楓と奇術師
晩御飯を食べ終わった後、全員宿に戻りお風呂タイムになった。金成お嬢紫藤さんは釣りの件以降、私と一度も目を合わせてこない。
「紫藤さん、怒ってるみたい」
「愛美のやつ、トロあげるって言っても受け取らなかったもんね。おかげで取り巻き達全員がマグロ食べれなくて、ちょっと可哀想だったねぇ」
私達三人はお風呂につかりすぎて顔まで真っ赤にして部屋に向かっていた。
「でもさ、楓ちゃんと釣りにきたらー、いつも美味しい魚が釣れるんだねー。また来たいなぁ・・・」
「佳奈ってば! 期待しないでっ! 今日のは偶然なんだから! 偶然・・・っていうか必然かもしれないけどっ!」
「楓、必然なら・・・また釣れるって事じゃないの?」
「違う・・・。違うって和美! 偶然なんだけど必然なのっ!」
「なんだそりゃ? まあ、楓と一緒にいたらいっつも良い事が起きるもんね」
「うんうん、だよねー和美ちゃん!」
二人はまだ膨らんだおなかをさすりながら幸せそうな顔をしている。
(違うんだって・・・。期待されちゃ・・・、またきっと冬哉のやつが私のために何かする・・・。奴が・・・)
私達は部屋の前に戻ってきた。私は何か違和感を感じたが、気にせず部屋の扉を開ける。すると、和美達は中に入って来ずに廊下で笑い声を上げている。
「ひどーい、和美ちゃーん。私ここまでじゃないよぉ」
「あはは! お腹は結構似たように見えるよっ!」
何か面白い事でもあったのかと、私は廊下に戻ってみた。すると和美と佳奈は、1mはゆうにあるタヌキの置物を挟んで爆笑している。
「見てよ楓! これ佳奈に似てない? お腹が特にっ!」
「私こんなにぽっちゃりじゃないよねー? 急に和美ちゃんがこの置物を見て「佳奈の弟がいる」って言うんだよぉー」
確か、これは信楽焼きとか言う有名な陶器の置物だ。二人はそのタヌキの頭を遠慮なくぺしぺしと叩いている。私はそれを見て、先ほど感じた違和感の正体がわかった。
「ねえ・・・、これって・・・最初からあったかな?」
「えっ? ・・・あった・・・んじゃない?」
和美は言い切ったが、そのあと首を大きくかしげた。
「言われてみれば・・・あったかなぁ・・・?」
佳奈も宙を見上げて首を捻る。
私は置物に近づき、少し腰をかがめてタヌキと目線を合わせた。するとタヌキは瀬戸物だと言うのに、冷や汗をかいているように感じた。
「おい、冬哉」
話しかけると、タヌキは滝のように汗をかいている・・・ように見えた。
「帰りなさいって言ったでしょ!」
[コワァ―――――――ン]
私はそばにあった棚の上からペーパーウェイトの棒を取り、それでタヌキの頭を叩いた。音は思いのほか大きく廊下に鳴り響く。
音が収まる前に、タヌキの背中がパカッっとはずれ、中から燕尾服を着た男がふらふらと出てきた。目がぐるぐるの渦巻きになっている。
「かっ・・・楓様・・・・。音が中で反響して・・・」
「きゃぁ! 冬哉さまぁ! またまた登場ですかぁ!」
「あー。さっきの楓ちゃんの執事の人だぁ」
今の音、それと和美達が騒ぐ声で周りの部屋がざわつき始めた。幾つか向こうの部屋の扉が開き、誰かが顔を出そうとしているのが私には見えた。
「たぁっ!」
[バコッ!]
私が冬哉の背中にキックを見舞う。奴はきりもみ状態で、開けっ放しだった私達の部屋の扉を潜り抜けて中に飛び込んでいった。
「早く隠れ・・・じゃなくて、早くはいろっ!」
和美と佳奈は私のとっさにとった行動に目を丸くしながら部屋の中に入る。私は自分も中に入りすばやく扉を閉めた。
「あぶなかったぁ。冬哉がみんなに知れると・・・ややこしいことになるから・・・」
私は畳の上にうつ伏せで倒れている冬哉のそばにぺたりと座った。
「楓・・・。男を部屋に入れたのがばれる方が・・・やばいと思うけど・・・」
「うん・・・。男女間の部屋移動は厳禁だもんね・・・」
「はっ! しまったっ!」
私達の部屋に静かな時間が流れた。担任の先生が冗談で言ったのかも知れないが、「停学だぞぉ」とクラス全員に話していた事を思い出す。
「ど・・・どうしよう・・・。は・・早く冬哉は出て行きなさいっ!」
燕尾服の襟元を掴んで私は前後に揺すりながらそう言った。冬哉はまだ目を回しながら「か・・かしこまりました・・・」と返事をするが、自分でも無茶苦茶しているなと私は思った。
「まあ、誰も気がついてないって! 今出て行くよりもさ、就寝時間になってから出て行く方が見つからないと思うよっ! 冬哉さんゆっくりして行ってくださいよ! 遊びましょ! サービスしますよぉー」
和美は、体を起こした冬哉の腕にしがみついて嬉しそうだ。
「何してあそぶぅ? トランプぅ?」
「まったく佳奈は子供ねっ! こういうときの遊びはねぇ・・。ん? でもどうして冬哉さんはあんなところでタヌキの中に入っていたんですか? また・・アルバイト?」
「いえ・・・。心配だったもので・・・見張りを・・・」
「見張りですかぁ? 宿の中なら安心じゃ・・・。あっ! そうかっ! 男子を部屋に招き入れるとか無いように、楓のお父様から見張れって言われているんですよねっ!」
「え? ・・・そうなの? 冬哉」
「ちっ・・・違いますっ!」
和美が言っている事は確かにお嬢さまならありそうな事だ。しかし、私はあいにくそうではないし、お父様は4年前から失踪中だ。冬哉はどうして『部屋の前で』、『直接自分で』、見張る必要があるのだろう・・・?
