【第40話:そして、灯りはともっていた】
この一日を終えて、るなは“自分の足で帰ってきた”。
そしてそれを受け止める“彼”が、ただそこにいた。
ふたりの時間が、そっと明日に続いていくことを願って――。
【第4章】この灯を、あなたと(16話目・最終話)
紅茶の香りが、部屋に静かに広がっていく。
るなはカップを両手で包むように持ち、ゆっくりと口元へと運んだ。
まだ熱さの残る一口が、喉を通っていく。
その温度と香りが、ようやく“今日”という時間を落ち着かせてくれるような気がした。
彼はソファの隣、少しだけ距離を取った椅子に腰掛けていた。
いつものように静かで、何も急かさない。
それが、るなにとってはなによりの安心だった。
「……落ち着きましたか?」
彼が、そう問いかける。
るなは、ほんの少しだけ間を置いてから、頷いた。
言葉を探すように視線を紅茶に落とし、それでも、ゆっくりと口を開いた。
「……歩けました。ちゃんと、自分で選んで、支払って、帰ってこられました」
それは、誰に語るでもない、自分自身への確かな報告だった。
彼は、小さく、けれど深くうなずいた。
「……お帰りなさいませ、お嬢様」
その言葉に、るなのまつげが小さく揺れる。
胸の奥で、音もなく何かがほどける。
「……ただいま、です」
ぽつりと返されたその言葉が、ふたりのあいだに灯をともした。
しばらく、ふたりはそれぞれの紅茶を味わいながら、ことば少なに過ごした。
会話のない時間が、なぜかとてもあたたかい。
窓の外はすっかり夕暮れの色。
けれど、部屋の中には柔らかい灯りが灯っている。
るなはふと、その光に目をやった。
――この灯りは、今日もここにあった。
「……ねぇ」
そう呼んだ声は、ほんの少しだけ、迷いが混ざっていた。
けれど、彼がゆっくりと顔を上げたことで、るなは続きを言えた。
「明日も……こんなふうに、過ごせたら、いいなって」
彼は、微笑むように目を細めた。
「はい。いつでも、お待ちしております」
その返事が、るなの胸にふわりと降りた。
――帰ってきてもいい場所。
そう思える場所が、いま目の前にある。
それが、どれだけの救いかを、るなは今日という一日を通して知った。
紅茶は、いつの間にか飲み干されていた。
けれど、るなの胸の奥には、確かなぬくもりが残っていた。
そして、この灯りは――たしかに、今日も、ともっていた。
第4章、これにて完結です。
紅茶ひと缶を選ぶところから始まった“今日”が、
ふたりにとっての「灯り」となり、「帰ってきた」と思える場所へとつながっていきました。
次回からは、0:00の1話のみ更新してまいります。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。




