ!」

「お姉さま!」


 私は間一髪玄関に置かれたバケツを避けた。我が家ではここに雨漏りを受ける用のバケツが置いてある事は常識だと言うのに、慌てていたせいですっかり忘れていたのだ。


「光、今日の雨漏り状況は?」


「大丈夫です。想定の範囲内で溢れたバケツはありませんでした」


 弟からいつもの報告を聞き、私は自分の部屋に入る。押入れを開け、中学生の時の制服が入っているダンボールを探す。


「あった! この中に・・・」


 私はすばやく開けると、一緒に入れられていた体操服をかき分ける。


「これだっ! ・・・大丈夫かな。すごく不安・・・」


 私は紺色のそれを広げる。胸の部分には『法華院』と書かれた白いゼッケンが縫い付けてある。そう、中学校の時に着ていた水着、スクール水着だ。


「着られるかな・・・」


 生地がボロボロに磨り減っているからそう言ったわけじゃない。中学校で三年間使ったとは言え、期間は毎年の6月だけ。それもプールの授業だけだ。水着としてはまだまだ大丈夫。私が心配しているのは・・・『サイズ』なのだ。


中学校入学時にかなり小柄だった私。もちろん十分大きくなる事を予想して水着を購入した。しかし、私は大きくなりすぎてしまったのだ。中学校時代に15cm身長が伸び、更にそこからまだ伸び続けている。高校入学時には163cmであり、いまだに伸びている手ごたえがある。


「中学3年生の時に・・・もう限界だと思ったけど・・・。と・・・とりあえず着てみよう・・・」


 私はカーテンを閉めて制服を脱いだ。下着も脱ぐと、そのスクール水着を履いて、上に引きあげる。


「い・・・いたた・・・。きつい・・・」


 それでも伸びる素材を過大評価し、私は肩紐を力任せにひっぱる。柔らかかった素材はぴんと張り、紐のように硬くなった。


「き・・・着れた・・・かな? ・・・いたた」


 私の胸はさらしでも巻いたかのようにぺったんこにつぶれ、ポーズをとるたびに水着がお尻に食い込む。


「こ・・・これはまずい・・・。昔テレビで見た『ハイレグ』って言う伝説の水着みたいに・・・なってるような・・・」


 もやはスクール水着は私の記憶にある形とはまったく異なっていた。


「つ・・・捕まっちゃわないかな・・・。でも・・・確か購買部で水着は2800円。2800円かぁ・・・。うーん・・・」


 その金額だと、あの名ブランドの『あきたこまち』が10kgも買えてしまう。いつもの事だが、現在家に残っている米も残り少ない。私は水着姿のまま頭を抱えた。水着をとるか、お米をとるか・・・。思い切って水泳の授業を全部休むとか? まさかそんな。許可が下りるわけが無いし、寒い思いをしてイライラしている生徒達の怒りが全部自分に突き刺さってくるかもしれない。洋服なら頑張って手作りできるかもしれないが、水着は無理だ。こんな生地は手に入らない。


 頭がショートしそうになっている時、ふすまの向こうから弟の声がした。


「お姉さま。もうお米がありません。僕がパンの耳をもらいに行ってきますね」


 トタトタと小さな足音を響かせて光は玄関から出て行った。そのとき、私は決意をした。


「着れる! 着れるもん! この水着で十分! ちょっとセクシー過ぎるけど・・・見られても減らない! 弟と妹のお腹は減るわっ! 私が我慢すれば・・・。こんなの全然大丈夫!」


 私は丸出しになっていたお尻に水着をかぶせた。しかし、動かずとも水着は中央に寄っていく。それでも私の決意は変わらなかった。




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