閑話 「忠清の、忠清による、忠清の為の調査書」
閑話 「忠清の、忠清による、忠清の為の調査書」
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閻魔様から、一日一時間の下界通信を許された。
1回だけ、えごさという物を田中殿と堀田殿と一緒に行った。
「権力の亡者……私か。」
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数日間、少し考えていた。
考えても考えても、答えが出ないことに気づくまで考えたかった。
やはり、考えても答えは出ない。
下界でなぜ「権力の亡者」と語られるようになったのかを知る必要がある。
それを知らずして挑むのは、準備なく戦に臨むようなものだ。
私は堀田殿に声をかけた。
「堀田殿。」
「はい。」
「下界では、私のことがどのような本に書かれておるか、知っているか。」
堀田殿は少し間を置いてから言った。
「知っています。こちらに来てからも、読み漁りましたので。」
「……そうか。」
堀田殿は生前、歴史書や歴史小説を読み漁っていたと聞いていた。
黄泉の国に来てからも、その癖は変わらなかったらしい。
「いくつかご紹介しましょうか。」
「頼む。」
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堀田殿は淡々と話し始めた。
「まず、これです。」
堀田殿が最初に持ってきたのは、山本周五郎の「樅ノ木は残った」だった。
「歴史小説です。伊達騒動を題材にしています。」
「ほう。」
「ただ……忠清さまは、かなり悪役として描かれています。」
私は受け取って、しばらく自分の書かれている所を読んだ。
黒幕。
陰謀。
権力者。
「……史実ではないということは、書いてあるか。」
「はい、書いてあります。」
「そうか。」
私は本を置いた。
悪役として描かれることは、想定していた。
だが、実際に目にすると、やはり気分が良いものではない。
「忠清さま。」
堀田殿が静かに言った。
「なんだ。」
「あくまで作り物ですから。」
「……分かっておる。」
「次はこちらです。」
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堀田殿が次に持ってきたのは、福田千鶴『酒井忠清』(吉川弘文館)だった。
「私が読んだ中で、一番公平に書かれていると思う本です。」
「ほう。」
「生い立ちから大老時代、失脚と死まで全て書かれています。
「下馬将軍と称され専制政治家と評された虚像を剥ぎ、実像を描く」
という内容です。」
私はしばらく読んだ。
先ほどの小説よりは公平だった。
史実に基づいて書かれている。
合議制のことも、殉死禁止令のことも、きちんと書かれていた。
だが。
「……専制的、か。」
私は静かにつぶやいた。
堀田殿は何も言わなかった。
「合議制を作ったのは、このようにならぬためであったのだがな。」
連署で決めた。
一人では動かせない仕組みを作った。
それが専制的に見えるというのは、どういうことなのか。
「合議制が機能しておったのに、どうしてこのような評価になるのか。」
誰かに問いかけているわけではなかった。
ただ、思いが口をついて出た。
「どのような点が専制的と思われたのだろうか。」
堀田殿が静かに言った。
「ゆっくり読んでみてください。何か答えが書いてあるかもしれません。」
「……そうだな。。。。答えがでるのであろうか。」
「次はこちらです。」
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堀田殿が持ってきたのは、『前橋市史 第二巻』だった。
「前橋の歴史をまとめた本です。忠清さまの前橋での業績も書かれています。」
私は受け取った。
領内総検地。
俸禄制の施行。
諸制度の整備。
藩体制の基礎が確立されたこと。
忠清が中央の激務中でも前橋領民を思い、藩政に心血を注いだこと。
治世末期には15万石となり、絹取引で栄えたこと。
私はしばらく、黙って読んだ。
「……ここまで書いて、残してくれているのか。」
小さな声だった。
堀田殿は何も言わなかった。
ただ、静かにそこにいた。
本朝通鑑を編んだとき、歴史を残すことの大切さを強く思った。
記録が残らなければ、歴史は消える。
だが、こうして自分のことが残されているのを目にすると、また別の感慨があった。
残してくれた者がいた。
名前も知らぬ者が、書き留めてくれていた。
私は静かに本を閉じた。
「まだあります。」
堀田殿は話を続けた。
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「家綱様の時代については、徳川実紀などにも記録が残っています。」
「そうか。」
私はしばらく読んだ。
事実は書いてある。
合議制のことも、各種の政策のことも、記録としては残っている。
だが、評価の部分は冷たかった。
「感情で政ができるか。」
私は静かに言った。
「政とは感情でするものではない。
仕組みで動かすものだ。
感情で評価されては困る。」
堀田殿が静かに言った。
「忠清さま。それが下界の者の見方というものです。」