[ドンドンドン]
突然部屋が強めにノックをされた。私達は黙って聞き耳を立てる。
「響田の部屋、全員いるか? 突然だけど、今から点呼だ! 開けていいかぁ?」
「げっ! ちょ・・・ちょっと待ってくださーい! 今着替え中ですっ!」
「そうかぁ。早くしろよ。準備できたら声かけてくれー」
学年主任の先生の声だった。和美がとりあえず時間稼ぎの返事をすると、私と和美、佳奈は三人で顔を合わせる。
「どうしてっ!」
「誰か見てたのよっ! 密告よ! チクったのよ!」
「えー。どうしよぅ・・・。せっかく4人でトランプ楽しいのにぃ。三人だと大富豪もあまり盛り上がらないよね・・」
「佳奈っ! そんな事はどうでもいいっ!」
和美と佳奈の漫才も耳に入らないくらい私は慌てた。執事と説明して許してもらえるだろうか? いや、執事と証明するのが大変だ・・・。それに、執事じゃないしっ!
私達三人はなぜか立ち上がり、服を脱ぎ始める。本能的に着替えている動作をとり、何とか先生が入ってくるのを気持ちの中で食い止めたいからだと思う。
「ちょっとっ! 冬哉が部屋にいるっ!」
私と佳奈はまた服を着込む。和美だけはなぜか下着の上に薄い物を羽織った状態で冬哉に擦り寄っていくが、脱いだ服を頭から私がかぶせた。
「まだかぁ?」
「まだですっ!」
先生がもう一度声をかけてきた。今度は私がすばやく返事をすると、冬哉の腕をとり立ち上がらせる。
「冬哉! 消えなさいっ! この部屋からパッと消えなさいっ!」
「楓ちゃん・・・。そんな無茶なぁ・・・」
「冬哉ならできるのっ! こいつは何でもできるんだからっ!」
ぐいぐいと冬哉の背中を押す私に、振り返って冬哉は髪をかき上げながら言う。
「お任せください。アメリカの奇術師に教わった方法で見事押入れの中に隠れてみせます」
「早くっ! 早く消えなさいっ!」
「はい。あの、なので押入れの・・・」
「早くっ! 何しているのっ! 早く出て行きなさいっ!」
私は冬哉の背中を両手で押して、無理やりに歩かせる。目の前には部屋の窓がある。
「楓様・・・ここは二階でございますが・・」
「聞いているのっ? すぐにこの空間から存在を消しなさいっ!」
私は鍵を開け、窓を開いた。
「あの・・・押入れが気に入らないのでしたら・・・天井裏に隠れるプランもあるのですが・・・」
「早くっ! いけぇっ!」
[ガラガラ・・・ガッシャンッ]
私は窓をすぐ閉め、部屋の玄関へ行って扉を開けた。先生は遠慮がちに部屋に入ってきて、中を見回した。
「三人とも・・・いるな。三人以外・・・いないな?」
先生の口調と様子から、他の人間を探しているのは明白だった。
「ところで・・・何か変な音がしなかったか? ガッシャン・・って?」
「さぁ・・・」
「ね・・・猫じゃないですか?」
「マグロの幽霊かもぉ」
佳奈のセリフに先生は笑顔になり、「あのマグロは上手かったなぁ」と、マグロの話を座って始めた。10分ほどしてもまだ話は続いていたが、ふと先生は腕時計を見ると「邪魔したな」と言って出て行った。
「ふー・・・。あぶなかったねー」
「でも・・・さっきの大丈夫だったのかな?」
「・・・? 何が?」
「楓・・・。あなた意外と見境がなくなるタイプね・・・」
「何の事?」
冬哉はそれからなぜか一週間ほど姿を現さなかった。しかし、私が安心したころまた拉致を始めだした。きっと顔を見せなかったのは油断させる作戦だったに違いない。
入学して2ヶ月。この臨海学校のマグロの件で私は一躍有名人となり、どうしてか、お嬢様として不動の地位になってしまった。
「覚えてなさい」、そう言った金成お嬢こと紫藤愛美さんは何かと私に対して対抗心を燃やし始めた。




