第16話 夢魔法
血の池の真ん中で横たわる乃亜を横目に、夢乃は襲い掛かって来た悪女に目を向けている。それは、殺意や敵意の類とかではない。単に見ているだけ。それが返って夢乃という魔法少女の不気味さを際立たせている。
「殺すつもりまではなかったんだけど。まあ、仕方ないよねって感じだねー」
当たり障りのない言葉。全くもって悪意を微塵も感じさせない。彼女は本当に言葉通りにしか思っていないのだから。
「ちょっとちょっと、勝手に殺さないでよね……」
ピチャリと血の池を這う音をその場にいる者全員が耳にした。そして目を丸くする。力を振り絞って、乃亜が立ちあがろうとしているのだから。
夢乃は目を細め、達観とした目で状況把握を頭の中で急ぐ。悪女は悪女で、まるで化け物でも見ているかの反応を示している。
「あの人、結構やるみたいだねー」
引き摺り出した小腸も、頭部の損傷も全て健康状態まで修復している。聞いていた以上の厄介さをその目で目の当たりにし、どう対処するか気を引き締めながら思考する。
斯くいう乃亜も夢乃の魔法について思考を巡らせている。どういった仕掛けが施されている魔法なのか。それを掴むまでは、一瞬たりとも気を抜けない。抜けば、その瞬間正真正銘の死が待っている。
(さーて、どう出るか)
乃亜は一度怨嗟刀を鞘に納め、居合の構えを取った。すると、空気に揺らぎが生じた。
「明晰夢って知ってるー?」
耳元から声。その事を認識する頃には、乃亜は既に背後を取られていた。
(いつの間に⁉︎)
怨嗟刀を抜刀しようと手を動かす時、夢乃によってそれを阻止された。尋常ではない力で鍔の上から押さえ付けられ、鯉口すら切らせてくれない。
(私より華奢な腕なのに、どこにそんな力があるの?)
「明晰夢ってほら、あれよ。夢を夢で認識するあれだよ。わたしはそれを、自分の夢魔法で体現してるんだよー」
「夢、魔法?」
「夢の中ならなんでもあり。自分の思うがままに世界を変えられる。こんな風に」
瞬間、怨嗟刀を持っている乃亜の左腕が宙を舞った。盛大な真っ赤な血飛沫が、またも床を濡らして大きな池を作り上げる。傷口を見る限り、鋭いもので斬られたような傷跡。綺麗に骨の芯まで断面が見えている。
「厄介極まりないね」
今のでひとつの真実を見た。彼女が言うように、この攻撃も夢魔法と呼ばれものの仕業なら、そう思っただけで触れずに腕を吹っ飛ばした事になる。
「けど」
瞬きの合間に、乃亜の左腕は斬られる前の元の状態に戻った。怨嗟刀を握っていた左腕を飛ばしたのが仇となった。腕と共に地面に落ちた怨嗟刀は僅かに刀身を、鏡の如く乃亜を映し出していた。魔力を帯びて。
「これで──」
これでまた戦える。そう思った直後、真上から無数のダイナマイトが視界に入る。
「「ッ!」」
乃亜と夢乃。2人は同時に魔法を行使して、ダイナマイトの導火線を消していく。火の消えたダイナマイトは、無情にも転がり落ち、2人の足元でその姿形を消した。
「爆発が魔法じゃなくて、ダイナマイトそのものが魔法か」
2人は悪女に向き直る。今ので明らかな実力差が垣間見えた。先程から広範囲で仕掛けているものの、乃亜と夢乃にとっては大したものでもないと全て一蹴している。
「悪女だとか秘密結社だろうと、私にとってどうでもいい。ただね、障害となるのなら、売られた喧嘩なら買うまで。これ以上邪魔をするって言うのなら」
切先を悪女に向け、圧倒的な魔力を周囲に撒き散らしながら威嚇をする。
「容赦無く殺す」
出来れば彼女自身、無駄な殺生は避けたい。時間の無駄だから。ここで退いてくれる事を期待したいが。悪女の選択は如何に。
「チッ!」
小さなダイナマイトを足元で爆発させ、その爆煙に乗じて悪女は撤退して行った。賢明な判断だ。もしあのまま戦闘を続けていたら、ものの数秒で決着は付いていた。