「分かっておる。」
「分かっておられるなら。」
「だが、納得はしておらぬ。」
堀田殿は何も言わなかった。
それでよかった。
「次はこちらです。」
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堀田殿が持ってきたのは、塚本学『徳川綱吉』(吉川弘文館)だった。
「綱吉についての評伝です。
「犬公方・綱吉は名君か暗君か、それとも単なる偏執狂だったのか」
という切り口で書かれています。
擁護も批判もせず、客観的に描かれています。」
私は受け取って、読み始めた。
客観的という堀田殿の言葉は正確だった。
感情的な断罪もなく、過度な擁護もなく、淡々と事実と評価が並んでいる。
「この書き方は、よい。」
「そうですか。」
「感情で断じていない。事実を積み上げて評価している。こうあるべきだ。」
だが、内容を読み進めるうちに、口が自然と動いた。
「側近の意向ばかりで政を動かした、か。」
堀田殿は黙っていた。
「堀田正俊殿が亡くなってから全て変わったと書いてある。
柳沢吉保を重用して老中を遠ざけたと書かれてある。
合議制の真逆ではないか。」
「……はい。」
「生類憐れみの令も、母の言葉を採用したものとのこと。
仕組みではなく、一人の意向で政が動いた。
その法の悪用によって市井の民が不満を抱いたと書かれている。それが結果だ。」
堀田殿は静かに頷いた。
堀田殿にとっても、堀田正俊殿は先祖にあたる。
この話をするのは、堀田殿にとっても複雑なことかもしれなかった。
「堀田殿。」
「はい。」
「正俊殿は、良い政をされた。」
堀田殿はしばらく黙っていた。
「……ありがとうございます。」
「最後の一冊です。」
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堀田殿が出したのは、山室恭子『黄門さまと犬公方』(文春新書)だった。
「綱吉の再評価に関する本です。
生類憐れみの令を、弱者保護や動物愛護の先駆けとして
評価する見方もある、という内容です。」
私は受け取って、読んだ。
しばらく黙っていた。
「……このような見方もあるのか。」
予想していなかった。
綱吉が再評価される日が来るとは、思っていなかった。
堀田殿が静かに言った。
「忠清さま。どう思いますか。」
私はしばらく考えてから、静かに言った。
「捨て子の保護、弱者への配慮は、否定しない。それ自体は良いことだ。」
「では。」
「だが、政とはその時代の市井の民がどう受け取るかが大事だ。
後世に再評価されることがあるとしても、
その時代に民が混乱し、悪用する者が多数現れたのであれば、
それは政として成功しているとは言えぬ。」
堀田殿は静かに聞いていた。
「よい政とは、その時代に生きる民が、
穏やかに、安心して暮らせることだ。
後世の評価よりも、目の前の民のことを考えることが、まず先だ。」
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数日にわたって、本を読み漁った。
言いたいことは、はっきりしていた。
合議制は独裁ではない。
殉死禁止は武士の美学の否定ではない。
伊達騒動の黒幕ではない。
宮将軍擁立は独裁体制の完成を狙ったものではない。
そして。
仕組みで動く政治こそが、民を守る。
専制的と思われる部分は、私には理解できなかった。
将軍家綱公は病弱で、前代の遺老が相次いで死去あるいは老衰したため、
私は専権をふるいうる立場となってしまった所以とのことは分かった。
が、
意図して権力を集めた訳ではない。
周囲が亡くなっていった結果として権力が集中してしまった。
それでも合議制度は続けたし、後釜の老中を育てた。
下馬将軍という名も後世になって面白おかしく渾名された。
それを、伝えたい。
いよいよ書き込む準備が整った。
三百年以上、待ってきた。
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運営管理者三人に、下界への通信する内容を承認してもらい、
閻魔様より、許可もいただいた。
閻魔様に許可を頂く際、田中殿に同行を頼んだ。
田中殿には、
2チャンネルとはどういうものかの説明と
数千、数万とある書き込みに、少々書き込んでも
下界与える影響がほぼないないことを説明してもらった。
閻魔様は、ご自身も小野篁一族を通して
下界とのやり取りをしていることもあり、
下界というものをご存じで、
下界に与える影響力については、あまり気にしておられなかった。
「下界のものはすぐに忘れてしまう。
まあ、だいじょうぶであろう。」
「ただな、忠清、
あまり、熱くなるなよ。」
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私は閻魔様の言葉をしかと受取り、
心を沈めて
私はからくり箱の前に座った。
一時間しかない。
文字打ち板に手を置いた。
さて。
どこから始めるか。
---完---
こちらの続きは
合議制で決めた事なのに悪者にされているのだが~大老・酒井忠清の反論~
になります
併せてよろしくお願いいたします




