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学校が終わると、あたしはミツオとシホを振りきって、ヒトシとの待ちあわせ場所へと急いだ。
学校から一キロくらい離れたところに、川の流れる土手がある。団地の裏手に位置する土手で、芝の緑と川以外になにもない、しずかな場所だが、あたしはそこが好きだった。
土手のとおりは道幅がせまく、車道もないので車がまったくとおらない。人どおりもほとんどなく、外の世界と完全に隔離された雰囲気。
長い一本道の半私有地は、たまに団地の子どもたちや主婦なんかが、ぽつりぽつりと歩くくらい。
あたしとヒトシがいつもデートにつかっていた、恋人たちのとっておきのスポット。
あたりが夕日に染まるころ、あたしが待ちあわせ場所に到着すると、すでにヒトシが待っていた。土手の斜面をおりたところの川原でひとり立っている。
ヒトシの見た目は、単純にやさ男といった感じ。さらさらの茶髪にすこしたれた目。パーツにいっさいの主張がなく、ひらたくいえばさっぱりした顔。巨大なつり目のヤンキーモンキーとは、ほとんど逆の極にいる。
身体のラインもとてつもなく細く、一見弱っちそうにも見えるがとんでもない。ヒトシの場合、ぜい肉がほとんどないのだ。脂肪といえば、手のおや指とひとさし指のあいだにわずかにあるくらいで、あとはすべて筋肉だけで構成されている。腹筋どころか身体中がばきばきに割れていて、服を脱いだら人間型の立体パズルみたいな肉体をしている。
まあ。それはともかく、あたしの学校のものとは違う濃紺のブレザーの制服に身をつつんだヒトシが、川を背にして土手のしたで、こちらを向いて待っていた。
「遅いぞ、ふたば」
ぜんぜん怒っていないおだやかな声でヒトシがいった。こいつは夕日と川の背景がよく似あう。
あたしは土手を小走りでおりていく。こういうときは最初が肝心なのだ。嫌いになっていないぶん、別れ以外の話をすれば、情がうつって決意が揺らぐ。
ヒトシのすぐそばまで近づくと、顔も見ずにあたしはいった。
「あたしたち、別れよう」
「は?」
開口一番のあたしの台詞に、ヒトシがびっくりした声を出す。大声ではなく、反射で出てしまった短い言葉だ。あたしはさらにたたみかけた。
「ごめんね。勝手なのはわかってる。けど、もう決めたから。ごめんね」
顔も見ずにごめんねを連発するあたしに向かってヒトシがいう。
「ちょっと待てよ」
とつぜん別れを切り出されたヒトシとしては、とうぜんの台詞である。あたしの言っていることが、事実以外理解できていないようだが、それも至極とうぜんだった。あたしは事実以外をなにもヒトシに伝えていない。
「ほんとにごめんね。今までありがとう」
一方的にそういうと、あたしはヒトシに背を向けた。先ほどよりも速い小走りでその場を去る。芝の斜面を急いで駆けあがる。思いのほかに急勾配で、胸がひどく痛んだ。理由なき涙が目からこぼれ落ちないよう、少しでもうえを向いて坂をあがる。
上空の無機質な社宅の背中が、冷たくあたしを見おろしていた。壁のように横に長い、よごれた灰色。夕日が沈んで、コンクリートのうえには夜の色が沈着していた。あたしは土手をのぼりきると、一度もヒトシを振り返らずに、一本道をさっさと去って家に帰った。
ヒトシはあたしを追いかけてこなかった。