残すは。
乃亜が夢乃に歩み近寄ろうとすると、彼女もまた口を開けた。
「いい加減話くらい聞いて欲しいなー。じゃないと、こっちも手加減出来ないからー」
眠気のある様子はもうない。完全に目が冴えている夢乃からは、はっきりとした敵意が溢れ出ている。
空気が張り詰める感覚に、心なしか乃亜は冷や汗をかき始めている。こんなにも圧のある相手を目の前にしたのは初めて。果たして、自分の魔法がどれくらい通用するのか。これからそれが判明する。
「はいストップ‼︎」
両者の間に割って入ったのは魔法少女咲夜。マジピュアアイテムで盛大に床を叩き割っての派手な登場と静止。思わず面を喰らって2人の動きが止まる。
「もー殺す気⁉︎」
「乃亜は死んでも死なないでしょう?」
「のあちー、あの悪女は何処へ?」
「取るに足らない存在だから逃した」
それを聞いて、咲夜と黒美は2人揃って両肩をすくめてため息を吐く。命を狙われたにも関わらず、相変わらずのマイペースさ。どちらにしろ、乃亜を殺す事なんてほぼ不可能に近い。故にそこまでの心配はしてはないが。
「それよりも、何で邪魔するの? あとちょっとで妖精もろとも殺せたのに」
「邪魔も何も、相手は関係無いって言ってるの。普通に考えて、話し合いをするのが筋ってもんでしょう?」
「ついこの前、そのせいでお母さんは死んだし、私達も殺されそうになった。普通の考えしてたら命が幾つあっても足りないよ」
少しでも穏便に済ませようと説得をする咲夜。けれども、一向に耳を傾けてくれない乃亜。そこで、一応中立の立場で様子を窺っていた黒美が口を開いた。
「黒美的に、少なからず彼女から手は出してはいない。一応敵意は無いと思ってもいいんじゃないかしら?」
「むぅ……」
未だ納得しておらず、頬を膨らませながらあからさまな態度で怨嗟刀の鍔を指先で弾いてはカチカチと音を鳴らし続ける。
そしてカチン、と音が鳴り終わる。それは乃亜の中で決めかねていた答えが出た合図でもあった。
「話を聞くだけならタダか」
「おー、やっとその気になってくれたー?」
矛を収めた事で乃亜の殺気は消える。それを見てか、夢乃も張り詰めていた糸を緩めて普段と変わらない接し方を始める。
「違う。2人の顔を立ててあげたのよ。勘違いも甚だしい」
「ふわぁ……ゆっくり話せるなら理由は何でもいいよ。ねむぃ」
既に首を上下に揺らしながら半目と化している。
「話せるとか言いながら、眠そうなのはなんなの?」
「わたしはこれが普通なのー。話すなら別の所ではなそー。動いたせいでちょっとお腹空いちゃった」
「少し歩くけど、新しく出来た喫茶店があるのだけど寄ります? 黒美、明日辺りにでも足を運ぼうかと思っていましたので」
「あの、普通に和まないで?」
肘で黒美の脇を突き、軽いツッコミを入れる。先程まで命のやり取りをしていた割にはあまりにも軽過ぎる。
「あ、このパンケーキ美味しそう。ゆーめは好きなものとかある?」
「わたしー? わたしは好きなもの好きだよー」
「おかしな返答!」
ここまで場を崩されてはやる気にもならない。あれだけ暴れていた自分が馬鹿らしくなる。
「あーもう、やめやめ!」
怨嗟刀をしまい、変身も解除して屋上から立ち去ろうとする。扉に手を掛け、振り返る。
「ほら、喫茶店行くんでしょ?」
素直になった乃亜の様子に3人は、笑顔を浮かべてほんわかとした雰囲気となっていた。
「全く……んっ」
ドアノブを捻ったのだが回らない。当然と言えば当然なのだが、乃亜達は勝手に屋上に上がっているのだ。鍵なんて持っていなければ、そもそも無断で侵入している。
今全部に面倒になっている彼女は、開かない扉を足で蹴り飛ばし、何事なかった振る舞いで階段を降りて行くのだった。




